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「三本杉」のお話

この信心を、なんだと思っているんだ?
楽な暮らしが、したいのか。
世間に、ちやほや、されたいのか。
そんな形だけの幸福に憧れて信心したのか。
この大聖人の仏法の究極の目的は、永遠の生命を悟ることです。
生命というものが、永遠であるということを、わが身で体得するのです。
これを絶対的幸福という。
この幸福は、永遠につづくものであり、崩れることは決してない。
その確立のために信心してゆくのです。
目的観の低いことが、今のお前の不幸なのだよ。
お前の愚痴の心が、お前のすべてを、殺している!
日本一の女性になりなさい。必ずなれるのだよ。

女子部の皆さんへ、と思って作った寸劇人間革命です。P1010494_2.jpg


≪ナレーション≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は「三本杉」のお話です。
杉の木が三本で三本杉。
さて?これは、いったい何のお話でしょうか。
“花粉症”のお話では、ありません。

お話は、創価学会草創期、なんと昭和22年、西暦1947年まで、さかのぼります。
戦後、いちはやく創価学会の再建に馳(は)せ参じた「清原かつ」 さんのお話から、はじまります。

戸田先生の役を,おおせつかりました。よろしくお願いします。

≪清原かつ≫ 清原(きよはら)かつ です。
小学校の教員をしています。
牧口先生から、創価教育学を教えていただき、子供たちの人気者です。
けれども、一歩深く、自分の境涯を考えてみると、不幸であるように、思えてならないのです。

まず、妹と仲が悪いという悩みがあります。
そのうえ胸を病んでいます。
お見合いも、失敗してしまいました。

女性としての人生が、灰色にしか見えないのです。
それを戸田先生に訴えたいのです。
(向き直って)先生、私は入信して7年になりますが、少しも幸福(しあわせ)になれません。
このごろ、私ほど不幸な女はないと、思えて仕方がないのです。

≪戸田城聖≫ 愚痴(ぐち)だ!この信心を、なんだと思っているんだ?
楽な暮らしが、したいのか。
世間に、ちやほや、されたいのか。
そんな形だけの幸福に憧(あこが)れて信心したのか。
この大聖人の仏法の究極の目的は、永遠の生命を悟(さと)ることです。
生命というものが、永遠であるということを、わが身で体得するのです。

これを絶対的幸福という。
この幸福は、永遠につづくものであり、崩(くず)れることは決してない。
その確立のために信心してゆくのです。

目的観の低いことが、今のお前の不幸なのだよ。
お前の愚痴の心が、お前のすべてを、殺している!
日本一の女性になりなさい。必ずなれるのだよ。

≪ナレーション≫ 清原は泣きながら、にっこり笑った。
彼女は愚痴を、己(おのれ)の心から、たたき出そうと心に決めた。
彼女の心の中に逞(たくま)しい、輝くような生命(いのち)が、浮かんできた。

それは彼女にとって、信心の第2期、第2の人生の出発ともいうべきものであった。

≪清原かつ≫ よ~し!もう愚痴なんか、絶対いわないわ。
よ~し!お題目!お題目!折伏!折伏!

≪ナレーション≫ 彼女は心機一転し、同じ小学校の教員たちを、折伏し始めました。
その中に、入江千佐子(いりえちさこ)がいたのです。
清原は、入江を戸田のところに連れて行きました。
懇切丁寧(こんせつていねい)に話す、戸田の話を聞いて、入江は、素直に、すぐ入信したのであります。

≪入江千佐子≫ 入江千佐子です。
戸田先生の「生命論の、お話」に感動しました。
清原さん、私も信心します。がんばってみます。(拍手)

≪清原かつ≫  入江さん、入信おめでとう。一緒に勤行しましょう。
一緒にお題目を上げましょう。
明日は、座談会よ。あさっては、戸田先生の法華経講義に行きましょう。
戸田先生の法華経講義は、すごいのよ。

月曜日は協議会。来週は、地区部長会。
こんどの、本部幹部会の衛星中継には、友人と一緒に参加しましょう。

≪ナレーション≫ 清原は、自分の紹介による入江千佐子の入信を、新しい妹を得たように喜び、信心指導に熱中したのであります。
そんな清原と、入江の、楽しそうな姿を、うらやましそうに、見つめていた人がいたのです。
同じ小学校の教員、大島英子(おおしまえいこ)です。

早速、仏法対話を始めた入江は、一生懸命、大島を折伏したのであります。


≪大島英子≫   大島英子です。
私は4人兄弟の一番上なんです。
私たちの母は、早くに病気で亡くなりました。
父は、再婚しましたが、病気で亡くなり、私たちは、継母(ままはは)と一緒にくらしています。
生活も大変で、小さい兄弟たちは、継母にいじめられて、本当に辛(つら)い思いをしているんです。
私は、その間に入って、毎日毎日、人には話せない、嫌な思いを、してるんです。
そんな私でも幸福(しあわせ)、になれるのでしょうか。

≪入江千佐子≫ それが見事に解決するのよ。
あなただって幸福になる権利があるわ。
いっしょに信心しましょう。

≪大島英子≫   私も、信心します。
清原さんや、入江さんみたいに、明るくなってみたい。(拍手)


≪ナレーション≫ こうして 大島英子は、入信したのです。
ところが、入信して4日目、彼女の妹が、自殺をはかったのです。
幸い、未遂(みすい)に終わったが、家族の仲は、たいへんなところまで来ていたのです。
清原と入江は、すぐに大島を戸田のところに連れて行ったのであります。

≪戸田城聖≫  わかった。わかった。もう、泣かなくてもいいよ。

 私は、そのお母さんが悪いというのでもない。
あなたが悪いというのでもない。
これには、当然こうなる原因はあろう、だが、その原因を、いま追究してもはじまらない。
しかし、あなたには御本尊があるはずだ。
ひとたび御本尊を受持し実践するあなたは、仏です。
人を憎(にく)み、泣いてばかりいる仏などありません。
あなたは最早(もはや)、大聖人様の弟子です。
仏様の子供です。

日蓮大聖人は首の座にのぼられても、佐渡の雪の中で凍(こご)えても、「われ日本の柱とならん、眼目とならん、大船とならん」とおっしゃって、国のため、民衆のために、あれほど戦われた。

あなたも、少なくとも勇気ある信心で、一家の柱とならなくてはならない。
めそめそしているから柱が腐(くさ)ってしまうんだ。
一家の柱になっているか、いないか、その自覚と責任が、あなたにはない!

ふらふらしているから、苦悩が増してしまう。
今日から強く、自覚して立ちなさい。


≪大島英子≫  はい、わかりました … 
あの~、母とは、この際、どうしても別れたいのですが…

≪戸田城聖≫  方法の問題か。
方法も大切だが、もう一歩奥にあるものを考えなければいけない。
それは、方法を最大限生かしきってゆくものは、信心であるということです。
信心が強盛になって、強い自分に立ちかえり、女王のような気位(きぐらい)をもって、体当たりで戦うことだ。
やってごらん。
ただし、感情的になっては負けだよ。
あくまで冷静に処理しなさい。
あとは、自分たちの幸福のために、御本尊に願いきっていくことだ。
一人が、大事なのだよ。
その一人の信心によって、家族みんなが幸せになっていけるのだよ。

≪入江千佐子≫  しばらくして、継母が、勤め先の社長を連れてきて、話し合いがもたれたそうです。
逆上してわめき散らす継母と、おちついて冷静に話を進める大島英子さんを見て、社長は、おどろき、結局、継母が、社長のすすめる住宅に引っ越すことになり、この問題は、一気に解決したのです。

大島英子さんは、この体験をとおして、「世の中の一切の不合理は、この仏法によって解決できる」と強く、確信したのです。


≪ナレーション≫ 小柄な清原の行くところ、入江と長身の大島が必ず左右にいた。
法華経講義にも、座談会にも、折伏にも、そして衛星中継にも、三人は一体となって活動しはじめた。
仲間の連中は、元気はつらつとした、この三人を、彼女たちの活動の舞台が、杉並区であったことから、いつからとなく「杉並の三本杉」と呼ぶようになったのであります。

杉並の「三本杉」は、枝を伸ばし、葉をひろげ、幸福の花粉をどんどん飛ばしながら、女子部の黄金時代を、築いていったのであります。


≪入江千佐子≫ 昭和26年西暦1951年7月19日、女子部の結成式を、むかえました。

≪大島英子≫  初代女子部長に任命になりました、大島英子です。戸田会長先生のもと、女子部の名を辱(はずか)しめぬよう、全力で戦うことを誓うものであります。

≪戸田城聖≫  *創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ。
これまでの女性の歴史というものは、一口にいえば、宿命に泣く女性の歴史といってよかった。
皆さんは、若くして妙法を持った女性です。

もはや宿命に泣く必要はない。
そのためには、「純粋な、強い信心に生涯を生きる」という条件がなければ叶(かな)いません。
皆さんが、誰も彼も一人のこらず幸福になることを、戸田は念願しつつ、きょうの挨拶(あいさつ)とします。
おめでとう。


≪ナレーション≫ 小説人間革命に登場する「清原かつ」さんとは、本名 柏原ヤスさん。
参議院議員を4期務め、義務教育の教科書無料化を、実現。
まさに、戸田先生の指導のとおり、「日本一の女性」となったことは、皆さん御存知のとおりであります。


本日は 小説人間革命第三巻「群像ぐんぞう」の章より、草創期の女子部の大先輩である、杉並の「三本杉」のお話を、旭日地区女子部の オール スター キャスト でお送りいたしました。

時代考証に多少の誤りがあったことを、深くおわびするしだいであります。

 以上で寸劇のコーナーを終わります。



*小説「人間革命」第5巻 随喜 より引用




最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
対話形式の、寸劇になりにくいテーマですが、挑戦してみました。
稚拙な表現が多くあり、恥ずかしいしだいです。

女子部出演用として、作ったつもりです。

これからもよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×200行です。


原稿印刷用に 空白行の少ない テキストデータを準備しました。

是非 ご活用 ください。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

「雪の秋田指導」のお話

《ナレーション》それでは寸劇のコーナーです。

本日は、「雪の秋田指導」の、お話であります。

 時は昭和57年西暦1982年1月10日、いちめんの銀世界であります。

《池田先生》 *秋田では、あの「雪の進軍」の大闘争がある。
1982年1月。
毒蛇(どくじゃ)のごとき坊主の迫害に耐え、創価の正義を証明した友を励ますため、私は、白雪の秋田に飛んだ。
嵐に舞い、吹雪に胸を張って前進しゆく、わが同志との共戦譜は、今も私の胸に深く刻まれている。


《支部長》 もしもし、支部長です。
池田先生は、今日、秋田空港に到着されます。
国道を通られると、思いますが、絶対に、ぞろぞろ道路に、出たりしないように、連絡の徹底を、お願いします。
ど~も~

《地区部長》 はい支部長、分かりました。
(向き直って)もしもし、地区部長です。
時間は、わかりませんが、池田先生がもうすぐ通られます。
んだ、んだ。ではる、ではる。
んだ、んだ。みな、して。んだ、んだ。

《ナレーション》 こうして、道路わきには、学会員が、たくさん集まったのです。
皆が、きょろきょろしていると、車が近づいてきた。
小さなブレーキ音。
ドアが開き、降り立つ人がいる。「先生!!」皆が、歓声をあげた。

《池田先生》 さあ、私が来たからもう大丈夫だよ。さあ記念写真を撮ろう!!

《ナレーション》 聖教新聞の記者がカメラをかまえます。
しかし、カメラマンを振り向く人は誰もいません。
皆が先生を見て、涙を流していたのであります。

《カメラマン》 はい、私はカメラマンです。
はい、皆さん、カメラはこっちですよ。
(手をたたいて)パチパチ、はい、皆さんお願いですから、こっちを見てください。

《ナレーション》 こうして、雪の秋田指導は、『雪の街頭座談会』で、幕を開けたのであります。

しばらく行くと再び学会員が集まっています。
そのたびに車を止め、一人一人に声をかけ、記念のカメラを撮ったのであります。
ゴム長靴を、はいたカメラマンは、慣れない雪の道に、合計9回も、走り出たのであります。

《支部婦人部長》 もしもし、支部婦人部長です。
明日の日中、大事な会合があるそうです。
だれでも参加できるわけでは、ありませんからネ、よろしくお願いします。

《地区担》 はい婦人部長、分かりました。
(向き直って)もしもし、地区担です。
明日の日中、大事な会合があるそうです。
だれでも参加できるそうですから、みんなして、えぐんしべ。
んだ、んだ。んだ、んだ。

《池田先生》 **秋田指導の4日目の午前と午後、私は、魔僧(まそう)の最も激しい弾圧を忍(しの)んだ大曲・能代などの同志と、雪中の記念撮影を行った。
会館隣の沼田児童公園を使って、三千人の撮影会であった。

そこには、迫害の嵐を耐え抜いた魂の勝者の涙があった。
「私は戦い抜きました!」と、無名の英雄の笑顔があった。
  
君も征け 我も征く 吹雪に胸はり いざや征け  
地よりか涌きたる 我なれば 我なれば   
この世ではたさん 使命あり
  
 
私たちは「人間革命の歌」を心の底から大合唱した。 
そして、五月晴れのような万歳の声が、千年の未来にも轟(とどろ)けと、秋田の空に鳴り響いた。

《ナレーション》 この日、この時、この場に集ったメンバーが、「吹雪(ふぶき)グループ」、そして「嵐舞(らんぶ)グループ」となったことは、皆様ご存知のとうりです。


IMG_3558_1.jpg

そしていよいよ、第一回県青年部総会が、開かれることになりました。

《池田先生》 特に青年期は、人の職業をうらやましく思うものだ。
都会にあこがれもしよう。
しかし、真実の幸福というものは、自分自身の中にあることを、仏法では教えている。
現在の職業や職場が不満足ならば、ときに価値的にかえることは自由であるが、結局は、それぞれの職場で、光輝く存在になっていただきたい。
そのなかで、信頼を勝ちとっていくところに、まことに地味であるが、広宣流布の一つの縮図があることを知らなければならない。

 青年の諸君は、とくに教学を身につけてほしい。
それぞれの社会にあって一流と言われる人は、かならずそれなりの、人の何倍もの苦労と研究をしている。
いま、諸君も、庶民の哲学者として、この大仏法を深く、行じ、学んでいくことが肝要であると思う。
これが、最高の人間としての道であり、結局は、社会の勝利者になることができるからだ。

 諸君が思うと、思わざるとにかかわらず、諸君は、池田門下生であります。

《ナレーション》 この時、この場に集ったメンバーが、「2001年・第一期会」となりました。

そして、今、青年部が、新たに「2030年・第一期会」を発足させたことは、皆様ご存知のとうりです。


青年部解説朗読 
池田先生は、長編詩「みちのくの幸の光彩」で、次のように綴(つづ)っています。


それは忘れえぬ 決してわすれることのできぬ
私の胸中の歴史の一コマであった

昭和五十七年一月十日――
空港から会館への車中の道は大雪
秋田の銀世界を行く私の目に
寒風の中 笑(え)みをたたえながら
肩を寄せあって立つ
路傍(ろぼう)の一群の人たちが飛びこんできた

壮年がいる 婦人がいる 白髪の人もみえた
つぶらな瞳(ひとみ)の王子 王女もいた
“うちの人たちだ” 私は急いで車を降りた
磁石(じしゃく)と磁石が引きあうように
その輪の一員となった

喜びでいっぱいの顔 顔 顔
一人一人と固い握手(あくしゅ)をした
共に記念のカメラに納(おさ)まった

行く先々の あの街角(まちかど)にも この辻々(つじつじ)にも
十余年ぶりの 私との再会を待っていて下さった
三々五々 集(つど)い来た
あなたたちの輝く瞳が待っていた
雪の中 九度に及んだ あの感動の街頭座談会

私は嬉しかった 心で泣いた
あなたたちの誠実の熱き心は
いかなる厳寒も寒風も冷(さ)ますことを得ず
その表情は 輝く銀世界よりも
まばゆくきらめいていた

ああ―――
その喜びは 人間のみが知る歓喜
猛吹雪(ふぶき)の厳寒に
耐(た)え抜いた者のみが知る
春の微笑(ほほえみ)のかちどき
法衣の権威に身を包み
“正信”を騙(かた)った魔の軍勢に
見事に まことに見事に勝利した
晴れやかな顔(かんばせ)

日本海の雄たる秋田の
懐(なつ)かしくも健気(けなげ)なる同志との
忘れえぬあの出会いの数々よ―――

喜びの波紋(はもん)は
一波万波と県下に広がる
能代 大曲 角館から
三千の友が集(つど)いし自由勤行会
雪舞う戸外(こがい)での かちどきの歓声
皆で合唱せし「人間革命の歌」

わが友が真心で作りし“かまくら”に
心遊ばせし ひとときは 我が少年の日に夢みし
北国の詩情あふるる おとぎの世界
私の胸ふかく 三世に生き続けるにちがいない
金と銀との五泊六日よ


《ナレーション》 本日は「雪の秋田指導」のお話を、随筆 人間革命、長編詩「みちのくの幸の光彩」、そして「うわさばなし」などを、もとに、旭日地区の オール スター キャストでお送りいたしました。


以上で、寸劇のコーナーを終わります。


*随筆 桜の城 「東北が健在なら 日本は 健在」 1999/2/24 
**随筆 新人間革命「21世紀の宗教革命の雄・秋田」1999/8/17 
長編詩「懐かしい東北の友に贈る みちのくの幸の光彩」1988/3/6 
池田大作の軌跡ⅡP126 


寸劇を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回は、ローカルな話題となりました。
これからもよろしくお願いします。


この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×200行です。



「随筆 新.人間革命 243 雪の秋田指導20年」を掲載しています。

そして、このブログの一番最後のところに、印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、ぜひご活用ください。



テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

青年部の結成 ショートバージョン

やっぱり、夏・7月は、青年の月ですね。 (元男子部・別名_昭和男子部より)
ショートバージョンの青年部結成のお話です。

きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。 必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。 そのかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります。
創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ
そのためには、純粋な、強い信心に生涯を生きるという条件がなければ叶いません

P1010737_1.jpg


≪ナレーション≫ それでは、寸劇のコーナーです。

時は昭和26年西暦1951年5月3日、戸田城聖第2代会長の会長就任式。
それから2ヵ月後の7月11日が本日の寸劇の舞台であります。

外は激しい雨、バケツをひっくり返したような、とんでもない土砂降(どしゃぶ)りであります。

場所は西神田の学会本部の2階。
定刻の午後6時。
男子部結成式の開会の宣言がなされたのであります。集まった男子部は約180名。
そうです。本日の寸劇は、「青年部結成」のお話で、あります。

≪男子部司会者≫ ただ今より男子青年部新部隊結成式を挙行いたします。

新組織の発表。続いて決意発表。

≪ナレーション≫ 新たな組織として第一部隊から第四部隊までが、発表され、新しく任命された4人の部隊長が、それぞれ抱負と決意をまさに、絶叫したのであります。

≪男子部司会者≫ 会長講演、戸田会長先生。

≪ナレーション≫ いよいよ戸田が演壇に向かった。
激しい拍手が彼を迎えた。
期待する大号令を待っていたのであります。
ところが戸田が真っ先に淡々と言い出したのは、全然別のことだったのであります。

≪戸田城聖≫ きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。
必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。
そのかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります。


≪男子部司会者≫ まったく意外な言葉に、私たちは思わず、緊張しました。
第三代会長が、このなかにいるという。
いったい誰のことなのであろうか。
それは、この夜つどった、私たち男子部180名の考えを、はるかに、はるかに超えた問題だったのです。

≪ナレーション≫ 戸田は場内の中央に山本伸一班長を見かけると、ふと目をそらした。

その瞬間山本伸一は半年前のあの日のことを、とっさに思い出さずには、いられなかったのであります。

ここから半年前のお話を、お送りします。


≪山本伸一≫ それは、遠い昔のように思われますが、わずか半年あまりしか、たっていないのです。
あの日、それは今年の1月6日のことでした。


≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。
私も最後の覚悟をしておかねばならぬ時が来た。
検察当局にこちらから出頭しようかと思っている。
しかし、そうなると私の身柄はどうゆうことになるやも知れぬ。
あとのことを、いまここで明確にしておきたい。


≪ナレーション≫ 前の年の夏から始まった、信用組合の問題は、この時、最悪の事態に追い詰められていたのであります。

≪戸田城聖≫ 今大事なのはあとのことだ。
そこで、伸一君、私にもし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。

そして、できることなら、私の家族のこともだ。
伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
何が起こったとしても、しっかりするんだぞ。

私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。

≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。

*私がすべてやります。
先生は、お体をお休めください。
わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、学会の会長になっていただきます!

≪戸田城聖≫ そうか。そうか。よろしく、頼みます。

≪ナレーション≫ 伸一のそれからの活動は、まったく人知れぬところで行われた。
まさしく奮迅(ふんじん)の苦闘の連続だったのであります。

しかし彼は、たじろぐことはなかった。
深い使命を、真に体得したもののつよさであろうか。
山本伸一は、当時の日記に、次のように書きとめています。

≪山本伸一≫ 

汝(なんじ)よ、汝は、いかにして そんなに苦しむのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに泣くのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに悩むのか。

苦しむがよい。

若芽が、大地の殻を打ち破って のびゆくために。

泣くがよい。

梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで やむを得まい。

悩むがよい。

暗い深夜を過ぎずして尊厳なる、曙の空を望むことはできないからだ。


≪ナレーション≫ 山本伸一は、この7月11日の夜。
男子部の結成式において、戸田と彼との間にしか理解されぬ言葉……きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。……という言葉を聞いたのであります。

戸田は安易には、その名前は口には出さなかった。彼は伸一を甘やかさなかったのである。


戸田会長の、話が続きます。

≪戸田城聖≫ 広宣流布は、私の絶対にやりとげなければならぬ使命であります。
青年部の諸君も、各自がその尊い地位にあることを、よくよく自覚してもらいたいのです。
常に青年が時代を動かし、新しい時代を創っているのです。
どうか、諸君の手で、この尊い大使命を必ず達成していただきたいのが、私の唯一の念願であります。

今日は、この席から、次の会長たるべきかたに、ご挨拶申し上げ、男子部隊の結成を心からお祝い申し上げる。

≪ナレーション≫ 戸田はこう言って、深々と頭を下げたのであります。


≪ナレーション≫ そして続いて7月19日は、女子青年部の部隊結成式であります。
山本伸一の妻となる春木峯子も蒲田支部の女子部員として参加していたのであります。

≪戸田城聖≫ 創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ。
これまでの女性の歴史というものは、一口にいえば、宿命に泣く女性の歴史といってよかった。
皆さんは、若くして妙法を持った女性です。
もはや宿命になく必要はない。

そのためには、純粋な、強い信心に生涯を生きるという条件がなければ叶いません。
皆さんが、誰も彼も一人のこらず幸福になることを、戸田は念願しつつ、きょうの挨拶とします。
おめでとう。

≪ナレーション≫ こうして青年部が結成されたのであります。


**青年部の結成の意義は、単に青年層に属する人々を集めて組織したことにあるのではない。
戸田城聖の思想と行動を人生の指標とする、創価の後継者の出発であり、広宣流布を永遠ならしめる、令法久住(りょうぼうくじゅう)への流れが開かれたことに最大の意義がある。
 
まさに、青年部の結成式は、師弟による広宣流布の共戦の出発という、歴史的な意義をとどめる儀式であったといえるのであります。

本日は、小説「人間革命」第5巻 随喜(ずいき)の章から、『青年部の結成式』を、旭日地区、の オール スター キャストでおおくりいたしました。

以上で、寸劇のコーナーを、終わります。          


*2007.01.06のスピーチ 
**新人間革命.第22巻「新世紀」

最後まで読んでくれてありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×170行です。


空白行の少ない、印刷用のテキストデータを準備しました。
ご活用ください。



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植木屋のおじさん

あんたは池田先生を、知っているのかい?
一番会いたい人。俺が、一番会いたい人は、この人なんだよ

あの凛々しい青年にまた会いたい、と思ってね、しばらく市ヶ谷に通ったんだよ。
夏の暑い日、また池田先生と会ったんだ。
『植木屋さん、お久しぶりでした。お変わりございませんか?』と声をかけてくれてね。
リヤカーにあった観葉植物を『全部頂きますよ』って八鉢も買って、『お体に気をつけてくださいね』と丁寧に頭を下げてくれた。
俺は今でも、あの時の温かな言葉が忘れられないんだよ。


P1010738_1.jpg


≪ナレーション≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は、植木屋のおじさんの、お話であります。

≪植木屋≫ リヤカーをひっぱって、鉢植えの行商をやってます。
きょうの寸劇の、主人公だそうです。

≪婦人部長≫ 台東区の婦人部長です。よろしくお願いします。

≪ナレーション≫ 時は平成8年・西暦1996年3月上旬。
東京・台東区。

グループ単位で行われた婦人部総会の帰り道、婦人部長は路上でふと自転車を止めた。

リヤカーにいっぱい積まれた色とりどりの花々が、道行く人々の目をたのしませている。
今は少なくなった鉢植えの行商であります。


≪婦人部長≫ 池田先生と奥様への手紙と一緒に、花をお届けしましょう。

≪植木屋≫ 奥さん、綺麗なのがいっぱいあるよ。

≪婦人部長≫  そおねぇ~、どれがいいかしら。
赤、白、ピンクの花が、とても綺麗。これ、一鉢くださいな。

≪植木屋≫ よお、南京桃(なんきんもも)だね。奥さん目がいいね。
一鉢で三色楽しめるからお得だよ。

nannkinnmomo.jpg


≪婦人部長≫  おじさん、行商のお仕事は長いの?

≪植木屋≫ もう終戦後から、やってるよ。

や~、儲からない商売でね、うちの母ちゃんに頭あがんないよ。
はっはっはっ

≪婦人部長≫ そうそう、婦人部総会の“しおり”が、まだあるわ。

 この、“しおり”差し上げます。
よかったら、自宅でお待ちの奥様に、渡してくださいね。


≪植木屋≫ 綺麗な“しおり”だね。
歌が書いてあるじゃないか。なになに、、


「微笑みの 母がおわせば 太陽が 
照らすと等しき 平和の城かな」

へえ! いい歌だね。奥さん和歌を詠むの?

≪婦人部長≫ え??違いますよ。

≪ナレーション≫ 婦人部長は、笑いながら、“しおり”の裏を見せた。

そこには「池田大作」と記されていたのであります。
その瞬間、植木屋のおじさんの表情が、みるみる変わったのであります。

≪植木屋≫ あんたは池田先生を、知っているのかい?

一番会いたい人。俺が、一番会いたい人は、この人なんだよ


≪ナレーション≫ その植木屋のおじさんの名前は島村さん。
終戦後、生活必需品でない植木の行商は苦しかったのであります。

≪植木屋≫ アメ玉とか、お菓子の行商は、ある程度売れていたよ。

でも俺には植木しかなかった。
それしか稼ぐ方法がなかった。

あれは昭和二十六、七年だった。

市ヶ谷の外堀通りで、『おいくらですか?』と声をかけてくれた若者がいたんだよ。
それが池田先生だった。

後ろに、牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡(めがね)をかけた戸田先生もいた。
お菓子とお茶まで頂戴してね。

≪ナレーション≫ 当時、池田先生は二十三、四歳。
戸田城聖のもとで働き始めてまだ三年ほどである。


≪植木屋≫ あの凛々しい青年にまた会いたい、と思ってね、しばらく市ヶ谷に通ったんだよ。
夏の暑い日、また池田先生と会ったんだ。

『植木屋さん、お久しぶりでした。お変わりございませんか?』と声をかけてくれてね。

リヤカーにあった観葉植物を『全部頂きますよ』って八鉢も買って、『お体に気をつけてくださいね』と丁寧に頭を下げてくれた。

俺は今でも、あの時の温かな言葉が忘れられないんだよ。

俺は 池田先生が好きなんだ。
信心していないけど一番尊敬してる。

先生の御恩は一生忘れないよ。

うそばかり書く週刊誌とか、先生のことを悪く言ってる奴らは、しゃくにさわってしょうがない。
全部やきもちだ。

≪婦人部長≫ そうだったんですか。

先生との出会いがあったんですね。
実は、この南京桃は、池田先生と奥様に、お届けするつもりなんです。

≪植木屋≫ うれしいなあ。

池田先生が始めて買ってくれたのも、この南京桃だったんだよ。
ウ~ン。
うれしくて、涙がでるよ。(ポロポロポロ)

俺は忘れないよ。
だから池田先生も覚えてくださっている。

このジャスミンを一鉢、一緒に届けてくれないかな。
この香りが好きで、いつも積んでいるんだ。
     
植木屋からだって言って、よろしく伝えてよ。


≪婦人部長≫ でしたら先生にお手紙を書いてみてはどうでしょう。

≪植木屋≫ いいのかい。それじゃあ、、


≪手紙の朗読(青年部)≫

「拝啓 池田先生 終戦直後、市ヶ谷ビルに居られましたるころ、戸田先生、池田先生始め……
親身も及ぬ程、御世話になり……

私の様な世の中の底辺をはいつづけて居る者に対し暖かい御心遣ひ……
誠に有難う御座いました。

この世の中で一番尊敬して居ります。」

「今年七十七才になりました。
残り少い人生ですが、自分程幸福な人間は少ないと、今懐かしい池田先生をおもいながら、……

御便りをさせて戴いて居ります。
今日程、嬉しい日は御座いません。
小生は本当に幸福者です。」


≪ナレーション≫ 手紙を受け取った、池田先生は、島村に対してすぐ、書籍と、写真集を贈ったのであります。

≪植木屋≫ 二冊も、なんて、申し訳ないよ。

≪婦人部長≫ 写真集の表紙に、池田先生の自筆で、歌が綴られているんです。

「宝の木(たからのき)」と書いて、「うえき」とふりがなが、振られているんですよ。
 
(婦人部長ゆっくりと読む)

島村 ◎◎ 大兄

崇高な あの日の姿忘れまじ

世界一なる 宝木屋(うえきや)万歳

鉢植え・御手紙、感謝 合掌

三月二十八日 大作


≪ナレーション≫ 島村は一文字ずつ確かめ、声に出した。
『あの日の姿忘れまじ』まで読むと、島村は声を詰まらせた。
婦人部長も胸に迫るものがあったのであります。

≪宝木屋(うえきや)≫  リヤカーを引いて半世紀近く、先生との出会いを一日も忘れず生きてきたよ。
やっぱり俺の思っていたとおりの先生だった。

池田先生に『ありがとう』と言えたことを感謝してるよ。
みんな同じ人間で、位(くらい)なんてないけど、あえてつけるとすれば、池田先生は日本一、いや世界一だな。


≪ナレーション≫ 本日は、、『月刊誌「潮」2012年5月号 民衆こそ王者―池田大作とその時代』より、
『宝の木と書く、うえき屋のおじさんのお話』を、

旭日地区の オール スター キャストで、お送りいたしました。


以上で寸劇のコーナーを、終わります。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×160行です。

南京桃
原木に、3色の花が咲く枝を「芽接ぎ」という独特な技法で接ぎ、伸びた枝をワラなどで引っ張ってしだれさせます。
その姿が大道芸の「南京玉すだれ」に似ていることから、南京桃と名付けられたといわれています。


最初のほうの
「や~、儲からない商売でね、うちの母ちゃんに頭あがんないよ。はっはっはっ」

の部分は、管理人の下手な作文であり、管理人の実相であります。はっはっはっ



原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、ご利用ください。


A4用紙1枚に収まる、20文字×130行のものも、準備しました。
是非、ご利用ください。


テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

青年部の結成(現役青年部出演のロングバージョン)

山本伸一は、この7月11日の夜。男子部の結成式において、戸田と彼との間にしか理解されぬ言葉
……きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。……
という言葉を聞いたのであります。
今日は、この席から、次の会長たるべきかたに、ご挨拶申し上げ、男子部隊の結成を心からお祝い申し上げる。
戸田はこう言って、深々と頭を下げたのであります。

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≪ナレーション≫ それでは、寸劇のコーナーです。
時は昭和25年西暦1950年の8月。戸田の経営する信用組合は、経営が悪化。
そして、ついに大蔵省から、業務停止命令が発動されます。
信用組合の責任者であった戸田は、創価学会の理事長を辞任。
多くの社員が、戸田の元を離れて行く中にあって、一人、山本伸一が、踏みとどまります。

山本伸一の懸命の努力によって、信用組合の問題は解決。
そして、戸田先生の会長就任へと大きく前進します。

翌年の昭和26年西暦1951年、5月3日、戸田城聖第2代会長の会長就任式。
それから2ヵ月後の7月11日が本日の寸劇の舞台であります。

外は激しい雨、バケツをひっくり返したようなとんでもない土砂降り(どしゃぶり)であります。
場所は西神田の学会本部の2階。

定刻の午後6時。男子部結成式の開会の宣言がなされたのであります。
集まった男子部は約180名。
そうです。本日の寸劇は、男子部、そして女子部の結成式で、あります。

≪男子部司会者≫ ただ今より男子青年部新部隊結成式を挙行いたします。

初めに関(せき)青年部長。

≪関久男・青年部長≫ 広宣流布の大業を完遂せんとする創価学会の前途の興廃を決するものは、実にわれら青年部、なかんずく男子青年部にあると、わたしは深く信ずるものであります。

今日よりは決意を新たにし、戸田先生のご期待に応えることを、ここに堅く誓うものであります。

≪男子部司会者≫ 新組織の発表。続いて決意発表。

≪ナレーション≫ 新たな組織として第一部隊から第四部隊までが、発表され、新しく任命された4人の部隊長が、それぞれ抱負と決意をまさに、絶叫したのであります。

≪男子部司会者≫ ここで、男子部3328部隊長より、とくべつに、挨拶があります。

(現役男子部) 男子部3328部隊-部隊長挨拶。 みなさんこんばんは。3328部隊とは、我が___支部の草創の男子部のことであります。(ここで一言、現役男子部)

≪男子部司会者≫ 来賓祝辞 清原理事 (婦人部)

≪清原カツ・理事≫ 男子部の結成にあたり、このように激しい雨が降るということは、一つの瑞相です。
すなわち、学会を背負う男子部の前途に、いかに難多きかを示すものであると、確信するものであります。

≪男子部司会者≫ 会長講演、戸田会長先生。

≪ナレーション≫ いよいよ戸田が演壇に向かった。
激しい拍手が彼を迎えた。
期待する大号令を待っていたのであります。

ところが戸田が真っ先に淡々と言い出したのは、全然別のことだったのであります。

≪戸田城聖≫ きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。

必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。
そのかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります。

≪男子部司会者≫ まったく意外な言葉に、私たちは思わず、緊張しました。
第三代会長が、このなかにいるという。
いったい誰のことなのであろうか。

--それは、この夜つどった、私たち男子部180名の考えを、はるかに、はるかに超えた問題だったのです。

≪ナレーション≫ 戸田は場内の中央に山本伸一班長を見かけると、ふと目をそらした。

その瞬間山本伸一は半年前のあの日のことを、とっさに思い出さずにはいられなかったのであります。


ここから半年前のお話を、お送りします。

≪山本伸一≫ それは、遠い昔のように思われますが、わずか半年あまりしか、たっていないのです。
あの日、それは今年の一月六日のことでした。


≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。
私も最後の覚悟をしておかねばならぬときが来た。
検察当局にこちらから出頭しようかと思っている。
しかし、そうなると私の身柄はどうゆうことになるやも知れぬ。
あとのことを、いまここで明確にしておきたい。

≪ナレーション≫ 前の年の夏から始まった、信用組合の問題は、この時、最悪の事態に追い詰められていたのであります。


≪戸田城聖≫ 今大事なのはあとのことだ。
そこで、伸一君、私にもし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。

そして、できることなら、私の家族のこともだ。

伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
何が起こったとしても、しっかりするんだぞ。
私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。

≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。

*私がすべてやります。
先生は、お体をお休めください。
わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、学会の会長になっていただきます!

≪戸田城聖≫ そうか。そうか。よろしく、頼みます。

≪ナレーション≫ 伸一のそれからの活動は、まったく人知れぬところで行われた。
まさしく奮迅(ふんじん)の苦闘の連続だったのであります。
しかし彼は、たじろぐことはなかった。
深い使命を、真に体得したもののつよさであろうか。

≪山本伸一≫は、当時の日記に、孤独な戦いを、次のように書きとめています。

≪山本伸一≫ 汝(なんじ)よ、汝は、いかにして そんなに苦しむのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに泣くのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに悩むのか。

苦しむがよい。若芽が、大地の殻を打ち破って のびゆくために。
泣くがよい。梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで やむを得まい。
悩むがよい。暗い深夜を過ぎずして尊厳なる、曙の空を望むことはできないからだ。

≪ナレーション≫ ここから男子部結成式のお話に、戻ります。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、この7月11日の夜。
男子部の結成式において、戸田と彼との間にしか理解されぬ言葉……きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。
……という言葉を聞いたのであります。

 戸田は安易には、その名前は口には出さなかった。
彼は伸一を甘やかさなかったのである。
……苦しんで強くなることが、いかに崇高なことであるかを知れ、といわんばかりであった。

 戸田会長の、話が続きます。

≪戸田城聖≫ 広宣流布は、私の絶対にやりとげなければならぬ使命であります。
青年部の諸君も、各自がその尊い地位にあることを、よくよく自覚してもらいたいのです。

常に青年が時代を動かし、新しい時代を創っているのです。

どうか、諸君の手で、この尊い大使命を必ず達成していただきたいのが、私の唯一の念願であります。

今日は、この席から、次の会長たるべきかたに、ご挨拶申し上げ、男子部隊の結成を心からお祝い申し上げる。

≪ナレーション≫ 戸田はこう言って、深々と頭を下げたのであります。


こうして男子部の結成式は終了した。

そして続いて7月19日は、女子青年部の部隊結成式であります。

≪女子部司会者≫ ただ今より 女子青年部 新部隊 結成式 を挙行(きょこう)いたします。

決意発表 初代女子部長 大島英子。

≪大島英子≫ 初代女子部長に任命になりました、大島英子です。

戸田会長先生のもとに、女子青年部の名を辱しめぬよう、全力で戦うことを誓うものであります。

≪女子部司会者≫ 次に、女子部さわやかタイム。

現役女子部 みなさんこんばんは。女子部さわやかタイムを行います。--------(現役女子部より)


≪女子部司会者≫ 最後に、会長講演、戸田会長先生。

≪戸田城聖≫ 創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ。

これまでの女性の歴史というものは、一口にいえば、宿命に泣く女性の歴史といってよかった。
皆さんは、若くして妙法を持った女性です。

もはや宿命になく必要はない。そのためには、純粋な、強い信心に生涯を生きるという条件がなければ叶いません。
皆さんが、誰も彼も一人のこらず幸福になることを、戸田は念願しつつ、きょうの挨拶とします。
おめでとう。

≪ナレーション≫ こうして青年部が結成されたのであります。

**男女青年部の結成の意義は、単に青年層に属する人々を集めて組織したことにあるのではない。
戸田城聖の思想と行動を人生の指標とする、創価の後継者の出発であり、広宣流布を永遠ならしめる、令法久住(りょうぼうくじゅう)への流れが開かれたことに最大の意義がある。 

まさに、結成式は、師弟による広宣流布の共戦の出発という、歴史的な意義をとどめる儀式であったといえるのであります。


本日は、小説「人間革命」第5巻 随喜(ずいき)の章から、『青年部の結成式』を、旭日地区、壮年部、婦人部、男子部、女子部、の オールスターキャストでおおくりいたしました。

以上で、寸劇のコーナーを、終わります。



* 2007-01-06のスピーチ 
** 新人間革命.第22巻「新世紀」

最後まで読んでくださってありがとうございます。
現役青年部が、いきなり登場する、寸劇です。
悪乗りと思われた方には、お詫びします。
分量は、20文字×225行ほどです。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ご活用ください。

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

「洋服屋のおじさん」山口闘争のエピソードより

本日、芳書頂戴し、びっくりいたしました。
さぞ苦しいことでしょう。
自ら作った罪業は、当然、今世に済ますのが道理です。
今の病苦も、実は、護法の功徳力により、軽くすんでいることを自覚すべきです。
一点の濁りなく、しっかり御本尊様を抱きしめて、人間革命と宿命打開をされますことを胸奥より祈っております。
長いながい人生です。
声高らかに題目をあげ、苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらいて、必ず、必ず、来る春を待つことです。
何事も勉強と思って、悠々と闘病生活されたしです。
成仏の出来得る大法を受持して、なんで病魔に負けることがありましょうや。
大兄の元気な身体と顔を楽しみに。


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≪ナレーション≫ 皆さんこんばんは。それでは寸劇人間革命のコーナーです。

時は昭和31年・西暦1956年10月であります。
 本日は、あの有名な「山口闘争」のエピソードの中から、「洋服屋のおじさん」のお話を、お送りいたします。

≪増田一三≫ 私が、洋服屋のおじさん、つまり、洋服店を営んでいる増田一三(ますだいちぞう)です。
今日の寸劇の主人公なんだそうです。

リューマチの痛みで、ほれごらんのとおり、右腕を石膏(せっこう)で固めているんです。
信心すれば治ると聴かされて信心をはじめたわけですがネ。ブツブツ。
山本さんという、一番上のほうの幹部が旅館で指導会をやるというので、聞きに来ました。

≪山本伸一≫ 私は元来、子供のころから病弱で、やせて顔色も悪かった。胸も病んでいました。
そんな体で、東京の街を大八車を引きながら働かなければならないこともありました。
しかし、入信して指導どうりにやってきたおかげで、いまではこの通り元気いっぱいです。

そして、どうしようもない宿命を嘆いていたひとりの青年が、こうして人のために汗を流せる境涯になったのです。
真実の宗教というものを、皆さんはご存じない。
私は皆さんに、お教えしたいだけなのです。

≪増田一三≫ この信心で本当に病気が治るかどうか聞きたいんですよ。
肺病は直るかも知れないが、私のリューマチは、大変ですよ。
治ると確約してもらわないと、信心なんかやってられないよ。ブツブツ。

≪ナレーション≫ 疑い深い増田に、伸一はきっぱりといったのであります。

≪山本伸一≫ 病気はかならず治ります。
もし信心して治らなかったら、私は嘘をついたことになります。

≪増田一三≫ うーーん。ブツブツ。

≪ナレーション≫ こうまで確信にあふれる激励をうけては、さすがに疑い深い増田も、信心に励むことを、誓わないわけには、いかなかったのであります。

≪ナレーション≫ 約一ヵ月の後、11月の山口闘争がはじまったとき、増田は山本伸一を追いかけて、防府(ほうふ)市の旅館にやってきた。
伸一は、彼を見るなり、労(いたわ)るように訊(き)いたのであります。

≪山本伸一≫ 山口の増田さん、その後、ご病気はどうですか。

≪増田一三≫ まだ、治りません。

≪山本伸一≫ この前よりずいぶん顔色がよくなりましたね。

≪増田一三≫ ホオーー。信心すれば人相がよくなるとは始めて聞いた。
それじゃあ、信心と人相と、どういう関係があるのですか?

≪ナレーション≫ 天邪鬼(あまのじゃく)な増田は伸一に楯(たて)ついた。
伸一は憮然(ぶぜん)としたが、疑い深い増田のために、さらに激励するのだった。

後日(ごじつ)、リューマチは序々に、よくなっていったが、あるとき高額な洋服生地(きじ)をぬすまれてしまった。
彼は信仰しても碌(ろく)なことがないと思い、上京して学会本部に、山本伸一をたずねたのであります。。

≪増田一三≫ 山口から、はるばる文句をいいに東京まで来ました。
これまで信心してきましたが、碌(ろく)なことがなく、さっぱり気が晴れません。

≪山本伸一≫ あなたの心中はお察ししますが、まず、大事なことは疑わずに信心をやりきることです。

過去の罪業が出ているのです。どんなことがあっても退転だけはしてはいけません。
困ったことが起きたら、すぐにでも相談にいらっしゃい。

≪増田一三≫ そこまで言ってもらえれば、安心して信心できますよ。でもねーブツブツ。

≪ナレーション≫ しばらくすると、また盗難にあった。
信心すればするほどひどい目にあう、と腹を立てた増田は、またまた、わざわざ上京して山本伸一に訴えたのであります。

≪ナレーション≫ しかし、山本伸一は、このときばかりは厳(きび)しい口調(くちょう)で叱(しか)ったのであります。

≪山本伸一≫ (大きい声で)あなたのように疑い深い人は、ありません。
わたしに楯(たて)つくことはけっこうです。
しかし、ご本尊様にはもっと素直になっていただきたい!!

≪増田一三≫ は!はい!
ウーン 顔面蒼白(がんめんそうはく)です。

≪ナレーション≫ いつもと違って、きつい叱咤(しった)をうけた増田は、はじめて驚いた。
全身から、力が抜けていくような衝撃(しょうげき)であります。
しかし、伸一は厳(きび)しくもやさしかったのです。

≪山本伸一≫ 心配しなくていい。頑張りなさい。私がついているから大丈夫です。

≪ナレーション≫ こうして彼の信心は、はじめて軌道に乗った。
すべての問題は、日ならずして解決したのであります。

ところが、数年すぎた昭和36年にいたって、あのリューマチが再発(さいはつ)した。
増田は今度は文句でなく、報告かたがた指導を伸一に仰(あお)いだ。

36年といえば、山本伸一が会長に就任(しゅうにん)した翌年のことである。
彼は、激務の渦中(かちゅう)にあったが、かつての山口の友を忘れなかった。
早速一書を認(したた)めて書き送ったのであります。

≪山本伸一≫

本日、芳書(ほうしょ)頂戴(ちょうだい)し、びっくりいたしました。
さぞ苦しいことでしょう。
自ら作った罪業は、当然、今世に済ますのが道理です。

今の病苦も、実は、護法(ごほう)の功徳力(くどくりき)により、軽くすんでいることを自覚すべきです。
一点の濁(にご)りなく、しっかり御本尊様を抱きしめて、人間革命と宿命打開をされますことを胸奥(きょうおう)より祈っております。

長いながい人生です。
声高らかに題目をあげ、苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらいて、必ず、必ず、来(きた)る春を待つことです。

何事も勉強と思って、悠々(ゆうゆうう)と闘病(とうびょう)生活されたしです。
成仏の出来(でき)得(う)る大法を受持して、なんで病魔に負けることがありましょうや。

大兄(たいけい)の元気な身体(からだ)と顔を楽しみに。

3月22日夜10時30分   山本伸一

≪ナレーション≫ この手紙を読み終わった増田は、滂沱(ぼうだ)と流れ落ちる涙をどうしようもなかった。

≪増田一三≫ なんという慈愛!文句をいって迷惑ばかりかけたわたしのような者に、なんという恩愛(おんあい)だろう。私は間違っていた!

生涯、先生の下で広布のためになすべきことをして死んで往(ゆ)こう。

≪ナレーション≫ この増田一三さんが、新人間革命第25巻「共戦」の章に元気な姿で、再び登場したことは皆様ご存知のとおりです。

本日は、小説人間革命第11巻「転機」の章から、洋服屋のおじさん・増田一三さんのお話を、旭日地区のオール スター キャストで、お送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
寸劇の分量はおおよそ、20文字×180行です。

この寸劇のメインは、山本伸一の「お手紙」です。
この「お手紙」にたどり着くための導入が、寸劇になっています。


原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非ご活用ください。



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飛騨高山の小学5年生・丸山圭子ちゃんのお話

高山に行った時には、あなたは小学校の五年生だったね。よく覚えているよ。
私はこれからも、ずっと、あなたを見守っていきます。

山本伸一先生は、学会っ子は、“獅子の子”だっていわれているのよ。
“獅子の子”は、何があっても泣いたりしちゃいけないわ。
圭子ちゃんも、絶対に負けないでがんばってね

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≪ナレーションA≫ それでは寸劇のコーナーです。
本日は、「飛騨高山の小学5年生・丸山圭子ちゃんのお話」と題しまして、お送りいたします。

 時は、昭和42年、西暦1967年8月15日。
山本伸一は岐阜の高山会館を訪問したのであります。
高山会館は人で埋まり、路上にまでメンバーがあふれていたのであります。

≪山本伸一≫ お世話になります。
飛騨(ひだ)は、美しい、いいところだね。
さあ、飛騨の夜明けを開きましょう。

≪ナレーションA≫ 多くのメンバーが集まっていたため、何度も入れ替えをして、勤行会が行われたのです。
その時、山本伸一のすぐ後ろで、歓喜に頬(ほお)を紅潮(こうちょう)させて懸命に唱題する、一人の未来部員がいたのです。
本日の寸劇の主人公、丸山圭子(けいこ)ちゃんであります。

≪丸山圭子≫ 丸山圭子、小学5年生の役をやります。よろしくお願いします。

 私は、小さい時から、信心に励む両親の唱題の声を聞きながら育ちました。
そんな自分が、お題目を唱えるようになったのは、“いじめ”にあってからです。

≪ナレーションB≫ 圭子ちゃんは、棚の上から落ちてきた植木鉢が左手の中指にぶつかって、怪我をしてから、指が不自由になりました。
小学校に入ると、周りの子供たちから好奇(こうき)の目で見られ、毎日、心ない言葉をあびせられ続け、仲間はずれにもされたのです。

そんな圭子ちゃんを、両親は、こう言って励ましたのであります。

≪お母さん≫ 人を差別したり、いじめたりする子は、心の貧しい子なのよ。
しっかり、お題目を唱えなさい。
そうすれば、そんなことで挫(くじ)けない、強い子になれるわよ。

≪ナレーションB≫ 女子部の先輩も激励を重ねたのであります。

≪女子部先輩≫ 山本伸一先生は、学会っ子は、“獅子の子”だっていわれているのよ。
“獅子の子”は、何があっても泣いたりしちゃいけないわ。
圭子ちゃんも、絶対に負けないでがんばってね

≪ナレーションB≫ その励ましが、圭子ちゃんに希望を与えたのです。
圭子ちゃんは真剣に祈った。すると、勇気がわいてくるのを感じた。
もう泣くまいと思った。
唱題を続けるなかで、次第に明るさを取り戻していった。
授業中も、進んで手をあげるようになった。

左手の中指が不自由であることは、やがて、何の苦にもならなくなったのであります。

≪女子部先輩≫ 山本先生は、社会の平和と人びとの幸福のために、世界を駆け巡っていらっしゃるのよ。
先生は、私にとって人生の師匠なのよ。

≪丸山圭子≫ どうすれば、山本先生にお会いすることが出来るんですか。

≪女子部先輩≫ そうねー。『祈りとして叶わざるはなし』の御本尊なんだから、しっかりお題目を唱えれば、必ずお会いできるわよ。

≪ナレーションB≫ 以来、圭子ちゃんは、山本先生とお会いできますようにと、真剣に唱題を始めたのです。
そして、数日前、両親の話から、8月15日に山本会長が高山に来ることを知ったのであります。

≪丸山圭子≫ ねえ、私もその会合に行ってもいい?

≪お母さん≫ だめよ。子供は参加できないことになっているの。
あなたは、おうちで妹と留守番していてね。

≪ナレーションB≫ さて15日の当日であります。

≪丸山圭子≫ そうだ、会館に行く国道に立っていれば、先生の乗った車を見ることができるかもしれない。
よーし、行ってみよう。

≪ナレーションB≫ 30分ほどで、ようやく国道に出た。
それから、もう少し、もう少しと、歩いていくと空き地に、大勢の人が集まっていた。

≪丸山圭子≫ 会合で見たことのある人がいっぱいいるわ。何だろう。

≪ナレーションB≫ 実は、高山会館に行くメンバーの待機場所だったのです。
「ヤバイ」。お母さんにみつからないように、そっと木陰(こかげ)に身を潜(ひそ)めていたのですが、、

≪男子部輸送班≫ こらこら、だめですよ。
あなたも、ちゃんと列に入って、並んでいてください。

≪丸山圭子≫ は、はい。わかりました。

≪ナレーションB≫ しばらくすると、待機していたメンバーは、高山会館に移動することになったのです。
「子供は参加できないことになっている」との、お母さんの言葉を思い出して、どうしようかと困っていると、、

≪男子部輸送班≫ こらこら、だめですよ。
あなたも、ちゃんと列を乱さずに、いっしょに歩いてください。

≪丸山圭子≫ は、はい。わかりました。

≪ナレーションB≫ こうして、圭子ちゃんは、いつの間にか、高山会館に着いたのです。
しばらく庭で待機していると、部屋の中から、山本会長の声が聞こえてきます。

≪山本伸一≫ どうか、もっともっと強い信心にたって、もっともっと大きな功徳を受けてください。
今度私が来る時には、女性はすばらしい着物を着て、男性は超高級の背広を着て、ピカピカの新車に乗って、『こんなに幸せになれました』と言って、駆けつけていただきたい。

今日は、外にもたくさん人があふれていますので、今、この部屋にいる方は、外に出て、入れ替わっていただきたいんですが、よろしいでしょうか。

では、大変に申し訳ありませんが、静かに立ち上がってください。

≪ナレーションB≫ 会館の中にいたメンバーが退場すると、伸一は縁側まで出て、外にいた人たちに、手招きして言った。

≪山本伸一≫ さあ、どうぞ、中にお入りください。

≪ナレーションB≫ 圭子ちゃんは、後ろから押されて、押されて、また押されて、いつの間にか、最前列になっていた。
伸一の真後ろで勤行しながら、圭子ちゃんは信じられない気持ちだった。

≪丸山圭子≫ 御本尊様はすごい! 願いが本当に叶ってしまった!!

≪ナレーションB≫ 伸一は、勤行が終わり、皆の方を振り向くと、最前列にかしこまるようにして座っている圭子ちゃんに、声をかけたのであります。

≪山本伸一≫ 私の横にいらっしゃい!

≪ナレーションB≫ ところが、圭子ちゃんは緊張して、その言葉も耳に入りません。
婦人部の幹部が、話しかけ、手招きをしたので、あわてて立ち上がりました。

≪山本伸一≫ よく来たね。ありがとう。何年生?

≪丸山圭子≫ 五年生です。

≪山本伸一≫ そうか。お父さん、お母さんを大切に。また、しっかり、勉強するんだよ。

≪丸山圭子≫ はい!

≪山本伸一≫ さあ、お土産だよ。

≪ナレーションB≫ 伸一は、未来を担(にな)うのはこの子たちだと思うと、声をかけずには、いられなかったのであります。
彼は記念として少女に何か贈りたいと思ったが、あいにく何も用意していなかったので、宝前に供えられていた菓子を、渡したのでした。

束の間の出会いであったが、山本伸一の励ましは、丸山圭子という一少女の幼い胸に、使命の光を注いだ。
彼女は山本会長の期待を感じ、“頑張ろう。勉強にも挑戦しよう”と、心に誓いながら、家路を急いだのであります。

≪ナレーションA≫ お話の続きは、なんと、それから11年後の昭和53年西暦1978年7月であります。

名古屋の中部文化会館で行われた記念の幹部会で、圭子ちゃんの名前が呼ばれたのです。
壇上に立った圭子ちゃんに、伸一は懐かしそうに、語りかけたのであります。

≪山本伸一≫ 高山に行った時には、あなたは小学校の五年生だったね。よく覚えているよ。
私はこれからも、ずっと、あなたを見守っていきます。

≪ナレーションA≫ 山本伸一は、飛騨の地に植えた種子が、花開いたような喜びを覚えたのです。
すぐに句を認(したた)め、彼女に贈ったのであります。

≪山本伸一≫ 

あな嬉し 花の広布の 君が舞い 
  
あな嬉し 花の広布の 君が舞い 



≪ナレーションA≫ 山本伸一は、彼女の幸福を、心から願った。
自分に負けないで、生涯、広布の道に邁進(まいしん)してほしいと思った。
皆のために、黙々と、謙虚に、誠実に働き、誰からも信頼されるリーダーに育ってほしかったのであります。

本日は小説新人間革命第12巻「愛郷(あいきょう)」の章より、
「飛騨高山の丸山圭子さんのお話」を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇のコーナーを終わります。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

未来部のメンバーに参加してもらう寸劇として作ってみました。

この寸劇の分量は、おおよそ、20文字×190行です。 

ナレーションA と ナレーションB があります。
ナレーションの部分が多くなってしまったためです。
両方をひとりでやっても大丈夫です。


原作にある以下の部分は省略しました。
いじりすぎだ、と思われる方には、お詫び申し上げます。


 山本伸一は、飛騨の人びとが、長い間、いかに苦悩の辛酸をなめてきたかをよく知っていた。また、飛騨の同志が、大変な環境のなかで、郷土の人びとの幸福を願い、いかに黙々と奮闘し続けて来たかも、よくわかっていた。
だからこそ、その同志を、命の限り、励ましたかった。その胸中に、勇気と希望の火をともしたかったのであります。伸一は、飛騨の安穏と繁栄を祈り念じて、緑深き山々に題目を染み込ませる思いで、車中、懸命に唱題を重ねたのであります。

そして、数日前、支部長 、支部婦人部長をしている両親の語らいから、8月15日に山本会長が高山に来ることを知ったのである。彼女の唱題は、ちょうど百五十万編になんなんとしていたのであります。

皆さんの手で、必ず飛騨に、『幸福の花園』を、『人間協和の故郷』を築いていってください。
私は、皆さんのことは、永遠に忘れません。
飛騨には、なかなか来ることは出来ませんが、皆さんのご健康とご長寿を、また、ご一家と飛騨の地域の繁栄を祈っております。お題目を送り続けます。お元気で!

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

アラブの快男児

人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。人間は使命をもって生まれてきています。あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。

あなたにどこまで、その情熱があるかです。情熱は人間を触発し、伝播していくものです。自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。
あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。私も応援します。この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。

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≪ナレーション≫ 新世紀の大舞台は、世界である。そこには、戦火にあえぐ友がいる。悲嘆に暮れる母がいる。飢えに泣く子らもいる。泉が砂漠をオアシスに変えるように、人間の生命からわき出る慈悲と英知の泉をもって、この地球を平和の楽園へ、永遠の宝土(ほうど)へと転じゆくヒューマニズムの勝利を、我らは広宣流布と呼ぶのであります。

本日の寸劇人間革命は、“アラブの快男児”と題しましてお送りいたします。

時は、昭和37年・1962年1月29日、山本伸一は中東へ出発した。
訪問国は、イラン、イラク、トルコ、ギリシャ、エジプト、パキスタン、そしてタイの7カ国であります。
この中東訪問を最も喜んでくれたのは、後に日本で最初の『アラブ語辞典』を執筆・編集し、発刊する河原崎寅蔵(かわらざきとらぞう)というアラブの研究者であった。

≪河原崎≫ 河原崎寅蔵です。今日の寸劇の主人公だそうです。戦前は、外務省に勤めていましたが、役人生活は体に合いません。
今は、石油会社で油田開発に携わるかたわら、東京外国語大学でアラビア語を教えています。
ところで、何でまた、会長さんは中東に行くんでしょうね。

≪ナレーション≫ 伸一は、出発の数日前に、河原崎と初めて会った。
河原崎寅蔵は、黒ぶちのメガネに口髭(くちひげ)をたくわえ、堂々たる体格をした“快男児”といった印象の、40代後半の壮年であった。

≪山本伸一≫ お忙しいところ、わざわざおいでいただいて申し訳ありません。

≪河原崎≫ いいえ、いいえ、とんでもございません。今回、山本先生がアラブにも足を運ばれると聞きまして、私は大変に嬉しく思っております。アラブは私の第二の故郷なんです。

ご存知のように、中東は“世界の火薬庫”といわれておりますが、その背景には、豊富な石油資源を持つアラブ諸国を巡る、東西両陣営の争奪と衝突があり、、……かくかくしかじか……つまり、今後のアラブの動向が、世界平和の鍵を握っているともいえます。
しかし、日本の官僚も、政治家も、経済人も、アラブを単に石油の取引の対象としてしか、考えておりません。石油の確保に影響がなければ、アラブで何が起ころうが、対岸の火事のような見方をしている。本当に残念なことです。

また、日本人はアラブのことについては、ほとんど何も理解していません。アジアの西にある中東と、東にある日本はもっと交流し、ともに互いの国のために、何ができるかを考えていくべきです。そこに、国境を超えた人間の連帯が生まれ、それが世界に広がれば、平和の下地が築かれていくというのが私の意見なのです。

≪山本伸一≫ 全く同感です。あなたのアラブを愛する心が、よくわかります。
私が今回、アラブを訪問するのも、そのためです。

平和といっても、決して特別なことではない。まず人間の心と心を結び合うことから始まります。それには、文化の交流が大切になります。私はアラブと日本の間に、平和と文化の交流の道を開いておきたいのです。
日本では、欧米の文化ばかりが、もてはやされますが、欧米だけが外国ではない。アラブにはアラブの文化があり、日本が学ぶべきことも、たくさんあるのではないか、と思います。

≪河原崎≫ そうなんです!! そうなんですよ!!  山本先生。

≪山本伸一≫ 実はさきほど、東洋学術研究所(後の東洋哲学研究所)という研究機関の発足式をおこないました。
これは東洋を中心に、世界の文化や宗教、民族性などを研究して、人間の相互理解を図る糧とし、東洋、さらにには世界の平和に寄与していこうとするものなのです。

≪河原崎≫ その東洋学術研究所というのは、創価学会がおつくりになったのですか

≪山本伸一≫ そうです。学会が母体となって設立した学術研究所です。
人類の相互理解を図るためには、それぞれの国や民族の文化を研究し、理解することが不可欠ですから。

宗教の使命というのは、民衆のこうふくと世界の平和を実現することであり、それを本気になって考えているのが創価学会です。

≪河原崎≫ 山本先生、どうも私は創価学会について、誤解をしておったようです。
正直なところ、拝めば病気が治るなどといって、勧誘するだけの宗教ではないかという考えが、頭のどこかにありました。

だが、創価学会が平和といった課題に、本当に取り組もうとしているとは考えてもいませんでした。平和を口にする宗教者は多いが、そのために本気で行動する人は、あまりにも少なかったからです。

しかし、今のお話を聞いて、敬服いたしました。実は今日も、家内から、山本先生がお会いしてくれるそうだから、ぜひ行くようにと言われ、家内の顔を立てるつもりで来たのです。

山本会長はアラブにも行かれるというし、妻がお世話になっている教団の会長さんに、一度くらいご挨拶をしておくことも、良いのではないかとおもいまして、、。

しかし、不遜でした。自分で確かめもしないで、偏見をもって学会を見ていたのです。申し訳ないことをしました。

≪山本伸一≫ 真実を知らなければ、誤解があるのも当然です。
では、河原崎さんは勤行をしたことも有りませんね。

≪河原崎≫ はぁ~、はい。名ばかりの会員なもので、、

≪山本伸一≫ 仏法は、すべての人間は、本来、尊極なる『仏』であり、皆が平等に、幸福になる権利があることを教えています。つまり、人類の平等を説くヒューマニズムの思想であり、平和の哲学です。
そして、その『仏』の慈悲と智慧と生命の力を湧現していく道を教えているのが仏法なんです。

人間には、それぞれ理想もあれば、信念もある。皆、それに向かって、必死に努力しています。
しかし、慈悲をもって人に接しようと思っても、その思いとは裏腹に、ともすれば、利己的な生き方に流されてしまうのが、人間ではないでしょうか。

また、人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。
そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。
そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

≪河原崎≫ よくわかります。実は今、私も行き詰まりを感じているのです。
私は、自分の一生はアラブに捧げたいと、思ってまいりました。
しかし、どうも独り相撲だったようです。

日本人がアラブを理解するための文化事業や文化交流を提案しても、誰も見向きもしません。
壁はきわめて厚いのです。

結局、私は夢を描いていただけかもしれないと思うと、どうも弱気になってしまいます。

≪山本伸一≫ 河原崎さん。奥さんがあなたに信仰を勧めたとうかがっていますが、それはアラブにかけるご主人の夢を、なんとしても実現してもらいたいという一心からであったと思います。

奥さんは、あなたのアラブを思う一途な心を、何よりも大切にしているはずです。
あなたの最大の理解者であり、支持者であると思います。

河原崎さんは、かつて外務省を辞められたと聞きましたが、その時も、きっと奥さんは愚痴一つ言わず、あなたを支えてこられたのではないでしょうか。

≪河原崎≫ そうです。苦労をかけました。
体も弱いのに、文句一つ言わず、乏しい家計をやりくりして、じっと耐えてくれました。

≪山本伸一≫ 奥さんの願いは、アラブに貢献するという、あなたの夢を叶えることです。
負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。

人間は使命をもって生まれてきています。
あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。
確かに、政治家でもない一民間人が、アラブのために出来ることは限られているかもしれない。
しかし、あなたが学生たちにアラビア語を教え、人びとにアラブの文化と心を伝えていくことで、未来の交流の大道が、必ず開かれていきます。

あなたにどこまで、その情熱があるかです。
情熱は人間を触発し、伝播(でんぱ)していくものです。
自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。

弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。

あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。
私も応援します。
この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。

≪ナレーション≫ 河原崎は、目を潤ませながら、何度も、何度も頷くと、メガネを外して、涙を拭った。
それから、決意のこもった声で言った。

≪河原崎≫ 私は、今、『アラブ語辞典』を作ろうとしております。
日本にはまだ、『アラブ語辞典』さえないのです。
しかし、どの出版社も、商売にならんといって、見向きもしません。
ですから、自費出版になると思いますが、なんとしてもこの辞典を完成させ、山本先生にお届けします。

≪山本伸一≫ そうですか。ありがとうございます。
後世に光を放つ、尊い偉大な仕事です。
しかし、誰も関心を示さないかもしれません。
皆、目先の損得だけで動いているからです。
先駆者の仕事というのは、その時は、無視され、あるいは、批判され続けるものです。

≪河原崎≫ そう言っていただけると、勇気がわいてきます。

≪山本伸一≫ しかし、河原崎さんは不思議な方だ。おろらく、アラブ人よりもアラブ人らしい。
きっと、前世はアラブ人だったのでしょう。

≪河原崎≫ いや、私もそう思っていたのです。光栄ですな。はっはっはっ!!

≪ナレーション≫この日、河原崎は、家に帰ると、直ちに仏壇の前に座り、題目を三唱した。
そして、家族に宣言したのであります。

≪河原崎≫ 今日から俺も、信心するからな!

≪ナレーション≫ もともと一途な“アラブの快男児”は、その日を契機に、一騎当千の“広布の快男児”となっていったのであります。

本日は小説新人間革命第6巻『宝土(ほうど)』の章から、“アラブの快男児”と題しまして、旭日地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。

なお、中東訪問のたくさんのエピソードにつきましては、またの寸劇に、こうご期待であります。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。


最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
この、寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×230行です。

この寸劇は、3人(ナレーション一人と、対話をする二人)で演じられる、三人寸劇です。


公益財団法人 東洋哲学研究所のホームページ 東洋哲学研究所


印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、ぜひご活用ください。

20文字×200行の、少し短いタイプの寸劇のテキストデータも準備しましたので、ご活用ください。

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

今日の新聞から、太陽の励まし、少女の祈り

高山に行った時には、あなたは小学校の五年生だったね。よく覚えているよ。私はこれからも、ずっと、あなたを見守っていきます。

あな嬉し 花の広布の 君が舞い


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今日の聖教新聞に昭和42年8月15日の高山会館でのエピソードが紹介されています。
このお話は小説新人間革命第12巻「愛郷(あいきょう)」の章に紹介されています。

偶然ですが、このエピソードを「飛騨高山の丸山圭子ちゃんのお話」として、以前に掲載させていただきました。

その寸劇を読んでみたい方は、ここをクリック してください。

今回手直ししたもの(20文字×135行)を準備しましたので、是非ごらんください。


≪ナレーションA≫ 時は、昭和42年、西暦1967年8月15日。
山本伸一は岐阜の高山会館を訪問したのであります

≪山本伸一≫ 皆さんの手で、必ず飛騨に、『幸福の花園』を『人間協和の故郷』を築いていってください。

≪ナレーションA≫ その時、山本伸一のすぐ後ろで、歓喜に頬(ほお)を紅潮(こうちょう)させて懸命に唱題する、一人の少女がいたのです。

 本日の寸劇人間革命の主人公、丸山圭子(けいこ)ちゃんです。

≪丸山圭子≫ 私は、小さい時から、信心に励む両親の唱題の声を聞きながら育ちました。
そんな自分が、お題目を唱えるようになったのは、“いじめ”にあってからです。

≪女子部先輩≫ 山本伸一先生は、学会っ子は、“獅子の子”だっていわれているのよ。

“獅子の子”は、何があっても泣いたりしちゃいけないわ。圭子ちゃんも、絶対に負けないでがんばってね

≪ナレーションA≫ その励ましが、圭子ちゃんに希望を与えたのであります。

≪女子部先輩≫ 山本先生は、社会の平和と人びとの幸福のために、世界を駆け巡っていらっしゃるのよ。先生は、私にとって人生の師匠なのよ。

≪丸山圭子≫ どうすれば、山本先生にお会いすることが出来るんですか

≪女子部先輩≫ そうねー。祈りとして叶わざるはなしの御本尊なんだから、しっかりお題目を唱えれば、必ずお会いできるわよ。

≪ナレーションA≫ 以来、圭子ちゃんは、山本先生とお会いできますようにと、真剣に唱題を始めたのです。

 彼女の唱題が、ちょうど百五十万編になんなんとした時、両親の話から、8月15日に山本会長が高山に来ることを知ったのであります。

≪お母さん≫ だめよ。子供は参加できないことになっているの。あなたは、おうちで妹と留守番していてね。

≪ナレーションB≫ さて15日の当日であります。

≪丸山圭子≫ そうだ、会館に行く国道に立っていれば、先生の乗った車に会うことができるかもしれない。よーし、行ってみよう。

≪ナレーションB≫ 国道に出た。それから、もう少し、もう少しと、歩いていくと空き地に、大勢の人が集まっていたのです。

≪丸山圭子≫ 会合で見たことのある人がいっぱいいるわ。何だろう。

≪ナレーショB≫ 実は、高山会館に行くメンバーの待機場所だったのです。
「ヤバイ」。

お母さんにみつからないように、そっと木陰(こかげ)に身を潜(ひそ)めていたのですが、、

≪男子部輸送班≫ こらこら、だめですよ。あなたも、ちゃんと列に入って、並んでいてください。

≪丸山圭子≫ はぁ、はい。わかりました。

≪ナレーションB≫ しばらくすると、待機していたメンバーは、高山会館に移動することになったのです。どうしようかと困っていると。

≪男子部輸送班≫ こらこら、だめですよ。あなたも、ちゃんと列を乱さずに、いっしょに歩いてください。

≪丸山圭子≫ はぁ、はい。わかりました。

≪ナレーション≫ こうして、圭子ちゃんは、いつの間にか、高山会館に着いたのです。

しばらく待機していると、部屋の中から、山本会長の声が聞こえてきます。


≪山本伸一≫ 外にもたくさん人があふれていますので、今この部屋にいる方は、外に出て、入れ替わっていただきたいんですが、よろしいでしょうか。

 さあ、どうぞ、中にお入りください。

≪ナレーションB≫ 圭子ちゃんは、後ろから押されて、また押されて、いつの間にか、最前列になっていた。

伸一の真後ろで勤行しながら、圭子ちゃんは信じられない気持ちだった。

≪丸山圭子≫ ご本尊様はすごい! 願いが本当に叶ってしまった!!

≪ナレーションB≫ 伸一は、勤行が終わり、皆の方を振り向くと、最前列にかしこまるようにして座っている圭子ちゃんに、声をかけたのであります。

≪山本伸一≫ 私の横にいらっしゃい!

≪ナレーションB≫ ところが、圭子ちゃんは緊張して、その言葉も耳に入りません。

婦人部の幹部が、話しかけ、手招きをしたので、あわてて立ち上がりました。

≪山本伸一≫ よく来たね。ありがとう。何年生?

≪丸山圭子≫ 五年生です。

≪山本伸一≫ そうか。お父さん、お母さんを大切に。また、しっかり、勉強するんだよ。

≪丸山圭子≫ はい!

≪山本伸一≫ さあ、お土産だよ。

≪ナレーションB≫ 伸一は、未来を担(にな)うのはこの子たちだと思うと、声をかけずには、いられなかったのです。

「いつの日か先生にお礼を」これが圭子ちゃんの次の願いに、なったのであります。

≪ナレーションA≫ お話の続きは、なんと、それから11年後の昭和53年西暦1978年7月であります。

 名古屋の中部文化会館で行われた幹部会で、圭子ちゃんの名前が呼ばれたのです。

壇上に立った圭子ちゃんに、伸一は懐かしそうに、語りかけたのであります。

≪山本伸一≫ 高山に行った時には、あなたは小学校の五年生だったね。

よく覚えているよ。

≪丸山圭子≫ 先生!あの時は本当にありがとうございました。

≪山本伸一≫ 今は、女子部の本部長さんだね。

しっかりがんばってね!
 私はこれからも、ずっと、あなたを見守っていきます。

≪ナレーションA≫ 伸一は、彼女の成長と幸福を、心から願ったのであります。

≪山本伸一≫  あな嬉し 花の広布の 君が舞い 

≪ナレーションA≫ 本日は小説新人間革命第12巻「愛郷(あいきょう)」の章などより、「飛騨高山の丸山圭子さんのお話」を、旭日地区のオール スター キャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。


20130106の聖教新聞の記事の中から、勝手にいくつかの文章を借用しました。

もうちょっと上手にまとめたほうが、、と思われた方にはお詫びいたします。

原稿印刷用の空白行の少ないテキストデータを準備しました。(20文字×135行)是非、ご活用ください。



テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

『伝統の二月』のお話


二月は日蓮大聖人の御生誕の月であり、また二月十一日は、戸田先生の誕生日であります。

今日、私たちが、この信心に巡り合えたのは、大聖人様が御出現になったからであることは言うまでもありませんが、戸田先生が広宣流布に一人立たれたおかげでもあります。

そして、皆さんは、それぞれ功徳を受け、幸せになられた。

その報恩感謝の思いで、この二月を戦いきり、見事な勝利の結果をもって、戸田先生にお応えし、先生の誕生の月をお祝いしようではありませんか。

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≪ナレーションA≫ 試練の冬を勝ち越えて、戸田先生が第2代会長に就任されたのは、、昭和26年(1951)の5月3日であった。

 その晴れの日、戸田先生は、生涯の願業として、75万世帯の本尊流布を大宣言なされのであります。

 だが、折伏は難事中の難事である。

なかなか、思うようには成果があがらないのが、現実であったのであります。


 ≪山本伸一≫ このままでは、戸田先生の宣言は虚妄(こもう)になってしまう。


≪ナレーションA≫ 山本伸一は悩んだ。

しかし、戸田の会社を軌道に乗せるために、全力を投入しなければならない日々が続いていた。

そうしたなかで、戸田から、蒲田の支部幹事として活動の指揮をとるよう、支持されたのであります。


≪ナレーションB≫ 「二月闘争」の発火点。それは、第一線のリーダーが集った緊急組長会であった。
                      (1952年1月下旬)

山本伸一は、寒風を突いて参加してくれた130人の同志と心一つに誓い合ったのであります。


≪山本伸一≫ 二月は日蓮大聖人の御生誕の月であり、また二月十一日は、戸田先生の誕生日であります。

今日、私たちが、この信心に巡り合えたのは、大聖人様が御出現になったからであることは言うまでもありませんが、戸田先生が広宣流布に一人立たれたおかげでもあります。

そして、皆さんは、それぞれ功徳を受け、幸せになられた。

 その報恩感謝の思いで、この二月を戦いきり、見事な勝利の結果をもって、戸田先生にお応えし、先生の誕生の月をお祝いしようではありませんか。


≪ナレーションB≫ 当時、どんなに頑張っても1支部で「月に100世帯」ほどの折伏が限界だと、皆が思い込んでいた。

 しかし山本伸一は、、「組で2世帯」という折伏目標を掲げた。

 そして、具体的に、

「祈りから始めよう」

「近隣を大切にしよう」

「体験を語ろう」、と呼びかけたのであります。


≪ナレーションB≫ 池田先生は次のように語っています。


≪山本伸一≫ ともあれ、「何としても、戸田先生に喜んでもらいたい」と私の心に、皆が共に燃え立ってくれた。


「誰か」ではない。「自分」がやるのだ!

「いつか」ではない。「今」やるのだ!

「不可能」ではない。「可能」にするのだ!


 自然のうちに、一人ひとりの心が戸田先生の大願と合致して、「師弟」の命のギアが深く噛み合った。

 師と共に広宣流布することを自ら願って出現したのが、地涌の菩薩だ。学会員は皆、偉大な菩薩である。

 ひとたび使命を自覚するならば、必ず第一級の広布の闘士として、本領を発揮できないわけがない。

 破れぬ壁など、断じてないのである。

 当時の蒲田の支部幹部では、私が一番若かった。

人を集めて偉ぶって指導しても、誰が信用するか。

自分が足を運び、顔を合わせ、寒風の中を一緒に歩く以外にない。

 1回の座談会、一軒の個人指導、一通の激励の手紙……すべてが私の主戦場と思って真剣に取り組んだ。

 これまで周囲に信心の話などしたことがないという人も、まだ信心が浅くて何も語れないと尻込(しりご)みしていた人も、矢も盾(たて)もたまらぬ息吹の中で、勇気の一歩を踏み出してくれた。


≪ナレーションB≫  蒲田の友は寒風に胸を張り、喜び勇んで、活動を開始した。そして、この月、蒲田支部は、二百一世帯という未曾有(みぞう)の折伏を成し遂げたのである。

“やればできる!”

誰もが大歓喜のなかにそう実感した。

蒲田支部の壮挙(そうきょ)は、触発の波動となって全国に広がり、これが七十五万世帯達成への突破口となった。

この蒲田での山本伸一の戦いが、折伏の飛躍を遂げる「伝統の二月」の淵源(えんげん)となっていったのであります。


≪ナレーションA≫ 「二月闘争」では、東京はもちろん、多摩川を隔てた神奈川にも、広宣の炎は燃え上がり、中部、山梨、千葉へ、そして雪の東北・秋田にも拡大しました事は、皆様ご存知のとおりであります。


 本日は、新人間革命第3巻「平和の光」そして、随筆 我らの勝利の大道「新時代の二月闘争」より、『伝統の二月』のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。


以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。 
 


寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。


この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×110行です。


今回の寸劇人間革命の内容は、ほとんど、『随筆 我らの勝利の大道 No.67 (2012.2.7/8付 聖教新聞)』からの引用文をあちこち貼り付けたものです。
省略・引用の仕方が、ちょっと??と、思われた方には お詫びいたします。


原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

是非、ご活用ください。


テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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