創価学会の歴史を学ぼう_11.18_創立記念日のお話

≪戸田青年≫  先生の、教育学は、何が目的ですか?
≪牧口常三郎≫ 価値を創造できる人間を育成すること。つまり、価値を創(つく)ることだ。
≪戸田青年≫  それでは先生、先生の教育学を、創価 ― 創価教育学と名付けましょう。

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創価学会の歴史を学ぼう・任用試験勉強会シリーズ・その1
この寸劇人間革命は任用試験の勉強会の時に上演されることを想定して作成しました。


≪ナレーションA≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。

本日は、牧口先生と戸田先生、そして創価教育学会の、お話であります。

大正9年、西暦1920年2月。青雲の志に燃える、戸田青年は、北海道厚田村の父と母に別れを告げ、東京を目指した。
しかし、上京した戸田青年を待っていたもの、それは苦闘の日々でありました。やがて友人を通して、同じ北海道出身の牧口常三郎の存在を知ったのであります。

当時、牧口は、台東区の西町尋常小学校の校長を勤めていたのであります。

≪ナレーションB≫ 紹介状をたずさえ、戸田青年は、緊張して、牧口常三郎の自宅を訪ねた。季節はもう夏であります。牧口は、鋭い眼で戸田青年をじっと見た。そして北海道出身の青年と知って、快く迎えたのであります。

≪牧口常三郎≫  履歴書をお持ちになったかな?

≪戸田青年≫  はい、持ってきました。
(すごい人だ。でも、やさしそうだ。よし、思い切っていこう。ゴクリ。) 
先生、私をぜひ採用してください。
私はどんな劣等生でも、必ず優等生にしてみせます。
先生、私を採用してくだされば、あとできっと、『いい奴を採用してよかった』、とお考えになるでしょう。

≪牧口常三郎≫  はっ、はっ、はっ。そうか、そうか。

≪戸田青年≫(ちょっと照れるが、ここが大事。よし、もう一押しだ。)
先生、ぜひとも、ぜひとも、お願いいたします。

≪牧口常三郎≫  わかった、わかった。尽力(じんりょく)しよう。
戸田君。君は、うまくいけば素晴らしい人物になるが、わるくすると、とんでもない人間になるだろう。

≪戸田青年≫ は、はい。

≪ナレーションB≫ この時、牧口常三郎は49歳。戸田青年は20歳でありました。
こうして戸田青年は、牧口先生のはからいで、彼が校長を務める小学校の、代用教員となったのであります。


≪ナレーションA≫ やがて昭和3年1928年。牧口先生が日蓮正宗に入信し、戸田青年も入信します。

当時のいきさつを、いろいろやってますと、寸劇が、朝になってしまいますので、今回は、次のお話を急ぐことに、いたしましょう。


≪ナレーションB≫ 時は、昭和4年1929年2月。牧口は、戸田の自宅を、新しい教育学説の発表と名称について語るために、訪れたのであります。

夜は、しんしんと更け、二人は火鉢(ひばち)をかこみながら、熱っぽく語り合ったのであります。

≪戸田青年≫  先生の、教育学は、何が目的ですか?

≪牧口常三郎≫ 価値を創造できる人間を育成すること。つまり、価値を創(つく)ることだ。

≪戸田青年≫  それでは先生、先生の教育学を、創価 ― 創価教育学と名付けましょう。

≪ナレーションB≫ “価値創造(かちそうぞう)”を略して「創価」とした戸田の進言を、牧口は大変気に入って採用したのであります。

こうして、昭和5年1930年11月18日 牧口先生の30年に及ぶ研究・思索・実践の結晶として「創価 教育学 体系 第一巻」が発刊されます。

そして、この日を、もって、創価学会の創立記念日となったことは、皆様ご存知のとおりです。


≪ナレーションA≫  本日は、小説「人間革命」第2巻「地湧」(じゆ)の章。さらに小説「新人間革命」第12巻「栄光」の章などから、『牧口先生と戸田先生』、そして『11.18創立記念日』のお話を、任用試験受験予定者・オール スター キャストでお送りいたしました。

戸田青年と、牧口初代会長、この2人の偉人は、創価教育学会を、どのように発展させていくのでありましょうか。

それらは、またの寸劇人間革命に、こう、ご期待、であります。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

毎週一回の勉強会を企画しています。
そのつど寸劇を上演して、創価学会の歴史を学んでいこうという作戦です。

この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×95行です。
印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。ぜひご活用ください。




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