このブログについて

寸劇人間革命の世界へようこそ!

このブログを読んでくださってありがとうございます。

この『寸劇人間革命』は、創価学会の座談会において原稿を順番に読みあう、朗読劇を、想定しています。

協議会や、家庭訪問などで、読む役を依頼します。
皆が集まっての練習時間は、設けないようにしています。

参考文献を調べておけば、寸劇の意義を解説することもできます。
自由にコピーして、使用してみてください。

楽しい座談会、有意義な座談会のために、ご活用ください。

「小説 人間革命」「小説 新人間革命」
そのほか、膨大な、池田先生の著作。
さらに、いろんな出版物。 

すべて、自分・個人で勝手に引用・加工をしたものです。

原作を、そっくりそのまま引用しているような箇所もありますが、微妙に「寸劇」独自の言い回しに変更になっているところが多いと思います。


したがって、原作の引用ではありません。
どこまでが「原作」で、どこまでが「勝手な作文」なのか、不明瞭です。
そんな理由で、転記・転載は、かんべんしてください。

どうかよろしくお願いします。

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座談会でやってみての感想、ご意見、などありましたら、「コメント」にてお知らせください。


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テーマ: 管理者から | ジャンル: その他

『8月14日』のお話

山本伸一青年と、戸田城聖との出会いのお話。

≪山本伸一≫  先生、正しい人生とは、―― 
正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか?
≪戸田城聖≫  さあ、これは、難問中の難問だな.
この質問に答えられる人は、いまの時代には誰もいないと思う。
しかし、僕には答えることができる。

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≪ナレーション≫ それでは、寸劇人間革命のコーナーを行います。

ただし、登場人物の年齢などに、ちょっと無理がありますが、そこは何とかよろしくお願いします。

時は、昭和22年西暦1947年8月14日。
東京は墨田区・蒲田で行われている、座談会の会場であります。
当時、創価学会の理事長であった、戸田城聖先生を囲んでの座談会の真っ最中であります。

≪戸田城聖≫ (戸田先生役ということですので、よろしくお願いします)

今日の立正安国論の講義はここまでにしておこう。
ほんの数行でもすごい仏法哲学の真髄です。
個人であれ、一家であれ、一国であれ、この仏法哲学ですべて解決するのです。

私はこの世から一切の不幸と悲惨を無くしたいのです。
そしてこれを広宣流布というのです。

≪同級生≫   戸田先生、私の小学校の同級生の「山本伸一」さんを、お連れしました。   
山本さんは、私と同じ読書グループのメンバーで、文学書や哲学書をたくさん読んでいる人です。

≪戸田城聖≫  ほう、、 そんなに後ろの方でなくて、前に出てきて座りなさい。
山本君は、いくつになったね。??

≪山本伸一≫ 19歳です。

≪戸田城聖≫  そうか、もうすぐ二十歳(はたち)だね。
僕は二十歳の時に東京に出てきた。
北海道からはじめて東京に出てきて、まるっきり、おのぼりさん。
ずいぶん参ったもんだよ。はっはっはっはっは~。 
 山本君、なかなか元気なようだが、体はどうかね。

≪山本伸一≫  少し悪いんです、 ゴホッ ゴホッ   胸が少しやられているんです。

≪戸田城聖≫ 肺病か? 心配ないよ。
僕もひどかったんだ。
片肺は、まったく駄目だったんだが、いつか治ってしまっていた。
焼き鳥でも、「きりたんぽ」でもどんどん食べて、疲れた時はのんきに、寝てるんだね。
大丈夫だ!。
信心すれば、必ずなおるよ。


≪山本伸一≫  先生,教えていただきたいことがあるのですが、、、、

≪戸田城聖≫  何かね、 何でも 聞いてあげるよ。

≪山本伸一≫  先生、正しい人生とは、―― 
正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか?
考えれば考えるほど、わからなくなるのです。

≪戸田城聖≫  さあ、これは、難問中の難問だな.
この質問に答えられる人は、いまの時代には誰もいないと思う。
しかし、僕には答えることができる。
なぜならば、僕は福運あって、日蓮大聖人の仏法を、いささかでも、身で読むことができたからです。
人間、生きるためには生死の問題を、どう解決したらいいか。
根本的な悩みです。
これが正しく解決されなければ真の正しい人生なんかあるはずありません。

いつまでも、十九.二十歳の娘でいたい、年は絶対にとりたくないと、いくら思ったって、あっという間に、ウメボシ おばあさんになってしまう。
私は、病気は絶対にごめんだといったって、生身の体だもの、どうしようもない。
それから最後に、必ず死ぬということ。--これは厳しい。

つきつめて考えてもわからないから、厭世的(えんせいてき)になるか、刹那的(せつなてき)になるか、
ただあきらめて人生を送るしかないのか、、
ところが、日蓮大聖人は、この人生の難問題、すなわち生命の本質を、ものの見事に解決してくださっているのです。
しかも、だれでも、どんな人でも、必ずそのような解決の境涯にいけるように、具体的に実践の仕方を、教えてくださっている。
これほどの大哲学が、いったいどこにありますか?

正しい人生とは何ぞや、と考えるのも良い。
しかし考える暇に、大聖人の哲学を実践してごらんなさい。
青年じゃありませんか。
必ずいつか、自然に自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう。


≪山本伸一≫  もうひとつ、よろしいでしょうか。
本当の愛国者とは、どうゆう人でしょうか?

≪戸田城聖≫  それは簡単だ、吉田松陰も愛国者でしょう。
乃木大将も愛国者でしょう。
坂本竜馬だって、「野田そうり」、だって、もしかすれば愛国者かもしれません。
しかし本当の愛国者があるとすれば、この妙法を実践する、私たち創価学会員こそが真実の愛国者です。
その理由は、日蓮大聖人の仏法を実践する、私たち学会員こそが一人の人間を救いきり、真実の幸福な社会を築くことができるからです。
それだけの力が、大聖人の仏法、南無妙法蓮華経には、たしかにあるのです。


≪山本伸一≫  その南無妙法蓮華経とは、どうゆうことなんでしょうか?

≪戸田城聖≫  一言にしていえば、人間や草木にいたるまでの一切の宇宙の現象は、みな妙法蓮華経の活動なのです。
だから、あらゆる人間の運命・宿命さえも、転換しうる力をそなえているのです。
難しく言えば、法本尊即人本尊で、人法一箇のこの御本尊様こそ南無妙法蓮華経の実体といえるのです。
話せといえば、一晩中でも、いくらでも話してあげたいが、山本君も少し勉強して、任用試験に合格してからに、しようじゃないか。

≪山本伸一≫  先生ありがとうございました。
青年らしく勉強し、実践してごらんと、おっしゃったことを信じて、
先生のもとで、勉強させていただきます。
いま感謝の気持ちを詩にたくして、詠(よ)ませていただきたいと思います。
下手な、即興詩(そっきょうし)で、もうしわけないですが、、


旅びとよ
いずこより来(きた)り
いずこへ往(ゆ)かんとするか

月は沈みぬ
日いまだ昇らず
夜明けの前の混沌(カオス)に
光もとめて
われ進みゆく

心の暗雲をはらわんと
嵐に動かぬ大樹(たいじゅ)を求めて
われ地より湧(わ)き出(い)でんとするか


≪ナレーション≫
こうして山本伸一青年は、入信の決意をし、8月24日に入会したのであります。

本日は、小説「人間革命」第2巻・地湧 の章から、戸田先生と池田先生の、運命的な出会いの場面を、旭日地区の オール スター キャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。 




最後まで、読んでいただき本当にありがとうございます。

寸劇人間革命を、これからも、よろしくお願いします。

座談会寸劇の基本的なスタイルが、この寸劇です。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×160行です。

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実際に座談会でこの寸劇をやってみようと、思われた方は、続きを、ご覧ください。

原稿印刷用に空白行のない テキストデータ。
寸劇のやり方のアドバイスなどを準備しました。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

二十歳の山本伸一青年

入会して、一年ほどの、山本伸一青年の「詩」がこの寸劇の主題です。

革命は死なり。
われらの死は、妙法への帰命(きみょう)なり。
若人(わこうど)よ、大慈悲を抱(いだ)きて進め。
若人よ、大哲学を抱きて戦え。
われ、弱冠(じゃっかん)二十にして、
最高の 栄光ある 青春の 生きゆく 道を 知る。

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≪ナレーション≫ 
それでは寸劇のコーナーです。

本日は、「二十歳の山本伸一青年」と題しまして、お送りいたします。


時は昭和23年、西暦1948年9月。
法華経講義が終わって、質問会の真っ最中であります。

≪青年①≫ 先生、一切の悪の根源というものは、邪宗教にある、との根本定理を教わりましたが、今、*世間では “ワイロ”をもらった大蔵大臣が逮捕されて、大騒ぎです。

総理大臣まで逮捕されそうなウワサです。
このような、悪の根を早く切るには、どうしたらいいでしょうか。

*昭和電工事件のこと 贈収賄で多数の官僚などが逮捕された。
芦田内閣は総辞職に追い込まれ、芦田首相も逮捕される。

≪戸田城聖≫ おもしろい質問です。今夜は、みんなでこの問題を考えてみよう。
君たち、どうしたらいいとおもうかね。

≪青年②≫ それだからこそ、広宣流布の必要なことはよくわかりますが、こうした社会悪を、黙って見てはおれないのです。

どうも **百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)に等しいように思えてならないのですが、、、。

**いくら期待しても実現の見込みがない、ということ。

≪戸田城聖≫ 百年河清を俟つ…か。

君も“さじ”を投げたいのかね。
戸田は断じて“さじ”を投げません!!

われわれの活動は、このような悪の根源(こんげん)を絶滅(ぜつめつ)する戦いになっているのです。
やがて、世間がアッと驚く時が必ず来る。

もちろん、なまやさしい戦いではなかろう。
しかし、これこそが確実無比(かくじつむひ)な戦いだということを、断言しておこう。


≪青年①≫ では、先生、具体的にはどうすればいいのですか。

≪戸田城聖≫ 君たちは、もうすでに、このような社会悪に対して如何(いか)にすべきか、ちゃんと知っているのだよ。
君たちの家族に、一人の手のつけられない不良息子がいたとする。

その場合君たちならどうする。

≪青年②≫ もちろん折伏して、なんとしても信心させます。
それ以外、どんな方法でもダメです。

≪戸田城聖≫ そうだろう。君たちはすでに実行ずみではないか。
悪徳政治家などというのは、悪知恵(わるじえ)の発達した、不良息子みたいなもんだ。

ただ国家の不良息子なので、権力を笠(かさ)に着て、まことに始末が悪い。
学会が、今のままのこんな状態でいつまでもいると思うのは、君たちの錯覚だよ。

見ていたまえ、十年、二十年、五十年先の学会の姿というものを。
君たち青年が、純粋な信心に立ち、行学に邁進(まいしん)して成長した時、その中から、有能な政治家が、誕生し、やがては政党だって作ることができるのです。

しかし、今は、ただ戸田の胸中(きょうちゅう)にあるだけなのです。

はっはっはっ、あんまりしゃべると、誇大(こだい)妄想狂(もうそうきょう)と間違えられるから、今夜はこのくらいにしておこう。

しかし、これが空想でないことだけは、はっきりと言っておく。


≪青年①②≫ う~ん、理屈ではそうなんだろうけど、、ぶつぶつ、ぶつぶつ、


≪ナレーション≫ しかし、この座に一人の青年がいた。
彼は、戸田の言々句々(げんげんくく)を、そっくりそのまま、己(おのれ)の脳細胞に吸収して、ほとんど抵抗を感じなかった。

彼は一点を凝視(ぎょうし)するように、眼をひらき、身じろぎもせず、戸田の眼鏡(めがね)の奥を見つめていた。
それは山本伸一であった。

彼は、この夜、日記に次のように書きとめたので、あります。


≪山本伸一≫ 

ああ、甚深(じんじん)無量(むりょう)なる法華経の玄理(げんり)に遭(あ)いし、身の福運を知る。
戸田先生こそ、人類の師ならん。

祖国を憂(うれ)え、人類に必ずや最高の幸福を与えんと、邁進(まいしん)なされ行く大信念。
そして正義の、何ものをも焼くが如(ごと)き情熱。


唯々(ただただ)、全衆生(しゅじょう)を成仏せしめんと、苦難と戦い、大悪世(あくせ)に、大燭光(しょこう)を点じられた、日蓮大聖人の大慈悲に感涙す。


若人(わこうど)は、進まねばならぬ。永遠に前へ。
若人は進まねばならぬ。
令法(りょうぼう)久住(くじゅう)の為(ため)に。


妙法の徒(と)。わが行動に恥なきや。
われ、心奥(しんおう)に迷いなきや。
遅疑(ちぎ)逡巡(しゅんじゅん)するも、汝(なんじ)自身なり。


宗教革命、即人間革命なり。
かくして、教育革命、経済革命あり、
また真(しん)の政治革命とならん。


混濁(こんじょく)の世。社会と、人を浄化(じょうか)せしむる者は誰ぞ。
学会の使命重大なり。
学会の前進のみ、それを決せん。


革命は死なり。
われらの死は、妙法への帰命(きみょう)なり。
真(しん)の大死(だいし)こそ、
祖国と世界を救う大柱石(ちゅうせき)とならん。


若人(わこうど)よ、大慈悲を抱(いだ)きて進め。
若人よ、大哲学を抱きて戦え。
われ、弱冠(じゃっかん)二十にして、
最高の 栄光ある 青春の 生きゆく 道を 知る。


≪ナレーション≫ この二十歳の青年は、入信して一年しか経っていなかった。
彼はまだ、名もない一青年部員にすぎない。

あの入信の夜いらい、戸田と直接話す機会もなく、はや一年の歳月が流れていたのだ。
しかし戸田の志(こころざし)は、そのまま山本伸一の心の底で育ちはじめていたといえよう。

山本伸一は、戸田先生のもとで、戦いたいと、祈り、願う日々が続いたのであります。


≪戸田城聖≫ 日本正学館の編集部に、誰か適当な人を探しているんだがどうだろう。

≪側近幹部≫ そうですね、う~ん、あの文学青年の山本伸一君はどうでしょうか。

≪戸田城聖≫ そうか。山本君だね。体の具合はよくなったかね?

≪側近幹部≫ え?ええ、はい、元気です。大丈夫だと思います。

≪戸田城聖≫ そうか。雑誌の編集は、まず体力だからな。彼なら適任だ。話を進めてくれないか。


≪ナレーション≫ こうして山本伸一が、面接にやってきたのです。


≪側近幹部≫ 先生、山本伸一君です。

≪戸田城聖≫ うん。わかっている。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、だまって履歴書を提出した。
やや長いまつげが影を落とし、まだ少年らしい面影を残している。

戸田はていねいに履歴書をひろげ、仔細(しさい)にじっと眼を注いでいた。
やや長い沈黙が流れてゆく。
やがて顔をあげると、微笑(ほほえ)みながら山本をじっと見つめ、一言、こう言っただけである。


≪戸田城聖≫ 「がんばるか」

≪山本伸一≫ 「はい。おねがいいたします」

(演技指導、ここの気合が重要です。)

≪ナレーション≫ 山本伸一は、間髪(かんぱつ)をいれず答えた。
一瞬の気合であった。

決定的な瞬間である。
時はすでに熟していたのであります。
こうして、山本伸一は、戸田の経営する日本正学館に少年雑誌「冒険少年」の編集者として勤務することになったのであります。

本日は、小説人間革命第3巻 漣(さざなみ)の章、結実(けつじつ)の章より、「二十歳の山本伸一青年」と題しまして、旭日地区の オール スター キャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを、終わります。





最後まで読んでもらってありがとうございます。
戸田先生は何十年先のことまで、全部わかっていたんですね。

信心して一年の山本伸一青年の詩。それがこの寸劇の主題になります。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×170行です。


この寸劇を実際に座談会でやってみようと、思われた方は、「続きを読む」を ご覧ください。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

学会歌「星落秋風五丈原」のお話

祁山悲秋の 風更けて 陣雲暗し 五丈原
零露の文は 繁くして 草枯れ馬は 肥ゆれども
蜀軍の旗 光無く 鼓角の音も 今しづか
丞相病 あつかりき

漢語が多く戸惑っている者が多かった。
何の歌だろう?と顔を見合わせている壮年もいる。
映画「レッド・クリフ」に出てくる孔明の歌だ――と、うなずく、現役青年部もいる。


寸劇の最後に「歌詞全部」「詩の意味」「小説人間革命 第7巻からの引用」などの資料があります。

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≪ナレーション≫ それでは、寸劇人間革命のコーナーです。

本日は、草創期からの学会歌「星落秋風五丈原 ほしおつ しゅうふう ごじょうげん」のお話であります。



はじめに、青年部より、詩の意味の説明を、お願いします。

 この歌の舞台は、約千八百年前の中国です。
三国志の英雄、諸葛孔明(しょかつこうめい)の最期の心情を歌ったものであります。

「丞相病あつかりき」、と何回も出てきますが、丞相とは、今で言えば総理大臣で、皇帝を支える、最高の位(くらい)の名前で、孔明のことです。
つまり「丞相病あつかりき」とは、「丞相の位についている、孔明の病は、きわめて重かったのであります」という意味になります。

一番の意味は、おおよそ
「祁山に吹く秋風は、病に倒れた孔明を、嘆き悲しむ様に、吹きあれている。

我が軍は、負け戦の最中で、その旗は、弱々しく、戦の合図である鼓(つつみ)の音も、角笛(つのぶえ)の音も、今は静まりかえっている。
丞相である孔明の病は、きわめて重かったのであります」と、なります。

2番の「大樹ひとたび倒れなば」の大樹とは、偉大な人物を意味し、ここでは孔明のことです。
つまり、孔明が病にたおれ、死んでしまったら、漢王室の行く末は、どうなってしまうのか。
という、意味です。
つまり、2番の意味は、おおよそ
「今は無き君王・劉備様の遺言は、夢にも忘れた事は無い。常に、全身全霊を投げ打って、活路を見出して来た。
しかし大樹すなわち孔明が、病にたおれたならば、漢王室の行く末は、一体どうなってしまうのであろうか」と、なります。 

3番4番5番は、あとで、自分で読んでください。

6番の「あらしは叫び露は泣き」とは、孔明が、志なかばで、死んでしまったことを意味します。
「諸葛亮」とは孔明のこと。
つまり、6番の意味は、おおよそ
「五丈原においては、孔明の死を悲しみ、全ての草木を涙の夜露で濡らし尽くす銀河の星は瞬き、孔明の想いを、余す処無く照らし尽くすあれから二千年あまり、その名・諸葛孔明は、燦然(さんぜん)と、歴史に、輝いているのであります」と、なります。

以上、解説が長くなりましたが、いよいよ寸劇の始まりであります。


私が戸田先生役です。よろしくお願いします。 

歌の得意な男子部、中道秋雄の役です。

山本伸一役です。よろしくお願いします。
当時は、男子部 第一部隊長という役職についたばかりです。

≪ナレーション≫ 時は昭和28年、西暦1953年1月5日。午後3時15分。
新年の 会食会 の真っ最中であります。
男子部の中道秋雄が、一人立って、耳なれぬ歌をよく通る声で歌いだしました。

歌の調べは、男性的な強さとともに、格調のある悲哀(ひあい)が込められて、響いたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱一番)一番を歌います。
♪♪ 祁山悲秋の風更けて~~♪♪ 《または、CD再生》

≪ナレーション≫ いうまでもなく土井晩翠(どいばんすい)の「星落秋風五丈原」の詩で、三国志の英雄・諸葛孔明(しょかつこうめい)の晩年の苦衷(くちゅう)を歌った名作であります。

お話は前の日に、さかのぼります。
山本伸一は、「五丈原」の詩を、数名の男子部員の前で朗読したのです。

≪中道秋雄≫ 山本部隊長、メロディーを、僕、知ってます。♪丞相病あつかりき~♪という、いい曲ですよ。

≪ナレーション≫ 歌う中道について、一同は一緒になんども歌った。
山本伸一 部隊長は、詩の意味を、熱く皆に話したのであります。

≪山本伸一≫
 
彼は病んでいた。
病は重かった。
味方は負け戦だ。
病んでいる彼の胸に去来(きょらい)するものは、思わしくない戦況と、先王(せんおう)の深い信頼と、漢の国の命運であったと思う。
彼の病気を敵に知られてはならない。
戦乱に苦しむ民衆のことを想うのは辛(つら)かった。
そして二十数年前、先王に仕える以前の、あの平和な日々が懐かしく思い出されるのである。
彼は今、秋風(しゅうふう)吹く五丈原に病んで、胸ひとつに壮烈(そうれつ)な決意を抱(いだ)いていた。
そして、天地は悠久(ゆうきゅう)である。

 う~~ん。 ~~そうだ! 

これは、広宣流布に一人立ち向かう毅然(きぜん)たる戸田先生の心情に、どこか通(かよ)うところがあるのではないか。

この歌を、明日の、新年会で、戸田先生に是非お聞かせしようではないか。
中道君、君が歌うのだ。頼むよ。ところで君、よく知っていたね。

≪中道秋雄≫   そんな深い意味があるとは、ちっとも知らなかった。
ただ、なんとなく好きな歌だったのです。
戸田会長先生の前で歌うのですね。
はい。是非、歌わせてください。

≪ナレーション≫ こうして、中道秋雄がこの「五丈原」を歌いだしたとき、
山本伸一は聴(き)き入る戸田の顔をじっと見つめていたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱2番)2番を歌います。
♪♪ 夢寐に忘れぬ君王の~♪♪《または、CD再生2番》

≪ナレーション≫ 漢語が多く戸惑っている者が多かった。
何の歌だろう?と顔を見合わせている壮年もいる。
映画「レッド・クリフ」に出てくる孔明の歌だ――と、うなずく、現役青年部もいる。

ところが、戸田城聖だけは「今落葉(らくよう)の雨の音 大樹(たいじゅ)ひとたび倒れなば、、」の段になると、みるみるこわばった表情は、くずれて、ゆがんできた。
そして、涙を、浮かべたように、思われたのであります。

戸田は、じっと聴いていた。耳を澄(す)まして聴いていた。
今まで多く歌われた歌の中で、これほど激しく、彼の胸を打ったものは、なかったのです。
やがて皆は、戸田のただならぬようすに、気づきはじめたのであります。
戸田はとうとうメガネをはずした。
そして白いハンカチを、眼にあてたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱6番)6番を歌います。
♪♪ 嗚呼五丈原秋の夜半 あらしは叫び露は泣き♪♪《または、CD再生6番》
IMG_3529_4.jpg
(演技指導、ここで100円の、ロイドメガネ(ヒゲはダメ)と、白いハンカチ使用)                                                            
≪戸田城聖≫  (メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)
う~~~ん。いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。

≪ナレーション≫ このとき、山本伸一もすっくと立ちあがった。
そして二人で歌い始めたのであります。
二人の声は、朗々と響き渡ったのであります。

≪戸田城聖≫   いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。

≪ナレーション≫ 戸田城聖は涙を浮かべ、時に一すじ、二すじ、流れる涙を押さえようともしなかった。
そして、歌が終わると、また「もう一度」、そして再び「もう一度」といって、前後6度も繰りかえさせたのであります。

≪戸田城聖≫   君たち、この歌の本当の精神がわかるか。
僕には、天に叫び、地に悲しむ、孔明の痛烈(つうれつ)な声が聞こえてきてならないのだ。
それは、民衆を救わんとする、まことの使命を自覚したものの、責務と辛(つら)さです。
孔明は、あすをも知れぬ命となっている。味方の軍勢は、負け戦(いくさ)の最中だ。
しかし、このままで今、死ななくてはならない。黙然(もくねん)として、頭(こうべ)を独り垂れるとき、諸君ならどうするか。

この時の孔明の一念が、今日(こんにち)も歴史に生きつづけているのです。
私が今、不覚にも涙を流したのは、この鋭い一念が、私に感応(かんのう)をよびおこしたからなのです。

大樹がひとたび倒れたら、いったいどうなる。私がひとたび倒れたら、広宣流布はどうなるか。
私は今、倒れるわけにはいかないのだ。死にたくても死ねないのだ。

最後の一節にいたって、諸葛孔明はついに死ぬのだが、悲しいことに使命の挫折(ざせつ)を歌っている。
孔明には、挫折も許されるかもしれないが、私には、挫折はゆるされぬ。

広宣流布の大業(だいぎょう)が挫折したら、人類の未来は真っ暗闇(くらやみ)だからです。
どんなに辛くとも、誰がなんと言おうと、今の私は、重い使命に一人、生きる以外、仕方がない。
誰も知らぬ、誰も、気もつかぬところで、私は体を張って、やるより仕方がないのだ。

この「五丈原」の歌が、私の心中を、きわめて近く表現してくれているから、泣けるのです。
みんな、少しはわかってくれたかね。(メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)

地区部長さんも、すました顔をしてるが、実は、よくわかっていないんだよ。
はっはっはっはっは~~

いいメロディーの、歌じゃないか。
旭日地区の皆さん。
もう一度、みんなで歌おうではないか。

はい、音響係りさん、準備はいいかな。
はいスタート。

  ♪♪CDに合わせて全員で合唱♪♪ 拍手!!

≪ナレーション≫ *私たち弟子は、偉大なる広宣流布の大将軍の、心奥(しんおう)の大境涯を垣間(かいま)見る思いであったのであります。

この五丈原の歌は、その後、戸田先生の前で何度も何度も歌われ、そのたびに戸田先生が涙されたこと。そして戸田先生の葬儀の時にも歌われたことは、皆様ご存知のとおりであります。


本日は『小説「人間革命第7巻」飛翔(ひしょう)の章』から『学会歌「五丈原」のお話』を、旭日地区の オール スター キャスト、さらに、旭日地区芸術部の特別出演でお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


* 随筆人間世紀の光 「中国京劇院 三国志」 より引用


続きには、解説、語句の意味、小説人間革命からの引用、原詩からの全文の引用などがあります。

長々と続く引用の最後に、原稿印刷用の空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、是非ご活用ください。


この寸劇人間革命の分量は、青年部の詩の意味の説明(3,4,5番を除く)も含めて、おおよそ、20文字×230行です。

YOUTUBEにこの歌があります。
SGIメンバーの歌。必見です。
ここをクリック 
2006年10月12日、第64回本部幹部会、第31回SGI総会、東京牧口記念会館。池田SGI会長が、SGI秋季研修会で来日した65カ国・地域の代表260人らと出席。ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏らアメリカSGI芸術部を中心とした「平和のための国際芸術家委員会」(ICAP)が祝賀演奏。

この五丈原の歌が登場する寸劇を、懲りずにまた作りました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

「厚田村」ロングバージョン

僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
この海の向こうには、大陸が広がっている。世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。

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≪ナレーション≫ それでは壮年部コーナーです。本日は寸劇をおこないます。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、
全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は8月5日から20日にかけて、全国の拠点を飛び回りました。
ことに北海道では、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。
そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

(ロングバージョンの寸劇「厚田村」です。)

戸田先生役ということですので、よろしくお願いします。

山本伸一役ということですので、よろしくお願いします。

≪ナレーション≫ さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見て海に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。
 アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。
東京の生活で、どれだけ体と心を、温めてくれたか、はかり知れないものがある。
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。
伸一お前が俺の親父の役をやれ。

母の役は、困ったなあ、、、、地区婦人部長にやってもらおう。

≪ナレーション≫
それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。
時は大正9年西暦1920年2月。戸田青年は二十歳になったばかり。 
夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。

自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

その父母に親孝行らしいことは、何もできずに東京にいってしまうことは、本当につらい、、、
しかし、戸田の心は燃えていたのであります。


≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。
東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。
好きなようにするがよい。、、、、、
久しぶりだ、さあ飲め

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、  
ちょっとまて、、、 これだ、、、、何もないが、戸田家の家宝だ。
持っていけ

≪ナレーション≫ 父は、柳行李の中から一振りの日本刀を取り出したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征け!!   勇気をもってな

≪ナレーション≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえ、勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。
いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。
戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。
翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。


≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。。。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで、、元気で、、、体には気をつけて、、、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。


≪ナレーション≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。
 しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。
 
「劇の中の劇は、ここまでです」

≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、
 ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことはあまりにも多い。
人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。

東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。


≪ナレーション≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

その夜、戸田旅館には、村長や小・中学校の校長や、戸田の親戚などが集まりました。
戸田は誇らしげに伸一を紹介したのであります。

≪戸田≫ 皆さん、彼は私が右腕とも左腕とも頼む人物で、山本伸一君といいます。
よろしくお願いします。
 
伸一、これが石狩鍋だ。
厚田の海の幸、山の幸だ、、、
僕のふるさとの味だ、食べてみたまえ。

≪ナレーション≫ その夜、山本伸一はなかなか寝付けなかった。
海辺で語った戸田の一言一言が、波のように彼の脳裏に寄せ返していた。
戸田の自分に対する大きな期待、そして感動に胸が高鳴った。

早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風がさわやかだったのであります。


≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!道をふさぐ吹雪も、あの断崖も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。

 サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺 権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」   
「征けと一言父子の譜」
   
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!


≪ナレーション≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。


**昭和35年西暦1960年8月、第三代会長に就任した、山本伸一が、厚田村を訪問する。
メンバーの待つ戸田旅館に、山本会長がやってきたのであります。
「戸田法華」などど悪口を言われながらも、努力を続けてきた、厚田の同志の喜びが爆発した。


≪山本 伸一≫ **このたび戸田先生の弟子として、第三代会長になりました山本です。
今日は先生の故郷に、会長就任のご報告に、まいりました。
戸田先生の故郷の厚田は、私の第二の故郷です。
また、ここは、私にとって、世界への旅立ちを誓った舞台なんです。
どうか皆さんで力を合わせて、私に代わって、ここに幸福の花園を築いてください。


≪ナレーション≫  そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSG I のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。


本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、

さらに小説「新・人間革命・第18巻」「師恩 しおん」の章から

「厚田村のお話」を特別出演地区婦人部長。

そして、旭日地区壮年部の オール スター キャストでお送りいたしました。

*ところで、昭和29年7月当時の、学会世帯数は、約12万世帯。
そして、夏季闘争の行われた、8月の折伏成果数は、1万2千7百71世帯でありました。

以上で壮年部コーナーを終わります


長いブログを最後まで読んでいただきありがとうございます。



*人間革命第8巻「明暗」 **新人間革命第18巻「師恩」 より引用



この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×210行です。


サラサラ、、
んー詩心が、わいてきたぞ。
などの表現は、自分が勝手に作った作文です。

これからもよろしくお願いします。


原稿の印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

ぜひ、ご活用ください。




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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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