戸田先生の出獄直後の戦い

 先生の目のつけどころは、すごい。日本の国がつぶれて、どうなるかわからん、こんな時に!

 君たち、今日のことはなんだと思う。法華経のために牢屋にぶちこまれて、まる2年間、死ぬ苦しみでたたかった、その功徳なんだよ。才能だけのものではないんだよ。功徳なんだ。御本尊様は、ご存知なんだ。じつにすごい御本尊様なんだ。

 彼の両目はキラリと光り、むすんだ唇は気高かったのであります。

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≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命 のコーナーです。

本日は、「戸田先生の出獄直後の戦い」をお送りいたします。

皆様ご存知のとおり、創価学会による、民衆救済の偉大なる闘いは、戸田先生の出獄の日から始まるのです。

小説人間革命の最初の部分を、朗読します。

昭和20年西暦1945年7月3日のお話であります。

≪朗読≫(青年部)小説 人間革命 第一巻 黎明


戦争ほど、残酷なものはない。

戦争ほど、悲惨なものはない。

だが、その戦争はまだ、続いていた。

愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。
人々は、八年におよぶ戦火に、親を失い、子を失っても、その苦しみに堪えてきた。
しかし、昭和20年7月ごろには、いつ米軍が本土に上陸するかもしれないという重苦しい空気が、人々の心をしめつけていた。

7月3日、午後7時――。
豊玉刑務所のいかめしい鉄の門の外側には、さっきから数人の人影が立ちつくして、人影の絶えた構内を、じっと見つめていた。
かれこれ2時間にもなる。あたりは閑散としていた。

その時、鉄門の右の隅にある小さな鉄の扉から、一人の、やせ細った中年の男がいそぎ足で出てきた。
手には大きな風呂敷包みをかかえている。
そのいそぎ足がもつれた。

門の外に立ちつくしていた人影は、この時、なにやら鋭く口走ると、さっと駆けよった。
出てきた男の眼鏡(めがね)が、キラリと光り、思わず立ちどまって、顔をあげた。

彼は四十五歳になっていた。入獄前は二十数貫もあった。
いまは十二、三貫もない。

この出獄は、戦時下の一(いち)未決囚(みけつしゅう)の、平凡な保釈(ほしゃく)出所の風景と人は思うかも知れない。
しかし、この浴衣のきながしで出獄した、坊主頭の中年の男こそ、戸田城聖その人であったのである。

≪ナレーション≫ 寸劇の始まりは、出獄の翌日の7月の4日のお話で、あります。

戸田の頭の中にあるもの、それは、「再建」の二文字です。
いうまでもない、創価学会の「再建」であります。
そのためには、彼の事業を一日も早く、軌道に乗せねばならぬのです。

≪戸田城聖≫  よし。会社のことを任せてある、弁護士の所に行くぞ。
万事は、それからだ。

会社の財務状況を直接、聞きに行かねば、ならん。

書類の山があるはずから、電話じゃダメだ。

夏服をだしてくれ。

体もこれ以上悪くなることはない。
なーに、骨と皮でも、休み休み行けば、大丈夫だ、さあ行くぞ。

≪弁護士≫  残務整理をまかされている、弁護士です。
戸田さん、17ある会社は、全部ダメです。
なんとも、お気の毒です。はぁ~。

≪戸田城聖≫ 分かりました。
すると、全部ひっくるめて、バランスシートは、どういうことになりますか。

≪弁護士≫  そうですね。今、計算させますから。
ソロバン。パチパチ。

う~ん。戸田さん。これです。

≪戸田城聖≫  残高 二百五十万。

これは、……『黒』ですか。それとも……『赤』ですか。

≪弁護士≫   赤です

≪戸田城聖≫  二百五十万の借金か~。

≪ナレーション≫ 今の時代にすれば、数十億円になるのでしょうか。

続きは、翌日の、7月の5日であります。


≪戸田城聖≫  そうだ。通信教授をやってみようか。

小学生は、集団疎開だし、ほとんどの中学生は、軍事工場に動員されて、勉強どころでない。

しかし、僕は、少年少女たちの向学心を、長い経験から知っている。

それには、現状において通信教授以外に方法はない。

僕が、テキストを作る事だってできる。
しかし、さて、もとでを、どうしたものか?

そうだ、同級生の小沢清のところに、行ってみよう。

≪ナレーション≫ 続きは、翌日の7月の6日で、あります。

≪小沢清≫  私は、弁護士をしている小沢清です。
田舎(いなか)から出てきて、*中学の夜間部3年に編入した時、同級に戸田がいたんです。

信心はしてないが、25年の長い付き合いです。

刑務所から出てきたばかりと聞いたんですが、、

(向き直って)おう~久しぶり~

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≪戸田城聖≫  よう~

≪小沢清≫  バカに痩(や)せたじゃないか

≪戸田城聖≫  うん。痩せた。ふとって牢屋(ろうや)から出る奴もないだろう。

≪小沢清≫  ヨロヨロしてるじゃないか、大丈夫か?

≪戸田城聖≫  うん、大丈夫だ。

それで、こっちの都合なんだが、新たに通信教授の仕事を始めようと思うんだ。
火災保険証書を担保に、このくらい、用立てて欲しいんだ。

≪小沢清≫  ああ、いいとも。

え~と、小切手帳、小切手帳、え~と、、残高は、~こりゃ~いかん。

すまんが、半分じゃいけないか。

≪戸田城聖≫  そうか。う~ん。

結構だ。あとは、何とかしよう。

≪小沢清≫  すまん、すまん。ハンコをポン。

≪戸田城聖≫  ありがとう

≪小沢清≫  ひとり言です。やれやれ、さすがの戸田も、今度で、もう終わりだな。骨と皮で、体も相当こわしてるぞ。やれやれ。

≪戸田城聖≫  はっはっは~。

牢屋では、ずいぶんと苦労した。

「しらみ」に「南京虫」こいつらが、まとわりついてくる。

はっはっは~

ところで、牢にはいって、得(とく)したことといえば、あの法華経がスラスラ読めるようになったことだ。

あの漢文が、すっかり、手に取るように分かるんだ。

ちょっと不思議だろう

≪小沢清≫  ほう~ずいぶんと勉強したもんだね

≪戸田城聖≫  いや、勉強じゃないんだ。

法華経は、勉強では読めんよ。

なんと言ったらいいかなあ。難に遭(あ)ったせいかな。
法華経の真髄というものが、よくわかった。

そうしたら、スラスラと読めるようになった。
(大きい声で)すごいんだぞ!!

僕は、やっぱり末法の法華経の行者の一人だよ。

僕は、分かった。

やるだけのことは、ちゃんとやってみせる。

それから死んでやる。

よ~く見ていてくれ。

≪小沢清≫  なんだ。戸田は、どこか変わったぞ。

ん~~ん。たしかに変わった。

≪ナレーション≫ 小沢は、戸田の、何が変わったのか、それがどういうことなのか、まったく見当もつかなかった。

また信心を、やる気なんだなあ、と軽く受け取った。

しかし、戸田のこの時の決意が、並々ならぬものであると知るには、十数年の歳月を要したのであリます。


≪解説≫(青年部) 
終戦直後の8月23日の朝日新聞に広告が載(の)ります。

中学一年用、二年用、三年用。
数学、**物象(ぶっしょう)の学び方 考え方 解き方・通信教授。
数学、物象の教科書の主要問題を月二回解説し、月一回の試験問題の添削(てんさく)をなす。
これをつづり込(こ)めば、得(え)がたき参考書となる。

会員数限定。6ヶ月完了。
会費は各学年とも6か月分25円、前納のこと。
内容見本 なし。

≪ナレーション≫ 開いたばかりの、土間の事務所には、翌日から為替同封の申込書が、30通、50通と、届き始めたのであります。

≪戸田城聖≫  どうだろう。

奥村君、一日一万円入ったら、みんなで、すき焼きでもやろうじゃないか。

≪奥村≫  事務長の、奥村です。

いいですね~、でも、10通で250円、100通でも2500円、でしょう。

そう計算すると、すき焼きの味も、すーと、遠のいちゃいますね。

≪ナレーション≫ しかしそのわずか5日後、その日がやってきたのです。
受け取りのハンコを押すだけでも、大変だった。

≪奥村≫  わぁ!これで450だ。

まだこんなにある。

すごいぞ!!

≪戸田城聖≫  ただちに、闇市へ買出し部隊が、出動だね。

奥村君、牛肉をどっさり探してくるほうが、難事業だぞ。

いい酒も2、3本。

菓子や果物。ご婦人のサイダーも忘れずに。


≪奥村≫ 良かったですね、今度の仕事。やー本当に良かった。

先生の目のつけどころは、すごい。

日本の国がつぶれて、どうなるかわからん、こんな時に!

≪戸田城聖≫ (向き直って)君たち、今日のことはなんだと思う。

法華経のために牢屋にぶちこまれて、まる2年間、死ぬ苦しみでたたかった、その功徳なんだよ。

才能だけのものではないんだよ。

功徳なんだ。御本尊様は、ご存知なんだ。
じつにすごい御本尊様なんだ。

≪ナレーション≫ 彼の両目はキラリと光り、むすんだ唇(くちびる)は気高かったのであります。

それは敗戦直後の混乱した社会情勢、そして戸田先生の健康状態を考えれば、まさに超人的な手の打ち方であったのです。

そして早くも、9月末には、西神田に3階建の事務所を購入し、学会本部として、利用するまでになったのです。

 戸田先生は一日も早く事業を再建し、広宣流布という聖業の礎(いしずえ)と、することを願っていたのであります。


本日は 小説人間革命第1巻 

「黎明」「再建」「終戦前後」の章から、

「戸田先生の出獄直後の戦い」を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で 寸劇人間革命のコーナーを終わります。



*夜間部3年に編入_大学入学資格取得のため 
**物象_理科のこと

小沢清弁護士_大阪事件の時、奔走する姿が小説人間革命第11巻に描かれています。



最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×200行です。


原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、ご活用ください。

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

原水爆禁止宣言のお話

「原水爆禁止宣言」のお話です。
われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。
もし原水爆をいずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきである。
核、あるいは原子爆弾の、実験禁止運動が今世界に起っているが、私はその奥にかくされているところの爪をもぎとりたいと思う。

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≪ナレーション≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は、創価学会の平和運動の原点である、「原水爆禁止宣言」のお話です。

時は昭和32年、西暦1957年9月8日、定刻午前9時。横浜は、三ツ沢陸上競技場であります。
観客席を埋めた五万の人々の見守る中、青年部東日本体育大会「若人の祭典」がいよいよ開会であります。

≪司会者≫ ただ今より、青年部東日本体育大会「若人の祭典」を開会いたします。選手宣誓。

≪選手宣誓≫ 宣誓、我々青年部・選手一同は、崇高(すうこう)なる学会精神と、旺盛なる団結力を発揮して、正々堂々と戦うことを誓います。

≪司会者≫ いよいよ競技の始まりであります。

とつぜんですが、ここで、クイズ大会を行います。

当時の体育大会の競技の名前には珍しいものが、あります。

たとえば「大法戦」。
この「大法戦」とは、騎馬戦ことなんですね。

まずは、やさしい問題です。「三障四魔競争」。
これは何でしょう? 答えは _____です。

続いて、男子部の「学会魂」。
これはちょっとむずかしい。
何でしょう? 答えは _____です。

最後に、女子部の「部員増加」。
これがわかれば、たいしたもんです。
何でしょう?答えは _____です。

それでは本題に戻りましょう。


≪ナレーション≫ すべての熱戦が終わった後、閉会式が行われ、いよいよ戸田先生の挨拶であります。

≪戸田城聖≫ 天竜(てんりゅう)も諸君らの熱誠に応えてか、昨日までの嵐はあとかたもなく、天気晴朗(せいろう)のこの日を迎え、学会魂を思う存分に発揮せられた諸君ら、又それにこたえるこの大観衆の心を、心から喜ばしく思うものであります。

さて、今日の喜ばしさにひきかえて、今後も、当然、難があるであろう。
あるいは、わが身に攻撃を受けることも覚悟のうえであるが、諸君らに今後、遺訓(いくん)すべき第一のものを、本日は発表いたします。

≪司会者≫ 思ってもいなかった、言葉に、私たちは驚きました。
「遺訓すべき第一のもの」との言葉に、何かを、感じたのです。
歓喜につつまれた「若人の祭典」の最後に、戸田が語ろうとする遺言とは何かを思い、私たちは固唾(かたず)をのんで、次の言葉を待ったのです。

会場の空気は一変していたのであります。


≪戸田城聖≫ 前々から申しているように、次の時代は青年によって担(にな)われるものである。
広宣流布は、われわれの使命であることは申すまでもない。
これは私たちが絶対にやらなければならぬことであるが、今、世に騒がれている核実験、原水爆実験にたいする私の態度を、本日、はっきりと声明したいと思うものであります。

いやしくも、私の弟子であるならば、私の今日の声明を継(つ)いで、全世界にこの意味を浸透(しんとう)させてもらいたいと思うのであります。

それは、核あるいは原子爆弾の、実験禁止運動が、いま世界に起っているが、私はその奥に隠されているところの爪(つめ)をもぎ取りたいと思う。

それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。

なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利を持っております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり怪物であります。

それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります。

たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔ものであるという思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信ずるものであります。

願わくは、今日の体育大会における意気をもって、この私の第一回の声明(せいめい)を全世界に広めてもらいたいことを切望して、今日の訓示にかえる次第であります。

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                          小説人間革命第12巻の挿絵より

≪ナレーション≫ ちょっと難しくなりますが、池田先生は、この宣言を次のように説明しています。

2009/9/8 核兵器廃絶へ 民衆の大連帯を 戸田第二代会長生誕110周年記念提言

≪青年部朗読≫

私が重要と考える宣言の柱は、
①「政治指導者の意識変革」
②「核兵器禁止の明確なビジョン」
③「人間の安全保障のグローバルな確立」の三点です。


①「政治指導者の意識変革」

第一の柱は「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。」と述べ、核保有の奥底にある国家のエゴイズムを厳(きび)しく指弾(しだん)し、指導者の意識変革を強く促(うなが)した点です。

「サタン」や「怪物」といった表現は、いささか唐突(とうとつ)で奇異(きい)な印象を与えるかも知れませんが、核抑止論(かくよくしろん)の底流には、自国の優位や安全のために人類を犠牲にすることも辞(じ)さない、常軌(じょうき)を逸(いっ)した非情(ひじょう)の論理が脈打(みゃくう)っていることを人々にわかりやすく伝えるとともに、指導者に内省(ないせい)を求めることに主眼(しゅがん)がありました。

②「核兵器禁止の明確なビジョン」

第2の柱は、「もし原水爆をいずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきである。」と述べ、いかなる理由があろうと、いかなる国であろうと、核兵器の使用は絶対に許されないと明言した点です。

生命尊厳の思想を根幹(こんかん)に据(す)える仏法者として死刑に強く反対していた師が、あえて極刑(きょっけい)を求めるかのような表現をもちいたのは、核使用を正当化しようとする論理に明確な楔(くさび)を打ち、その根を断(た)つためでした。

③「人間の安全保障のグローバルな確立」

第三の柱は、「核、あるいは原子爆弾の、実験禁止運動が今世界に起っているが、私はその奥にかくされているところの爪をもぎとりたいと思う。」と述べ、核実験への抗議もさることながら、多くの民衆の犠牲の上で成り立つ安全保障思想の根絶(こんぜつ)を図(はか)らない限り、本質的な解決はありえないことを、指摘した点です。

ひとたび核攻撃の応酬(おうしゅう)が始まれば、他国の国民にとどまらず、自国の大半の国民も犠牲をまぬがれないことは明らかです。そうした事実に目をつぶって、いくら「国家の安全保障」を声高に叫んでも、本来守るべき国民を捨象(しゃしょう)した“抜け殻(ぬけがら)”でしかありません。


≪ナレーション≫ 山本伸一は、戸田城聖の原水爆禁止宣言を、打ち震(ふる)える思いで聞いていた。
彼は、この師の遺訓を、かならず果(は)たさなければならないと、自らに言い聞かせた。

そして、戸田の思想を、いかにして全世界浸透(しんとう)させていくかを、彼はこのときから、真剣に模索(もさく)しはじめたのである。
伸一の胸には数々の構想が広がっていった。

しかし、彼は逸(はや)る心を抑えた。
それが、今日の創価学会の広範な平和運動として結実していくには、まだ、ながい歳月を待たねばならなかったのであります。

この日、昭和32年西暦1952年9月8日は、山本伸一が不当逮捕された入獄の日・7月3日から2ヵ月後、そして戸田先生逝去のおよそ7ヶ月前のお話であります。

本日は、小説人間革命第12巻『宣言』の章から、創価学会の平和運動の原点である、「原水爆禁止宣言」のお話を、旭日地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを、終わります。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ちょっと寸劇になっていないような感じですが、よろしくお願いします。
この寸劇の分量は、おおよそ 20文字×180行です。
クイズのやり取りで、時間が、かかります。



Sannsyoushima is Syougaibutu.
Gakkaidamashii is Boutaoshi.
Buinnzouka is Tunahiki.

 
原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
後半のところの、むずかしい解説を省略したものです。
分量はおおよそ、20文字×130行です。
    

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

戸田先生の闘病

先生、ご無理をなさればお体にさわり、命にもかかわります。おやめください。

そんなことができるか!
……そうじゃないか。仏のお使いとして一度、決めたことがやめられるか。
俺は、死んでも行くぞ。
伸一、それがまことの信心ではないか。何を勘違いしているのだ。

……伸一、死んでも俺を、広島に行かせてくれ。
死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。
死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう。
あとは、すべて御仏意あるのみではないか。


あなたは信じないかもしれないが、人間の一念によって、病だって克服することができるんです。
まあ、見ていなさい。
3月の総本山の記念式典は、かならず私が指揮を執る。
それが私の最後の使命なんです。
あなたには、この戸田が、身をもって仏法の不可思議なことを教えましょう。

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≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
本日は、「戸田先生の闘病」と題しましてお送りいたします。昭和32年1957年11月のお話であります。

戸田は、わが身を顧みることなく、広宣流布に挺身してきた。戦時中の獄中生活でボロボロになった体を十分に癒す暇さえなく、学会の再建に着手し、無理に無理を重ねて、激動の時代を一気に駆け抜けてきたといってよい。

しかし、人々の多くは、彼が病に侵されていることに気づかなかった。

山本伸一は、戸田城聖の体調が、来る日も来る日も気がかりでならなかったのであります。

戸田は、11月20日に広島へ出発することになっていた。
しかし伸一は、戸田の深い疲労を思うと広島行きは一命にもかかわりかねないと、感じたのであります。

≪山本伸一≫ -明日の広島行きは、お止めしなければない。

≪ナレーション≫ めっきりやつれ、弱っている戸田を間近に見て、伸一の心は激しく痛んだ。
伸一は、床に座り、深々と頭を下げた。

≪山本伸一≫ 先生、広島行きは、この際、中止なさってください。お願いいたします。どうか、しばらくの間、ご休養なさってください。

≪戸田城聖≫ ……それはできぬ。行く。行かねばならんのだ。

≪山本伸一≫ 先生、ご無理をなさればお体にさわり、命にもかかわります。おやめください。

≪戸田城聖≫ そんなことができるか!

≪ナレーション≫ 戸田は声を張り上げて立ち上がり、伸一を睨(にら)みすえた。

≪戸田城聖≫ そんなことができるものか。……そうじゃないか。仏のお使いとして一度、決めたことがやめられるか。

俺は、死んでも行くぞ。伸一、それがまことの信心ではないか。何を勘違いしているのだ。

四千人の同志が待っている。
……伸一、死んでも俺を、広島に行かせてくれ。

死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。
死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう。
あとは、すべて御仏意あるのみではないか。

≪ナレーション≫ 戸田は生死を賭けていたのである。そうわかった時、伸一は号泣したい思いにかられたのであります。

一夜明けて、いよいよ広島行の二十日になった。
 戸田は、「さァ、行くか」といって立ち上がろうとして、ガクッと、膝(ひざ)から崩れるように倒れた。

 戸田は何度も何度も必死に、起き上がろうとした。妻の幾枝も彼の腕をとったが、それでも立ち上がることができなかった。

全身の極度な衰弱が、すでに彼の歩行を困難にしていたのである。

≪戸田城聖≫ だめか……

≪ナレーション≫ 眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せ、無念そうにこうつぶやくと、観念したように眼を閉じた。

主治医の矢部医師そして、消化器内科の権威であるN大医学部助教授の木田利治医師による、診察がはじまった。

診察をしてみると、腹水が認められ、黄疸(おうだん)を併発し、全身の衰弱が著しかった。
肝硬変症の疑いがあり、しかも、かなり重篤(じゅうとく)な状態にあることがわかったのである。

木田医師は入院を勧めたが、戸田はそれを硬く拒んだ。入院してしまえば広布の指揮は執れないと考えたからである。
 
絶対安静とされ、厳密な食事療法、それに新陳代謝の改善、肝臓庇護、解毒、肝細胞の再生修復のための薬物投与が行われた。
戸田は、彼の広布の行路を閉ざす病魔と戦っていたのであります。

≪二見医師≫ 学会員で医師の二見です。戸田先生のお見舞いに来ました。
戸田先生、お体の具合はいかがですか。

≪戸田城聖≫ 二見君、いまは75万世帯が達成されようという時だ。魔が競い起こるのは当然のことなのだよ。しかし、魔の中でも、こんどの病魔は小邪鬼の部類だ。これぐらいの魔に負けていたのでは広宣流布はとてもできんよ

≪二見医師≫ 先生、あまりお話になりますとお体にさわります。お見舞いの方との面会も、極力さし控えていただきたいと思います。ご病気を克服するうえで、いまがいちばん大切な時でございますから

≪戸田城聖≫ そう深刻な顔をするな。私は、命を延ばす方法を知っているから大丈夫だよ。1月の初登山には行くつもりでいるんだからな。

≪二見医師≫ エッ!。一月の初登山ですか。
ウーン??
木田先生からは、早くても4か月から半年の徹底的な治療と静養が必要だと、伺っています。いくらなんでも、ウーン……

≪ナレーション≫ 1月には登山するという戸田の言葉は、あまりにも性急であるといえた。
しかし、二見は、戸田の確信にあふれた言い方に言葉を失ったのであります。

≪木田医師≫ 木田医師です。
肝硬変症で腹水が出た場合は、自然消滅の可能性は極めて低いのです。それが12月10日ごろには、ほとんど自然消滅した。
これは驚異的な好転です。
正直なところ、奇跡であるとさえ思っています。
(向き直って)
戸田先生、数値もだいぶ正常値に近づいております。このまま静養を、お続けください。

≪戸田城聖≫ そうか。それは、ありがたい。
ところで、食欲がなかったにもかかわらず、お腹が張るのはどうしてですか。

≪木田医師≫ 食欲がなかったのは、肝臓の機能が十分に働いていないために、臓器に様々な影響を与え、消化器系全体の機能が障害されているからです。
また、腹水が溜まるのが肝硬変の症状のひとつですが、その圧迫によってお腹が張り、さらに、食欲も低下します。

≪戸田城聖≫ 肝硬変を治す、絶対確実な治療法というのはあるんですか

≪木田医師≫ 絶対確実という治療法は、現在のところありません。今は安静にし、食事療法をしておりますが、この病気は、患者自身の自然治癒力をどう助けるかが、大事なポイントといえます。

≪戸田城聖≫ そうすると、患者の生命力が決め手ということになりますな。

≪木田医師≫ 生命力? ……そう言ってもよいと思います。

≪戸田城聖≫ 生命力の問題となれば、私には絶対の確信がある。まァ、命を少し延ばすぐらいのことは、私にとっては造作のないことですよ。

≪木田医師≫ はァ? 

≪戸田城聖≫ 更賜寿命(きょうし じゅみょう)といってね、すでに定まっている人間の寿命をも延ばすことが出来るのが仏法の力なんです。

≪木田医師≫ はァ?ウーン。はい?

≪戸田城聖≫ 寿命を延ばすということを、医学的にはどう考えますかね。

≪木田医師≫ 老化という観点から見ますと、動脈硬化などが死を早めることにつながりますから、それらを予防することが寿命を延ばす道ではないかと思います。

≪戸田城聖≫ たしかに医学的には、予防ということが大事になるでしょうが、ふだんから、かなり健康に気をつかってきた人が予期せぬ病気や事故で、突然、早死にしてしまうこともある。

いわば宿命ですな。それをも転換していく方途を教えているのが仏法です。人間の一念の転換によって、自分の宿命のみならず、環境をも変えていく力が、まことの信仰なんですよ。

≪ナレーション≫ 戸田はそれから、来年3月に、総本山大石寺に大講堂が落成し、そこで記念の式典を行うことを述べた。そして、自分はそれまでに病気を治して、元気な姿で出席し、一か月にわたって総本山に滞在すると言い出した。

≪木田医師≫ はァ、3月ですか……。ちょっと、いくらなんでも、そんなに早くは、、、

≪ナレーション≫ このところ驚異的な回復ぶりを示しているとはいえ、重篤な肝硬変症である。木田は、医師としての経験から、まだまだながい静養が必要であると考えていた。
しかし、戸田は、確信に満ちた口調で言ったのであります。

≪戸田城聖≫ あなたは信じないかもしれないが、人間の一念によって、病だって克服することができるんです。まあ、見ていなさい。

3月の総本山の記念式典は、かならず私が指揮を執る。それが私の最後の使命なんです。あなたには、この戸田が、身をもって仏法の不可思議なことを教えましょう。

≪ナレーション≫ 戸田城聖の病状は、日を追って回復に向かっていった。
 この短時月での回復は、医師たちの予測をはるかに超えるものであり、奇跡的な回復ぶりといってよかった。医師たちは、ほっと安堵の息をつくとともに、戸田の生命力の強さに驚嘆せざるをえなかったのであります。

戸田城聖は、聖教新聞に『私の闘病80日』と題する手記を寄せたのであります。

≪戸田城聖≫ 「昭和26年、会長就任以来、まさに7年、振り返って考えるに、そのとき『75万世帯の折伏をなしえなければ私の墓は建てるな。骨は品川の沖に捨てよ』と弟子たちに命じたのであった。しかるに、大御本尊の御威光盛んにして、32年度にもうすでに75万世帯を突破し、比叡山の像法の講堂焼落をしり目に、法華本門の大講堂落慶を目の前にみるにいたった。

 愚人の名誉このうえなきものとしては、私はよろこぶとともに、三障四魔の出来かならずあるべしと、思わざるをえなかった。

はたせるかな、昨年の4月以来、これが病魔、死魔として、いくたびか、わが身に襲いかかった。
『きたな』と思ったので、東奔西走しつつ闘病生活に入ったが、俄然、11月20日、重大な病床となり、ついに立つあたわざる状態にいたった。

 どの医者も、もうだめだという表情である。しかし、いまだ広宣流布への途上にもついておらず、建築でいうならば、ようやく地ならしができた程度にすぎない。土台も、また柱もと考えていけば、この生命は、いま、みすみす捨てられないようである。

医者は『半年で事務がとれれば、上等な経過をたどったことになる』という。
私は医者に言った。『あなたは、医者としての最善の手を尽くして下さい。
私も少少、生命哲学を学ぶもの、生命を延ばすことは少々知っているはずであるから、私も最善を尽くす。よろしく頼む』と。

 心のなかでは、『この最悪な闘病は1か月、正月には初登山をし、3月の大講堂落慶総登山には、自ら総本山にいて、その総指揮をとる』と決めていたのである。

事実、正月には初登山を行い、総本山で、5日間を過ごした。
そして、幸いにも下山後、1月7日の医師の診断により、重症を警告されていた肝臓病の症状が、まったくなくなったことが明らかになったのである。

 昔、旅人が一里塚、一里塚と追うて旅をしたごとく、私も7年、7年と、七里塚を越えては、広宣流布の道へ進もうと思う。」

≪ナレーション≫ 肝硬変症からの危機を脱し、ひとまず病魔を乗り越えた戸田は、快気祝いを行うことを思いついた。
彼が病床に臥している間、懸命に頑張ってくれた首脳幹部を招いて、その労をねぎらいたかったのである。
戸田は、その日を、彼の58歳の誕生日にあたる2月11日とした。

その日、戸田は、和服姿のくつろいだ装(よそお)いで部屋に入ってくるなり、「よお~!」と、一同に呼びかけたのであります。

≪戸田城聖≫  私の闘病中は諸君らには、大変苦労をかけた。その間の学会の運営は、なんらの支障もなく、ここにあらためて御礼申し上げたい。

私は会長就任以来7年になるが人生を振り返ってみると、7年ごとに難にあっていることになる。

昭和18年の弾圧による投獄、昭和25年の事業の問題、そして今回の病気です。
しかし今度の病気も打ち破ることができた。
かくなるうえは、もう7年、また会長として頑張るつもりだからひとつよろしく頼みます。

 ≪ナレーション≫ 障魔の嵐は戸田という広宣流布の指導者を狙って、激しく吹き荒れていたといってよい。
彼は、それらを、ものの見事に跳ねのけ、いま高らかに凱歌の曲を奏でたのである。

厳しい冬は終わり、まばゆい陽光の春が、いよいよ訪れようとしていたのであります。

この2月11日が、3月16日の儀式の33日前、そして逝去の4月2日の、50日前でありますことは、皆様ご存知のとおりであります。

本日は、人間革命第12巻「憂愁」の章、さらに「後継」の章より、「戸田先生の闘病」と題しまして、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



長い寸劇人間革命を、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×280行です。

長い寸劇ですので、短く(20文字×140行)作りなおしてみました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください


実際に座談会で上演するためには、原稿の印刷が必要です。
空白行の少ない、テキストデータを準備しましたので、ご活用ください。

原作をかなりいじった作文になっています。
いじりすぎだ、と思われた方には、お詫び申し上げます。

寸劇のテキストデータの後に、人間革命12巻からの「私の闘病80日」の引用を載せました。

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戸田先生の闘病  (ショート版)

先生、ご無理をなさればお体にさわり、命にもかかわります。おやめください。

そんなことができるか!
……そうじゃないか。仏のお使いとして一度、決めたことがやめられるか。
俺は、死んでも行くぞ。
伸一、それがまことの信心ではないか。何を勘違いしているのだ。

……伸一、死んでも俺を、広島に行かせてくれ。
死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。
死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう。
あとは、すべて御仏意あるのみではないか。


あなたは信じないかもしれないが、人間の一念によって、病だって克服することができるんです。
まあ、見ていなさい。
3月の総本山の記念式典は、かならず私が指揮を執る。
それが私の最後の使命なんです。
あなたには、この戸田が、身をもって仏法の不可思議なことを教えましょう。

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以前に掲載したものを、短く作り直しした寸劇です。
その長いバージョンの寸劇を読んでみたい方は、ここをクリック してください。
参考資料などの準備があります。


≪寸劇係長≫ 本日は、「戸田先生の闘病」と題しましてお送りいたします。
山本伸一役は、男子部の○○さん。
戸田先生役がたくさんありますので、左の半分・二見医師との対話までを○○さん。
そして右半分の木田医師からのところは、○○さん。と、二人でお願いします。
学会員の二見医師を、○○さん。信心していない、木田医師を、ぶっつけ本番ですが、○○さん。
ナレーションは、女子部○○さん。以上のオールスターでお願いします。


≪ナレーション≫ 時は、昭和32年1957年11月のお話であります。
戸田は、11月20日に広島での会合に参加予定であった。
しかし山本伸一は、戸田の深い疲労を思うと、広島行きは一命にも、かかわりかねないと、感じたのであります。

≪山本伸一≫ 明日の広島行きは、なんとしても、お止めしなければならない。

≪ナレーション≫ めっきりやつれ、弱っている戸田を間近に見て、伸一の心は激しく痛んだ。
伸一は、床に座り、深々と頭を下げた。

≪山本伸一≫ 先生、広島行きは、この際、中止なさってください。お願いいたします。
どうか、しばらくの間、ご休養なさってください。

≪戸田城聖≫ それはできぬ。行く。行かねばならんのだ。

≪山本伸一≫ 先生、ご無理をなさればお体にさわり、命にもかかわります。おやめください。

≪戸田城聖≫ そんなことができるか!

≪ナレーション≫ 戸田は声を張り上げて立ち上がり、伸一を睨(にら)みすえた。

≪戸田城聖≫ そんなことができるものか。そうじゃないか。仏のお使いとして一度、決めたことがやめられるか。
俺は、死んでも行くぞ。伸一、それがまことの信心ではないか。何を勘違いしているのだ。
四千人の同志が待っている。

・・・伸一、死んでも俺を、広島に行かせてくれ。
死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。
死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう。

あとは、すべて御仏意あるのみではないか。

≪ナレーション≫ 戸田は生死を賭けていたのである。そうわかった時、伸一は号泣したい思いにかられたのであります。

しかし、翌朝、出発しようとした戸田は倒れ、もう立ち上がることが、できなかった。

診察によると、全身の衰弱が著しく、肝硬変の疑いがあり、しかも、かなり重い状態にあることがわかったのであります。

≪二見医師≫ 学会員で医師の二見です。戸田先生のお見舞いに来ました。

戸田先生、お体の具合はいかがですか。

≪戸田城聖≫ 二見君、いまは75万世帯が達成されようという時だ。魔が競い起こるのは当然のことなのだよ。

これぐらいの魔に負けていたのでは広宣流布はとてもできんよ。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

≪二見医師≫ 先生、あまりお話になりますとお体にさわります。
お見舞いの方との面会や、幹部の方との打ち合わせなど、極力さし控えていただきたいと思います。
いまがいちばん大切な時でございますから

≪戸田城聖≫ そう深刻な顔をするな。私は、命を延ばす方法を知っているから大丈夫だよ。

正月の初登山には行くつもりでいるんだからな。

≪二見医師≫ エッ!。正月の初登山ですか。
ウーン??いくらなんでも、ウーン……

≪ナレーション≫ 正月には登山するという確信にあふれた戸田の言葉に、二見は、言葉を失ったのであります。

≪木田医師≫ N大学助教授の木田医師です。

肝硬変で腹水が出た場合は、自然消滅の可能性は極めて低い。それが、ほとんど自然消滅した。これは驚異的で、正直なところ、奇跡であるとさえ思っています。

(向き直って)数値もだいぶ正常値に近づいております。このまま静養を、お続けください。

≪戸田城聖≫ そうか。それは、ありがたい。ところで、肝硬変を治す、絶対確実な治療法というのはあるんですか。

≪木田医師≫ 確実な治療法は、現在のところありません。
今は安静にし、食事療法をしておりますが、この病気は、患者自身の自然治癒力(ちゆりょく)をどう助けるかが、大事なポイントといえます。

≪戸田城聖≫ そうすると、患者の生命力が決め手ということになりますな。

≪木田医師≫ せいめいりょく?? はぁ、そう言ってもよいと思います。

≪戸田城聖≫ 生命力の問題となれば、絶対の確信がある。
命を少し延ばすぐらいのことは、造作のないことですよ。

更賜寿命(きょうし じゅみょう)といってね、定まっている人間の寿命をも延ばすことが出来るのが仏法の力なんです。

≪木田医師≫ はぁ?ウーン。はい?

≪ナレーション≫ 戸田はそれから、来年3月に、総本山で記念の式典を行うことを述べた。
そして、自分はそれまでに病気を治して、元気な姿で出席し、一か月にわたって総本山に滞在すると言い出した。

≪木田医師≫ はぁ、3月ですか・・。ちょっと、いくらなんでも、そんなに早くは・・・

≪戸田城聖≫ あなたは信じないかもしれないが、人間の一念によって、病だって克服することができるんです。

まあ、見ていなさい。
3月の記念式典は、かならず私が指揮を執る。それが私の最後の使命なんです。
あなたには、この戸田が、身をもって仏法の不可思議なことを教えましょう。

≪ナレーション≫ 戸田の病状は、日を追って回復に向かっていった。それは医師たちの予測をはるかに超える、奇跡的な回復ぶりだったのであります。

 ひとまず病魔を乗り越えた戸田は、彼の誕生日にあたる2月11日に快気祝いを行うことにしたのであります。

≪戸田城聖≫ 私の闘病中は諸君らには、大変苦労をかけた。その間の学会の運営は、なんらの支障もなく、ここにあらためて御礼申し上げたい。

私は会長就任以来7年になるが、かくなるうえは、もう7年、また会長として頑張るつもりだからひとつよろしく頼みます。

 ≪ナレーション≫ この2月11日が、3月16日の儀式の33日前、そして逝去の4月2日の、50日前でありますことは、皆様ご存知のとおりであります。

本日は、人間革命第12巻「憂愁」の章、さらに「後継」の章より、「戸田先生の闘病」と題しまして、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を読んでいただいて、ありがとうございます。

この寸劇の分量はおおよそ、20文字×140行です。

原稿の印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、ご活用ください。

上演するタイミングとしては、11月から2月にかけての時期がどうでしょうか。


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「戸田大学」のお話

世界のいかなる大学者、大指導者とも、いかなる問題であれ、自由自在に論じられる力をつけるように、鍛えておくからな。

君たちは、教えた事をみんな忘れてしまうようだけれど、伸は違うぞ。

伸は、海綿のようによく吸収する。
鋼の板に刻むように覚えているな。

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≪ナレーションA≫ かつて戸田城聖は、彼の事業が苦境(くきょう)に陥(おちい)り、その再建のために夜学を断念した伸一に、万般(ばんぱん)の学問の個人教授を続けたのであります。
そうです。本日は、「戸田大学」のお話であります。

≪戸田城聖≫ 日本の経済も混乱している時代であり、私の仕事も、ますます多忙になっていく。ついては、君の学校の方も、断念してもらえぬか?

≪山本伸一≫ 結構です。先生のおっしゃる通りにいたします。

≪戸田城聖≫ そのかわり、私が責任をもって、君の個人教授をしていくよ。伸、心配するな。大学の勉強を、みんな教えるからな。


≪ナレーションA≫ 戸田は日曜日というと伸一を自宅に呼んだ。そして、御書はもちろん、政治、経済、法律、歴史、漢文、化学、天文学、物理学と、様々の分野にわたる個人教授が始まったのであります。

≪戸田城聖≫ 世界のいかなる大学者、大指導者とも、いかなる問題であれ、自由自在に論じられる力をつけるように、鍛(きた)えておくからな。

俺は原理を教えるが、細かいことは教えないぞ。後は自分で思索(しさく)しろ。

メモを取ってはいかん。全部、頭の中に入れておけ。
命に刻(きざ)め。命で感じ取れ!

いい本を読め。これを読め。

今、何を読んでいる。今日は、何を読んだ。
その本のあらすじ・内容を言ってみろ。


≪ナレーションA≫ 戸田は、心血を注いで伸一を教え育んだ。来る日も、来る日も、自身の一切の学識と経験と知恵を伝えた。まるで、「あすにでも自分が死んでゆくから、そのために今、全力を尽くして教えているのだ。」といった遺言(ゆいごん)の講義のようであった。


≪山本伸一≫ (若き日の日記より)
先生の、身体をいとわず、弟子を育成して下さる恩。
吾人(ごじん)は、いかに返さんや。
今だ。力、力、力を蓄(たくわ)える時は。
あらゆる力を、後代(こうだい)の準備として蓄えん。


≪ナレーションA≫ 教える戸田と、それを全身で受けとめようとする伸一との間には、まさに師弟一体の姿があったのであります。



≪戸田城聖≫ 君は詩人だから、ホイットマンは、よく知っていると思うが、ちょっと聞いてみたい。
ホイットマンについて、少し話してみろ。
 いつの時代の人物であったのか?

≪山本伸一≫ ウォルト・ホイットマンは、1819年の生まれだったと思います。

≪戸田城聖≫ そうか。どういう詩が有名だね?

≪山本伸一≫ 『大道の歌』とか、『開拓者たちよ!』といった詩が有名です。

≪戸田城聖≫ それでは、その中から、君が好きな詩を、二、三行でもいいから、詠(よ)んでみなさい

≪山本伸一≫ はい。『開拓者たちよ!』の詩の一節を暗誦(あんしょう)します。

わたしたちは、ここにぐずぐずしては、いられないのだ、
愛する人々よ。
わたしたちは、進軍しなければならない。
わたしたちは、危険な矢面に立って、耐えきらなければならない。

≪戸田城聖≫ そうだ。何があっても、我々は進軍するのだ!私は進むぞ。
君も進め! 永遠に前へ!


 ≪ナレーションB≫ 次第に、日曜日だけでは時間が足りなくなり、戸田の会社で、毎朝、講義をすることになった。

 戦時下の牢獄で痛めつけられた戸田の体には、毎朝毎朝の講義は、相当の負担であったにちがいない。

 しかし、戸田は、広宣流布のために、分身の弟子を未来に残さんと、命がけで講義を続けたのであります。


≪戸田城聖≫ 高等教育の万般を教えよう。優秀な大学以上に、教育を授けたい。
 私が、君たちには、これから、あらゆる生きた学問を教えてあげたいのだ。


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≪ナレーションB≫ 山本伸一たちは毎朝、戸田より早く出社して掃除・雑巾がけを済ませたうえで、静かに戸田を待った。

戸田の真正面に伸一が座り、ほかの受講を許された数名がイスを持ち寄って二人を囲んだのであります。


≪戸田城聖≫(他の受講生に)君たちは、教えた事をみんな忘れてしまうようだけれど、伸は違うぞ。
伸は、海綿(かいめん)のようによく吸収する。
鋼(はがね)の板に刻むように覚えているな。
いっさいのことは、伸に話している。すべて伸に聞いて、やっていきなさい。


≪ナレーションB≫ ある講義が終了した時、戸田は、机の上にあった一輪の花を手に取った。
そして、その花を、伸一の胸に挿(さ)したのであります。

≪戸田城聖≫ この講義を修了した優等生への勲章だ。
伸一は、本当によくやってくれているな。
金時計でも授(さず)けたいが、何もない。すまんな。


≪ナレーションB≫ 広宣流布の大師匠からの真心の賞賛である。伸一は、その「花」こそ、最高に栄誉ある勲章であると思ったのであります。

伸一は、後年、多くの国家勲章。そして名誉学術称号を受賞することになる。
伸一は、その根本要因こそ、師匠より賜(たまわ)った「一輪の花」に対する「感謝」と、ますますの精進(しょうじん)を誓った「心」にこそ、あったと、深く、強く、確信しているのであります。


≪ナレーションA≫ 本日は、小説人間革命第4巻・秋霜の章、さらに、小説、新・人間革命第21巻・共鳴音の章などより、「戸田大学」のお話を、黎明地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を、最後まで読んでいただきありがとうございます。

戸田先生の出番が多いので、2人で分けて読んでも良いかなと思います。

ナレーションをまとめて一人で読んでもけっこうです。


この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×130行です。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、座談会でご活用ください。

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