『厚田村』のお話 ショートバージョン

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行

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≪ナレーション①≫ それでは寸劇のコーナーです。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。

そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

戸田先生役です、よろしくお願いします・
山本伸一役です、よろしくお願いします。

≪ナレーション①≫  さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫  伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。 
アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。 
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。

≪ナレーション②≫ それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。

時は大正9年西暦1920年2月。
戸田青年は二十歳になったばかり。

夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。
自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。
 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。好きなようにするがよい。
久しぶりだ、さあ飲め.

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、ちょっとまて、、 
これだ、、何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ

≪ナレーション②≫ 父は、一振りの日本刀を手渡したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征(ゆ)け!!勇気をもってな

≪ナレーション②≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえた。
勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。

いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。

戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

≪ナレーション②≫ 母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。

翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。

≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで(涙)、、元気で(涙)、、体には気をつけて(涙)、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。

≪ナレーション②≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。 
しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。  

「劇の中の劇は、ここまでです」


≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、 
ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことは、あまりにも多い。人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石(ばんじゃく)な礎(いしずえ)を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。

≪ナレーション①≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

翌日の早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風が、さわやかだったのであります。

≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!
道をふさぐ吹雪も、あの断崖(だんがい)も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。 

サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、


北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」
  
「征けと一言父子の譜」
  
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!

≪ナレーション①≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。 

そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSGI のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、から、「厚田村」のお話を、旭日地区のオール スター キャストでお送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを終わります


*人間革命第8巻「明暗」より 



最後まで読んでいただきありがとうございます。

寸劇の中に、もうひとつの寸劇が入り込んでいる構成になっています。(三幕二場)

そのため、ナレーションを二人でやって、聞く人がわかりやすくするよう工夫したつもりです。

「厚田村のお話ロングバージョン」が長すぎるとの意見があり、短くしたものです。

これからも、お付き合いよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×165行です。


稚拙な表現は、自分が勝手に作ったものです。

「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  
「どんぶく」のことだ。
よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ サラサラ、、、、



原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ぜひご活用ください。

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管理人のつぶやき_01

若者がしているという、ブログというものを、おじさんもやってみようと、始めました。

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座談会において、何かためになる(ウケル)ものをやってみようと、この寸劇人間革命を作りはじめました。

もともとは、壮年部コーナーだったんですね。
婦人部のコーナーで、機関紙の大白蓮華の巻頭言の読み合わせをやっていました。
そして、壮年部は、巻末にあった、池田先生のスピーチの読み合わせをやっていました。
ところが、先生のスピーチの掲載がなくなったので、その代わりに何かやってみよう(得意なやつ)と考えたんですね。
最初に作ったのが、「8月14日」の、お話。
戸田先生と山本伸一の対話が続く、寸劇としては作りやすいタイプです。

次に作ったのが、トインビー博士との対談のお話です。
その次に作ったのが、厚田村のお話。
これは、劇とすれば、4幕3場のお話になっています。
そしてその次に挑戦して作ったのが、「3.16」のお話なんですね。

3月6日に完成して、みんなに配布して、座談会を開こうと思っていたら、、、、、、
実は、あの3.11大震災が、ありました。

座談会は、原則、一ヶ月に一度ですから、一ヶ月に一個程度の寸劇人間革命を作ってきました。
エディターで下書き。WORDで書き込み推敲、清書。
座談会でやってみて推敲。記録・印刷用にPDFファイル作成。
2年ほどかけて作りためた寸劇人間革命・その数、約20個です。
そいつを、ブログにテキストデータの形で、書き込むことにしました。

評判のいいやつもあれば、あまりかんばしくないものもありました。
とりあえず、あるだけ、ブログ上に書き込んでみました。

これからは、一ヶ月に一個程度の寸劇人間革命を書き込んでいきたいと思います。
誤字脱字が後を絶ちません。そのつど修正してきました。

座談会での評判なんかコメントください。

これからもよろしくお願いします。(土星人より)

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2012/07/02の聖教新聞より

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戸田先生の出獄直後の戦い

 先生の目のつけどころは、すごい。日本の国がつぶれて、どうなるかわからん、こんな時に!

 君たち、今日のことはなんだと思う。法華経のために牢屋にぶちこまれて、まる2年間、死ぬ苦しみでたたかった、その功徳なんだよ。才能だけのものではないんだよ。功徳なんだ。御本尊様は、ご存知なんだ。じつにすごい御本尊様なんだ。

 彼の両目はキラリと光り、むすんだ唇は気高かったのであります。

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≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命 のコーナーです。

本日は、「戸田先生の出獄直後の戦い」をお送りいたします。

皆様ご存知のとおり、創価学会による、民衆救済の偉大なる闘いは、戸田先生の出獄の日から始まるのです。

小説人間革命の最初の部分を、朗読します。

昭和20年西暦1945年7月3日のお話であります。

≪朗読≫(青年部)小説 人間革命 第一巻 黎明


戦争ほど、残酷なものはない。

戦争ほど、悲惨なものはない。

だが、その戦争はまだ、続いていた。

愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。
人々は、八年におよぶ戦火に、親を失い、子を失っても、その苦しみに堪えてきた。
しかし、昭和20年7月ごろには、いつ米軍が本土に上陸するかもしれないという重苦しい空気が、人々の心をしめつけていた。

7月3日、午後7時――。
豊玉刑務所のいかめしい鉄の門の外側には、さっきから数人の人影が立ちつくして、人影の絶えた構内を、じっと見つめていた。
かれこれ2時間にもなる。あたりは閑散としていた。

その時、鉄門の右の隅にある小さな鉄の扉から、一人の、やせ細った中年の男がいそぎ足で出てきた。
手には大きな風呂敷包みをかかえている。
そのいそぎ足がもつれた。

門の外に立ちつくしていた人影は、この時、なにやら鋭く口走ると、さっと駆けよった。
出てきた男の眼鏡(めがね)が、キラリと光り、思わず立ちどまって、顔をあげた。

彼は四十五歳になっていた。入獄前は二十数貫もあった。
いまは十二、三貫もない。

この出獄は、戦時下の一(いち)未決囚(みけつしゅう)の、平凡な保釈(ほしゃく)出所の風景と人は思うかも知れない。
しかし、この浴衣のきながしで出獄した、坊主頭の中年の男こそ、戸田城聖その人であったのである。

≪ナレーション≫ 寸劇の始まりは、出獄の翌日の7月の4日のお話で、あります。

戸田の頭の中にあるもの、それは、「再建」の二文字です。
いうまでもない、創価学会の「再建」であります。
そのためには、彼の事業を一日も早く、軌道に乗せねばならぬのです。

≪戸田城聖≫  よし。会社のことを任せてある、弁護士の所に行くぞ。
万事は、それからだ。

会社の財務状況を直接、聞きに行かねば、ならん。

書類の山があるはずから、電話じゃダメだ。

夏服をだしてくれ。

体もこれ以上悪くなることはない。
なーに、骨と皮でも、休み休み行けば、大丈夫だ、さあ行くぞ。

≪弁護士≫  残務整理をまかされている、弁護士です。
戸田さん、17ある会社は、全部ダメです。
なんとも、お気の毒です。はぁ~。

≪戸田城聖≫ 分かりました。
すると、全部ひっくるめて、バランスシートは、どういうことになりますか。

≪弁護士≫  そうですね。今、計算させますから。
ソロバン。パチパチ。

う~ん。戸田さん。これです。

≪戸田城聖≫  残高 二百五十万。

これは、……『黒』ですか。それとも……『赤』ですか。

≪弁護士≫   赤です

≪戸田城聖≫  二百五十万の借金か~。

≪ナレーション≫ 今の時代にすれば、数十億円になるのでしょうか。

続きは、翌日の、7月の5日であります。


≪戸田城聖≫  そうだ。通信教授をやってみようか。

小学生は、集団疎開だし、ほとんどの中学生は、軍事工場に動員されて、勉強どころでない。

しかし、僕は、少年少女たちの向学心を、長い経験から知っている。

それには、現状において通信教授以外に方法はない。

僕が、テキストを作る事だってできる。
しかし、さて、もとでを、どうしたものか?

そうだ、同級生の小沢清のところに、行ってみよう。

≪ナレーション≫ 続きは、翌日の7月の6日で、あります。

≪小沢清≫  私は、弁護士をしている小沢清です。
田舎(いなか)から出てきて、*中学の夜間部3年に編入した時、同級に戸田がいたんです。

信心はしてないが、25年の長い付き合いです。

刑務所から出てきたばかりと聞いたんですが、、

(向き直って)おう~久しぶり~

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≪戸田城聖≫  よう~

≪小沢清≫  バカに痩(や)せたじゃないか

≪戸田城聖≫  うん。痩せた。ふとって牢屋(ろうや)から出る奴もないだろう。

≪小沢清≫  ヨロヨロしてるじゃないか、大丈夫か?

≪戸田城聖≫  うん、大丈夫だ。

それで、こっちの都合なんだが、新たに通信教授の仕事を始めようと思うんだ。
火災保険証書を担保に、このくらい、用立てて欲しいんだ。

≪小沢清≫  ああ、いいとも。

え~と、小切手帳、小切手帳、え~と、、残高は、~こりゃ~いかん。

すまんが、半分じゃいけないか。

≪戸田城聖≫  そうか。う~ん。

結構だ。あとは、何とかしよう。

≪小沢清≫  すまん、すまん。ハンコをポン。

≪戸田城聖≫  ありがとう

≪小沢清≫  ひとり言です。やれやれ、さすがの戸田も、今度で、もう終わりだな。骨と皮で、体も相当こわしてるぞ。やれやれ。

≪戸田城聖≫  はっはっは~。

牢屋では、ずいぶんと苦労した。

「しらみ」に「南京虫」こいつらが、まとわりついてくる。

はっはっは~

ところで、牢にはいって、得(とく)したことといえば、あの法華経がスラスラ読めるようになったことだ。

あの漢文が、すっかり、手に取るように分かるんだ。

ちょっと不思議だろう

≪小沢清≫  ほう~ずいぶんと勉強したもんだね

≪戸田城聖≫  いや、勉強じゃないんだ。

法華経は、勉強では読めんよ。

なんと言ったらいいかなあ。難に遭(あ)ったせいかな。
法華経の真髄というものが、よくわかった。

そうしたら、スラスラと読めるようになった。
(大きい声で)すごいんだぞ!!

僕は、やっぱり末法の法華経の行者の一人だよ。

僕は、分かった。

やるだけのことは、ちゃんとやってみせる。

それから死んでやる。

よ~く見ていてくれ。

≪小沢清≫  なんだ。戸田は、どこか変わったぞ。

ん~~ん。たしかに変わった。

≪ナレーション≫ 小沢は、戸田の、何が変わったのか、それがどういうことなのか、まったく見当もつかなかった。

また信心を、やる気なんだなあ、と軽く受け取った。

しかし、戸田のこの時の決意が、並々ならぬものであると知るには、十数年の歳月を要したのであリます。


≪解説≫(青年部) 
終戦直後の8月23日の朝日新聞に広告が載(の)ります。

中学一年用、二年用、三年用。
数学、**物象(ぶっしょう)の学び方 考え方 解き方・通信教授。
数学、物象の教科書の主要問題を月二回解説し、月一回の試験問題の添削(てんさく)をなす。
これをつづり込(こ)めば、得(え)がたき参考書となる。

会員数限定。6ヶ月完了。
会費は各学年とも6か月分25円、前納のこと。
内容見本 なし。

≪ナレーション≫ 開いたばかりの、土間の事務所には、翌日から為替同封の申込書が、30通、50通と、届き始めたのであります。

≪戸田城聖≫  どうだろう。

奥村君、一日一万円入ったら、みんなで、すき焼きでもやろうじゃないか。

≪奥村≫  事務長の、奥村です。

いいですね~、でも、10通で250円、100通でも2500円、でしょう。

そう計算すると、すき焼きの味も、すーと、遠のいちゃいますね。

≪ナレーション≫ しかしそのわずか5日後、その日がやってきたのです。
受け取りのハンコを押すだけでも、大変だった。

≪奥村≫  わぁ!これで450だ。

まだこんなにある。

すごいぞ!!

≪戸田城聖≫  ただちに、闇市へ買出し部隊が、出動だね。

奥村君、牛肉をどっさり探してくるほうが、難事業だぞ。

いい酒も2、3本。

菓子や果物。ご婦人のサイダーも忘れずに。


≪奥村≫ 良かったですね、今度の仕事。やー本当に良かった。

先生の目のつけどころは、すごい。

日本の国がつぶれて、どうなるかわからん、こんな時に!

≪戸田城聖≫ (向き直って)君たち、今日のことはなんだと思う。

法華経のために牢屋にぶちこまれて、まる2年間、死ぬ苦しみでたたかった、その功徳なんだよ。

才能だけのものではないんだよ。

功徳なんだ。御本尊様は、ご存知なんだ。
じつにすごい御本尊様なんだ。

≪ナレーション≫ 彼の両目はキラリと光り、むすんだ唇(くちびる)は気高かったのであります。

それは敗戦直後の混乱した社会情勢、そして戸田先生の健康状態を考えれば、まさに超人的な手の打ち方であったのです。

そして早くも、9月末には、西神田に3階建の事務所を購入し、学会本部として、利用するまでになったのです。

 戸田先生は一日も早く事業を再建し、広宣流布という聖業の礎(いしずえ)と、することを願っていたのであります。


本日は 小説人間革命第1巻 

「黎明」「再建」「終戦前後」の章から、

「戸田先生の出獄直後の戦い」を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で 寸劇人間革命のコーナーを終わります。



*夜間部3年に編入_大学入学資格取得のため 
**物象_理科のこと

小沢清弁護士_大阪事件の時、奔走する姿が小説人間革命第11巻に描かれています。



最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×200行です。


原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、ご活用ください。
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青年部の結成 ショートバージョン

やっぱり、夏・7月は、青年の月ですね。 (元男子部・別名_昭和男子部より)
ショートバージョンの青年部結成のお話です。

きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。 必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。 そのかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります。
創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ
そのためには、純粋な、強い信心に生涯を生きるという条件がなければ叶いません

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≪ナレーション≫ それでは、寸劇のコーナーです。

時は昭和26年西暦1951年5月3日、戸田城聖第2代会長の会長就任式。
それから2ヵ月後の7月11日が本日の寸劇の舞台であります。

外は激しい雨、バケツをひっくり返したような、とんでもない土砂降(どしゃぶ)りであります。

場所は西神田の学会本部の2階。
定刻の午後6時。
男子部結成式の開会の宣言がなされたのであります。集まった男子部は約180名。
そうです。本日の寸劇は、「青年部結成」のお話で、あります。

≪男子部司会者≫ ただ今より男子青年部新部隊結成式を挙行いたします。

新組織の発表。続いて決意発表。

≪ナレーション≫ 新たな組織として第一部隊から第四部隊までが、発表され、新しく任命された4人の部隊長が、それぞれ抱負と決意をまさに、絶叫したのであります。

≪男子部司会者≫ 会長講演、戸田会長先生。

≪ナレーション≫ いよいよ戸田が演壇に向かった。
激しい拍手が彼を迎えた。
期待する大号令を待っていたのであります。
ところが戸田が真っ先に淡々と言い出したのは、全然別のことだったのであります。

≪戸田城聖≫ きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。
必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。
そのかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります。


≪男子部司会者≫ まったく意外な言葉に、私たちは思わず、緊張しました。
第三代会長が、このなかにいるという。
いったい誰のことなのであろうか。
それは、この夜つどった、私たち男子部180名の考えを、はるかに、はるかに超えた問題だったのです。

≪ナレーション≫ 戸田は場内の中央に山本伸一班長を見かけると、ふと目をそらした。

その瞬間山本伸一は半年前のあの日のことを、とっさに思い出さずには、いられなかったのであります。

ここから半年前のお話を、お送りします。


≪山本伸一≫ それは、遠い昔のように思われますが、わずか半年あまりしか、たっていないのです。
あの日、それは今年の1月6日のことでした。


≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。
私も最後の覚悟をしておかねばならぬ時が来た。
検察当局にこちらから出頭しようかと思っている。
しかし、そうなると私の身柄はどうゆうことになるやも知れぬ。
あとのことを、いまここで明確にしておきたい。


≪ナレーション≫ 前の年の夏から始まった、信用組合の問題は、この時、最悪の事態に追い詰められていたのであります。

≪戸田城聖≫ 今大事なのはあとのことだ。
そこで、伸一君、私にもし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。

そして、できることなら、私の家族のこともだ。
伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
何が起こったとしても、しっかりするんだぞ。

私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。

≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。

*私がすべてやります。
先生は、お体をお休めください。
わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、学会の会長になっていただきます!

≪戸田城聖≫ そうか。そうか。よろしく、頼みます。

≪ナレーション≫ 伸一のそれからの活動は、まったく人知れぬところで行われた。
まさしく奮迅(ふんじん)の苦闘の連続だったのであります。

しかし彼は、たじろぐことはなかった。
深い使命を、真に体得したもののつよさであろうか。
山本伸一は、当時の日記に、次のように書きとめています。

≪山本伸一≫ 

汝(なんじ)よ、汝は、いかにして そんなに苦しむのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに泣くのか。
汝よ、汝は、いかにして そんなに悩むのか。

苦しむがよい。

若芽が、大地の殻を打ち破って のびゆくために。

泣くがよい。

梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで やむを得まい。

悩むがよい。

暗い深夜を過ぎずして尊厳なる、曙の空を望むことはできないからだ。


≪ナレーション≫ 山本伸一は、この7月11日の夜。
男子部の結成式において、戸田と彼との間にしか理解されぬ言葉……きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会-会長が現れるであろう。……という言葉を聞いたのであります。

戸田は安易には、その名前は口には出さなかった。彼は伸一を甘やかさなかったのである。


戸田会長の、話が続きます。

≪戸田城聖≫ 広宣流布は、私の絶対にやりとげなければならぬ使命であります。
青年部の諸君も、各自がその尊い地位にあることを、よくよく自覚してもらいたいのです。
常に青年が時代を動かし、新しい時代を創っているのです。
どうか、諸君の手で、この尊い大使命を必ず達成していただきたいのが、私の唯一の念願であります。

今日は、この席から、次の会長たるべきかたに、ご挨拶申し上げ、男子部隊の結成を心からお祝い申し上げる。

≪ナレーション≫ 戸田はこう言って、深々と頭を下げたのであります。


≪ナレーション≫ そして続いて7月19日は、女子青年部の部隊結成式であります。
山本伸一の妻となる春木峯子も蒲田支部の女子部員として参加していたのであります。

≪戸田城聖≫ 創価学会の女子部は、一人のこらず幸福になるんですよ。
これまでの女性の歴史というものは、一口にいえば、宿命に泣く女性の歴史といってよかった。
皆さんは、若くして妙法を持った女性です。
もはや宿命になく必要はない。

そのためには、純粋な、強い信心に生涯を生きるという条件がなければ叶いません。
皆さんが、誰も彼も一人のこらず幸福になることを、戸田は念願しつつ、きょうの挨拶とします。
おめでとう。

≪ナレーション≫ こうして青年部が結成されたのであります。


**青年部の結成の意義は、単に青年層に属する人々を集めて組織したことにあるのではない。
戸田城聖の思想と行動を人生の指標とする、創価の後継者の出発であり、広宣流布を永遠ならしめる、令法久住(りょうぼうくじゅう)への流れが開かれたことに最大の意義がある。
 
まさに、青年部の結成式は、師弟による広宣流布の共戦の出発という、歴史的な意義をとどめる儀式であったといえるのであります。

本日は、小説「人間革命」第5巻 随喜(ずいき)の章から、『青年部の結成式』を、旭日地区、の オール スター キャストでおおくりいたしました。

以上で、寸劇のコーナーを、終わります。          


*2007.01.06のスピーチ 
**新人間革命.第22巻「新世紀」

最後まで読んでくれてありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×170行です。


空白行の少ない、印刷用のテキストデータを準備しました。
ご活用ください。



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植木屋のおじさん

あんたは池田先生を、知っているのかい?
一番会いたい人。俺が、一番会いたい人は、この人なんだよ

あの凛々しい青年にまた会いたい、と思ってね、しばらく市ヶ谷に通ったんだよ。
夏の暑い日、また池田先生と会ったんだ。
『植木屋さん、お久しぶりでした。お変わりございませんか?』と声をかけてくれてね。
リヤカーにあった観葉植物を『全部頂きますよ』って八鉢も買って、『お体に気をつけてくださいね』と丁寧に頭を下げてくれた。
俺は今でも、あの時の温かな言葉が忘れられないんだよ。


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≪ナレーション≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は、植木屋のおじさんの、お話であります。

≪植木屋≫ リヤカーをひっぱって、鉢植えの行商をやってます。
きょうの寸劇の、主人公だそうです。

≪婦人部長≫ 台東区の婦人部長です。よろしくお願いします。

≪ナレーション≫ 時は平成8年・西暦1996年3月上旬。
東京・台東区。

グループ単位で行われた婦人部総会の帰り道、婦人部長は路上でふと自転車を止めた。

リヤカーにいっぱい積まれた色とりどりの花々が、道行く人々の目をたのしませている。
今は少なくなった鉢植えの行商であります。


≪婦人部長≫ 池田先生と奥様への手紙と一緒に、花をお届けしましょう。

≪植木屋≫ 奥さん、綺麗なのがいっぱいあるよ。

≪婦人部長≫  そおねぇ~、どれがいいかしら。
赤、白、ピンクの花が、とても綺麗。これ、一鉢くださいな。

≪植木屋≫ よお、南京桃(なんきんもも)だね。奥さん目がいいね。
一鉢で三色楽しめるからお得だよ。

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≪婦人部長≫  おじさん、行商のお仕事は長いの?

≪植木屋≫ もう終戦後から、やってるよ。

や~、儲からない商売でね、うちの母ちゃんに頭あがんないよ。
はっはっはっ

≪婦人部長≫ そうそう、婦人部総会の“しおり”が、まだあるわ。

 この、“しおり”差し上げます。
よかったら、自宅でお待ちの奥様に、渡してくださいね。


≪植木屋≫ 綺麗な“しおり”だね。
歌が書いてあるじゃないか。なになに、、


「微笑みの 母がおわせば 太陽が 
照らすと等しき 平和の城かな」

へえ! いい歌だね。奥さん和歌を詠むの?

≪婦人部長≫ え??違いますよ。

≪ナレーション≫ 婦人部長は、笑いながら、“しおり”の裏を見せた。

そこには「池田大作」と記されていたのであります。
その瞬間、植木屋のおじさんの表情が、みるみる変わったのであります。

≪植木屋≫ あんたは池田先生を、知っているのかい?

一番会いたい人。俺が、一番会いたい人は、この人なんだよ


≪ナレーション≫ その植木屋のおじさんの名前は島村さん。
終戦後、生活必需品でない植木の行商は苦しかったのであります。

≪植木屋≫ アメ玉とか、お菓子の行商は、ある程度売れていたよ。

でも俺には植木しかなかった。
それしか稼ぐ方法がなかった。

あれは昭和二十六、七年だった。

市ヶ谷の外堀通りで、『おいくらですか?』と声をかけてくれた若者がいたんだよ。
それが池田先生だった。

後ろに、牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡(めがね)をかけた戸田先生もいた。
お菓子とお茶まで頂戴してね。

≪ナレーション≫ 当時、池田先生は二十三、四歳。
戸田城聖のもとで働き始めてまだ三年ほどである。


≪植木屋≫ あの凛々しい青年にまた会いたい、と思ってね、しばらく市ヶ谷に通ったんだよ。
夏の暑い日、また池田先生と会ったんだ。

『植木屋さん、お久しぶりでした。お変わりございませんか?』と声をかけてくれてね。

リヤカーにあった観葉植物を『全部頂きますよ』って八鉢も買って、『お体に気をつけてくださいね』と丁寧に頭を下げてくれた。

俺は今でも、あの時の温かな言葉が忘れられないんだよ。

俺は 池田先生が好きなんだ。
信心していないけど一番尊敬してる。

先生の御恩は一生忘れないよ。

うそばかり書く週刊誌とか、先生のことを悪く言ってる奴らは、しゃくにさわってしょうがない。
全部やきもちだ。

≪婦人部長≫ そうだったんですか。

先生との出会いがあったんですね。
実は、この南京桃は、池田先生と奥様に、お届けするつもりなんです。

≪植木屋≫ うれしいなあ。

池田先生が始めて買ってくれたのも、この南京桃だったんだよ。
ウ~ン。
うれしくて、涙がでるよ。(ポロポロポロ)

俺は忘れないよ。
だから池田先生も覚えてくださっている。

このジャスミンを一鉢、一緒に届けてくれないかな。
この香りが好きで、いつも積んでいるんだ。
     
植木屋からだって言って、よろしく伝えてよ。


≪婦人部長≫ でしたら先生にお手紙を書いてみてはどうでしょう。

≪植木屋≫ いいのかい。それじゃあ、、


≪手紙の朗読(青年部)≫

「拝啓 池田先生 終戦直後、市ヶ谷ビルに居られましたるころ、戸田先生、池田先生始め……
親身も及ぬ程、御世話になり……

私の様な世の中の底辺をはいつづけて居る者に対し暖かい御心遣ひ……
誠に有難う御座いました。

この世の中で一番尊敬して居ります。」

「今年七十七才になりました。
残り少い人生ですが、自分程幸福な人間は少ないと、今懐かしい池田先生をおもいながら、……

御便りをさせて戴いて居ります。
今日程、嬉しい日は御座いません。
小生は本当に幸福者です。」


≪ナレーション≫ 手紙を受け取った、池田先生は、島村に対してすぐ、書籍と、写真集を贈ったのであります。

≪植木屋≫ 二冊も、なんて、申し訳ないよ。

≪婦人部長≫ 写真集の表紙に、池田先生の自筆で、歌が綴られているんです。

「宝の木(たからのき)」と書いて、「うえき」とふりがなが、振られているんですよ。
 
(婦人部長ゆっくりと読む)

島村 ◎◎ 大兄

崇高な あの日の姿忘れまじ

世界一なる 宝木屋(うえきや)万歳

鉢植え・御手紙、感謝 合掌

三月二十八日 大作


≪ナレーション≫ 島村は一文字ずつ確かめ、声に出した。
『あの日の姿忘れまじ』まで読むと、島村は声を詰まらせた。
婦人部長も胸に迫るものがあったのであります。

≪宝木屋(うえきや)≫  リヤカーを引いて半世紀近く、先生との出会いを一日も忘れず生きてきたよ。
やっぱり俺の思っていたとおりの先生だった。

池田先生に『ありがとう』と言えたことを感謝してるよ。
みんな同じ人間で、位(くらい)なんてないけど、あえてつけるとすれば、池田先生は日本一、いや世界一だな。


≪ナレーション≫ 本日は、、『月刊誌「潮」2012年5月号 民衆こそ王者―池田大作とその時代』より、
『宝の木と書く、うえき屋のおじさんのお話』を、

旭日地区の オール スター キャストで、お送りいたしました。


以上で寸劇のコーナーを、終わります。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ20文字×160行です。

南京桃
原木に、3色の花が咲く枝を「芽接ぎ」という独特な技法で接ぎ、伸びた枝をワラなどで引っ張ってしだれさせます。
その姿が大道芸の「南京玉すだれ」に似ていることから、南京桃と名付けられたといわれています。


最初のほうの
「や~、儲からない商売でね、うちの母ちゃんに頭あがんないよ。はっはっはっ」

の部分は、管理人の下手な作文であり、管理人の実相であります。はっはっはっ



原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。
是非、ご利用ください。


A4用紙1枚に収まる、20文字×130行のものも、準備しました。
是非、ご利用ください。


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