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四月二日のお話


嗚呼、四月二日。
四月二日は、学会にとって、私の生涯にとって、弟子一同にとって、永遠の歴史の日になった。

妙法の大英雄、広布の偉人たる先生の人生は、これで幕となる。

しかし、先生の残せる、分身の生命は、第二部の、広宣流布の決戦の幕を、いよいよ開くのだ。

われは立つ!


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≪ナレーションA≫ 本日の寸劇人間革命は、四月二日のお話であります。

≪戸田幾枝(いくえ)≫ 家に帰らせてください。主人も、それがいちばん、落ち着けるはずです。

≪戸田喬一(きょういち)≫ いや、ぼくは入院させるべきだと思うな。家では十分な治療はできないんだから。

≪山本伸一≫ 奥様のお気持ちもよくわかりますが、私も、この際、先生には入院していただいた方がよいと思います。
先生のご容態は、楽観を許しません。ひとまず入院ということに、なされてはいかがでしょうか。

≪ナレーションA≫ 翌日、伸一は、N大学病院に木田医師を訪ねます。

≪山本伸一≫ もう少し、よい病室はありませんでしょうか。

≪木田医師≫ それが、あいにくすべて、ふさがっておりまして、ようやく、ここを確保したような次第なんです。別の病室が空いたら、すぐに移すようにしますから、ご了承ください。

≪山本伸一≫ わかりました。治療の方は、どうか全力をあげて、最高、最善を尽くしてください。

≪ナレーションA≫ こう言うと、伸一は深々と頭を下げた。
夕刻、総本山に着くと、木田医師は、ただちに戸田の診察・検査を開始したのであります。

≪山本伸一≫ 戸田先生は、「総登山が終わったら、本部に帰る」と何度も言っていた。先生に聞いたら「本部に帰る」と言うにちがいない。

広宣流布という大事業に一身を、なげうってきた先生にとって、その大事業の中枢である学会本部こそ、先生が魂魄(こんぱく)をとどめるに、ふさわしい最後の場所であるはずだ。
師の意志のままに、事を進めるのが、弟子の責務ではないのか。

私は、途方もなく大きな過ちを、犯してしまったのではないか。

≪ナレーションA≫ 木田医師は、一度おさめた聴診器を再び取り出した。そして熟慮の末に、伸一に告げたのであります。

≪木田医師≫ 戸田先生を、寝かせたままの状態で、東京まで移送することができるように、準備を整えてください。

≪ナレーションA≫ 伸一は、直ちに手配を開始したのであります。
すべての手配が整った夜、側近幹部が伸一の体を気遣(きづか)い、すこしでも横になるように勧めた。

≪山本伸一≫ ありがとう。ぼくのことなら大丈夫だ。ここで先生をお守りしようと思う。

≪ナレーションA≫ 総登山の最後の支部も下山し、参道を歩く人影は途絶えていた。夜は、人びとの憂色(ゆうしょく)を包んで、静かに、ゆっくりと、更(ふ)けていった。
伸一は、あの、「五丈原(ごじょうげん)」の歌を、思い起こしたのであります。

今(いま)落葉(らくよう)の雨の音
大樹(たいじゅ)ひとたび倒れなば
漢室(かんしつ)の運(うん)はたいかに
丞相(じょうしょう)病(やまい)あつかりき
丞相病あつかりき

≪山本伸一≫ 今、先生の病は篤(あつ)く、広宣流布の大樹は倒れようとしている。先生を失ってしまったら、学会は、これから、どうなるのか……

≪ナレーションB≫ 時刻は、午前二時になった。
つまり、昭和三十三年、一九五八年、四月一日、午前二時であります。

≪山本伸一≫ 先生、出発いたします。私が、お供いたします。

≪ナレーションB≫ 戸田は、静かにうなずいた。皆で布団(ふとん)を持ち上げた。戸田が、「メガネ、メガネ、……」とつぶやいた。

伸一は両手がふさがっているので、すぐに、メガネを手渡すことが、できない。伸一には、それが心残りだった。

ヘッドライトを連ねて、戸田を乗せた大型の車は、静寂(せいじゃく)な、夜道を、ゆっくりと走っていった。
開き始めた桜の花が、夜の春霞(はるがすみ)のなかに浮かぶ……。

突然、戸田の車がとまった。
伸一は、後続の車から降りて、駆(か)け寄った。

≪山本伸一≫ どうしましたか?

≪ナレーションB≫ 戸田は、ぐったりとしている。
医師は聴診器を当て、それから注射を打った。
医師の顔は険(けわ)しい。

ほどなく、車は、走り出した。また、止まった。
そのたびに、伸一は、駆け降りて、祈るような思いで、様子を見守った。
駅までの道のりが、限りなく遠く、遠く、長く、感じられたのであります。

午前四時。駅に到着した。しばらく待ち時間がある。
やがて、闇のなかに光が走り、寝台列車がやって来た。
懐中電灯をかざして、車中の青年に、合図を送った。
戸田を車内に運び終わると、列車は、すぐに発車した。

≪山本伸一≫ 先生、これで安心です。

≪ナレーションB≫ 「そうか……」こう言って、戸田は、微笑(びしょう)を浮かべた。その微笑が、伸一の心に焼きついた。

午前七時。東京駅に着いた。寝台自動車に戸田を運び、N大学病院へ向かった。病室は女子部員らの手によって、きれいに清掃され、ソファーにはレースがかけられ、カーテンも新しくなり、花も生けられていた。
木田医師をはじめとする医師団が、直ちに診療に取りかかったのであります。

伸一は、病院を出て、そのまま会社に向かった。身も心も疲れきっているはずなのに、頭は妙に冴(さ)えていた。
仕事の書類に眼を通したが、何をしても身が入らない。
春の晴れた、暖かな一日である。しかし、彼の心は、暗雲に覆(おお)われていた。

胸のなかは、荒れ狂う大海のようであった。

≪ナレーションC≫ 翌、四月二日、午後。病院から明るい連絡が入った。

≪秘書部長・泉田ため≫ 今朝、病院へ伺(うかが)うと、先生は、上半身をベットの上に起こしてもらって、おられました。
思いのほか、お元気そうでしたので、私もほっといたしました。

≪ナレーションC≫ 伸一はうれしかった。病状は好転し始めたのだ。
これまでの暗く、重い予感が消えていくのを感じたのであります。

この日、夕刻五時から、連合会議が、学会本部で開かれた。翌日に迫った、本部幹部会などの検討が終わったころであった。
管理人が、ドアを開けた。皆、はっとした表情で伸一を見た。

≪管理人≫ 山本室長。病院からお電話です。先生のご子息(しそく)の喬一さんからです。

≪ナレーションC≫ 伸一は、受話器をとった。落ち着いた語調ではあったが、懸命に感情を抑えているのがわかった。

≪戸田喬一≫ ただ今、父が亡くなりました……

≪ナレーションC≫ その瞬間、伸一の息が止まった。筆舌に尽くせぬ衝撃が五体に走った。体から血の気が引き、頭のなかが白く霞(かす)んでいくのを覚えた。

伸一が戻ると、一同は緊張した顔で、彼に視線を注いだ。伸一の悲痛な表情から、誰もが、最悪の事態に、いたった、ことを直感したようであった。

≪山本伸一≫ 先生は、先ほど、六時三十分に亡くなられました。

≪ナレーションC≫ 皆、一瞬にして顔色を失った。言葉を発する人は、いなかった。ただ沈黙のなかに、誰もが深い悲哀をかみしめていた。その場は、直ちに重大会議となったのであります。

その夜、戸田城聖の亡骸は、彼の自宅に移された。
艶(つや)やかな、眠るがごとき相をしていたが、もの言わぬ人となっての帰宅であった。

≪戸田幾枝≫ あなた。ご苦労様でした……。
家ですよ。ゆっくり、お休みになってくださいね。

≪ナレーションC≫ 首脳幹部たちは、読経・唱題を終えると、すぐに協議に入った。
葬儀の日程などが決定された。
本部幹部会の、式次第も再検討された。
打ち合わせが終わったのは、深夜の十一時を回っていた。

弟子たちにとって、永遠に忘れ得ぬ日となった四月二日は、間もなく終わろうとしていた。
誰もが、今日の、この日が、あまりにも長く、何日にも、何ヶ月にも感じられたのであります。

≪ナレーションA≫ 伸一が自宅に着いた時には、はや午前、零時を回っていた。彼は、師との永久(とわ)の別れとなった、この四月二日という日の、無量の思いを、どうしても日記に書き残しておきたかった。

しかし、数行つづると、ペンを持つ手は止まった。あふれ出る涙が点々とノートをぬらした。
自身の億念(おくねん)は、筆舌に尽くしがたいことを知らねばならなかった。

「立て、立ち上がれ。強くなるのだ、伸一!」

伸一は、自らを叱咤(しった)すると、拳(こぶし)で涙をぬぐい、決然と顔をあげた。
胸に誓いの火が、赤々と燃え上がろうとしていた。
伸一は、唇(くちびつ)をかみしめると、ペンを走らせた。

≪山本伸一≫ 嗚呼(ああ)、四月二日。
四月二日は、学会にとって、私の生涯にとって、弟子一同にとって、永遠の歴史の日になった。

……妙法の大英雄、広布の偉人たる先生の人生は、これで幕となる。
しかし、先生の残せる、分身の生命は、第二部の、広宣流布の決戦の幕を、いよいよ開くのだ。
われは立つ!

≪ナレーションA≫ こう記(しる)した時、伸一の胸中に、戸田の微笑が浮かんだのであります。

本日は、小説人間革命第12巻寂光の章より、「四月二日のお話」を、黎明地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇に登場する「木田医師」は以前に掲載した、2つの寸劇に登場します。

その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

もう一つの寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください



この寸劇人間革命は、「星落秋風五丈原」の歌が登場します。
この歌にまつわる寸劇を以前に掲載しました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

そこには、いろんな資料を、たくさん準備しています。

YOUTUBEにこの歌があります。
SGIメンバーの歌。必見です。
ここをクリック 
2006年10月12日、第64回本部幹部会、第31回SGI総会、東京牧口記念会館。池田SGI会長が、SGI秋季研修会で来日した65カ国・地域の代表260人らと出席。ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏らアメリカSGI芸術部を中心とした「平和のための国際芸術家委員会」(ICAP)が祝賀演奏。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×215行です。

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

前半部分を省略したショート版(20文字×115行)も、準備しました。


有意義な座談会に、ご活用ください




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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

再び、創価学会本部一階応接室からのお話し_三代会長就任のお話


山本伸一の脳裏に、愛する同志の顔が、次々と浮かんでは消えていった。
皆、不思議なる使命をもって、宇宙のいずこからともなく集い来たった地涌の仏子であり、人間革命の大ドラマを演じゆく、ヒーロー・ヒロインたちであります。

若輩では、ございますが。
本日より。戸田門下生を代表して。
化儀の広宣流布をめざし。
一歩前進への。指揮を、とらさせていただきます!

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≪ナレーションA≫ 時は昭和三十五年、1960年3月30日。
創価学会本部一階の応接室であります。

≪小西武雄理事長≫ 今日は、山本先生に、率直に、私の……いや、多くの同志の、要望を申し上げたいと思います。山本先生に、会長として、本格的に広宣流布の指揮を執(と)っていただきたいのです。

≪山本伸一≫ 申し訳ありませんが、私はまだ、会長をお引け受けするわけには、いきません。
会長としては、あまりに若輩です。
せめて、戸田先生の七回忌を終えるまでは、現在のままで、お願いしたいと思います。

≪小西武雄≫ 山本先生、今の状態は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠いています。
同志は、皆、山本先生が、会長になっていただける、ことを信じて、奮闘(ふんとう)しているというのが実情(じつじょう)です。

≪山本伸一≫ お話は、よくわかります。しかし、小西理事長もそうですが、私も大阪の事件で被告の身です。
もし、会長になって、有罪判決がくだされれば、学会は、反社会的な宗教団体ということになってしまいます。

わがままを言うようで申し訳ありませんが、せめて無罪の判決が出るまで、猶予(ゆうよ)を、お願いしたいんです。

≪ナレーションA≫ 伸一は、丁重(ていちょう)に、しかし、きっぱりと辞退(じたい)した。小西理事長の顔が曇った。

この二人のやりとりを、壁に掲(かか)げられた、牧口常三郎と戸田城聖の写真が、じっと見つめていたのであります。

≪ナレーションB≫ 伸一は、会長・戸田城聖に仕えるなかで、学会の会長職が、いかに峻厳(しゅんげん)なものであり、また、その使命が、いかに重大で、深いものであるかを、身に染(し)みて感じていた。

創価学会の会長には、一切の矢面(やおもて)に立って、一身に集中砲火(ほうか)を浴(あ)び、会員を守らねばならぬ責任がある。

すなわち、その双肩(そうけん)には、御本仏の御遺命(ごゆいめい)である、広宣流布のすべてが、かかっている。
まさに、凡智(ぼんち)をもってしては計り得ぬ、仏意(ぶつい)仏勅(ぶっちょく)の聖職といってよい。

それだけに、会長就任については、慎重にならざるを得なかったのであります。

≪山本伸一≫<独白> 七回忌を終えても、まだ三十六歳であり、それから会長を務(つと)めても、決して、遅くないはずだ。

そのうえ、ここまで生きてこられたのが不思議なほど病弱である。そんな体(からだ)の自分が、大任(たいにん)を全(まっと)うできるのだろうか。

誰か、疲れ果てた私に代わり、指揮(しき)を執る人はいないのか。

≪ナレーションB≫ 伸一は、自分と戦うように、悶々(もんもん)と考え続けた。そんな、ひとり苦悩する伸一の姿を、妻の峯子は、胸を痛めながら、静かに見守っていたのであります。

≪清原カツ≫ ここで、あきらめるわけには絶対に、いきません。さらに、勇気を奮(ふる)い起こして、もっと強く、会長就任を、お願いする以外にないのよ。

≪原山幸一≫ 私も、そう思う。
私たちが、必死になってお願いすれば、山本先生は、きっと会長を引き受けてくださるはずです。

≪山本伸一≫<独白> 所詮(しょせん)、断っても、所詮、断りきれない定(さだ)めなのか。
戸田先生……。伸一にはもはや、わずかの猶予も、許されないのでしょうか……

≪原山幸一≫ 山本先生、今日は、御了解いただくまで帰らないつもりであります。

≪関久男≫ 会長は、山本先生以外に、ありえません。このままでは、同志がかわいそうです。先生、お願いします。

≪山本伸一≫<独白> こんな、弱い体で、本当に戦えるのか。……いや、御本尊の力は無量無辺だ。ただただ、御本尊に祈り抜き、命ある限り指揮を執るしかないのか。

≪ナレーションB≫ 伸一は、今、避けがたき宿命の嵐が、胸中に吹き荒れるのを感じていた。使命の怒涛(どとう)が、わが体内に、渦巻(うずま)き、うねるのを覚えた。

御仏意(ぶつい)と感じながらも、会長に就任することを思うと、言語(げんご)に絶する緊張を覚えたのであります。

≪小西武雄≫ 山本先生が会長職を辞退されている限り、広宣流布は遅れてしまいます。それでよろしいのでしょうか!
戸田先生も、あなたを第三代会長と思い、心に誓って、訓練されてきたことは、あなたもよくご存じのはずです。
私たちも、戸田先生の遺言として知っております。

会長推戴(すいたい)は、広宣流布を願っての全幹部の要請です。お引き受けください。

≪山本伸一≫ ……それほどの皆さんの、お話なら……

≪小西武雄≫ よろしいのですね!ありがとうございます。

≪ナレーションB≫ 小西は満面に笑みをたたえて、深々と頭をさげた。
理事の一人が、急いで部屋を出て行った。
歓声があがった。

≪山本伸一≫ やむを得ぬ。やむを得ざるか!
戸田先生に、直弟子として育てられた私だ。
訓練に訓練されてきた私だ。何を恐れぬものがあろう。
青年らしく、嵐に向かい、堂々と前進するのみだ!

≪ナレーションA≫ 山本伸一の脳裏に、愛する同志の顔が、次々と浮かんでは消えていった。皆、不思議なる使命をもって、宇宙のいずこからともなく集い来たった地涌の仏子であり、人間革命の大ドラマを演じゆく、ヒーロー・ヒロインたちであります。

昭和三十五年。1960年5月3日。晴天。東京・両国の日大講堂。

≪山本伸一≫ 
若輩(じゃくはい)では、ございますが。
本日より。戸田門下生を代表して。
化儀(けぎ)の広宣流布をめざし。
一歩前進への。指揮を、とらさせていただきます!

≪ナレーションA≫ 本日は、人間革命第12巻、新黎明の章より、「三代会長就任のお話」を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を、最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×140行です。


【登場人物の本名の紹介】 (おべだふり、といいます)

≪小西武雄≫   「小泉隆」 当時は、理事長として、学会の最高責任者の立場であった。

≪清原カツ≫   「柏原ヤス」 当時は理事であった。参議院議員として活躍した。小中学校の教科書無償化に尽力したことは有名。

≪原山幸一≫   「原島宏治」 当時は理事。公明党の初代委員長を務めた。

≪関久男≫    「辻武寿」 当時は理事。昭和の時代に信心していた人にとっては、副会長として、個人指導の名人として有名。    


≪清原カツ≫の登場する寸劇
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

≪関久男≫の登場する寸劇
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

≪清原カツ≫ ≪関久男≫ 2人の登場する寸劇
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください



原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを、準備いたしました。
楽しく、有意義な座談会に、ぜひご活用ください。

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