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二十歳の山本伸一青年

入会して、一年ほどの、山本伸一青年の「詩」がこの寸劇の主題です。

革命は死なり。
われらの死は、妙法への帰命(きみょう)なり。
若人(わこうど)よ、大慈悲を抱(いだ)きて進め。
若人よ、大哲学を抱きて戦え。
われ、弱冠(じゃっかん)二十にして、
最高の 栄光ある 青春の 生きゆく 道を 知る。

P1010481_2.jpg

≪ナレーション≫ 
それでは寸劇のコーナーです。

本日は、「二十歳の山本伸一青年」と題しまして、お送りいたします。


時は昭和23年、西暦1948年9月。
法華経講義が終わって、質問会の真っ最中であります。

≪青年①≫ 先生、一切の悪の根源というものは、邪宗教にある、との根本定理を教わりましたが、今、*世間では “ワイロ”をもらった大蔵大臣が逮捕されて、大騒ぎです。

総理大臣まで逮捕されそうなウワサです。
このような、悪の根を早く切るには、どうしたらいいでしょうか。

*昭和電工事件のこと 贈収賄で多数の官僚などが逮捕された。
芦田内閣は総辞職に追い込まれ、芦田首相も逮捕される。

≪戸田城聖≫ おもしろい質問です。今夜は、みんなでこの問題を考えてみよう。
君たち、どうしたらいいとおもうかね。

≪青年②≫ それだからこそ、広宣流布の必要なことはよくわかりますが、こうした社会悪を、黙って見てはおれないのです。

どうも **百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)に等しいように思えてならないのですが、、、。

**いくら期待しても実現の見込みがない、ということ。

≪戸田城聖≫ 百年河清を俟つ…か。

君も“さじ”を投げたいのかね。
戸田は断じて“さじ”を投げません!!

われわれの活動は、このような悪の根源(こんげん)を絶滅(ぜつめつ)する戦いになっているのです。
やがて、世間がアッと驚く時が必ず来る。

もちろん、なまやさしい戦いではなかろう。
しかし、これこそが確実無比(かくじつむひ)な戦いだということを、断言しておこう。


≪青年①≫ では、先生、具体的にはどうすればいいのですか。

≪戸田城聖≫ 君たちは、もうすでに、このような社会悪に対して如何(いか)にすべきか、ちゃんと知っているのだよ。
君たちの家族に、一人の手のつけられない不良息子がいたとする。

その場合君たちならどうする。

≪青年②≫ もちろん折伏して、なんとしても信心させます。
それ以外、どんな方法でもダメです。

≪戸田城聖≫ そうだろう。君たちはすでに実行ずみではないか。
悪徳政治家などというのは、悪知恵(わるじえ)の発達した、不良息子みたいなもんだ。

ただ国家の不良息子なので、権力を笠(かさ)に着て、まことに始末が悪い。
学会が、今のままのこんな状態でいつまでもいると思うのは、君たちの錯覚だよ。

見ていたまえ、十年、二十年、五十年先の学会の姿というものを。
君たち青年が、純粋な信心に立ち、行学に邁進(まいしん)して成長した時、その中から、有能な政治家が、誕生し、やがては政党だって作ることができるのです。

しかし、今は、ただ戸田の胸中(きょうちゅう)にあるだけなのです。

はっはっはっ、あんまりしゃべると、誇大(こだい)妄想狂(もうそうきょう)と間違えられるから、今夜はこのくらいにしておこう。

しかし、これが空想でないことだけは、はっきりと言っておく。


≪青年①②≫ う~ん、理屈ではそうなんだろうけど、、ぶつぶつ、ぶつぶつ、


≪ナレーション≫ しかし、この座に一人の青年がいた。
彼は、戸田の言々句々(げんげんくく)を、そっくりそのまま、己(おのれ)の脳細胞に吸収して、ほとんど抵抗を感じなかった。

彼は一点を凝視(ぎょうし)するように、眼をひらき、身じろぎもせず、戸田の眼鏡(めがね)の奥を見つめていた。
それは山本伸一であった。

彼は、この夜、日記に次のように書きとめたので、あります。


≪山本伸一≫ 

ああ、甚深(じんじん)無量(むりょう)なる法華経の玄理(げんり)に遭(あ)いし、身の福運を知る。
戸田先生こそ、人類の師ならん。

祖国を憂(うれ)え、人類に必ずや最高の幸福を与えんと、邁進(まいしん)なされ行く大信念。
そして正義の、何ものをも焼くが如(ごと)き情熱。


唯々(ただただ)、全衆生(しゅじょう)を成仏せしめんと、苦難と戦い、大悪世(あくせ)に、大燭光(しょこう)を点じられた、日蓮大聖人の大慈悲に感涙す。


若人(わこうど)は、進まねばならぬ。永遠に前へ。
若人は進まねばならぬ。
令法(りょうぼう)久住(くじゅう)の為(ため)に。


妙法の徒(と)。わが行動に恥なきや。
われ、心奥(しんおう)に迷いなきや。
遅疑(ちぎ)逡巡(しゅんじゅん)するも、汝(なんじ)自身なり。


宗教革命、即人間革命なり。
かくして、教育革命、経済革命あり、
また真(しん)の政治革命とならん。


混濁(こんじょく)の世。社会と、人を浄化(じょうか)せしむる者は誰ぞ。
学会の使命重大なり。
学会の前進のみ、それを決せん。


革命は死なり。
われらの死は、妙法への帰命(きみょう)なり。
真(しん)の大死(だいし)こそ、
祖国と世界を救う大柱石(ちゅうせき)とならん。


若人(わこうど)よ、大慈悲を抱(いだ)きて進め。
若人よ、大哲学を抱きて戦え。
われ、弱冠(じゃっかん)二十にして、
最高の 栄光ある 青春の 生きゆく 道を 知る。


≪ナレーション≫ この二十歳の青年は、入信して一年しか経っていなかった。
彼はまだ、名もない一青年部員にすぎない。

あの入信の夜いらい、戸田と直接話す機会もなく、はや一年の歳月が流れていたのだ。
しかし戸田の志(こころざし)は、そのまま山本伸一の心の底で育ちはじめていたといえよう。

山本伸一は、戸田先生のもとで、戦いたいと、祈り、願う日々が続いたのであります。


≪戸田城聖≫ 日本正学館の編集部に、誰か適当な人を探しているんだがどうだろう。

≪側近幹部≫ そうですね、う~ん、あの文学青年の山本伸一君はどうでしょうか。

≪戸田城聖≫ そうか。山本君だね。体の具合はよくなったかね?

≪側近幹部≫ え?ええ、はい、元気です。大丈夫だと思います。

≪戸田城聖≫ そうか。雑誌の編集は、まず体力だからな。彼なら適任だ。話を進めてくれないか。


≪ナレーション≫ こうして山本伸一が、面接にやってきたのです。


≪側近幹部≫ 先生、山本伸一君です。

≪戸田城聖≫ うん。わかっている。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、だまって履歴書を提出した。
やや長いまつげが影を落とし、まだ少年らしい面影を残している。

戸田はていねいに履歴書をひろげ、仔細(しさい)にじっと眼を注いでいた。
やや長い沈黙が流れてゆく。
やがて顔をあげると、微笑(ほほえ)みながら山本をじっと見つめ、一言、こう言っただけである。


≪戸田城聖≫ 「がんばるか」

≪山本伸一≫ 「はい。おねがいいたします」

(演技指導、ここの気合が重要です。)

≪ナレーション≫ 山本伸一は、間髪(かんぱつ)をいれず答えた。
一瞬の気合であった。

決定的な瞬間である。
時はすでに熟していたのであります。
こうして、山本伸一は、戸田の経営する日本正学館に少年雑誌「冒険少年」の編集者として勤務することになったのであります。

本日は、小説人間革命第3巻 漣(さざなみ)の章、結実(けつじつ)の章より、「二十歳の山本伸一青年」と題しまして、旭日地区の オール スター キャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを、終わります。





最後まで読んでもらってありがとうございます。
戸田先生は何十年先のことまで、全部わかっていたんですね。

信心して一年の山本伸一青年の詩。それがこの寸劇の主題になります。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×170行です。


この寸劇を実際に座談会でやってみようと、思われた方は、「続きを読む」を ご覧ください。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

「厚田村」ロングバージョン

僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
この海の向こうには、大陸が広がっている。世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。

P1010495_2.jpg

≪ナレーション≫ それでは壮年部コーナーです。本日は寸劇をおこないます。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、
全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は8月5日から20日にかけて、全国の拠点を飛び回りました。
ことに北海道では、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。
そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

(ロングバージョンの寸劇「厚田村」です。)

戸田先生役ということですので、よろしくお願いします。

山本伸一役ということですので、よろしくお願いします。

≪ナレーション≫ さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見て海に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。
 アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。
東京の生活で、どれだけ体と心を、温めてくれたか、はかり知れないものがある。
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。
伸一お前が俺の親父の役をやれ。

母の役は、困ったなあ、、、、地区婦人部長にやってもらおう。

≪ナレーション≫
それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。
時は大正9年西暦1920年2月。戸田青年は二十歳になったばかり。 
夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。

自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

その父母に親孝行らしいことは、何もできずに東京にいってしまうことは、本当につらい、、、
しかし、戸田の心は燃えていたのであります。


≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。
東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。
好きなようにするがよい。、、、、、
久しぶりだ、さあ飲め

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、  
ちょっとまて、、、 これだ、、、、何もないが、戸田家の家宝だ。
持っていけ

≪ナレーション≫ 父は、柳行李の中から一振りの日本刀を取り出したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征け!!   勇気をもってな

≪ナレーション≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえ、勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。
いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。
戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。
翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。


≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。。。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで、、元気で、、、体には気をつけて、、、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。


≪ナレーション≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。
 しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。
 
「劇の中の劇は、ここまでです」

≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、
 ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことはあまりにも多い。
人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。

東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。


≪ナレーション≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

その夜、戸田旅館には、村長や小・中学校の校長や、戸田の親戚などが集まりました。
戸田は誇らしげに伸一を紹介したのであります。

≪戸田≫ 皆さん、彼は私が右腕とも左腕とも頼む人物で、山本伸一君といいます。
よろしくお願いします。
 
伸一、これが石狩鍋だ。
厚田の海の幸、山の幸だ、、、
僕のふるさとの味だ、食べてみたまえ。

≪ナレーション≫ その夜、山本伸一はなかなか寝付けなかった。
海辺で語った戸田の一言一言が、波のように彼の脳裏に寄せ返していた。
戸田の自分に対する大きな期待、そして感動に胸が高鳴った。

早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風がさわやかだったのであります。


≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!道をふさぐ吹雪も、あの断崖も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。

 サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺 権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」   
「征けと一言父子の譜」
   
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!


≪ナレーション≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。


**昭和35年西暦1960年8月、第三代会長に就任した、山本伸一が、厚田村を訪問する。
メンバーの待つ戸田旅館に、山本会長がやってきたのであります。
「戸田法華」などど悪口を言われながらも、努力を続けてきた、厚田の同志の喜びが爆発した。


≪山本 伸一≫ **このたび戸田先生の弟子として、第三代会長になりました山本です。
今日は先生の故郷に、会長就任のご報告に、まいりました。
戸田先生の故郷の厚田は、私の第二の故郷です。
また、ここは、私にとって、世界への旅立ちを誓った舞台なんです。
どうか皆さんで力を合わせて、私に代わって、ここに幸福の花園を築いてください。


≪ナレーション≫  そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSG I のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。


本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、

さらに小説「新・人間革命・第18巻」「師恩 しおん」の章から

「厚田村のお話」を特別出演地区婦人部長。

そして、旭日地区壮年部の オール スター キャストでお送りいたしました。

*ところで、昭和29年7月当時の、学会世帯数は、約12万世帯。
そして、夏季闘争の行われた、8月の折伏成果数は、1万2千7百71世帯でありました。

以上で壮年部コーナーを終わります


長いブログを最後まで読んでいただきありがとうございます。



*人間革命第8巻「明暗」 **新人間革命第18巻「師恩」 より引用



この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×210行です。


サラサラ、、
んー詩心が、わいてきたぞ。
などの表現は、自分が勝手に作った作文です。

これからもよろしくお願いします。


原稿の印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

ぜひ、ご活用ください。




テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

『厚田村』のお話 ショートバージョン

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行

P1010736_1.jpg

≪ナレーション①≫ それでは寸劇のコーナーです。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。

そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

戸田先生役です、よろしくお願いします・
山本伸一役です、よろしくお願いします。

≪ナレーション①≫  さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫  伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。 
アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。 
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。

≪ナレーション②≫ それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。

時は大正9年西暦1920年2月。
戸田青年は二十歳になったばかり。

夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。
自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。
 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。好きなようにするがよい。
久しぶりだ、さあ飲め.

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、ちょっとまて、、 
これだ、、何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ

≪ナレーション②≫ 父は、一振りの日本刀を手渡したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征(ゆ)け!!勇気をもってな

≪ナレーション②≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえた。
勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。

いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。

戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

≪ナレーション②≫ 母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。

翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。

≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで(涙)、、元気で(涙)、、体には気をつけて(涙)、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。

≪ナレーション②≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。 
しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。  

「劇の中の劇は、ここまでです」


≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、 
ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことは、あまりにも多い。人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石(ばんじゃく)な礎(いしずえ)を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。

≪ナレーション①≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

翌日の早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風が、さわやかだったのであります。

≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!
道をふさぐ吹雪も、あの断崖(だんがい)も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。 

サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、


北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」
  
「征けと一言父子の譜」
  
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!

≪ナレーション①≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。 

そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSGI のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、から、「厚田村」のお話を、旭日地区のオール スター キャストでお送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを終わります


*人間革命第8巻「明暗」より 



最後まで読んでいただきありがとうございます。

寸劇の中に、もうひとつの寸劇が入り込んでいる構成になっています。(三幕二場)

そのため、ナレーションを二人でやって、聞く人がわかりやすくするよう工夫したつもりです。

「厚田村のお話ロングバージョン」が長すぎるとの意見があり、短くしたものです。

これからも、お付き合いよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×165行です。


稚拙な表現は、自分が勝手に作ったものです。

「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  
「どんぶく」のことだ。
よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ サラサラ、、、、



原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ぜひご活用ください。

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

昭和25年の山本伸一青年の闘い

先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?
いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

伸一、お前は死のうとしている。
俺に、命をくれようとしている。
それは困る。
お前は生き抜け。断じて生き抜け!
俺の命と、交換するんだ!

古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変われど われは変らじ
幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠

異体は同心となり、一つの偉大な生命に溶けて、久遠からの、実在の、姿を、現したのである。

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以前(2012/08) に公開したものを少し手直ししました。



≪ナレーションA≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は、「昭和25年の山本伸一青年の闘い」と題しまして、お送りいたします。

時は昭和25年、西暦1950年8月24日、午後8時。
西神田にある、学会本部二階の和室であります。

法華経講義が、終了すると、戸田が、まったく意外な事を、話し始めたのであります。

≪戸田城聖≫ 私の一身上のことだが、じつは私が経営する信用組合は、きのうで営業を停止したのです。
そこで考えに考え、熟慮の末、理事長の職を今日かぎり辞任することにした。
そこで理事長は三島君に代わってもらいます。

私は、思うところあって理事長を辞任したが、信心をやめたわけでは断じてない。
深く心に期するところがあります。
広宣流布の大業に身を挺(てい)する決意は、少しもかわっておりません。

≪ナレーションA≫ 三島新理事長の挨拶が終わると、幹部たちがあつまり、打ち合わせを始めた。
伸一は、その輪から抜けだすと、ひとり戸田の部屋に入っていった。

沈(しず)んだ、元気のない伸一の姿を見ると、戸田は微笑(ほほえ)みながら聞いた

≪戸田城聖≫ なんだ、どうした。

≪山本伸一≫ 先生…

≪戸田城聖≫ なんだね?

≪山本伸一≫ 先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?

≪戸田城聖≫ いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

≪山本伸一≫ 先生…

≪戸田城聖≫ 伸、どうした?

≪山本伸一≫ いや、先生、いいんです。先生、お休みなさい。

≪山本伸一≫ これでいい。信用組合が潰(つぶ)れようと、先生が理事長をやめようと、先生と自分との一線が狂わないならば、何が起きようと、かまったことではない。

未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、この師に学んだ栄誉を、最高、最大の、幸福とする。  
僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。
これでいいんだ。これでよし。

≪ナレーションA≫ その日、8月24日は、山本伸一にとって、ちょうど入会満三年にあたる日であったのであります。

≪ナレーションB≫ 新しく手掛(てが)けた事業も難航を極めた。
給料も遅配が続いた。夜間大学に通うことも断念せざるをえなかった。

社員であった同志も、一人、またひとりと、恨(うら)みごとを残して、戸田のもとを去り、伸一ただ一人だけが残り、怒濤(どとう)に身をさらすがごとき苦闘(くとう)が始まったのである。

伸一は、必死に、戸田を守り、支えた。
胸を病む彼は、熱にさいなまれ、時に血さえ吐(は)きながらも、走りぬいた。
彼は、死をも覚悟していたのである。

戸田に一身を捧(ささ)げ、師とともに、偉大なる広宣流布の法戦を進め、戸田が生きているうちに、広布に散りゆこうと、心に決めていた。

そうしなければ、後世にまことの弟子の模範(もはん)を残すことも、現代における真実の大聖人門下の鑑(かがみ)をつくることもできない、と考えていたのであります。


≪戸田城聖≫ 伸、どうした。
生命力がてんでないじゃないか。
生命力が弱っていては、戦(いくさ)は負けだぞ。

伸一、お前は死のうとしている。
俺に、命をくれようとしている。
それは困る。
お前は生き抜け。断じて生き抜け!
俺の命と、交換するんだ!

≪ナレーションB≫ 深い感動が、山下伸一を包んだ。
深夜、一人の青年の感涙は、一首の歌に結晶したのであります。

≪山本伸一≫
古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変われど われは変らじ
いにしえの  くしき えにしに  つかえしを  ひとは かわれど  われは かわらじ

≪ナレーションB≫ あくる朝、戸田は伸一の体を心配し、伸一はまた戸田の体を心配して、昨夜のことを思いながら挨拶を、したのであります。

≪戸田城聖≫ 伸、きのうは休めたか。これ以上、やせてはいかんぞ。

≪山本伸一≫ はい、ありがとうございます。

どうか先生こそ少しお休みになってください。お願いいたします。

先生、これを、(綺麗(きれい)に清書した紙を手渡す)


≪戸田城聖≫ うん。わかっている。

(近眼の目を、紙にすりつけんばかりにして見る)

古の 奇しき縁に 仕えしを  人は変われど われは変らじ

ウーン。よし!僕も歌をあげよう。
返し歌だ。紙はないか…。さて…。

幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
いくたびか いくさの にわに たてる みの  すてず たもつは  きみが たちぞよ

これをあげよう、、いや まて、まて、もう一首あるんだ 

色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠
いろは あせ ちからは ぬけし わが おうじゃ  しすとも のこすは きみが かんむり

さあ、これで、いいだろう

≪山本伸一≫ 幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ

色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠

先生 ありがとうございます。

――この私が、はたして先生の太刀(たち)なのであろうか。この私が先生の冠(かんむり)に値(あたい)するのだろうか。

……先生はご自分のことも、私の何から、なにまでも、解(わ)かっていてくださるのだ。

≪ナレーションB≫ 伸一は眉(まゆ)をあげた。
戸田の深い慈愛は、この時、伸一の生命を永遠に貫(つらぬ)いたのである。

異体は同心となり、一つの偉大な生命に溶けて、久遠からの、実在の、姿を、現(あらわ)したのである。

戸田は、にっこり笑って、無言であった。
伸一は、必死の決意で、戸田の眼鏡(めがね)の奥の瞳(ひとみ)を、はっきりと見た。
瞳は鋭く、また暖かく、澄(す)みきって、かがやいていたのであります。

≪戸田城聖≫ 伸、仏法は勝負だ、男らしく命のある限り、戦いきってみようよ。
生命は永遠だ。その証拠が、必ずなにかの形で今世に現れるだろう

≪山本伸一≫ 仏法真実ならば、因果の理法、これまた、厳(きび)しく、あらねばならぬ。
十年後の学会を、見よ。二十年後の学会を見よ。そして、わが存在も!

≪ナレーションB≫ 時に昭和25年西暦1950年の晩秋(ばんしゅう)。
山本伸一青年22歳であります。

山本伸一は、一日一万遍の唱題を発心し、そして実行しつつ、彼をめぐるすべての苦難に耐えたのであります。

≪ナレーションA≫ 明けて、昭和26年西暦1951年1月6日。
この時、信用組合の問題は、最悪の事態に追い詰められていたのであります。

≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。

伸一君、私に、もし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。

伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。

≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。

私がすべてやります。先生は、お体をお休めください。わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、創価学会の会長になっていただきます!

≪ナレーションA≫ この約一ヵ月後、信用組合の問題は、山本伸一の奮闘により解決。

そして、いよいよ、昭和26年西暦1951年5月3日の、戸田城聖第2代会長就任式への前進が、始まったのです。

 当時、誰一人として、気づかなかった、戸田先生と山本伸一青年の、師弟不二の絆の中にこそ、創価学会の永遠普遍の原点があることは、皆様ご存知のとおりであります。

≪ナレーションA≫ 本日は、小説人間革命第4巻「怒濤 どとう」の章、「秋霜 しゅうそう」の章、さらに、小説人間革命第12巻「新・黎明 れいめい」の章などから、「山本伸一青年の闘い」を、旭日地区男子部のオールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを終わります。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、空白行を除いて、おおよそ、20文字×210行です。
これからもよろしくお願いします。

この寸劇人間革命を実際に座談会でやってみようと思った方は、「続きを読む」をご覧ください。

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

「雲海の着想」のお話


そうなると、いわば創価学会は、壮大な教育啓蒙的母体としてそれにとどまらず、人類の平和と分化の不可欠な中核体となるだろう。
今後、やがて時代とともに徐々にこういった方向に向かうと私は考えている。
伸ちゃん、どうもそういうことになるのじゃないか。
要は『人間』を作ることだ。
伸ちゃん、この『人間革命運動』は、世界的に広がっていくことになるのだよ。


創価学会が、社会に拡散して、壮大な人間触発の大地となる。
そこから、人類の輝かしい新しい未来が眼前に展ける。まことに雄大な構想ですね……。
ずいぶん先の将来に思えますが……


遠いといっても、百年も先のことではあるまい。
しかし私の生涯に、そのような時代が来るとは、思えない。
伸ちゃん、君の時代だ。
それも、後半生の終わりごろから、その傾向が顕著にあらわれてくるのじゃないかな。


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≪ナレーション≫ 時は昭和31年1956年7月9日、午後。
山本伸一は、大阪から東京へ向かう航空機に搭乗したのであります。
機上から眺(なが)める、美しい雲海の世界は、あくまで澄み透り、さっきまで続いた個々半年の苦闘の草々を、とおい過去の足跡として、思いうかばせていた。
伸一は、それらの苦闘が実を結んだ結果に身をゆだねて、他人事のように客観視する余裕を得たのであります。

≪山本伸一≫ 苦しいと言えば、これほど苦しい戦いもない。
愉(たの)しいと言えば、これほど愉しい戦いはない。
苦楽というものは、本来ひとつのものなのかもしれない。
しかし、そういえるのも勝利の栄光が結果したからではないか。
もし敗れたとしたならば、苦しさだけが残るのではなか。

≪ナレーション≫ 伸一は慄然(りつぜん)とした。
そして『雲海の着想』は、未来へと向かった。

≪山本伸一≫ 広宣流布の長い旅程(りょてい)のなかにあって、あのような油断ならぬ苦闘から、わが友の会員は永久に免(まぬが)れることがないのだろうか。
その旅程のなかで、選挙のたびに同志の支援活動も何年かを隔てて続くだろう。すると、世間は創価学会がなにか政治的野心でもあって活動していると思うだろう。

創価学会は、あくまでも人類の永遠の幸福を願っての広宣流布という稀有の使命を担った宗団でなければならぬ。
この尊い純粋なる信仰の団体を、いささかたりとも政治化していくように見られることは、残念でならない。

大阪での戦いは勝った。
東京は敗色濃厚である。
ともに壮烈な戦いであった。

その死闘ともいうべき戦いのなかで垣間(かいま)見たものは、政治というものの底しれない魔性だった。
広宣流布をすすめる以上、その魔性との対決をもはや避けることはできない。
かといって進むには、その政治の泥沼に足を踏み入れなければならないだろう。

すると学会の広大にして偉大な使命を矮小化(わいしょうか)することになる危険性は、ありはしまいか。
だが、選挙はどうあれ、根本の信心というものを、忘れることがあってはならない。
ともあれ、広宣流布の実践活動というものは、政治、教育、文化、学術、平和運動へと多大の推進をしていかなければならないはずだ。
それを、政治を偏重する社会の通念が、学会を歪んで見、偏狭(へんきょう)な政治集団としてしまうのだろうか。

≪ナレーション≫ 勝利の直後のこの『雲海の着想』を、わが師・戸田城聖に問い質(ただ)したら、師はなんと言われるだろうか。
彼の心は東京へと、本部へと、戸田の膝下へと急いだ。
航空機の飛翔は、今の彼にはひどく、のろく、思われたのであります。


≪山本伸一≫ 先生、ただ今もどりました。

≪戸田城聖≫ おう、ご苦労。
伸ちゃん、ひどい戦をしてしまったよ。
大阪の連中は元気だろう。東京は火が消えたようだ。
いよいよ険(けわ)しい山にかかってきたな。
大事なのは信心だなあ、伸ちゃん。

(幹部が開票のメモを持ってくる)

ウーン。うまくないなあ。あとは、残票か……。
伸ちゃん、疲れたろう。今日は早く帰って休もうよ。
明日また話そう。ちょっと、考えねばならぬことも、あるのでなァ。

≪ナレーション≫ 伸一はこのとき、「私も、お訊きしなければならないことがあります」と言いかけたが、言葉をおさえた。

さて、お話の続きは、翌日の会長室であります。

≪戸田城聖≫ 熱いなァ。考えが、なかなか、まとまらなくて弱るよ。
は、は、はァ
伸ちゃん、いよいよ広宣流布の活動も大変なことになってきた。
将来、君には、大変にやっかいな荷物を背負わせてしまうことになるかもしれないな。
昨日から考えているのだが、今度の選挙は、ほんとうに学会にとって新しい面倒な課題を提起(ていき)しているように思うのだ。

≪山本伸一≫ 私も帰りの飛行機のなかで、ふとそのことに気づいたのです。
先生に、ぜひ、お訊(き)きしたいと、昨日から思っておりました。

≪戸田城聖≫ ほう、そうか。責任感が同じなら、考えることも同じだな

≪山本伸一≫ 支援活動を続けることにより、創価学会が、まるで政治的野心を持つように世間から誤解されてしまうのではないか。
広宣流布という深遠な活動が、現実的になり、政治的偏向(へんこう)に傾かざるをえなくなっては、広宣流布は矮小化されてしまうのではないか。

≪戸田城聖≫ 私が今苦慮(くりょ)しているのも、まさにそのことだが、広宣流布の展開からって、まるまる避けて通ることはできない。
となると、単なる戦略に原理がゆがめられる危険は絶対にさけなければならないことになる。これがむつかしい点だ。

現実的な社会というものは、どうしても安易に政治的に流されやすい。
ともかく、日蓮大聖人の精神に微塵(みじん)も違わず応えていくのが、広宣流布の真髄(しんずい)である。
その上にたって立正安国はいかにあるべきかが課題である。

事実、明治に入って、日蓮大聖人の仏法を、国家主義的に解釈した一派もあった。
これこそ、大聖人様の仏法の矮小化です。
われわれは愚かな轍(てつ)を踏んではならないが、その危険はつねにあると自覚しなければならない。
創価学会という仏勅を奉じる宗団を政争の具にまきこんではならないのだ

≪山本伸一≫ ということは、コントロール、の問題ですか。

≪戸田城聖≫ いや、戦術の問題ではない。
広宣流布ということは、人類社会の土壌を深く耕(たがや)し、豊かな稔りある土壌に変えることにある。
そうじゃないか。こんどの戦いだって、妙法を抱く立派な真の政治家らしい政治家を、まずこの土壌から育てなければならぬということに目標を定めて、とりかかった仕事だ。
どこまでいっても信心であり、そして人間に的があるのです。

一人の人間における偉大な人間革命を、終始一貫問題にしなければならない。
そのために政治の分野にも、真の政治家を育成することが、これからの課題となってきたところだよ。

≪山本伸一≫ そうですね。今回当選した人が、なんとしても立派な政治家として育ち、政治の分野の土壌を深く耕してほしいですね。

≪戸田城聖≫ そのとおり。その一歩として、こんどの支援活動をやった。
しかし、その広宣流布の道程が、いかに険難であるかを思い知らされたような気がする。
伸ちゃん、現実は修羅場であり戦場だな。
社会の泥沼には権力闘争が渦巻いている。そのなかで妙法の政治家を育てていくんだから相当の覚悟が必要だ。
まず、権力の魔性と対決することになる。
この権力の魔性という怪物は、信心の利剣(りけん)でしか打ち敗れないんだ。
それは、社会の仕組みもさることながら、深く人間の生命の魔性に発しているからだ。
この見えざる『魔』に勝つものは『仏』しかないからだよ。

≪ナレーション≫ 二人の師と弟子だけの率直な真摯(しんし)な対話は、二時間あまりも続いていた。

≪戸田城聖≫ 広宣流布がどんどん進んで、舎衛(しゃえい)の三億(さんおく)の方程式に、どうやら叶(かな)うような社会が実現したとする。
こういう時代になると、創価学会は社会のあらゆる分野に拡散(かくさん)し、多くの人材を送り出しているであろう。
そうなると、いわば創価学会は、壮大な教育啓蒙的(けいもうてき)母体としてそれにとどまらず、人類の平和と分化の不可欠な中核体(ちゅうかくたい)となるだろう。
今後、やがて時代とともに徐々にこういった方向に向かうと私は考えている。

伸ちゃん、どうもそういうことになるのじゃないか。

要は『人間』を作ることだ。
伸ちゃん、この『人間革命運動』は、世界的に広がっていくことになるのだよ。

≪山本伸一≫ 創価学会が、社会に拡散して、壮大な人間触発(しょくはつ)の大地となる。
そこから、人類の輝かしい新しい未来が眼前に展(ひら)ける。
まことに雄大な構想ですね……。
ずいぶん先の将来に思えますが……

≪戸田城聖≫ 遠いといっても、百年も先のことではあるまい。
しかし私の生涯に、そのような時代が来るとは、思えない。
伸ちゃん、君の時代だ。
それも、後半生の終わりごろから、その傾向が顕著にあらわれてくるのじゃないかな。

≪ナレーション≫ 悠久(ゆうきゅう)に身を委(ゆだ)ねた預言者の顔は、厳しくもまた崇高であった。

そのとき会長室のドアが開いた。そろって入ってきたのは6人の推薦候補者たちである。
今は当選した3人と、落選した3人であった。

話は、たちまち現実にもどったのであります。

本日は、人間革命第10巻、展望の章より、「雲海の着想のお話」を、黎明地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
少し堅苦しい寸劇になってしまいました。

この寸劇人間革命の分量はおおよそ 20文字×205行です。

原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

楽しく有意義な座談会にぜひご活用ください。



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