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学会歌・『厚田村』にまつわるお話

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも
海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

春夏詩情の 厚田川 鰊の波は 日本海
松前藩主の 拓きしか 断崖屏風と 漁村庭

少年動かず 月明かり 伝記と歴史の 書を読みて
紅顔可憐に 涙あり 正義の心の 鼓動楽

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る
母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺
権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年
無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


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≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。

本日は「学会歌・『厚田村』にまつわるお話」であります。

時は大正9年西暦1920年2月。
夕張は、真谷地(まやち)の尋常小学校を、突然、退職して、両親の住む、厚田村に立ち寄った、二十歳の戸田青年であります。

≪戸田青年≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父・甚七≫ 学校の方はどうしたのだ。

≪戸田青年≫ 辞めてまいりました。東京で人生を賭けたいと思います。どうか、お許しを。

≪父・甚七≫ お前の人生だ。好きなようにするがよい。
それで、出発はいつなんだ。

≪戸田青年≫ 明日にでも、発ちたいと思っています。

≪父・甚七≫ 身を寄せる先はあるのか。

≪戸田青年≫ これといったところは、ありません。

≪父・甚七≫ はっはっはっ、おまえらしいな。
ちょっとまて。これだ。何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ。

≪ナレーション≫ 父は、柳行李(やなぎごうり)の中から一振りの日本刀を取り出したのでした。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父・甚七≫ 征(ゆ)け!! 勇気をもってな

≪ナレーション≫ 翌朝、母は徹夜で縫(ぬ)い上げたアッシをわが子に手渡したのであります。

≪母・すえ≫ さあ、このアッシをもって征(い)きなさい。さあ、着てみなさい。

≪戸田青年≫ これは、暖かい、すばらしい。ありがとう、母さん。

≪母・すえ≫ 征っておいで、(涙) 元気で、(涙) 体には気をつけて、(涙)(泣く)

≪戸田青年≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。


≪ナレーション≫ 時は、ながれて昭和29年、西暦1954年8月。戸田城聖は山本伸一を伴って生まれ故郷厚田村に、数日間、滞在したのであります。

≪戸田城聖≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石(ばんじゃく)な礎(いしずえ)を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!

この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯(ひ)をともしていくんだ。
この私に代わって。

≪ナレーション≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのです。

翌日の早朝、一人、厚田港の防波堤を歩く、山本伸一の姿があったのであります。


≪山本伸一≫ この村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!
道をふさぐ吹雪も、あの断崖も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

ウーン、詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ サラサラ
「厚田村」 「恩師の故郷に憶う」
サラサラ サラサラ

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも
海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

春夏詩情の 厚田川 鰊の波は 日本海
松前藩主の 拓きしか 断崖屏風と 漁村庭

少年動かず 月明かり 伝記と歴史の 書を読みて
紅顔可憐に 涙あり 正義の心の 鼓動楽

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る
母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺
権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年
無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!


≪ナレーション≫ 北海の小さな漁村から、青年が一人立って偉大なる人生に挑戦する姿をうたったこの詩は、そのまま、若き日の山本伸一の決意であり、その決意が、この歌とともに多くの青年に受け継がれていますことは、皆様ご存知のとおりであります。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風(りょうふう)」の章から、「学会歌・『厚田村』にまつわるお話」を旭日地区合唱団のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。





この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命は、合唱に先立って『厚田村』の解説のために上演することを想定して作ってみました。

創立8周年を迎えた創価学園で、創立者を迎えての祝賀会のおりに、この詩に曲を付けて披露されたのが、『学会歌・厚田村』であります。(1976年4月8日)

この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×100行です。


厚田村のお話は、以前にも作っています。


一回目に作った、20文字×210行の寸劇はこちらをクリック。
厚田村のお話

あーでもないこーでもないと作り直した2回目の、20文字×165行の寸劇は、こちらをクリック。
厚田村のお話


印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。ご活用ください。

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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