このほど 『戸田先生の会長推戴式のお話』 を、座談会でやってみました。

私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は私の手でいたします。
もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は出してくださるな。
遺骸(いがい)は品川の沖に投げ捨てなさい! よろしいか!

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原稿印刷のイメージです。(A4を2枚です)



このほど寸劇を座談会でやってみました。

戸田先生の会長推戴式のお話 』 です。

≪ナレーション≫役は婦人部のさん。落ち着いた『声』がいいと、毎回、好評です。

≪司会者≫役は、壮年部の さん。
ところが、急用のため、座談会に参加できないとの連絡が急遽あって、女子部のSさんにお願いしました。

≪三島理事長≫役は、壮年部のさん。忙しくて直前に会場に駆けつけることも、しばしばです。
今回もぎりぎりセーフ。おもわず 「三島理事長がただ今、入場しました。」 との声がかかりました。

≪戸田城聖≫役は、壮年部のさん。さんも長身の方です。いつも張り切って、(少し緊張して)役に臨みます。

≪山本伸一≫役は、男子部のさん。S35/5/3のお話もでてくるので「まじかよ」と緊張しておりました。

以上のオールスターキャストであります。




以前に掲載したものは、20文字×160行のものでしたが、戸田先生の挨拶の部分、最初のほうなどを、短く省略した、20文字×140行ほどの分量に作り直したものを、上演してみました。


参考までに、印刷用のテキストデータ(20文字×140行ほどの分量に作り直したもの)を準備しましたので、ご活用ください。



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テーマ: 二次創作:小説 | ジャンル: 小説・文学

昭和31年、大阪の戦い、(一念)。

えらいこっちゃ。ほんまに、どないしたらええやろう。

戦いは、戦ってみなければわからないものだよ。
僕にとっても初陣だ。征ちゃんにとっても初陣だ。戸田先生がやれとおっしゃった、それだけで充分じゃないか。

充分すぎて、僕にはどないしたらええものか、わからへん。

さすがの剛球投手も、選挙になると案外気が小さいね。度胸をすえて、互いに思いきりやろうじゃないか。

その度胸が、こんどばっかりは出て来まへんなあ。マウンドの上だったらなあ。どうも、それとこれとは話がえらいちがいまっせ。


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≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
本日は「大阪の戦い」と題しましてお送りいたします。

時は、昭和三十年・1955年10月のある夜。

山本伸一の自宅に、大阪支部長である、春木征一郎がひょっこり訪ねてきたのであります。
春木は、翌年夏の参議院選挙の候補者に内定したことを知って、あわてていたのであります。

≪春木征一郎≫ えらいこっちゃ。ほんまに、どないしたらええやろう。

≪山本伸一≫ 戦いは、戦ってみなければわからないものだよ。
僕にとっても初陣(ういじん)だ。征ちゃんにとっても初陣だ。戸田先生がやれとおっしゃった、それだけで充分じゃないか。

≪春木征一郎≫ 充分すぎて、僕にはどないしたらええものか、わからへん。

≪山本伸一≫ さすがの剛球投手も、選挙になると案外気が小さいね。度胸をすえて、互いに思いきりやろうじゃないか。

≪春木征一郎≫ その度胸が、こんどばっかりは出て来まへんなあ。マウンドの上だったらなあ。
どうも、それとこれとは話がえらいちがいまっせ。

≪ナレーション≫ 春木は、広宣流布の戦いのなかで、もし捨石が必要であれば、喜んで捨石に殉(じゅん)じようと心に決めていた。
しかし、山本伸一の胸中には断じて勝つとの決意が、火のごとく燃えつつあったのであります。

≪山本伸一≫ 第一に、戸田先生の構想の一つを挫折(ざせつ)させることになる。

第二に、自身の広宣流布の本格的な初陣に敗れることになる。それは、使命ある生涯の蹉跌(さてつ)に通じてしまう。

いかにしても勝たねばならない。
そして未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮(しょせん)、勝利する以外に途(みち)はない。

御書をひもとけば、不可能を可能にすることも、戦いの要諦(ようてい)は必ずしも数にあるのではなく、少数でも固い団結にあることも、信心の無量であることも明確にして鋭(するど)く教えているではないか。

日蓮大聖人の仏法が真実であるならば、末法今時(こんじ)の一信徒(いちしんと)の自分自身にも、それが証明できないはずがない。
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」とあるではないか。

≪ナレーション≫ 彼は、どんな辛労(しんろう)を重ねても、どれほどの苦難に遭遇(そうぐう)しても、堪(た)え忍(しの)び、目的を完遂(かんすい)しようと固く一念に決めた。
彼は、すでにたった一人であったが、立ち上がったのである。

≪ナレーション≫ 昭和31年・1956年1月5日。関西本部三階の仏間で、地区部長会が開かれています。

山本伸一は語(かた)った。

大阪地方区当選ラインは、二十数万票。しかし大阪府の学会員は三万世帯、それも入会1年2年の人が大半です。

幹部一同、みるみる失望の色をうかべた。
「これでは戦いにならない。勝利はとても不可能だ。」と、彼らは直感した。

この瞬間に、山本伸一の熾烈(しれつ)な戦いが開始されたのであります。

≪山本伸一≫ 誰びとも、これではまったく勝利は不可能と思うでしょう。今皆さんもそう考えておられる。

しかし、私どもは、立派な御本尊をいただいている。
世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるのです。

ただあきらめて、不可能と思っている人は、妙法の力を知らない人たちです。すべてを可能にする人は、その妙法の力を引き出すことのできる人です。

御書には『湿(しめ)れる木より火を出(いだ)し、乾(かわ)ける土より水を儲(もう)けんが如く強盛に申すなり』とあります。

これは、大聖人様が佐渡から、四条金吾に宛(あ)てられたお手紙の一節です。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、鎌倉で弾圧にあっていた弟子たちをどうしようにも、守ることはできない。とても不可能なことです。

しかし、大聖人の御祈念は――しっぽりと濡(ぬ)れた木をこすってでもなお火を出させてみせる。
また、カラカラに乾いている砂漠(さばく)のような大地から水を迸(ほとぼし)り出(だ)させてみせる。

御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬと、お示しになっているのです。

いま、私たちの置かれた立場や、合理的な考え方に慣れてしまった頭脳では、今回の戦いの勝利はとても、不可能と思うでしょう。
しかし無量の力を、御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。

これを信じるか、信じないか、それは、私たちの問題です。

絶対に幸福になれないとあきらめていた人が、この信仰に徹(てっ)して励(はげ)んでいるうちに、いつの間にか、なに不自由ない幸福な境涯になっている驚くべき事実を、私たちは、たくさん知っています。

私たちは不可能を可能にする生活を、実現しているではありませんか。
これを妙法といい信心という―ここを知ってください。

全員の祈りが揃(そろ)って御本尊に向かったとき、不可能を可能にする途(みち)が豁然(かつぜん)と開けるのは当然なのです。

信心のこの原点を皆さん一人一人に教えないで、もし、戦いに敗れたとしたら、私は関西の皆さんがたが可哀想(かわいそう)でなりません。

私は御本尊様にしっかりお願いした。
どうあれ勝たせてくださいと、心から祈りました。

私は皆さんを心から尊敬し、信頼しております。
生意気(なまいき)に響くかもしれませんが、私は関西の人たちが大好きですし、可愛(かわい)い。
それがもしも敗れることにでもなったら、関西の純信な友たちの悲嘆(ひたん)を思うと、私は胸の裂(さ)けるような思いにかられます。

必ず勝ってみせる。私の決意は変わりません。
ただただ、皆さんがたのために勝ちます。

≪ナレーション≫ 山本伸一の切々とした話は、並み居る人々の胸に惻々(そくそく)と迫(せま)った。

山本伸一の億劫(おくごう)に辛労(しんろう)を尽(つ)くした祈りある一念は、この夜、関西の幹部の一念を一変させるに充分だったのであります。

≪山本伸一≫ まず、全関西の強盛な祈りから始めるわけですが、これが勝利への、第一のポイントです。第二のポイントは、最高の作戦、最高の行動です。
これがなければ勝機(しょうき)をつかむことは絶対にできない。

この二つのポイントが調和したとき、不可能も可能となり、勝利を得ることができると確信いたします。
この調和をさせるものは何かというと、それが信心なのです。

ですから信心が根本であると申し上げるのも、そのためです。わかりますか。

御書には『何の兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし』とあります。
これは、どんな作戦、行動よりも、法華経の兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にないのだ、それが最高の作戦であり、最高の行動となるということです。

皆さんは安心して戦ってください。
戸田会長に代わって、このたびの関西の戦いの指揮は、私がとらせてもらいます!

≪ナレーション≫ ここで山本伸一は、突然「黒田節」を歌おうと提案したのであります。
一同が歌い始めると、彼は歌にあわせて見事な舞いを、披露(ひろう)したのであります。

≪山本伸一≫ さあ、元気よく踊ろうじゃありませんか。関西の初陣だ。さあ誰か踊ってみませんか。

≪ナレーション≫ 嬉しくなった一人の男が踊りだした。だが、歌と踊りのテンポが合わず、仕草(しぐさ)はまことに滑稽(こっけい)をきわめ、見ていた人たちはどっと爆笑した。

≪山本伸一≫ はい、つぎの人。

≪ナレーション≫ こんどは、歌を無視して踊りばかりに気を使ったので、操(あやつ)り人形のようなギコチないデタラメ踊りになってしまった。
このあと、一人、二人と立つうちに、人々は腹の皮をよじらせて笑った。

最後に、山本伸一が再び舞いだした。
静と動の機微(きび)は見事な調和を保ち、豊かな表情を現出(げんしゅつ)したのであります。

≪山本伸一≫ このたびの戦いは、このように舞を舞って戦うのです。
そして勝利のあかつきには、また『黒田節』を舞って祝おうではありませんか。

≪ナレーション≫ この戦いが「常勝関西」の源(みなもと)でありますことは、皆様ご存知のとおりであります。

本日は、小説人間革命第十巻「一念」の章から、「大阪の戦い」と題しまして、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



寸劇人間革命を最後まで読んでくださりありがとうございます。

≪山本伸一≫のセリフが、長くなってしまいました。
一人では大変ですので、二人でやったらどうでしょうか。

この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×200行です。

小説人間革命第十巻『一念』の章には、ほかにも大切なお話がたくさんあります。それらを全部省略したわけですが、「このまとめ方では?」と思われた方には、お詫びいたします。

戸田はこの作戦を、どうしても山本伸一にやらせたかった。勝利を度外視しても、広宣流布の未来への開拓の苦難の途をあえて進ませ、彼の晩年の掌中の珠である伸一の健気なる勇姿と、地涌の底力とを、彼の没後のためにたしかめておきたかったのである。彼は広宣流布の宏遠な未来の一切を山本伸一という二十八歳の青年に賭けていた。

山本伸一は、十月、十一月、十二月と慌ただしい中にあって、次々に、彼の身にかかる行事をこなしていった。しかし彼は胸中では一瞬たりとも大阪の来るべき戦いを忘れることができなかった。忘れていられないということは、深く悩みとおしていることである。誰も気づくものはなかったが、戸田にはわかってしまっていた。
伸ちゃん、人生は悩まねばならん。悩んではじめて信心もわかるんだよ。それで偉大な人になるんだ。

いきなり――法華経とは将軍学なりと、浮かんだのである。ああそうだったのか。御本尊と信心、これに一切がかかっている。どのような時代に、どのような事態に遭遇しようと、妙法の指導者たるものの資格は、法華経の兵法を将軍学にするかしないかにあるのだ。

第一に大胆たれ、第二に大胆たれ、大三に大胆たれ。事に処する先哲の箴言である。この決意と実践は、また妙法の究極とするところではないか。


印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。是非、ご活用ください。

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