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大阪の戦い_一念


この初陣の一戦を本源として、未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮、勝利する以外に途はない。

どうか、一人ひとりに直接会って、よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切に話してあげてください。

SBSH1355_1.jpg



≪ナレーションA≫ 時は、昭和31年、1956年1月5日。
山本伸一は、関西本部において、個人面接の指導に終始した。このたびの戦いに一人の落伍者(らくごしゃ)もないことを願いながら、全魂(ぜんこん)をこめて激励し、心血を注いでいたのであります。
その戦いとは。そうです。あの伝説の戦い・大阪の戦いであります。

≪ナレーションB≫ 戸田はこの作戦を、どうしても山本伸一にやらせたかった。
広宣流布の未来への開拓の苦難の途をあえて進ませ、彼の晩年の掌中(しょうちゅう)の珠(たま)である伸一の健気なる勇姿と、地涌の底力とを、彼の没後(ぼつご)のために、たしかめておきたかったのであります。

≪ナレーションA≫ 山本伸一の胸中には断じて勝つとの決意が、火のごとく燃えつつあったのであります。

≪山本伸一_1≫ 第一に、戸田先生の構想の一つを挫折(ざせつ)させることになる。
第二に、自身の広宣流布の本格的な初陣に敗れることになる。それは、使命ある生涯の蹉跌(さてつ)に通じてしまう。この初陣の一戦を本源として、未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮(しょせん)、勝利する以外に途(みち)はない。

御書をひもとけば、不可能を可能にすることも、戦いの要諦(ようてい)は必ずしも数にあるのではなく、少数でも固い団結にあることも、信心の無量であることも明確にして鋭(するど)く教えているではないか。
日蓮大聖人の仏法が真実であるならば、末法今時(こんじ)の一信徒(いちしんと)の自分自身にも、それが証明できないはずがない。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」とあるではないか。

≪ナレーションB≫ 関西本部では、地区部長会が開かれています。山本伸一は、七月の大阪地方区の初陣に勝利すること、そして極めて厳しい現状を語った。

「これでは戦いにならない。」皆がそう直感した瞬間に、山本伸一の熾烈(しれつ)な戦いが開始されたのであります。

≪山本伸一_2≫ 誰でも、これではまったく勝利は不可能と思うでしょう。しかし、私どもは、立派な御本尊をいただいている。
世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるのです。

御書には『湿(しめ)れる木より火を出(いだ)し、乾(かわ)ける土より水を儲(もう)けんが如く強盛に申すなり』とあります。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、鎌倉で弾圧にあっていた弟子たちを、どうしようにも、守ることはできない。とても不可能なことです。
しかし、大聖人の御祈念は、『しっぽりと濡(ぬ)れた木をこすってでも、なお火を出させてみせる。また、カラカラに乾いている砂漠(さばく)のような大地から、水を迸(ほとぼし)り出(だ)させてみせる。御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬ』と、お示しになっているのです。

いま、私たちは、合理的な考え方に慣れてしまって、今回の戦いの勝利はとても、不可能と思うでしょう。
しかし無量の力を、御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。
これを信じるか、信じないか、それは、私たちの問題です。

全員の祈りが揃(そろ)って御本尊に向かったとき、不可能を可能にする途(みち)が豁然(かつぜん)と開けるのは当然なのです。
信心のこの原点を皆さん一人一人に教えないで、もし、戦いに敗れたとしたら、私は関西の皆さんがたが可哀想(かわいそう)でなりません。

私は御本尊様にしっかりお願いした。
どうあれ勝たせてくださいと、心から祈りました。

≪ナレーションB≫ 山本伸一の切々とした話は、並み居る人々の胸に惻々(そくそく)と迫(せま)った。

山本伸一の億劫(おくごう)に辛労(しんろう)を尽(つ)くした祈りある一念は、この夜、関西の幹部の一念を一変させるに充分だったのであります。

≪山本伸一_3≫ どうか、一人ひとりに直接会って、よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切(こんせつ)に話してあげてください。

私は皆さんを心から尊敬し、信頼しております。生意気(なまいき)に響くかもしれませんが、私は関西の人たちが大好きですし、可愛(かわい)い。
それがもしも敗れることにでもなったら、関西の純信な友たちの悲嘆(ひたん)を思うと、私は胸の裂(さ)けるような思いにかられます。
必ず勝ってみせる。私の決意は変わりません。
皆さんは安心して戦ってください。

戸田会長に代わって、このたびの関西の戦いの指揮は、私がとらせてもらいます!

≪ナレーションA≫ ここで山本伸一は、突然『黒田節』を歌おうと提案したのであります。
一同が歌い始めると、彼は歌にあわせて見事な舞いを、披露(ひろう)したのであります。

≪山本伸一_4≫ さあ、元気よく踊ろうじゃありませんか。関西の初陣だ。さあ誰か踊ってみませんか。

≪ナレーションA≫ 嬉しくなった一人の男が踊りだした。だが、歌と踊りのテンポが合わず、仕草(しぐさ)はまことに滑稽(こっけい)をきわめ、見ていた人たちはどっと爆笑した。

≪ナレーションA≫ 最後に、山本伸一が再び舞いだした。
静と動の機微(きび)は見事な調和を保ち、豊かな表情を現出(げんしゅつ)したのであります。

≪山本伸一_4≫ このたびの戦いは、このように舞を舞って戦うのです。そして勝利のあかつきには、また『黒田節』を舞って祝おうではありませんか。

≪ナレーションB≫ 本日は、小説人間革命第十巻「一念」の章から、「大阪の戦い・一念」のお話を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




最後まで読んでくださってありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×135行です。


この寸劇人間革命は以前に掲載したものを作りなおしたものです。
エピソードを省略し、構成もいじりました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。楽しく、有意義な座談会のために、ぜひ御活用ください。

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≪ナレーションA≫ 時は、昭和31年、1956年1月5日。山本伸一は、関西本部において、個人面接の指導に終始した。このたびの戦いに一人の落伍者(らくごしゃ)もないことを願いながら、全魂(ぜんこん)をこめて激励し、心血を注いでいたのであります。
その戦いとは。そうです。あの伝説の戦い・大阪の戦いであります。
≪ナレーションB≫ 戸田はこの作戦を、どうしても山本伸一にやらせたかった。
広宣流布の未来への開拓の苦難の途をあえて進ませ、彼の晩年の掌中(しょうちゅう)の珠(たま)である伸一の健気なる勇姿と、地涌の底力とを、彼の没後(ぼつご)のために、たしかめておきたかったのであります。
≪ナレーションA≫ 山本伸一の胸中には断じて勝つとの決意が、火のごとく燃えつつあったのであります。
≪山本伸一_1≫ 第一に、戸田先生の構想の一つを挫折(ざせつ)させることになる。
第二に、自身の広宣流布の本格的な初陣に敗れることになる。それは、使命ある生涯の蹉跌(さてつ)に通じてしまう。この初陣の一戦を本源として、未来のこうした戦いが勝利に通ずる道を、開くことができる。
所詮(しょせん)、勝利する以外に途(みち)はない。
御書をひもとけば、不可能を可能にすることも、戦いの要諦(ようてい)は必ずしも数にあるのではなく、少数でも固い団結にあることも、信心の無量であることも明確にして鋭(するど)く教えているではないか。
日蓮大聖人の仏法が真実であるならば、末法今時(こんじ)の一信徒(いちしんと)の自分自身にも、それが証明できないはずがない。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」とあるではないか。
≪ナレーションB≫ 関西本部では、地区部長会が開かれています。山本伸一は、七月の大阪地方区の初陣に勝利すること、そして極めて厳しい現状を語った。
「これでは戦いにならない。」皆がそう直感した瞬間に、山本伸一の熾烈(しれつ)な戦いが開始されたのであります。
≪山本伸一_2≫ 誰でも、これではまったく勝利は不可能と思うでしょう。しかし、私どもは、立派な御本尊をいただいている。
世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるのです。
御書には『湿(しめ)れる木より火を出(いだ)し、乾(かわ)ける土より水を儲(もう)けんが如く強盛に申すなり』とあります。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、鎌倉で弾圧にあっていた弟子たちを、どうしようにも、守ることはできない。とても不可能なことです。
しかし、大聖人の御祈念は、『しっぽりと濡(ぬ)れた木をこすってでも、なお火を出させてみせる。また、カラカラに乾いている砂漠(さばく)のような大地から、水を迸(ほとぼし)り出(だ)させてみせる。御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬ』と、お示しになっているのです。
いま、私たちは、合理的な考え方に慣れてしまって、今回の戦いの勝利はとても、不可能と思うでしょう。
しかし無量の力を、御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。
これを信じるか、信じないか、それは、私たちの問題です。
全員の祈りが揃(そろ)って御本尊に向かったとき、不可能を可能にする途(みち)が豁然(かつぜん)と開けるのは当然なのです。
信心のこの原点を皆さん一人一人に教えないで、もし、戦いに敗れたとしたら、私は関西の皆さんがたが可哀想(かわいそう)でなりません。
私は御本尊様にしっかりお願いした。
どうあれ勝たせてくださいと、心から祈りました。
≪ナレーションB≫ 山本伸一の切々とした話は、並み居る人々の胸に惻々(そくそく)と迫(せま)った。
山本伸一の億劫(おくごう)に辛労(しんろう)を尽(つ)くした祈りある一念は、この夜、関西の幹部の一念を一変させるに充分だったのであります。
≪山本伸一_3≫ どうか、一人ひとりに直接会って、よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切(こんせつ)に話してあげてください。
私は皆さんを心から尊敬し、信頼しております。生意気(なまいき)に響くかもしれませんが、私は関西の人たちが大好きですし、可愛(かわい)い。
それがもしも敗れることにでもなったら、関西の純信な友たちの悲嘆(ひたん)を思うと、私は胸の裂(さ)けるような思いにかられます。
必ず勝ってみせる。私の決意は変わりません。
皆さんは安心して戦ってください。
戸田会長に代わって、このたびの関西の戦いの指揮は、私がとらせてもらいます!
≪ナレーションA≫ ここで山本伸一は、突然『黒田節』を歌おうと提案したのであります。
一同が歌い始めると、彼は歌にあわせて見事な舞いを、披露(ひろう)したのであります。
≪山本伸一_4≫ さあ、元気よく踊ろうじゃありませんか。関西の初陣だ。さあ誰か踊ってみませんか。
≪ナレーションA≫ 嬉しくなった一人の男が踊りだした。だが、歌と踊りのテンポが合わず、仕草(しぐさ)はまことに滑稽(こっけい)をきわめ、見ていた人たちはどっと爆笑した。
≪ナレーションA≫ 最後に、山本伸一が再び舞いだした。
静と動の機微(きび)は見事な調和を保ち、豊かな表情を現出(げんしゅつ)したのであります。
≪山本伸一_4≫ このたびの戦いは、このように舞を舞って戦うのです。そして勝利のあかつきには、また『黒田節』を舞って祝おうではありませんか。
≪ナレーションB≫ 本日は、小説人間革命第十巻「一念」の章から、「大阪の戦い・一念」のお話を、黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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