「月見ウドン」のお話


信心の極意は、『師弟不二』にあるんだよ。

戸田先生は、不出世の、稀有の大指導者だ。

先生の一念は、広宣流布に貫かれている。

その先生を人生の師と定め、先生の仰せ通りに、先生と共に、また、先生に代わって広宣流布の戦いを起こしていくんだ。

その時に、自分の大いなる力を発揮することができるし、自信の人間革命もある。

さらに、幸福境涯を築くことができる。

事実、私はそうしてきた。それで、今日の私がある。

「一匹のハエ」でも、名馬の尾についていれば、万里を走ることができる。

同じように、広宣流布の大師匠に、つききっていけば、自分では想像もしなかったような、すばらしい境涯になれる。

君も、自ら戸田先生の弟子であると決めて、師弟の道を、まっしぐらに突き進んでいくんだよ。


はい! 山本室長のおっしゃるとおり、生涯、師弟の大道をすすんで参ります。


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≪ナレーション≫ それでは、寸劇人間革命のコーナーです。
本日は「月見ウドン」のお話であります。
時は昭和三十年、1955年秋、東京・豊島公会堂での男子部幹部会の場から、お話が始まります。

≪山本伸一≫ 酒田君ご苦労様。遠くから、よく来たね。

いよいよ男子部の班長だ。しっかり頑張るんだよ。

ところで、旅費は大丈夫だったのかい。帰ってからの生活費は、ちゃんとあるのかい。

≪酒田英吉≫ はぁ、……。じつは……。

≪山本伸一≫ やれやれ。片道の燃料だけで出撃する、特攻隊みたいじゃないか。しょうがないな。よし、帰りの汽車賃は、ぼくがなんとかしてあげよう

≪ナレーション≫ 伸一も、決して余裕のある暮らしをしているわけではない。しかし、求道心に燃えて、わざわざ九州の佐賀から来た青年を、なんとしても応援したかったのであります。

≪酒田英吉≫ 山本室長は、こんな自分のことを心配し、身銭を切って、旅費を負担してくださった。
本当に申し訳ない…。
よし。頑張ろう。頑張りぬいて、室長の期待にお応えしよう。


≪ナレーション≫ お話の続きは、それからちょうど一年後のことであります。酒田は岩国市内に泊まり込んで、看板作りの仕事をしていたのです。すると「山本室長が、今晩、徳山に行かれる」との話を聞いた。
そうです。山口開拓指導の真っ最中であったのであります。

≪酒田英吉≫ ぜひ、お会いしたい!

≪ナレーション≫ 仕事が終わると、いても立ってもいられず、バイクを駆った。徳山の旅館までは40キロの道のりであった。
旅館では、座談会が行なわれていた。終了後、山本伸一から酒田に声をかけたのであります。

≪山本伸一≫ 酒田君、元気だったかい。

≪酒田英吉≫ 東京で帰りの交通費をもらった御礼が言いたくて、仕事で来ていた隣町から飛んできました。

≪山本伸一≫ そうか、うれしいね。頑張っているんだね。
今日は、もう遅いから、ここに泊まって、明日の朝、帰るようにしてはどうかね。
ところで、おなかは空いていないかい。
ぼくは、夕食が、まだなんだ。一緒に、月見うどんをたべようよ。

≪酒田英吉≫ はい!

≪山本伸一≫ でも、今日は、割り勘だよ。


≪ナレーション≫ 伸一は、ウドンを頼むと、佐賀県の県民性について尋ねたのであります。

≪酒田英吉≫ 佐賀県人の気質を示す、『ふうけもん』という言葉があります。
頑固すぎて、融通がきかないという意味です。でも、働き者で几帳面であると言われています。

≪山本伸一≫ そうか。すばらしいじゃないか。それは、強い信念と真面目な行動ということだ。広宣流布のためには、最も大事な資質だよ。

酒田君、信心の極意は、『師弟不二』にあるんだよ。

戸田先生は、不出世の、稀有の大指導者だ。先生の一念は、広宣流布に貫かれている。

その先生を人生の師と定め、先生の仰せ通りに、先生と共に、また、先生に代わって広宣流布の戦いを起こしていくんだ。

その時に、自分の大いなる力を発揮することができるし、自信の人間革命もある。さらに、幸福境涯を築くことができる。

事実、私はそうしてきた。それで、今日の私がある。

「一匹のハエ」でも、名馬の尾についていれば、万里を走ることができる。

同じように、広宣流布の大師匠に、つききっていけば、自分では想像もしなかったような、すばらしい境涯になれる。

君も、自ら戸田先生の弟子であると決めて、師弟の道を、まっしぐらに突き進んでいくんだよ。

≪酒田英吉≫ はい!山本室長のおっしゃるとおり、生涯、師弟の大道をすすんで参ります。

≪ナレーション≫ やがて月見ウドンが、二玉届いた。

≪山本伸一≫ わざわざ来てくれたんだから、御馳走するよ。

≪酒田英吉≫ はい。ごちそうになります。


≪ナレーション≫ 時は流れて、昭和55年、1980年5月25日。佐賀文化会館でおこなわれた懇談会の一幕です。

≪山本伸一≫ 一緒に月見ウドンを食べたときのことは、よく覚えているよ。

酒田君は、本当によく頑張ってくれたね。さあ、また新しい旅立ちだ。

一緒に広宣流布の歴史を作っていこうよ。

≪ナレーション≫ 本日は、小説新人間革命第25巻薫風の章より、「月見ウドンのお話」を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。



この寸劇人間革命を最後まで、読んで下さってありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×115行です。

原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

楽しく有意義な座談会に、是非、ご活用ください。



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8月24日のお話し


 先生…
 なんだね?
 先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?
 いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

 僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。
 これでいいんだ。これでよし。

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≪ナレーション≫ 時は昭和25年、1950年8月。戸田の経営する 東光建設信用組合に対し、大蔵省から業務停止命令が出たのです。
すると、直後に、新聞記者が取材に訪れたのであります。

≪新聞記者≫ いやいや、おたくの信用組合、大変ですね。同情します。ところで、被害総額と言ってはなんですが、負債額はどのくらいになりますかね。

≪山本伸一≫ 相当の額にはなると思いますが、なにしろ昨日の今日のことなので、正確なところは、社長の戸田でなければ分かりません。

≪新聞記者≫ まあ、だいたい、おおよそのところで、けっこうですから。

≪山本伸一≫ 新聞の報道は正確さが命じゃないですか

≪新聞記者≫ ええ、そうなんですけど、締め切り時間が、迫ってましてね。

≪山本伸一≫ 正確な情報に基づいての報道であれば、それは構いません。しかし、いい加減な報道をされては、困ります。

≪新聞記者≫ そうです、そうです。私も社会正義の新聞記者を自認しておりますから、ご安心ください。けっしていい加減な報道は、いたしませんから、ご協力お願いできませんでしょうか?

≪山本伸一≫ ところで、おたくはずいぶん早かったですね。

≪新聞記者≫ そこはもう、まあいろいろあるわけですよ。かくかく、しかじか、

≪山本伸一≫ ほう、すごい。すごい。

≪新聞記者≫ まあ、それほどでもハッハッハッ、かくかく、しかじか。
あっ、しまった。

≪ナレーション≫ 記者は、自慢話しをしているうちに締切時間を過ぎてしまったのでした。

≪新聞記者≫ 山本さん、今日のところはしかたがないが、社長さんに会って、詳しい話しを伺いたいんですが、どうでしょう。

≪山本伸一≫ 分かりました。私が責任を持って、社長の戸田に連絡します。ここでは、なんですから、明日喫茶店でお会いしましょう。


≪ナレーション≫ さて、お話しは、翌日の喫茶店へと、続きます。

≪戸田城聖≫ これが、すべての帳簿です。どうぞ、好きなだけ御覧になってください。

≪新聞記者≫ うーん、ウーン。なるほど、この債権を回収できさえすれば、なんとかなりますね。

≪山本伸一≫ そうです。確実に回収できる自信もあるのです。ただ時間がかかるんです。

≪新聞記者≫ それはそうでしょうね。

≪山本伸一≫ ですから、今、新聞で報道されてしまいますと、混乱が生じて、多くのお客様に迷惑をかけてしまいます。

≪戸田城聖≫ 要するに、私どもを生かすも殺すも、全てあなたしだいです。あとは、好きなようにしてください。

≪新聞記者≫ 特ダネなんだけど、ウーン、弱ったなあ。

≪ナレーション≫ 沈黙が続いた。記者は、冷たくなったコーヒーを口にした。
戸田は、悠然(ゆうぜん)とタバコをふかしている。
伸一は祈るような気持ちで2人を見つめたのであります。

≪新聞記者≫ よし、わかりました。今回は記事にしません。残念だがしかたない。


≪ナレーション≫ 記者が帰った後、2人は語りあったのであります。

≪戸田城聖≫ 今の時代は、新聞というものがすごい力を持っているな。創価学会もいつか新聞を持たなくては、ならないな。伸、よく考えておいてくれ。

≪山本伸一≫ はい。わかりました。


≪ナレーション≫ この師弟の対話のなかから、聖教新聞が生まれたことは皆様御存知のとおりです。
さてお話しは、その日の夜に続きます。

≪戸田城聖≫ 今日は皆に聞いてもらいたいことがある。じつは今日、私の経営する信用組合が、業務停止になった。諸君には全く関係の無い事だが、私はこのやっかいな問題に専念するために、創価学会の理事長を辞任することにした。後任には三島君にやってもらいます。
私は理事長を辞めるわけだが、信心を止めるわけでは絶対ない。深く心に期するところがあります。今まで以上に広宣流布のために邁進する決意は断じて変わりません。この点に不信を抱き広宣流布の歩みを緩める事のないようして頂きたい。

≪ナレーション≫ 突然の発表に、集まったメンバーは不安が隠せません。
山本伸一はひとり、戸田のところに向かったのであります。

≪戸田城聖≫ なんだ。どうした。

≪山本伸一≫ 先生…

≪戸田城聖≫ なんだね?

≪山本伸一≫ 先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?

≪戸田城聖≫ いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、その答えを、全生命で聞きたかったのです。
熱い感動が全身を貫き通したのであります。

≪戸田城聖≫ 伸、どうした?

≪山本伸一≫ いや、いいんです。先生、今日は、ありがとうございました。お休みなさい。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、学会本部を勢い良く飛びだした。

≪山本伸一≫ これでいい。会社が潰(つぶ)れようと、先生が理事長をやめようと、先生と自分との一線が狂わないならば、何が起きようと、かまったことではない。

未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、この師に学んだ栄誉を、最高、最大の、幸福とする。
僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。
これでいいんだ。これでよし。

≪ナレーション≫ 時に昭和25年、1950年8月24日、山本伸一、22歳、入会ちょうど3年目のその日であります。

本日は、小説人間革命第4巻 『怒濤(どとう)』の章より8月24日のお話しを黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×135行です。


この寸劇人間革命の続きのところは、以前に作成しています。

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「メルボルン支部の発足」のお話

学会が掲げているのは地球民族主義だ。
その実現の第一歩は、君がこのオーストラリアで、力を持ち、実証を示して、誰からも信頼され、尊敬されていくことだよ。
時代は、地球民族主義の方向へ動いていかざるをえない。それは、オーストラリアの人びとの、意識を革命していくことでもある。
だが、これは大変なことだ。
生活に根ざした、粘り強い戦いだ。

君は、その先駆者になりたまえ!



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≪ナレーション≫ 時は昭和39年1964年5月。
山本伸一の一行が、オーストラリアのシドニー空港に到着したのは、13日午前9時40分。
美しい青空が広がっていた。

≪山本伸一≫ やあ、元気だったかい。

≪廷野修(ていのおさむ)≫ はい!先生!

≪山本伸一≫ ところで、どうしたんだい。背広も、ネクタイも、よれよれだよ。
それに、その頭。ボサボサで、まるで「ヤマアラシ」みたいじゃないか。

≪廷野修≫ 昨夜は、豪雨でしたもので、外出した時に、濡(ぬ)れてしまったんです。
それで、髪の毛も油っけがなくなってしまいまして……

≪山本伸一≫ 大変だったね。風邪は引かなかったかい

≪廷野修≫ はい。大丈夫です。実は、天気予報では、今日も雨ということだったんです。

≪山本伸一≫ そうか、晴れてくれてよかったな。でも、一番嬉しいのは、廷野君が元気なことだよ。少し太ったようだし、本当によかった。

≪ナレーション≫ 山本伸一が、留学直前の廷野を激励したのは、2年前のことであった。その青年の成長した姿が、たまらなく嬉(うれ)しかったのであります。

≪廷野修≫ 先生、なんとか博士号が、とれそうなところまでまいりました。

≪山本伸一≫ それはよかった。よく頑張ったね。ところで、オーストラリアには、今、メンバーは何人ぐらいいるんだい。

≪廷野修≫ はい。首都のキャンベラには、私だけですが、オーストラリア全体では、私が、つかんでいるだけで、五、六人おります。そのほかにも、おそらく、まだ何人かは、いるのではないかと思います。かくかくしかじか。

≪ナレーション≫ メンバーの状況を説明したあと、廷野は伸一に尋ねた。

≪廷野修≫ 今、アメリカに留学しないかという話が、あるんです。学問の研究のうえでは、ここにいるよりも、アメリカに渡(わた)ったほうが、実りは多いと思います。
このまま、オーストラリアにいたほうがよいのか、それとも、アメリカに留学して、それから日本に帰った方がよいのか、迷っているのですが……

≪山本伸一≫ できることなら、オーストラリアにいて、博士号を取ったら、ここで仕事を探してみてはどうかね。
私の希望としては、君には、末長く、オーストラリアの中心者として、頑張ってもらいたいんだ。

≪廷野修≫ 正直なところ、ここで就職することは、考えていませんでした。この国では、白人の優先のシステムや考え方が、あまりに根強く、白人以外の人種が就職したり、社会に食い込んでいくのは、並大抵のことではありません。

≪山本伸一≫ そうかもしれない。しかし、だからこそ、誰かが、それを打ち破っていかなければならない。
どこの国でも、さまざまな差別や障害がある。それが現実だよ。矛盾(むじゅん)だ。不平等だと文句を言うだけで、それが解決できるなら、こんな簡単なことはない。
その現実を直視して、道を切り開いてきたのが、世界広布の歩みです。

学会が掲(かか)げているのは地球民族主義だ。その実現の第一歩は、君がこのオーストラリアで、力を持ち、実証を示して、誰からも信頼され、尊敬されていくことだよ。
時代は、地球民族主義の方向へ動いていかざるをえない。それは、オーストラリアの人びとの、意識を革命していくことでもある。だが、これは大変なことだ。
生活に根ざした、粘り強い戦いだ。

君は、その先駆者になりたまえ!

≪ナレーション≫ この「先駆者になりたまえ」との言葉は、廷野の胸に、たちまち灼(や)きついたのであります。
この時、廷野の心に、広布への、誓いの種子が、蒔(ま)かれた。彼は、この伸一の指導で、生涯、オーストラリアの広布に生き抜くことを決意したのであります。

≪山本伸一≫ (力強く)人数は少ないが、オーストラリアに支部をつくろう。
支部長は、廷野君、君がなるんだよ。

≪廷野修≫ はい。頑張ります。

≪山本伸一≫ 支部長でも、地区部長でも、すべて、原理は一緒だよ。一人一人を、自分以上の人材に育てあげていけばよい。そして、同志を着実に増やしていくことだ。
それから、支部名だが、オーストラリア支部ではなく、メルボルン支部にしようと思う。
今後、オーストラリアも広宣流布が進めば、各地に支部がつくられていくんだから、国名を支部名にするのはよそう。

≪ナレーション≫ 未来の大発展を想定しての、支部の名称に、廷野は、思わず武者震いをおぼえたのであります。

≪山本伸一≫ 君はオーストラリアで大学者になることも大事だが、君の深い任務は、この国の広宣流布にある。
それが地涌の菩薩としての、根本の使命だ。学問の力では、人びとを根底から救いきることはできない。それができるのは仏法だけです。

人間として、何が偉いのか。何が尊いのか。社会的な立場や経済力にばかり目がいき、その基準がわからなくなってしまっているのが、現代の社会です。
仏法は、その根本価値を教えている。それが広宣流布に生きることです。人を救い、人を幸福にしていく作業に励んでいく中にこそ、人間としての最大の輝きがあるのです。

≪ナレーション≫ 廷野は、翌年に博士号を取得し、有名な研究所に就職が決まった。
そして、ここで着実に実績を残して、信頼の輪を広げ、上級研究員、主任研究員となっていくのである。
また、組織の発展にともない、総支部長、本部長、理事長となり、オーストラリアSGIのリーダーとして、大活躍していくことになるのであります。

本日は、小説新人間革命第9巻新時代の章より、「メルボルン支部の発足」のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇の、二人の語らいの順序は、原作とかなり異なっています。廷野修の言い回しも変更しています。
少し、いじりすぎだと、思われた方には、お詫びいたします。

この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×140行です。

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楽しく、有意義な座談会にぜひご活用ください。





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「雲海の着想」のお話


そうなると、いわば創価学会は、壮大な教育啓蒙的母体としてそれにとどまらず、人類の平和と分化の不可欠な中核体となるだろう。
今後、やがて時代とともに徐々にこういった方向に向かうと私は考えている。
伸ちゃん、どうもそういうことになるのじゃないか。
要は『人間』を作ることだ。
伸ちゃん、この『人間革命運動』は、世界的に広がっていくことになるのだよ。


創価学会が、社会に拡散して、壮大な人間触発の大地となる。
そこから、人類の輝かしい新しい未来が眼前に展ける。まことに雄大な構想ですね……。
ずいぶん先の将来に思えますが……


遠いといっても、百年も先のことではあるまい。
しかし私の生涯に、そのような時代が来るとは、思えない。
伸ちゃん、君の時代だ。
それも、後半生の終わりごろから、その傾向が顕著にあらわれてくるのじゃないかな。


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≪ナレーション≫ 時は昭和31年1956年7月9日、午後。
山本伸一は、大阪から東京へ向かう航空機に搭乗したのであります。
機上から眺(なが)める、美しい雲海の世界は、あくまで澄み透り、さっきまで続いた個々半年の苦闘の草々を、とおい過去の足跡として、思いうかばせていた。
伸一は、それらの苦闘が実を結んだ結果に身をゆだねて、他人事のように客観視する余裕を得たのであります。

≪山本伸一≫ 苦しいと言えば、これほど苦しい戦いもない。
愉(たの)しいと言えば、これほど愉しい戦いはない。
苦楽というものは、本来ひとつのものなのかもしれない。
しかし、そういえるのも勝利の栄光が結果したからではないか。
もし敗れたとしたならば、苦しさだけが残るのではなか。

≪ナレーション≫ 伸一は慄然(りつぜん)とした。
そして『雲海の着想』は、未来へと向かった。

≪山本伸一≫ 広宣流布の長い旅程(りょてい)のなかにあって、あのような油断ならぬ苦闘から、わが友の会員は永久に免(まぬが)れることがないのだろうか。
その旅程のなかで、選挙のたびに同志の支援活動も何年かを隔てて続くだろう。すると、世間は創価学会がなにか政治的野心でもあって活動していると思うだろう。

創価学会は、あくまでも人類の永遠の幸福を願っての広宣流布という稀有の使命を担った宗団でなければならぬ。
この尊い純粋なる信仰の団体を、いささかたりとも政治化していくように見られることは、残念でならない。

大阪での戦いは勝った。
東京は敗色濃厚である。
ともに壮烈な戦いであった。

その死闘ともいうべき戦いのなかで垣間(かいま)見たものは、政治というものの底しれない魔性だった。
広宣流布をすすめる以上、その魔性との対決をもはや避けることはできない。
かといって進むには、その政治の泥沼に足を踏み入れなければならないだろう。

すると学会の広大にして偉大な使命を矮小化(わいしょうか)することになる危険性は、ありはしまいか。
だが、選挙はどうあれ、根本の信心というものを、忘れることがあってはならない。
ともあれ、広宣流布の実践活動というものは、政治、教育、文化、学術、平和運動へと多大の推進をしていかなければならないはずだ。
それを、政治を偏重する社会の通念が、学会を歪んで見、偏狭(へんきょう)な政治集団としてしまうのだろうか。

≪ナレーション≫ 勝利の直後のこの『雲海の着想』を、わが師・戸田城聖に問い質(ただ)したら、師はなんと言われるだろうか。
彼の心は東京へと、本部へと、戸田の膝下へと急いだ。
航空機の飛翔は、今の彼にはひどく、のろく、思われたのであります。


≪山本伸一≫ 先生、ただ今もどりました。

≪戸田城聖≫ おう、ご苦労。
伸ちゃん、ひどい戦をしてしまったよ。
大阪の連中は元気だろう。東京は火が消えたようだ。
いよいよ険(けわ)しい山にかかってきたな。
大事なのは信心だなあ、伸ちゃん。

(幹部が開票のメモを持ってくる)

ウーン。うまくないなあ。あとは、残票か……。
伸ちゃん、疲れたろう。今日は早く帰って休もうよ。
明日また話そう。ちょっと、考えねばならぬことも、あるのでなァ。

≪ナレーション≫ 伸一はこのとき、「私も、お訊きしなければならないことがあります」と言いかけたが、言葉をおさえた。

さて、お話の続きは、翌日の会長室であります。

≪戸田城聖≫ 熱いなァ。考えが、なかなか、まとまらなくて弱るよ。
は、は、はァ
伸ちゃん、いよいよ広宣流布の活動も大変なことになってきた。
将来、君には、大変にやっかいな荷物を背負わせてしまうことになるかもしれないな。
昨日から考えているのだが、今度の選挙は、ほんとうに学会にとって新しい面倒な課題を提起(ていき)しているように思うのだ。

≪山本伸一≫ 私も帰りの飛行機のなかで、ふとそのことに気づいたのです。
先生に、ぜひ、お訊(き)きしたいと、昨日から思っておりました。

≪戸田城聖≫ ほう、そうか。責任感が同じなら、考えることも同じだな

≪山本伸一≫ 支援活動を続けることにより、創価学会が、まるで政治的野心を持つように世間から誤解されてしまうのではないか。
広宣流布という深遠な活動が、現実的になり、政治的偏向(へんこう)に傾かざるをえなくなっては、広宣流布は矮小化されてしまうのではないか。

≪戸田城聖≫ 私が今苦慮(くりょ)しているのも、まさにそのことだが、広宣流布の展開からって、まるまる避けて通ることはできない。
となると、単なる戦略に原理がゆがめられる危険は絶対にさけなければならないことになる。これがむつかしい点だ。

現実的な社会というものは、どうしても安易に政治的に流されやすい。
ともかく、日蓮大聖人の精神に微塵(みじん)も違わず応えていくのが、広宣流布の真髄(しんずい)である。
その上にたって立正安国はいかにあるべきかが課題である。

事実、明治に入って、日蓮大聖人の仏法を、国家主義的に解釈した一派もあった。
これこそ、大聖人様の仏法の矮小化です。
われわれは愚かな轍(てつ)を踏んではならないが、その危険はつねにあると自覚しなければならない。
創価学会という仏勅を奉じる宗団を政争の具にまきこんではならないのだ

≪山本伸一≫ ということは、コントロール、の問題ですか。

≪戸田城聖≫ いや、戦術の問題ではない。
広宣流布ということは、人類社会の土壌を深く耕(たがや)し、豊かな稔りある土壌に変えることにある。
そうじゃないか。こんどの戦いだって、妙法を抱く立派な真の政治家らしい政治家を、まずこの土壌から育てなければならぬということに目標を定めて、とりかかった仕事だ。
どこまでいっても信心であり、そして人間に的があるのです。

一人の人間における偉大な人間革命を、終始一貫問題にしなければならない。
そのために政治の分野にも、真の政治家を育成することが、これからの課題となってきたところだよ。

≪山本伸一≫ そうですね。今回当選した人が、なんとしても立派な政治家として育ち、政治の分野の土壌を深く耕してほしいですね。

≪戸田城聖≫ そのとおり。その一歩として、こんどの支援活動をやった。
しかし、その広宣流布の道程が、いかに険難であるかを思い知らされたような気がする。
伸ちゃん、現実は修羅場であり戦場だな。
社会の泥沼には権力闘争が渦巻いている。そのなかで妙法の政治家を育てていくんだから相当の覚悟が必要だ。
まず、権力の魔性と対決することになる。
この権力の魔性という怪物は、信心の利剣(りけん)でしか打ち敗れないんだ。
それは、社会の仕組みもさることながら、深く人間の生命の魔性に発しているからだ。
この見えざる『魔』に勝つものは『仏』しかないからだよ。

≪ナレーション≫ 二人の師と弟子だけの率直な真摯(しんし)な対話は、二時間あまりも続いていた。

≪戸田城聖≫ 広宣流布がどんどん進んで、舎衛(しゃえい)の三億(さんおく)の方程式に、どうやら叶(かな)うような社会が実現したとする。
こういう時代になると、創価学会は社会のあらゆる分野に拡散(かくさん)し、多くの人材を送り出しているであろう。
そうなると、いわば創価学会は、壮大な教育啓蒙的(けいもうてき)母体としてそれにとどまらず、人類の平和と分化の不可欠な中核体(ちゅうかくたい)となるだろう。
今後、やがて時代とともに徐々にこういった方向に向かうと私は考えている。

伸ちゃん、どうもそういうことになるのじゃないか。

要は『人間』を作ることだ。
伸ちゃん、この『人間革命運動』は、世界的に広がっていくことになるのだよ。

≪山本伸一≫ 創価学会が、社会に拡散して、壮大な人間触発(しょくはつ)の大地となる。
そこから、人類の輝かしい新しい未来が眼前に展(ひら)ける。
まことに雄大な構想ですね……。
ずいぶん先の将来に思えますが……

≪戸田城聖≫ 遠いといっても、百年も先のことではあるまい。
しかし私の生涯に、そのような時代が来るとは、思えない。
伸ちゃん、君の時代だ。
それも、後半生の終わりごろから、その傾向が顕著にあらわれてくるのじゃないかな。

≪ナレーション≫ 悠久(ゆうきゅう)に身を委(ゆだ)ねた預言者の顔は、厳しくもまた崇高であった。

そのとき会長室のドアが開いた。そろって入ってきたのは6人の推薦候補者たちである。
今は当選した3人と、落選した3人であった。

話は、たちまち現実にもどったのであります。

本日は、人間革命第10巻、展望の章より、「雲海の着想のお話」を、黎明地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
少し堅苦しい寸劇になってしまいました。

この寸劇人間革命の分量はおおよそ 20文字×205行です。

原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

楽しく有意義な座談会にぜひご活用ください。



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「水滸会野外訓練」のお話



不思議なことを言うようだが、今夜はっきりと言っておこう。

今日から十年目に、みんなそろって、またここへ集まろうではないか。

私はそのとき、諸君に頼むことがある。

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≪ナレーション≫ 時は昭和29年1954年9月4日。
ここは、奥多摩の氷川キャンプ場。
男子部68名の水滸会のメンバーが、戸田先生を囲んでの、初めての野外訓練であります。

≪青年≫ 戸田先生は、青年時代どんなふうに勉強なさったか。それを教えてください。

≪戸田城聖1≫ 僕の勉強のことか。僕の体験からいって、勉強というものは、どんな境遇にいても、しようと思えばできるものだということを、まず言っておこう。
昔の小学校は高等科2年まであって、十四の歳に卒業した。それから小僧奉公(ほうこう)をした。朝は人より早く起きて、六時から七時まで勉強。それから仕事が始まるわけだが、昼間働くばかりでなく、夜も七時から十時まで働かされた。それで、また十時から十一時までが勉強の時間だ。

こんな状態が三年つづいて、十七のとき、準教員の資格試験を受けて通った。それで十八歳の六月に教員となり、夕張の小学校に勤めた。それから、正教員の資格試験を受けた。二回の試験あわせて、北海道で一番の成績で合格した。

十九の時に、ともかくいっさいを棄(す)てて東京に出た。
そして牧口先生の同級生の紹介状をもらって牧口先生を訪ねた。この同級生は、同級会で先生を見かけるだけで話もしたこともないという心細さであったが、それだけに私は緊張していた。

その折(おり)、私は、「教授法にかけては抜群で、絶対の自信がある。」と、大見得を切ってしまった。
すると牧口先生は、じっと私を見ていたが、「君は、うまくいけば素晴らしい人物になるが、わるくすると、とんでもない人間になる。」と言われた。

≪青年≫ これは、愉快だ。

≪戸田城聖2≫ 牧口先生が校長をしている学校に勤めさせてもらったわけだが、同時に夜間中学に、かよった。英語はこの時に、初めて習うという始末だった。それで電車のなかでも英語の勉強をつづけた。わからないところにぶつかると、その電車のなかにいる一高生や慶大生をつかまえて、平気で教えてもらった。

数学は好きだったので、予備校へよくかよった。といっても、授業料を払っていないので、つまりモグリだった。

難問題をかかえると、授業の終わるころを狙(ねら)って教室に入った。そして、どじょうヒゲの先生に質問する。人のいい親切な先生で、丁寧(ていねい)に教えてくれ、すっかり顔なじみになってしまった。どじょうヒゲ先生が、僕のことを最後まで、予備校の学生だと思い込んでいたことは、たしかだね。

≪青年≫ すごい。すごい。痛快(つうかい)だ!

≪戸田城聖2≫ このような方法で、三十一歳までに、あらゆることを学んだ。僕の勉強は、電車のなかや、人を待つあいだといった、わずかな時間を惜(お)しんでやった。枕元には、いつも本を、おいたことは言うまでもない。

諸君は、昼は仕事で夜は学会活動で、勉強する暇などないと思っているだろうが、それは本気で勉強する気がないからです。まわりがうるさいなどと愚痴をいっているうちは、まだ本気だとはいえない。境遇を嘆いたり、時間や金のないのを口実に怠けているうちに、黄金の青春時代は過ぎ去ってしまうのです。まず、境遇に勝つことだ。僕は今いった方法でやって目的を達した。

人生は勝負だよ。まず自分に勝てばよいのだ。諸君は諸君の身についた方法で勝てばよいのです。

≪ナレーション≫ 青年たちは、いつしか、静まりかえって、じっと耳を澄(す)ましていたのであります。

≪戸田城聖3≫ ところが、いざ独立して、事業を始めてみると、それまでやった学問が、なんの役にも立たないように思われてしかたがなかった。
僕がこの信心を始めたのは、一通りの勉強を終えた後のことです。

ところが、ここで不思議なことが起きた。
あれほど一生懸命に頭に入れた学問も、なんの役にも立たず死んでいると思っていたが、いま考えると、それが全部生きていたことだ。
この経験の中に、おそろしいまでの真実があった。つまり仏法を根本にすれば、すべてが生かされるということだ。
たしかに「活の法門」です。これは、信心によらなければできないことだ。思えば凄い、功徳だった。

諸君のこれまでの勉強も、いましている勉強も、みんな立派に生きる時が必ず来る。だからスマホなんか、いじっていないで、青春時代には苦労しながら、時間を惜しんで、せっせと勉強しなさいというのです。
しかし、なんといっても根本に仏法があることこそ強いことはない。いま、僕は文科系の学問や、数学、物理などの自然科学なら、三ヵ月の余裕があれば、君たちが専門としているものでも、得意としているものでも、絶対に負けないぞ。
ひとつ勝負するか。はっ、はっ、はっ。

≪ナレーション≫ 戸田の数々の話は、いまさらのように青年たちの胸に、そのまま自然に吸収されていった。
夜は更けていった。キャンプ・ファイヤーは焔(ほのお)をチロチロとあげ、堆(うずたか)く燃えていた。
このとき、戸田は突然立ち上がって、話はじめたのであります。

≪戸田城聖3≫ 不思議なことを言うようだが、今夜はっきりと言っておこう。今日から十年目に、みんなそろって、またここへ集まろうではないか。

私はそのとき、諸君に頼むことがある。

≪青年≫ ……

≪戸田城聖3≫ 私は諸君を心から信頼している。広布の黎明のときに、もう一度、ここに集ってもらいたいのだ。
そのときまで、今ここにいる諸君は絶対に退転してはなりませんぞ。いいか!

≪青年≫ はい。断じていたしません。

≪ナレーション≫ 気迫のこもった返事であった。
思わず、一人の青年が学会歌を歌いだした。
歌は、たちまち合唱となっていった。
いつまでもいつまでも、学会歌は、続いたのであります。

本日は、小説人間革命第八巻「明暗」の章から、
「水滸会野外訓練」のお話を、青年教学2級試験受験予定者のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
戸田先生役の分量が多いので、3人で読めば、どうでしょうか。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×135行です。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

さらに、内容の少し詳しい、20文字×200行のテキストも準備しました。

ぜひ、勉強会の休憩時間に、ご活用ください。




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日焼けした壮年のお話し


日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。

その“誓願”の根本は、広宣流布です。

つまり、「私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください」という決意の唱題です。

これが私たちの本来の祈りです。

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≪ナレーション≫ 時は昭和35年、1960年10月20日、午後一時30分。ブラジルは、サンパウロの東洋人街(とうようじんがい)の一角。
山本伸一を迎えての、座談会。実質的には、第一回のブラジル総会であります。

≪日焼けした壮年≫ (緊張して大声で)自分の仕事は、農業であります!

≪山本伸一①≫ どうぞ気楽に。ここは、軍隊ではありませんから。

みんな同志であり、家族なんですから、自宅で、くつろいでるような気持ちでいいんですよ。

≪日焼けした壮年≫ はぁ。はい。
(また大声で)自分は、新たに野菜作りをはじめたのでありますが、(小声で)失敗してしまい、もう借金だらけであります。


≪山本伸一①≫ 不作になった原因はなんですか?

≪日焼けした壮年≫ んーん。(小声で)天候のせいであったように思いますが……

≪山本伸一①≫ 同じ野菜を栽培して、成功した方はいますか?

≪日焼けした壮年≫ ええ、います。(小声で)でも、たいていの人が不作であります。

≪山本伸一①≫ 肥料に問題はありませんか?

≪日焼けした壮年≫ んーん。(小声で)詳しくは、わかりません……

≪山本伸一≫ 手入れの仕方には、問題はありませんか?

≪日焼けした壮年≫ んーん。(小声で)一生懸命やったんですが……

≪山本伸一①≫ 土壌と、品種の関係はどうですか?

≪日焼けした壮年≫ んーん。(小声で)さあ……

≪ナレーション≫ この「日焼けした壮年」は、自分なりに頑張って来たにちがいない。しかし、それだけで良しと、しているところに、「甘さ」があることに、気づいていなかったのであります。

≪山本伸一①≫ まず、同じ失敗を繰り返さないためには、なぜ、不作に終わってしまったのか、原因を徹底して究明していくことです。

成功した人の話を聞き、参考にするのもよいでしょう。そして、失敗しないための十分な対策をたてることです。

真剣勝負の人には、常に研究と工夫がある。それを、怠れば成功はない。

信心をしていれば、自分の畑だけが、自然に豊作になる、などと思ったら大間違いです。

仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。

そして、その挑戦のエネルギーを湧き出ださせる源泉が真剣な唱題です。それも“誓願”の唱題でなければならない

≪日焼けした壮年≫ セイガン?ですか……

≪山本伸一②≫ そうです。“誓願”というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。
祈りといっても、自らの努力を怠り、ただ、棚からボタモチが落ちてくることを願うような祈りもあります。それは、人間をダメにしてしまう宗教です。

日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。その“誓願”の根本は、広宣流布です。
つまり、「私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください」

という決意の唱題です。

これが私たちの本来の祈りです。

≪ナレーション≫ 伸一は、農業移住者の置かれた厳しい立場をよく知っていた。そのなかで成功を収めるためには、何よりも自己の安易さと戦わなくてはならない。敵はわが、内に、あるのであります。

≪山本伸一②≫ 日々、自分のなすべき具体的な目標を明確に定めて、一つ一つの成就を祈り、挑戦していくことです。その真剣な一念から、知恵がわき、創意工夫が生まれ、そこに成功があるんです。

つまり、「決意」と「祈り」、そして「努力」と「工夫」が揃ってこそ、人生の勝利があります。
 一攫千金(いっかくせんきん)を夢見て、一山(ひとやま)当てようとしたり、うまい儲(もう)け話を期待するのは間違いです。それは「信心」ではありません。それでは「観念」です。

仕事は生活を支える基盤です。その仕事で勝利の実証を示さなければ、信心即生活の原理を立証することはできない。
どうか、安易な姿勢は、いっさい排して、もう一度、新しい決意で、全魂を傾けて仕事に取り組んでください。

≪日焼けした壮年≫ はい。頑張ります。

≪ナレーション≫ 逆境であればあるほど、人生の勝負の時と決めて、挑戦し抜いていくことである。そこに御本尊の功力が現れるのだ。ゆえに、逆境はまた、仏法の力の証明のチャンスといえるのであります。

本日は、小説・新人間革命第一巻「開拓」の章から、「日焼けした壮年」のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

3人で、お話が出来上がる寸劇ですが、4人でできるように、山本伸一役を、2人で読むように、作ってみました。

この寸劇『人間革命』の分量は、おおよそ、20文字×105行です。

原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備いたしました。

楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。






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再び、創価学会本部一階応接室からのお話し_三代会長就任のお話


山本伸一の脳裏に、愛する同志の顔が、次々と浮かんでは消えていった。
皆、不思議なる使命をもって、宇宙のいずこからともなく集い来たった地涌の仏子であり、人間革命の大ドラマを演じゆく、ヒーロー・ヒロインたちであります。

若輩では、ございますが。
本日より。戸田門下生を代表して。
化儀の広宣流布をめざし。
一歩前進への。指揮を、とらさせていただきます!

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≪ナレーションA≫ 時は昭和三十五年、1960年3月30日。
創価学会本部一階の応接室であります。

≪小西武雄理事長≫ 今日は、山本先生に、率直に、私の……いや、多くの同志の、要望を申し上げたいと思います。山本先生に、会長として、本格的に広宣流布の指揮を執(と)っていただきたいのです。

≪山本伸一≫ 申し訳ありませんが、私はまだ、会長をお引け受けするわけには、いきません。
会長としては、あまりに若輩です。
せめて、戸田先生の七回忌を終えるまでは、現在のままで、お願いしたいと思います。

≪小西武雄≫ 山本先生、今の状態は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠いています。
同志は、皆、山本先生が、会長になっていただける、ことを信じて、奮闘(ふんとう)しているというのが実情(じつじょう)です。

≪山本伸一≫ お話は、よくわかります。しかし、小西理事長もそうですが、私も大阪の事件で被告の身です。
もし、会長になって、有罪判決がくだされれば、学会は、反社会的な宗教団体ということになってしまいます。

わがままを言うようで申し訳ありませんが、せめて無罪の判決が出るまで、猶予(ゆうよ)を、お願いしたいんです。

≪ナレーションA≫ 伸一は、丁重(ていちょう)に、しかし、きっぱりと辞退(じたい)した。小西理事長の顔が曇った。

この二人のやりとりを、壁に掲(かか)げられた、牧口常三郎と戸田城聖の写真が、じっと見つめていたのであります。

≪ナレーションB≫ 伸一は、会長・戸田城聖に仕えるなかで、学会の会長職が、いかに峻厳(しゅんげん)なものであり、また、その使命が、いかに重大で、深いものであるかを、身に染(し)みて感じていた。

創価学会の会長には、一切の矢面(やおもて)に立って、一身に集中砲火(ほうか)を浴(あ)び、会員を守らねばならぬ責任がある。

すなわち、その双肩(そうけん)には、御本仏の御遺命(ごゆいめい)である、広宣流布のすべてが、かかっている。
まさに、凡智(ぼんち)をもってしては計り得ぬ、仏意(ぶつい)仏勅(ぶっちょく)の聖職といってよい。

それだけに、会長就任については、慎重にならざるを得なかったのであります。

≪山本伸一≫<独白> 七回忌を終えても、まだ三十六歳であり、それから会長を務(つと)めても、決して、遅くないはずだ。

そのうえ、ここまで生きてこられたのが不思議なほど病弱である。そんな体(からだ)の自分が、大任(たいにん)を全(まっと)うできるのだろうか。

誰か、疲れ果てた私に代わり、指揮(しき)を執る人はいないのか。

≪ナレーションB≫ 伸一は、自分と戦うように、悶々(もんもん)と考え続けた。そんな、ひとり苦悩する伸一の姿を、妻の峯子は、胸を痛めながら、静かに見守っていたのであります。

≪清原カツ≫ ここで、あきらめるわけには絶対に、いきません。さらに、勇気を奮(ふる)い起こして、もっと強く、会長就任を、お願いする以外にないのよ。

≪原山幸一≫ 私も、そう思う。
私たちが、必死になってお願いすれば、山本先生は、きっと会長を引き受けてくださるはずです。

≪山本伸一≫<独白> 所詮(しょせん)、断っても、所詮、断りきれない定(さだ)めなのか。
戸田先生……。伸一にはもはや、わずかの猶予も、許されないのでしょうか……

≪原山幸一≫ 山本先生、今日は、御了解いただくまで帰らないつもりであります。

≪関久男≫ 会長は、山本先生以外に、ありえません。このままでは、同志がかわいそうです。先生、お願いします。

≪山本伸一≫<独白> こんな、弱い体で、本当に戦えるのか。……いや、御本尊の力は無量無辺だ。ただただ、御本尊に祈り抜き、命ある限り指揮を執るしかないのか。

≪ナレーションB≫ 伸一は、今、避けがたき宿命の嵐が、胸中に吹き荒れるのを感じていた。使命の怒涛(どとう)が、わが体内に、渦巻(うずま)き、うねるのを覚えた。

御仏意(ぶつい)と感じながらも、会長に就任することを思うと、言語(げんご)に絶する緊張を覚えたのであります。

≪小西武雄≫ 山本先生が会長職を辞退されている限り、広宣流布は遅れてしまいます。それでよろしいのでしょうか!
戸田先生も、あなたを第三代会長と思い、心に誓って、訓練されてきたことは、あなたもよくご存じのはずです。
私たちも、戸田先生の遺言として知っております。

会長推戴(すいたい)は、広宣流布を願っての全幹部の要請です。お引き受けください。

≪山本伸一≫ ……それほどの皆さんの、お話なら……

≪小西武雄≫ よろしいのですね!ありがとうございます。

≪ナレーションB≫ 小西は満面に笑みをたたえて、深々と頭をさげた。
理事の一人が、急いで部屋を出て行った。
歓声があがった。

≪山本伸一≫ やむを得ぬ。やむを得ざるか!
戸田先生に、直弟子として育てられた私だ。
訓練に訓練されてきた私だ。何を恐れぬものがあろう。
青年らしく、嵐に向かい、堂々と前進するのみだ!

≪ナレーションA≫ 山本伸一の脳裏に、愛する同志の顔が、次々と浮かんでは消えていった。皆、不思議なる使命をもって、宇宙のいずこからともなく集い来たった地涌の仏子であり、人間革命の大ドラマを演じゆく、ヒーロー・ヒロインたちであります。

昭和三十五年。1960年5月3日。晴天。東京・両国の日大講堂。

≪山本伸一≫ 
若輩(じゃくはい)では、ございますが。
本日より。戸田門下生を代表して。
化儀(けぎ)の広宣流布をめざし。
一歩前進への。指揮を、とらさせていただきます!

≪ナレーションA≫ 本日は、人間革命第12巻、新黎明の章より、「三代会長就任のお話」を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を、最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×140行です。


【登場人物の本名の紹介】 (おべだふり、といいます)

≪小西武雄≫   「小泉隆」 当時は、理事長として、学会の最高責任者の立場であった。

≪清原カツ≫   「柏原ヤス」 当時は理事であった。参議院議員として活躍した。小中学校の教科書無償化に尽力したことは有名。

≪原山幸一≫   「原島宏治」 当時は理事。公明党の初代委員長を務めた。

≪関久男≫    「辻武寿」 当時は理事。昭和の時代に信心していた人にとっては、副会長として、個人指導の名人として有名。    


≪清原カツ≫の登場する寸劇
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≪関久男≫の登場する寸劇
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≪清原カツ≫ ≪関久男≫ 2人の登場する寸劇
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原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを、準備いたしました。
楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。

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四月二日のお話


嗚呼、四月二日。
四月二日は、学会にとって、私の生涯にとって、弟子一同にとって、永遠の歴史の日になった。

妙法の大英雄、広布の偉人たる先生の人生は、これで幕となる。

しかし、先生の残せる、分身の生命は、第二部の、広宣流布の決戦の幕を、いよいよ開くのだ。

われは立つ!


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≪ナレーションA≫ 本日の寸劇人間革命は、四月二日のお話であります。

≪戸田幾枝(いくえ)≫ 家に帰らせてください。主人も、それがいちばん、落ち着けるはずです。

≪戸田喬一(きょういち)≫ いや、ぼくは入院させるべきだと思うな。家では十分な治療はできないんだから。

≪山本伸一≫ 奥様のお気持ちもよくわかりますが、私も、この際、先生には入院していただいた方がよいと思います。
先生のご容態は、楽観を許しません。ひとまず入院ということに、なされてはいかがでしょうか。

≪ナレーションA≫ 翌日、伸一は、N大学病院に木田医師を訪ねます。

≪山本伸一≫ もう少し、よい病室はありませんでしょうか。

≪木田医師≫ それが、あいにくすべて、ふさがっておりまして、ようやく、ここを確保したような次第なんです。別の病室が空いたら、すぐに移すようにしますから、ご了承ください。

≪山本伸一≫ わかりました。治療の方は、どうか全力をあげて、最高、最善を尽くしてください。

≪ナレーションA≫ こう言うと、伸一は深々と頭を下げた。
夕刻、総本山に着くと、木田医師は、ただちに戸田の診察・検査を開始したのであります。

≪山本伸一≫ 戸田先生は、「総登山が終わったら、本部に帰る」と何度も言っていた。先生に聞いたら「本部に帰る」と言うにちがいない。

広宣流布という大事業に一身を、なげうってきた先生にとって、その大事業の中枢である学会本部こそ、先生が魂魄(こんぱく)をとどめるに、ふさわしい最後の場所であるはずだ。
師の意志のままに、事を進めるのが、弟子の責務ではないのか。

私は、途方もなく大きな過ちを、犯してしまったのではないか。

≪ナレーションA≫ 木田医師は、一度おさめた聴診器を再び取り出した。そして熟慮の末に、伸一に告げたのであります。

≪木田医師≫ 戸田先生を、寝かせたままの状態で、東京まで移送することができるように、準備を整えてください。

≪ナレーションA≫ 伸一は、直ちに手配を開始したのであります。
すべての手配が整った夜、側近幹部が伸一の体を気遣(きづか)い、すこしでも横になるように勧めた。

≪山本伸一≫ ありがとう。ぼくのことなら大丈夫だ。ここで先生をお守りしようと思う。

≪ナレーションA≫ 総登山の最後の支部も下山し、参道を歩く人影は途絶えていた。夜は、人びとの憂色(ゆうしょく)を包んで、静かに、ゆっくりと、更(ふ)けていった。
伸一は、あの、「五丈原(ごじょうげん)」の歌を、思い起こしたのであります。

今(いま)落葉(らくよう)の雨の音
大樹(たいじゅ)ひとたび倒れなば
漢室(かんしつ)の運(うん)はたいかに
丞相(じょうしょう)病(やまい)あつかりき
丞相病あつかりき

≪山本伸一≫ 今、先生の病は篤(あつ)く、広宣流布の大樹は倒れようとしている。先生を失ってしまったら、学会は、これから、どうなるのか……

≪ナレーションB≫ 時刻は、午前二時になった。
つまり、昭和三十三年、一九五八年、四月一日、午前二時であります。

≪山本伸一≫ 先生、出発いたします。私が、お供いたします。

≪ナレーションB≫ 戸田は、静かにうなずいた。皆で布団(ふとん)を持ち上げた。戸田が、「メガネ、メガネ、……」とつぶやいた。

伸一は両手がふさがっているので、すぐに、メガネを手渡すことが、できない。伸一には、それが心残りだった。

ヘッドライトを連ねて、戸田を乗せた大型の車は、静寂(せいじゃく)な、夜道を、ゆっくりと走っていった。
開き始めた桜の花が、夜の春霞(はるがすみ)のなかに浮かぶ……。

突然、戸田の車がとまった。
伸一は、後続の車から降りて、駆(か)け寄った。

≪山本伸一≫ どうしましたか?

≪ナレーションB≫ 戸田は、ぐったりとしている。
医師は聴診器を当て、それから注射を打った。
医師の顔は険(けわ)しい。

ほどなく、車は、走り出した。また、止まった。
そのたびに、伸一は、駆け降りて、祈るような思いで、様子を見守った。
駅までの道のりが、限りなく遠く、遠く、長く、感じられたのであります。

午前四時。駅に到着した。しばらく待ち時間がある。
やがて、闇のなかに光が走り、寝台列車がやって来た。
懐中電灯をかざして、車中の青年に、合図を送った。
戸田を車内に運び終わると、列車は、すぐに発車した。

≪山本伸一≫ 先生、これで安心です。

≪ナレーションB≫ 「そうか……」こう言って、戸田は、微笑(びしょう)を浮かべた。その微笑が、伸一の心に焼きついた。

午前七時。東京駅に着いた。寝台自動車に戸田を運び、N大学病院へ向かった。病室は女子部員らの手によって、きれいに清掃され、ソファーにはレースがかけられ、カーテンも新しくなり、花も生けられていた。
木田医師をはじめとする医師団が、直ちに診療に取りかかったのであります。

伸一は、病院を出て、そのまま会社に向かった。身も心も疲れきっているはずなのに、頭は妙に冴(さ)えていた。
仕事の書類に眼を通したが、何をしても身が入らない。
春の晴れた、暖かな一日である。しかし、彼の心は、暗雲に覆(おお)われていた。

胸のなかは、荒れ狂う大海のようであった。

≪ナレーションC≫ 翌、四月二日、午後。病院から明るい連絡が入った。

≪秘書部長・泉田ため≫ 今朝、病院へ伺(うかが)うと、先生は、上半身をベットの上に起こしてもらって、おられました。
思いのほか、お元気そうでしたので、私もほっといたしました。

≪ナレーションC≫ 伸一はうれしかった。病状は好転し始めたのだ。
これまでの暗く、重い予感が消えていくのを感じたのであります。

この日、夕刻五時から、連合会議が、学会本部で開かれた。翌日に迫った、本部幹部会などの検討が終わったころであった。
管理人が、ドアを開けた。皆、はっとした表情で伸一を見た。

≪管理人≫ 山本室長。病院からお電話です。先生のご子息(しそく)の喬一さんからです。

≪ナレーションC≫ 伸一は、受話器をとった。落ち着いた語調ではあったが、懸命に感情を抑えているのがわかった。

≪戸田喬一≫ ただ今、父が亡くなりました……

≪ナレーションC≫ その瞬間、伸一の息が止まった。筆舌に尽くせぬ衝撃が五体に走った。体から血の気が引き、頭のなかが白く霞(かす)んでいくのを覚えた。

伸一が戻ると、一同は緊張した顔で、彼に視線を注いだ。伸一の悲痛な表情から、誰もが、最悪の事態に、いたった、ことを直感したようであった。

≪山本伸一≫ 先生は、先ほど、六時三十分に亡くなられました。

≪ナレーションC≫ 皆、一瞬にして顔色を失った。言葉を発する人は、いなかった。ただ沈黙のなかに、誰もが深い悲哀をかみしめていた。その場は、直ちに重大会議となったのであります。

その夜、戸田城聖の亡骸は、彼の自宅に移された。
艶(つや)やかな、眠るがごとき相をしていたが、もの言わぬ人となっての帰宅であった。

≪戸田幾枝≫ あなた。ご苦労様でした……。
家ですよ。ゆっくり、お休みになってくださいね。

≪ナレーションC≫ 首脳幹部たちは、読経・唱題を終えると、すぐに協議に入った。
葬儀の日程などが決定された。
本部幹部会の、式次第も再検討された。
打ち合わせが終わったのは、深夜の十一時を回っていた。

弟子たちにとって、永遠に忘れ得ぬ日となった四月二日は、間もなく終わろうとしていた。
誰もが、今日の、この日が、あまりにも長く、何日にも、何ヶ月にも感じられたのであります。

≪ナレーションA≫ 伸一が自宅に着いた時には、はや午前、零時を回っていた。彼は、師との永久(とわ)の別れとなった、この四月二日という日の、無量の思いを、どうしても日記に書き残しておきたかった。

しかし、数行つづると、ペンを持つ手は止まった。あふれ出る涙が点々とノートをぬらした。
自身の億念(おくねん)は、筆舌に尽くしがたいことを知らねばならなかった。

「立て、立ち上がれ。強くなるのだ、伸一!」

伸一は、自らを叱咤(しった)すると、拳(こぶし)で涙をぬぐい、決然と顔をあげた。
胸に誓いの火が、赤々と燃え上がろうとしていた。
伸一は、唇(くちびつ)をかみしめると、ペンを走らせた。

≪山本伸一≫ 嗚呼(ああ)、四月二日。
四月二日は、学会にとって、私の生涯にとって、弟子一同にとって、永遠の歴史の日になった。

……妙法の大英雄、広布の偉人たる先生の人生は、これで幕となる。
しかし、先生の残せる、分身の生命は、第二部の、広宣流布の決戦の幕を、いよいよ開くのだ。
われは立つ!

≪ナレーションA≫ こう記(しる)した時、伸一の胸中に、戸田の微笑が浮かんだのであります。

本日は、小説人間革命第12巻寂光の章より、「四月二日のお話」を、黎明地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇に登場する「木田医師」は以前に掲載した、2つの寸劇に登場します。

その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

もう一つの寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください



この寸劇人間革命は、「星落秋風五丈原」の歌が登場します。
この歌にまつわる寸劇を以前に掲載しました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

そこには、いろんな資料を、たくさん準備しています。

YOUTUBEにこの歌があります。
SGIメンバーの歌。必見です。
ここをクリック 
2006年10月12日、第64回本部幹部会、第31回SGI総会、東京牧口記念会館。池田SGI会長が、SGI秋季研修会で来日した65カ国・地域の代表260人らと出席。ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏らアメリカSGI芸術部を中心とした「平和のための国際芸術家委員会」(ICAP)が祝賀演奏。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×215行です。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

前半部分を省略したショート版(20文字×115行)も、準備しました。


有意義な座談会に、ご活用ください




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「猟師と猟犬・十八史略」のお話し


歌い終わると、伸一は「もう一度!」と言った。
皆は、前よりも元気に、力いっぱい歌った。

しかし、伸一は、さらに「もう一度!」というのである。

二階では戸田先生がお休みです。
広宣流布は、私たちがやります。との、力強い歌声をお聞かせできれば、先生にご安心していただける。

さあ、弟子としての誓いを込めて歌おうじゃないか!!


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≪戸田城聖≫ 伸、今日は、なんの本を読んだのかね

≪山本伸一≫ はぁ、はい。

≪戸田城聖≫ 指導者になろうとする者は、何があっても読書を忘れてはならない。
私は、総本山に来てから、『十八史略』を第3巻まで読んだよ。

≪ナレーションA≫ 時は、昭和33年、1958年3月下旬。そうです。あの3月16日の儀式の数日後のお話であります。

≪戸田城聖≫ 漢の高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)が、天下を取った時、臣下のなかでも蕭何(しょうか)を第一の功労者とした。しかし、だ。

≪将軍1≫ 蕭何は、我々のように前線で、命をかけて戦うことはなかった。それが第一の功労者というのは解せません。

≪将軍2≫ 蕭何は、後方の安全なところで、書き物をしていただけです。一番多くの領地を与えるというのは納得できません。

≪高祖≫ なるほど。
獲物(えもの)を追いかけて、かみ殺すのは犬だが、犬の綱を解(と)いて、獲物を追いかけさせるのは猟師だ。
諸君は、ただ逃げていく獲物を追いかけただけだから、猟犬のような功労だ。
それに比べて、蕭何こそ、綱を解き、獲物を追いかけさせた猟師の功労に値する。
どうだ。

≪将軍1,2≫ んーん。

≪戸田城聖≫ つまり、前線にあって、皆が心配なく、思う存分戦えたのは、蕭何の力があったからであり、蕭何こそ、最大の功労者であるということだ。

3月16日の朝、豚汁を用意させたのも、蕭何にならってのことだよ。朝、腹を減らし、寒さに震えている青年たちにとって、一杯の熱い豚汁が、どれほどの力となるか、皆もよくわかってくれたと思う。
敢然に戦場を駆け巡るととともに、蕭何のような働きができる人材が、学会には必要なんだ。勇ましいだけでなく、全体観に立って、陰で万全を尽くして手を打つことができる人間だよ。

≪ナレーションA≫ 伸一は、戸田の話を聞きながら、その『十八史略』に登場する、諸葛孔明(しょかつこめい)のことを思い起こしていたのであります。

諸葛孔明は、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)の軍師として活躍し、魏(ぎ)、呉(ご)、蜀の三国の時代が訪れる。しかし、劉備は、ほどなく後事を孔明に託(たく)して没する。
やがて、孔明は、陣列を整えて、総勢十万の兵を繰り出し、最後の決戦に臨(のぞ)む。

しかし、孔明は、陣中にあって、病にかかり、重体に陥(おちい)っていた。
彼は、重い病のなかで、将来を案じつつ息を引き取るのであります。

≪ナレーションB≫ 伸一の脳裏に、「星落秋風五丈原(ほしおつしゅうふうごじょうげん)」の歌が浮かんだ。

成否を誰れかあげつらふ(せいひをだれかあげつらう)
一死尽くしし身の誠  (いっしつくししみのまこと)
仰げば銀河影冴えて  (あおげばぎんがかげさえて)
無数の星斗光濃し   (むすうのせいとひかりこし)
照らすやいなや英雄の (てらすやいなやえいゆうの)
苦心弧忠の胸ひとつ (くしんこちゅうのむねひとつ)
其壮烈に感じては   (そのそうれつにかんじては)
鬼神も哭かむ秋の風  (きじんもなかんあきのかぜ)

そこに歌われた諸葛孔明と、眼前の戸田とが重なり、伸一は胸を突かれた。

広宣流布に一身を捧げ、休む暇さえなく、走りに走り、壮絶な闘争を展開してきた恩師・戸田城聖……。
広宣流布を誓願してきた彼には、安穏の日々などなかったといってよい。
その広宣流布は、今、始まったばかりというのに、戸田の命はまさに燃え尽きようとしている。

≪山本伸一≫ 先生は、後事を託(たく)すも、私をはじめ、皆、まだまだ未熟だ。
力をつけねば。強くならねば……。
そして先生に、ご安心いただくのだ。

≪ナレーションA≫ ある朝のことである。
戸田は床のなかでにこやかな表情を浮かべて話かけてきた。

≪戸田城聖≫ 伸一、昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ。
待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな。行きたいな、世界へ。広宣流布の旅に……。

≪山本伸一≫ 先生……

≪戸田城聖≫ 伸一、世界が相手だ。君の本当の舞台は世界だよ。
世界は広いぞ。人種も、民族も、異なる。自由主義の国も、社会主義の国もある。国によって宗教もさまざまだ。
伸一、生きろ。うんと生きるんだぞ。
そして、世界に征(ゆ)くんだ。

≪ナレーションA≫ 伸一は戸田の手を握りしめ、何度も頷きながら唇をかみ締めた。彼は師匠の温かい情愛、自己の使命の重大さが痛感されてならなかったのであります。

≪ナレーションB≫ 伸一は、役員の青年たちが集ってくると、決まって、学会歌を合唱しようと言うのであった。
歌い終わると、伸一は「もう一度!」と言った。
皆は、前よりも元気に、力いっぱい歌った。

しかし、伸一は、さらに「もう一度!」というのである。

≪山本伸一≫ 二階では戸田先生がお休みです。『広宣流布は、私たちがやります。』との、力強い歌声をお聞かせできれば、先生にご安心していただける。さあ、弟子としての誓いを込めて歌おうじゃないか!!

≪ナレーションB≫ 歌は何度も、何度も、繰り返された。青年たちは、師匠を思う伸一の心を知り、感激に胸を熱くしながら歌ったのであります。

本日は、小説人間革命第12巻寂光の章より、「猟師と猟犬・十八史略」のお話を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。





この寸劇人間革命『猟師と猟犬・十八史略のお話』を、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×130行です。

この寸劇人間革命は、「星落秋風五丈原」の歌の意味(いきさつ)を、理解しているという前提で作られています。
また、3月16日のことも、理解されていることが前提です。ですから、説明不足のような寸劇になってしまいました。

またこの歌にまつわる寸劇を以前に掲載しました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

そこには、いろんな資料を、たくさん準備しています。

YOUTUBEにこの歌があります。
SGIメンバーの歌。必見です。
ここをクリック 
2006年10月12日、第64回本部幹部会、第31回SGI総会、東京牧口記念会館。池田SGI会長が、SGI秋季研修会で来日した65カ国・地域の代表260人らと出席。ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏らアメリカSGI芸術部を中心とした「平和のための国際芸術家委員会」(ICAP)が祝賀演奏。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータ(20文字×130行)を準備しました。
楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。

おまけに、「メキシコの夢」のエピソードを省略したバージョンも準備しました。(20文字×115行ほどになります)こちらも参考にどうぞ。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

三月一六日のお話し。四つのエピソード組み合わせで、八個の寸劇。


広宣流布なされれば、首相をはじめ各界の指導者が、この仏法を信奉して、世界の平和と繁栄を祈念する日がやってくる。

いや、その時代を、青年の手で、必ず作っていくのだ。


創価学会は、宗教界の王者であります。何も恐れるものなどない。

諸君は、その後継者であるとの自覚を忘れることなく、広宣流布の誉れの法戦に、花の若武者として勇敢に戦い進んでもらいたい。


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 【1】豚汁のお話+車駕のお話+岸総理のお話+式典のお話 4部構成 20文字×310行

≪ナレーション≫ 時は昭和33年、西暦1958年の3月、一日7000人一ヶ月で20万人の大講堂落慶総登山の、まっ最中であります。

そこに、時の首相、岸信介(きしのぶすけ)から、3月16日の日曜日に総本山に参詣したいとの、連絡が入ったのであります。そうです。本日は、「広宣流布記念の日」3月16日の、お話であります。

≪戸田城聖≫ よい機会だ。この日に、青年部を登山させようじゃないか。そして将来のために広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典を、しようじゃないか。

広宣流布なされれば、首相をはじめ各界の指導者が、この仏法を信奉して、世界の平和と繁栄を祈念する日がやってくる。いや、その時代を、青年の手で、必ず作っていくのだ。

伸一、僕はこの3月16日の式典を、広布の後継と責任を、君たちに託す儀式にしようと思っているのだよ。この式典の全責任は君がもつのだ。思い通りに、力いっぱいやりたまえ。

≪山本伸一・参謀室長≫ はい、見事な後継の、誓いの集いに、いたします。

≪ナレーション≫ こうして、山本伸一を中心に、式典の準備は、直ちに進められていきました。
「16日に、青年部の登山が行なわれる。この日は首相を迎え、広宣流布の模擬試験を行なう」この連絡は、またたくま   に、組織の隅々までいきわたったのであります。

そして、師匠の戸田は、愛する弟子たちのために、すでに一つのアイデアを計画していたのであります。

≪板見弘次・蒲田支部幹事≫ 戸田先生、昨日の大講堂落慶法要まことに、おめでとうございます。

≪戸田城聖≫ おう、よく来た。待っていたのだ。じつは、君に頼みたいことがあったのだよ。じつは岸首相が、総本山に来ることになっている。その時は、青年部を登山させ、総理を迎えようと思っているんだが、朝早くから、寒い中、青年たちが、腹をすかせて、やって来るに違いない。

そこでだ、この青年たちに何か温かいものを食べさせてやりたい。いろいろ考えてみたが、豚汁が、一番いいのではないかと思う。湯気のたつ豚汁は体も温まるし、栄養にもなるからな。ひとつ君が中心になって、この豚汁づくりをやってもらいたいのだ。できるだろうかね。

≪板見弘次≫ はぁ??はい。かしこまりました。
やらせていただきます。そうしますと、結集の人数は、いかほどになりますでしょうか。

≪戸田城聖≫ 五、六千人だろうな。

≪板見弘次≫ ろ、ろ、六千人分の豚汁!!んんー、一人、1合(ごう)としても、んんー、6石(こく)ですな。役員も50人くらいは……
(1合=0.18ℓ 6石=1080ℓ)

≪戸田城聖≫ いや、こうした作業は、少数精鋭でやった方が、はかどるだろう、10人もいれば十分だ。豚は2、3頭もあればいいだろう。それで足りなければ、食べられるものなら何でもかんでも、入れればいいじゃないか。
はぁ、はぁ、はぁ。
腹が減っては、戦はできん。いかなる戦いでも、これが鉄則だよ。

≪板見弘次≫ はい、かしこまりました。役員は蒲田支部から十人。えーと、あーでもない。こーでもない。かまどはドラム缶にディーゼルバーナーを取り付けたやつを四基、大がま四つ、小ビャクシ30、大ビャクシ2本、大しゃもじが、1つ。

あーでもない。こーでもない、豚が3頭、にんじん10貫、ごぼう15貫、長ネギ15貫、ジャガイモ60貫、野菜100貫、味噌は四斗樽(だる)1つ。
(1貫=3.75Kg 四斗樽=74ℓ)

≪戸田城聖≫ 参加者には、「はし」と「わん」を持ってくるように徹底するのだ。ただし、弁当は各自が持参するんだよ。そこまで面倒は、見れんからな。
はぁ、はぁ、はぁ。

≪ナレーション≫ 一方、弟子の山本伸一は、師匠のために、ひとり、心を痛めていたのであります。それは戸田の体の衰弱でありました。

≪山本伸一≫ 戸田先生の気迫は、決して変わることはない。しかし歩行は、日を追って困難になってきている。なんとしても、師匠の体の負担を少しでも、減らしたい。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、戸田が乗るための、車駕(しゃが)の作成を澤田良一に依頼したのであります。

≪山本伸一≫ 16日の式典の時に、車駕(しゃが)を用意して、そこに戸田先生に乗っていただいて、青年たちで、担ごうと思っているんだ。

≪澤田良一・輸送責任者≫ わかりました。それでは、どのようなものを、作ればよろしいのでしょうか。

≪山本伸一≫ 戸田先生のお体の具合がとても、心配だ。ともかく、戸田先生がお疲れにならないように。一切は、澤田君に任せるから、よくよく、工夫して欲しい。(二人の会話ここまで)

≪澤田良一≫ これは、真剣に、考えねば。どうすればいいだろう、あーでもない、こーでもない。そうだ車駕に、肘掛(ひじか)け椅子をのせよう。こうすれば戸田先生がゆったりとすわって、足を伸ばすこともできるぞ。材料はヒノキだ。手すりを回せば、いいものができそうだ。
あーでもない、こーでもない。図面、図面。よし、よし。鉛筆、なめなめ。よしこれでいこう。

≪澤田良一≫ 参謀室長、車駕ができました。今、理境坊(りきょうぼう)の中庭に運びました。

≪山本伸一≫ ありがとう。がっしりして立派にできたね。これなら、戸田先生のお体に、負担をかけなくてすむ。澤田君、制作費は?

≪澤田良一≫ それが、じつは、四万円もかかって、しまいました。

≪山本伸一≫ それは、心配しなくていい。私が払う。

≪ナレーション≫ 伸一は財布をはたいて、自分ひとりで全額を支払ったのであります。
(当時は国家公務員の初任給が1万円弱)

それから伸一は理境坊の2階に行って、戸田に報告した。

≪山本伸一≫ 明日の式典で、先生にお乗りいただこうと、車駕を作りました。御覧いただければと思います。

≪戸田城聖≫ おう、ん。……。
大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!

≪側近幹部≫ ほんとうに大きいですね。
これじゃあ、まるで角館の祭りの山車(だし)ですね(笑い)

≪澤田良一≫ しまったー、どうしようー。あの形も大きさも、私が考えたものだ、責任は私にあるのに、参謀しつちょうー(泣く)

≪山本伸一≫ 大丈夫だよ、澤田君。戸田先生は、かならず乗ってくださる。弟子が真心をこめてつくったのだもの。
戸田先生は、こうした一つひとつの事柄を通して、私たちを真剣に訓練して下さっているんだよ。
ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生の御慈愛なんだ。
その先生が私たちの真心に、お応えくださらないわけがないじゃないか。
なにも、心配はいらないよ。

≪ナレーション≫ 16日、午前3時過ぎから、青年たちを乗せたバスが、次々と到着した。彼らを、待っていたのは、あの豚汁でありました。その時初めて「『はし』と『わん』を持ってくるように」と、徹底された、理由が、わかったのであります。

ことに、それが、戸田先生の心尽くしの、ご馳走であると知ると、師匠の真心に、熱いものが、込み上げるのを、覚えたのであります。

午前10時。岸首相の歓迎にための、すべての準備は整った。あとは首相一行の到着を待つばかりであります。
しかし、……


≪戸田城聖≫ もしもし、戸田ですが、どなたでしょうか?

≪岸信介≫ 首相の、岸信介です。実は戸田さん。まことに申し訳ない。家族と箱根まで来ておるのですが、エート、そうそう、外交上の問題が発生しまして急遽、東京に戻らねばならなくなってしまったのですよ。

≪戸田城聖≫ なに!なんですと!!

≪岸信介≫ まことに申し訳ないが、そんなわけで、私は、これから東京に引き返さなければならんのです。

≪戸田城聖≫ 岸くん。あなたの来るのを六千人の青年が、前々から準備をして、待っているのですぞ!!
青年を騙(だま)すことに、なるではないか!!

≪岸信介≫ 済まないことをしました。戸田さんには、くれぐれもお詫(わ)びします。

≪戸田城聖≫ 私に詫びよと、いっているのではない!!詫びるのは、青年たちにだ!!

≪岸信介≫ その通りです。戸田さんの方から、くれぐれも宜しくいってください。わたしはいけないが、そのかわり家内と娘、それから婿で私の秘書を伺わせます。どうかひとつ宜しくお願いいたします。

≪ナレーション≫ 戸田城聖と岸信介との交友が始まったのは、二、三年ほど前のことであった。 もとより、二人は思想も信条も異なっていた。しかし、これからの日本をどうするかという、建設の意気と気概は共通しており、互いに響きあうものがあった。

政治の世界にあって、権謀術数(けんぼうじゅっすう)を駆使することを余儀なくされてきたであろう岸が、いかなる意図をもって、戸田と接触したかは知る由(よし)もない。しかし戸田は一人の人間として、誠実をもって、岸に対したのであります。

≪戸田城聖≫ 首相は参列しなくとも、今日は予定どおり堂々たる、式典を開催し、盛大に、代理で来る家族を歓迎しようじゃないか。この式典を「広宣流布を記念する模擬的な儀式」とすることには、いささかも変わりはない。

私は、今日参加した青年を、この戸田の後継者と思い、広宣流布のいっさいを託す式典にするつもりでいる。首相がこないのだから、私が全力で、皆を激励したい。

≪ナレーション≫ 正午前、車が到着した。岸首相の姿はなく、代理で訪れた首相夫人と娘、そして婿の安部晋太郎が降り立ったのであります。

そのころ、戸田城聖は、山本伸一に手を取られて、理境坊の玄関に降り立った。そこには、周囲を白い布で巻いた、車駕が、置かれていたのであります。

≪戸田城聖≫ 大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!!

≪山本伸一≫ 先生、よくわかりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は弟子が真心で作ったものです。どうかお乗りください。

≪ナレーション≫ 自らの命の燃え尽きんとするまで、戦いの極意と闘将の気迫を身をもって教え伝えようとする師匠の厳愛。その師匠の体を気遣い、いたわろうとする弟子の真心。それは、師匠と弟子の、熱い生命のドラマでありました。

戸田は、伸一を見てにっこり、うなずくと、弟子たちに体を預け、車駕の中央に固定された、肘掛け椅子に座った。車駕は静かに、ゆっくりと参道を進みはじめました。車駕には山本伸一がぴったりと、付き添ったのであります。

「戸田先生だ!戸田先生だ!」青年たちの歓声が、潮騒のように広がっていった。戸田は青年たちに、心の中で静かに語りかけたのであります。

≪戸田城聖≫ みんな、みんな、よくやって来たな。私は君たちに会えて幸せだ。よく、育った。ほんとうによく育ってくれた。君たちとこうして会えるのも、これが最後だろう。私がいなくなったあとは、君たちがやるのだ。広宣流布を頼むぞ!

≪ナレーション≫ 12時40分。式典は開会となった。
司会は、山本伸一であります。


≪安部晋太郎≫ 義父(ちち)は、昨夜も、皆様方とお会いして祖国の再建について是非とも語り合いたいと申しておりましたが、実現できず、非常に残念でなりません。
義父の、次の機会の参詣をお約束申しあげ、私たち一同のお詫びの言葉にかえさせていただく次第でございます。ありがとうございました。

≪戸田城聖≫ 岸総理が「一日の法要には行けない」とい言うから「そのあとはどうだ」と言ったら、「十六日なら行ける」というので、楽しみにしておったのです。
ところが、どうしてもということで東京に帰ることになった。これは仕方がないでしょう。

一国の総理といっても月給は安いものだ。それでこき使われることは、ずいぶんこき使われるらしい。大変な商売ですよ。そうしたなかで、お嬢さんご夫妻と奥様をさしむけられた。その誠意というものを、私は心から嬉しく思い、感謝しています。

私は岸先生が総理だから偉いと思った覚えはありません。立場でなく、人間としてお付き合いしてきた。これからもそうです。それが友人としての真心です。

妙法のもとには、皆、平等です。そして、個人も、国家も、幸せと繁栄を得るには正法を根幹とする以外にない。ゆえにわれわれには、広宣流布を断じてなさねばならぬ使命がある。それを今日、私は君たち青年に託しておきたい。未来は君たちに任せる。頼むぞ広宣流布を!!

創価学会は、宗教界の王者であります。何も恐れるものなどない。諸君は、その後継者であるとの自覚を忘れることなく、広宣流布の誉れの法戦に、花の若武者として勇敢に戦い進んでもらいたい。

≪ナレーション≫ 「創価学会は、宗教界の王者である」との言葉は、戸田の生涯をかけた広宣流布の、勝利の大宣言にほかならなかったので、あります。

戸田は青年たちを見つめながら、心のなかで叫びました。

≪戸田城聖≫ 牧口先生、広宣流布の万代の基盤を作り上げ、あとは、我が愛弟子に託しました。妙法広布の松明が、東洋へ、世界へと、燃え広がる日も、もはや遠くは、ございません。

≪山本伸一≫ 先生、青年の陣列がみごと、そろいました。広宣流布は必ず、われら弟子の手でいたします!どうかご安心ください。

≪ナレーション≫ このお話は、戸田先生の逝去の、4月2日の、直前の出来事であり、そしてこの3月16日が、のちに、「広宣流布記念の日」となり、広宣流布を永遠不滅ならしめる、弟子たちの新たな誓いの日となったことは、皆様ご存知のとおりです。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「後継」の章、から「広宣流布記念の日・3月16日のお話」を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。

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長い寸劇人間革命を、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×310行です。

今まで作った寸劇人間革命の中から、「3月16日・広宣流布の日」のお話をまとめてみました。

お話しは、4つのエピソードからできています。
1)豚汁のお話し。
2)車駕のお話し
3)岸総理のお話し
4)式典のお話し

このエピソードの組み合わせを、4個作りました。
さらに、それぞれ、長いバージョンと、コンパクトなものを準備しました。
そんなわけで、8個の寸劇があります。

以前に掲載したものに、多少、手直しをしました。
首相の名前など、訂正しています。

改めて見直してみるとまだまだ下手だなあと思います。
STBに押されておりますが、これからも挑戦していきます。よろしくお願いします。

印刷用の空白行の少ないテキストデータを掲載します。
楽しく、有意義な座談会に、ご活用ください。

【1】豚汁のお話+車駕のお話+岸総理のお話+式典のお話 4部構成(今回のブログ掲載のもの)
20文字×315行

【2】豚汁のお話+車駕のお話+岸総理のお話+式典のお話 4部構成のコンパクト 
20文字×195行

【3】豚汁のお話+車駕のお話+式典のお話 3部構成
20文字×255行

【4】豚汁のお話+車駕のお話+式典のお話 3部構成のコンパクト 
20文字×155行

【5】車駕のお話+岸総理のお話+式典のお話 3部構成
20文字×255行

【6】車駕のお話+岸総理のお話+式典のお話 3部構成のコンパクト 
20文字×145行

【7】車駕のお話+式典のお話 2部構成 
20文字×190行

【8】車駕のお話+式典のお話 2部構成のコンパクト
20文字×120行




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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

『創価学会本部、一階、応接室』のお話


人間一人ひとり、皆、生涯になすべき仕事をもっている。

私は、広宣流布の未来のために幕を開いたと思っているが、いまになってみると、それが私の仕事であったことがよくわかる。

伸一君、君は生涯を賭けて果たすべき自分の未来の仕事について、考えたことはあるかな。

……僕が大きく幕を開いた舞台で活躍するのは、ほかならぬ君たちなのだ。
しっかり頼むよ。

ひとたび広宣流布の戦を起こしたならば、断じて勝たねばならぬ。
戦いを起こしておいて負けるのは、人間として最大の恥だ。


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≪ナレーションA≫ 時は昭和32年1957年11月。学会本部一階の応接室であります。
そのころ戸田は、二階の和室の会長室を避け、一階の応接室のソファーのうえに、横になっていることが、多くなって、いたのであります。

≪戸田城聖_1≫ 伸一か、入りなさい。

≪山本伸一≫ 先生、お体の具合はいかがでしょうか。

≪戸田城聖_1≫ 大丈夫だよ。ちょっと疲れているだけさ。しなければならんことが、たくさんあるうちは、人間、そうやすやすと死ねるものではない。

≪山本伸一≫ 総本山で建設中の大講堂の最終工事は、順調に進んでおります。
かくかくしかじか。

≪ナレーションA≫ 戸田は聞き終わると、ソファーに身を起こし、伸一にも座るよう勧めた。

そして穏やかな口調で、自分の半生を回顧するかのように語りはじめたのであります。

≪戸田城聖_1≫ 私は、広宣流布という尊い仕事に、自分の命を賭けさせていただいた。どんな人間でも、崇高なる目的に生きることによって、強く、大きな力を得ることができるものだ。
私にとって、もっとも厳しい人生の試練は戦時中の獄中生活だった。軍部政府は私の最愛の恩師の命を奪い、学会を壊滅状態に追い込み、私の体も、事業も、ボロボロにした。しかし、私は、この二年間の獄中生活に勝った。

おのれを捨てたからだよ。広布にわが身をなげうつことを決めたから勝ったのだ。そう決めた時から何の迷いも、恐れもなかった。
この決意をもって唱えた独房での二百万遍の唱題のなかで、御本仏とともにある久遠の自分を知り、地涌の菩薩としての使命を自覚するにいたった。
独房という地獄のなかで最高の歓喜と法悦につつまれ、不可思議な境地を会得したのだ。金色の光を一身に浴びるような無量な随喜に打ち震えながら、私は妻の両親に手紙を書き送った。
「私がいる限り富める者なれば落胆しないでくれ」と。

≪戸田城聖_2≫ 平凡な取るに足らぬ男が、偉大なる使命を知り、不動なる大確信を得たのだよ。
やがて、会長に就任したとき、私は七十五万世帯の折伏を誓った。最初は、誰も本気にさえしなかった。しかし、そんなことは、私の眼中にはなかった。自分一人でも、やろうと思っていたことだからだよ。

それが、私のこの世で果たさなければならぬ、私の使命なのだからな。
人を、たのむ心があれば、本当の戦いはできない。人をたのみ、数を頼る-その心にこそ、敗北の原因があるものだよ。私は、この世でやるべきことは、すべてやったと思う。人間として、なんの悔いがあるものか。

≪ナレーションA≫ 戸田はさも満足そうに、伸一に笑いかけた。それから彼方を仰ぐように眼を細めて、話続けたのであります。

≪戸田城聖_2≫ 人間一人ひとり、皆、生涯になすべき仕事をもっている。

私は、広宣流布の未来のために幕を開いたと思っているが、いまになってみると、それが私の仕事であったことがよくわかる。
伸一君、君は生涯を賭けて果たすべき自分の未来の仕事について、考えたことはあるかな。

……僕が大きく幕を開いた舞台で活躍するのは、ほかならぬ君たちなのだ。しっかり頼むよ。
ひとたび広宣流布の戦を起こしたならば、断じて勝たねばならぬ。戦いを起こしておいて負けるのは、人間として最大の恥だ。

≪ナレーショA≫ 伸一は、戸田の話を心に刻み込む思いで聴いていた。深い感動に言葉もなく、ただ、めっきりやつれた戸田の顔を、眺めるばかりであったのであります。

≪ナレーションB≫ それから四ヵ月後の三月下旬。そうです。あの三月十六日の数日後のお話であります。
戸田は床のなかで、にこやかな表情を浮かべて話かけてきたのであります。

≪戸田城聖_3≫ 伸一、昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ。
待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな。行きたいな、世界へ。
広宣流布の旅に……。

≪山本伸一≫ 先生……

≪戸田城聖_3≫ 伸一、世界が相手だ。君の本当の舞台は世界だよ。
世界は広いぞ。人種も、民族も、異なる。自由主義の国も、社会主義の国もある。国によって宗教もさまざまだ。
そうした国々に、どうやって妙法を広めていくか、いまからよく考えておくことだ。
人類の幸福と平和の実現こそ仏法の本義なのだからな。

≪ナレーションB≫ 戸田はまじまじと伸一の顔を見た。そして、布団のなかから手を出した。伸一は、無言でその手を握った。

≪戸田城聖_3≫ 伸一、生きろ。うんと生きるんだぞ。そして、世界に征(ゆ)くんだ。

≪ナレーションB≫ 伸一は戸田の手を握りしめ、何度も頷きながら唇をかみ締めた。
彼は師匠の温かい情愛、自己の使命の重大さが痛感されてならなかったのであります。

≪ナレーションA≫ 本日は、小説人間革命第12巻、憂愁の章、そして寂光の章より、「本部一階応接室」のお話を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×115行です。
戸田先生のセリフが、多いので、3人で読んではどうでしょうか。

印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備いたしました。
楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。



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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

ドクター川崎のお話


フランスには輝かしい人権宣言の歴史がある。
そこで謳われた『自由』『平等』『博愛』の精神は、本来、永遠のものであり、人間性の勝利へとつながるのだと思う。

川崎さん。あなたが中心になって、このフランスから、本当の人権の勝利の波を、全ヨーロッパに広げてもらいたい。
友情の華を咲かせ、『自由』と『平等』と『博愛』の園を築いていく。
それが広宣流布といってもよい。

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≪ナレーションA≫ 時は昭和36年、1961年10月。西ドイツは、ベルリンのホテルであります。

深い疲労を覚えた山本伸一は、医師の川崎鋭治(かわさきえいじ)に、ビタミン剤を注射してくれるよう、頼んだのであります。

≪山本伸一≫ 痛い!すごく痛い注射だな……

≪川崎鋭治≫ そんなに痛みますか?変ですね……

≪山本伸一≫ 頼りにならない医学博士だな。看護婦さんのなかには、川崎さんより、はるかに注射の上手な人がたくさんいるよ。
川崎さんは、医学の知識は豊富なんだが、人間の心というものが、まだ、よくわかっていないね。

≪川崎鋭治≫ はぁ、私は、どちらかといえば、患者さんの診察より、研究の方が専門なもので……

≪山本伸一≫ たとえば、注射をする時には、『ちょっと痛いかもしれませんが、すぐ終わるから大丈夫ですよ』とか言うもんだよ。
そうすれば、人は安心もするし、痛さに対する心の構えもできる。

川崎さんは、これから、ヨーロッパの広宣流布の指導者になっていく使命をもった人なんだから、人びとの不幸を解決する、「信心の名医」になる必要がある。

≪川崎鋭治≫ 「信心の名医」ですか。病気を治療するよりも、よほど難しくなる……

≪ナレーションA≫ 深刻な顔でつぶやく川崎。
その愛すべき生真面目(きまじめ)さに、伸一は、笑みを浮かべたのであります。

≪山本伸一≫ 心配ありません。医学も仏法も、根本の精神は慈悲です。
“ドクター川崎”ならば大丈夫です。決意と実践があれば「信心の医学博士」にもなれますよ。

≪ナレーションA≫ 『なるほど』と、安心した川崎の顔にも、笑顔が浮かんだのであります。

≪ナレーションB≫ 次は、数日後。フランスのルーブル美術館の近くの公園でのエピソードです。

≪山本伸一≫ この中にも、未来のゴッホやピカソがいるかもしれないね。
私も、記念に似顔絵(にがおえ)を描(か)いてもらおう。

≪ナレーションB≫ 伸一は、いかにも芸術家風の、青年画家に、似顔絵を頼んだのであります。

≪青年画家≫ んーーん。
いい顔だ。
よし。
サラサラ。サラサラ。
よしできた。
代金は700円。

≪川崎鋭治≫ ぜんぜん似てないじゃないか。

≪同行幹部≫ まるで別人だよ。
それにしても高いな。
東京じゃ、ラーメン一杯50円だよ。

≪青年画家≫ いや、よく似ているはずだ。芸術的な完成度も高い。
それがわからずに、ぶつぶつ文句を言うのは、芸術を見る目がないんだよ。

≪山本伸一≫ ありがとう。私はあなたの可能性を信じます。
将来を楽しみにしていますからね。
未来のゴッホさん。

≪青年画家≫ あなたは、芸術への理解が深い。
はっ、はっ、はっ。

≪山本伸一≫ (振り返って)ところで、フランスは文化の国として世界をリードしてきた。
これからは、どうなんだろう。

≪川崎鋭治≫ どうでしょう?フランスが、将来も、これまでのように、優れた文化や精神を、世界に向かって発信していくことができるかどうか……。

≪山本伸一≫ しかしフランスには輝かしい人権宣言の歴史がある。そこで謳(うた)われた『自由』『平等』『博愛』の精神は、本来、永遠のものであり、人間性の勝利へとつながるのだと思う。

川崎さん。あなたが中心になって、このフランスから、本当の人権の勝利の波を、全ヨーロッパに広げてもらいたい。
友情の華(はな)を咲かせ、『自由』と『平等』と『博愛』の園(その)を築いていく。
それが広宣流布といってもよい。

≪ナレーションB≫ 一つ一つの言葉に、うなづきながら伸一を見つめる川崎の瞳(ひとみ)には、決意の輝(かがや)きが、あったのであります。

≪ナレーションA≫ 広布の旅は、フランスからイギリス、スペイン、スイス、イタリアへと続きます。

≪山本伸一≫ ここで、ヨーロッパの組織について、検討したいと思う。

≪同行幹部≫ やはりヨーロッパは支部か総支部とし、各国に地区を置くことになるのでしょうか。

≪山本伸一≫ いや、ヨーロッパの場合、急がなくてもよいのではないか。まず各国に、連絡責任者を置いたらどうだろうか。地区の結成は、メンバーが増えてからのほうが、よいと思う。
ところで、ヨーロッパ全体の連絡責任者は、川崎さんにやってもらおうと思うが、どうだろうか。

≪川崎鋭治≫ はい、わかりました。

≪山本伸一≫ よし、これでヨーロッパは大丈夫だ!
今日は、ヨーロッパと川崎さんの、新しい出発の日だよ。

≪ナレーションA≫ 「新しい出発の日」
川崎は、その言葉にハッとしたのであります。

≪川崎鋭治≫ 山本会長は、このことのために、信心もわからぬ自分に、何度も何度も会って、忍耐強く激励し、指導してくれたんだ。
なるほど。そうか。よし!

いよいよ私も立ち上がる時が来たのだ。
この先生の期待に応えなければならない。
よし!『信心の名医』になるぞ!

≪ナレーションA≫ 川崎は、欧州(おうしゅう)広布の使命を、深く深く自覚したのであります。

≪ナレーションB≫ 打ち合わせが終わった夜遅く、川崎は、伸一の部屋を訪ねた。

≪川崎鋭治≫ 山本先生、お疲れでしょうから、ビタミン剤を打ちましょうか。

≪山本伸一≫ いいよ。川崎さんの注射は痛いから……

≪ナレーションB≫ ドクター川崎は頭を掻(か)いた。
二人は声をあげて笑ったのであります。

本日は、小説・新人間革命・第五巻・「開道(かいどう)」の章より、「ドクター川崎のお話」を、旭日地区の、オールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで、読んでくださってありがとうございます。


≪ドクター川崎≫≪川崎鋭治≫ の登場する、以前に掲載した寸劇人間革命があります。

『トインビー対談』 読んでみたい方は、ここをクリック してください
『アフリカ支部の結成』 読んでみたい方は、ここをクリック してください


この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20行×135行です。
原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。
楽しく、有意義な、座談会に、ぜひ御活用ください。

この寸劇は原作とは、構成が、異なっています。
新人間革命第五巻・開道の章の流れは、次のとおりです。
10月8日  西ドイツ・ベルリンのホテルでの懇談。
「ビタミン剤・すごく痛い注射」のエピソード。
10月10日 オランダ
10月12日フランス・ルーブル美術館の見学。
モンマルトルの丘、テルトリ広場の散策。
「似顔絵・似てないじゃないか」のエピソード。
モンマルトルの丘での懇談・「このフランスから、本当の人権の勝利の波を、全ヨーロッパに」のエピソード。
夜、ホテルで「いいよ。川崎さんの注射は痛いから」のエピソード。
10月13日 イギリス・ロンドンのホテルで「ヨーロッパ組織の検討」のエピソード。
10月15日 スペイン・マドリードへ

ちょっと変にいじりすぎだなと、思われた方には、お詫びいたます。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

男子部部隊参謀・代田不二也さんのお話


人生は劇場の舞台みたいなものだ。
みんな登場人物となって一生懸命に劇を演ずるしかない。
人生は劇だからです。
君も広宣流布の登場人物となったからには、努力を積んで名優になることだ。
君は必ずなれる。私といっしょに戦おうじゃないか。


世紀の丈夫たれ
東洋の健児たれ
世界の若人たれ
君よ 一生を劇の如く

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≪ナレーション≫ 時は昭和31年、1956年3月。ここは関西本部。ある日の午後、人影の少ない3階仏間で、ひとり、唱題をしている男子部。本日の主人公、代田不二也(しろたふじや)・部隊参謀であります。

≪山本伸一≫ 代田君、毎日ごくろうさま。ところで、君のアパートの押入れには、靴下が段ボール箱にいっぱいたまっているんだろうなァ。

≪代田不二也≫ えッ??参謀室長。なんでそれをご存知なんですか??

≪山本伸一≫ そりゃわかるさ。
……僕も寒々としたアパートに3年間一人で住んだことがあるもの。臭い靴下がダンボール箱いっぱいになって閉口したよ。
……そう、そう、枕がなくて新聞を丸めて寝たこともあったけ……

≪代田不二也≫ えッ??室長にもそんな時代があったんですか??

≪山本伸一≫ あるもないも、そういう厳しい時があったればこそ、今日(こんにち)の私があるんだよ。誰でもおなじだよ。すべて仏道修行なんです。

≪ナレーション≫ 代田は、引き込まれるようにしゃべりだした。誰にも話したことのない事柄が、後から後から出るのが不思議だった。
真面目に信心しているとはいえ、将来どうなるのか?
わびしい悲哀(ひあい)の数々を思いのたけ告白したといってよい。

≪山本伸一≫ 代田君、君のことはずっと前から私にはわかっていた。決して心配ない。
このまま真剣に信心をつづけさえすれば心配ありません。
多くの同志の姿からはっきりいえるのです。

≪ナレーション≫ 代田は無言のまま、大きくうなずいて、伸一をみつめたのです。

≪山本伸一≫ 『世界を制覇(せいは)せんとするものは、汝(なんじ)自身の悲哀を制覇せよ』という言葉がある。
それができるのが、この信心の修行だよ。
これは間違いない。
わたしもかつては、今の君よりも自分自身を情けなく思ったこともある。
君も、私とまったく同じなんだ。

本当の仏道修行は、親元を離れた厳しさのなかにあるんだ。いま、君はその最中だ。将来は誰が保障しなくとも、御本尊様は保障してくださっている。
いまの戦いのすべてが、仏道修行なんです。
頑張ろうじゃないか。

代田君。わかってみれば、人生は劇場の舞台みたいなものだ。みんな登場人物となって一生懸命に劇を演ずるしかない。人生は劇だからです。
君も広宣流布の登場人物となったからには、努力を積んで名優になることだ。
君は必ずなれる。私といっしょに戦おうじゃないか。

≪代田不二也≫ はい。ぜひ、お願いいたします。
(独り言)そうか、いま、俺は劇を演じているのか。
へたくそな、ダイコン役者だなァ。
よし。どうせやるなら、おもいっきりやってやろう。

≪山本伸一≫ 代田君、今日は君とゆっくり話ができてよかった。記念に一詩(いっし)を贈ろう。受け取ってくれたまえ。

≪ナレーション≫ 山本伸一は激励の詩を、便箋(びんせん)にさらさらと書き認(したた)め、代田に手渡したのであります。


≪代田不二也≫ (詩を朗読する)

世紀の丈夫(ますらお)たれ
東洋の健児たれ
世界の若人たれ
君よ 一生を劇の如(ごと)く

≪ナレーション≫ この一詩は、代田不二也の胸に、たちまち灼(や)きついたのであります。

本日は、小説人間革命第10巻・「険路」の章より、「男子部部隊参謀・代田不二也さんのお話」を、黎明地区の、オールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
このお話は、あの伝説の戦い・「大阪の戦い」の中の、一つのエピソードであります。
以前に、今回の主人公・代田不二也さんの登場する寸劇を掲載しました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください


この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×85行です。
原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。 

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

大阪の戦い_一念


この初陣の一戦を本源として、未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮、勝利する以外に途はない。

どうか、一人ひとりに直接会って、よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切に話してあげてください。

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≪ナレーションA≫ 時は、昭和31年、1956年1月5日。
山本伸一は、関西本部において、個人面接の指導に終始した。このたびの戦いに一人の落伍者(らくごしゃ)もないことを願いながら、全魂(ぜんこん)をこめて激励し、心血を注いでいたのであります。
その戦いとは。そうです。あの伝説の戦い・大阪の戦いであります。

≪ナレーションB≫ 戸田はこの作戦を、どうしても山本伸一にやらせたかった。
広宣流布の未来への開拓の苦難の途をあえて進ませ、彼の晩年の掌中(しょうちゅう)の珠(たま)である伸一の健気なる勇姿と、地涌の底力とを、彼の没後(ぼつご)のために、たしかめておきたかったのであります。

≪ナレーションA≫ 山本伸一の胸中には断じて勝つとの決意が、火のごとく燃えつつあったのであります。

≪山本伸一_1≫ 第一に、戸田先生の構想の一つを挫折(ざせつ)させることになる。
第二に、自身の広宣流布の本格的な初陣に敗れることになる。それは、使命ある生涯の蹉跌(さてつ)に通じてしまう。この初陣の一戦を本源として、未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮(しょせん)、勝利する以外に途(みち)はない。

御書をひもとけば、不可能を可能にすることも、戦いの要諦(ようてい)は必ずしも数にあるのではなく、少数でも固い団結にあることも、信心の無量であることも明確にして鋭(するど)く教えているではないか。
日蓮大聖人の仏法が真実であるならば、末法今時(こんじ)の一信徒(いちしんと)の自分自身にも、それが証明できないはずがない。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」とあるではないか。

≪ナレーションB≫ 関西本部では、地区部長会が開かれています。山本伸一は、七月の大阪地方区の初陣に勝利すること、そして極めて厳しい現状を語った。

「これでは戦いにならない。」皆がそう直感した瞬間に、山本伸一の熾烈(しれつ)な戦いが開始されたのであります。

≪山本伸一_2≫ 誰でも、これではまったく勝利は不可能と思うでしょう。しかし、私どもは、立派な御本尊をいただいている。
世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるのです。

御書には『湿(しめ)れる木より火を出(いだ)し、乾(かわ)ける土より水を儲(もう)けんが如く強盛に申すなり』とあります。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、鎌倉で弾圧にあっていた弟子たちを、どうしようにも、守ることはできない。とても不可能なことです。
しかし、大聖人の御祈念は、『しっぽりと濡(ぬ)れた木をこすってでも、なお火を出させてみせる。また、カラカラに乾いている砂漠(さばく)のような大地から、水を迸(ほとぼし)り出(だ)させてみせる。御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬ』と、お示しになっているのです。

いま、私たちは、合理的な考え方に慣れてしまって、今回の戦いの勝利はとても、不可能と思うでしょう。
しかし無量の力を、御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。
これを信じるか、信じないか、それは、私たちの問題です。

全員の祈りが揃(そろ)って御本尊に向かったとき、不可能を可能にする途(みち)が豁然(かつぜん)と開けるのは当然なのです。
信心のこの原点を皆さん一人一人に教えないで、もし、戦いに敗れたとしたら、私は関西の皆さんがたが可哀想(かわいそう)でなりません。

私は御本尊様にしっかりお願いした。
どうあれ勝たせてくださいと、心から祈りました。

≪ナレーションB≫ 山本伸一の切々とした話は、並み居る人々の胸に惻々(そくそく)と迫(せま)った。

山本伸一の億劫(おくごう)に辛労(しんろう)を尽(つ)くした祈りある一念は、この夜、関西の幹部の一念を一変させるに充分だったのであります。

≪山本伸一_3≫ どうか、一人ひとりに直接会って、よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切(こんせつ)に話してあげてください。

私は皆さんを心から尊敬し、信頼しております。生意気(なまいき)に響くかもしれませんが、私は関西の人たちが大好きですし、可愛(かわい)い。
それがもしも敗れることにでもなったら、関西の純信な友たちの悲嘆(ひたん)を思うと、私は胸の裂(さ)けるような思いにかられます。
必ず勝ってみせる。私の決意は変わりません。
皆さんは安心して戦ってください。

戸田会長に代わって、このたびの関西の戦いの指揮は、私がとらせてもらいます!

≪ナレーションA≫ ここで山本伸一は、突然『黒田節』を歌おうと提案したのであります。
一同が歌い始めると、彼は歌にあわせて見事な舞いを、披露(ひろう)したのであります。

≪山本伸一_4≫ さあ、元気よく踊ろうじゃありませんか。関西の初陣だ。さあ誰か踊ってみませんか。

≪ナレーションA≫ 嬉しくなった一人の男が踊りだした。だが、歌と踊りのテンポが合わず、仕草(しぐさ)はまことに滑稽(こっけい)をきわめ、見ていた人たちはどっと爆笑した。

≪ナレーションA≫ 最後に、山本伸一が再び舞いだした。
静と動の機微(きび)は見事な調和を保ち、豊かな表情を現出(げんしゅつ)したのであります。

≪山本伸一_4≫ このたびの戦いは、このように舞を舞って戦うのです。そして勝利のあかつきには、また『黒田節』を舞って祝おうではありませんか。

≪ナレーションB≫ 本日は、小説人間革命第十巻「一念」の章から、「大阪の戦い・一念」のお話を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




最後まで読んでくださってありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×135行です。


この寸劇人間革命は以前に掲載したものを作りなおしたものです。
エピソードを省略し、構成もいじりました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。楽しく、有意義な座談会のために、ぜひ御活用ください。

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