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昭和25年の山本伸一青年の闘い

先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?
いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

伸一、お前は死のうとしている。
俺に、命をくれようとしている。
それは困る。
お前は生き抜け。断じて生き抜け!
俺の命と、交換するんだ!

古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変われど われは変らじ
幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠

異体は同心となり、一つの偉大な生命に溶けて、久遠からの、実在の、姿を、現したのである。

P1010759_2.jpg
以前(2012/08) に公開したものを少し手直ししました。



≪ナレーションA≫ それでは寸劇のコーナーです。

本日は、「昭和25年の山本伸一青年の闘い」と題しまして、お送りいたします。

時は昭和25年、西暦1950年8月24日、午後8時。
西神田にある、学会本部二階の和室であります。

法華経講義が、終了すると、戸田が、まったく意外な事を、話し始めたのであります。

≪戸田城聖≫ 私の一身上のことだが、じつは私が経営する信用組合は、きのうで営業を停止したのです。
そこで考えに考え、熟慮の末、理事長の職を今日かぎり辞任することにした。
そこで理事長は三島君に代わってもらいます。

私は、思うところあって理事長を辞任したが、信心をやめたわけでは断じてない。
深く心に期するところがあります。
広宣流布の大業に身を挺(てい)する決意は、少しもかわっておりません。

≪ナレーションA≫ 三島新理事長の挨拶が終わると、幹部たちがあつまり、打ち合わせを始めた。
伸一は、その輪から抜けだすと、ひとり戸田の部屋に入っていった。

沈(しず)んだ、元気のない伸一の姿を見ると、戸田は微笑(ほほえ)みながら聞いた

≪戸田城聖≫ なんだ、どうした。

≪山本伸一≫ 先生…

≪戸田城聖≫ なんだね?

≪山本伸一≫ 先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?

≪戸田城聖≫ いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。

≪山本伸一≫ 先生…

≪戸田城聖≫ 伸、どうした?

≪山本伸一≫ いや、先生、いいんです。先生、お休みなさい。

≪山本伸一≫ これでいい。信用組合が潰(つぶ)れようと、先生が理事長をやめようと、先生と自分との一線が狂わないならば、何が起きようと、かまったことではない。

未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、この師に学んだ栄誉を、最高、最大の、幸福とする。  
僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。
これでいいんだ。これでよし。

≪ナレーションA≫ その日、8月24日は、山本伸一にとって、ちょうど入会満三年にあたる日であったのであります。

≪ナレーションB≫ 新しく手掛(てが)けた事業も難航を極めた。
給料も遅配が続いた。夜間大学に通うことも断念せざるをえなかった。

社員であった同志も、一人、またひとりと、恨(うら)みごとを残して、戸田のもとを去り、伸一ただ一人だけが残り、怒濤(どとう)に身をさらすがごとき苦闘(くとう)が始まったのである。

伸一は、必死に、戸田を守り、支えた。
胸を病む彼は、熱にさいなまれ、時に血さえ吐(は)きながらも、走りぬいた。
彼は、死をも覚悟していたのである。

戸田に一身を捧(ささ)げ、師とともに、偉大なる広宣流布の法戦を進め、戸田が生きているうちに、広布に散りゆこうと、心に決めていた。

そうしなければ、後世にまことの弟子の模範(もはん)を残すことも、現代における真実の大聖人門下の鑑(かがみ)をつくることもできない、と考えていたのであります。


≪戸田城聖≫ 伸、どうした。
生命力がてんでないじゃないか。
生命力が弱っていては、戦(いくさ)は負けだぞ。

伸一、お前は死のうとしている。
俺に、命をくれようとしている。
それは困る。
お前は生き抜け。断じて生き抜け!
俺の命と、交換するんだ!

≪ナレーションB≫ 深い感動が、山下伸一を包んだ。
深夜、一人の青年の感涙は、一首の歌に結晶したのであります。

≪山本伸一≫
古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変われど われは変らじ
いにしえの  くしき えにしに  つかえしを  ひとは かわれど  われは かわらじ

≪ナレーションB≫ あくる朝、戸田は伸一の体を心配し、伸一はまた戸田の体を心配して、昨夜のことを思いながら挨拶を、したのであります。

≪戸田城聖≫ 伸、きのうは休めたか。これ以上、やせてはいかんぞ。

≪山本伸一≫ はい、ありがとうございます。

どうか先生こそ少しお休みになってください。お願いいたします。

先生、これを、(綺麗(きれい)に清書した紙を手渡す)


≪戸田城聖≫ うん。わかっている。

(近眼の目を、紙にすりつけんばかりにして見る)

古の 奇しき縁に 仕えしを  人は変われど われは変らじ

ウーン。よし!僕も歌をあげよう。
返し歌だ。紙はないか…。さて…。

幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
いくたびか いくさの にわに たてる みの  すてず たもつは  きみが たちぞよ

これをあげよう、、いや まて、まて、もう一首あるんだ 

色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠
いろは あせ ちからは ぬけし わが おうじゃ  しすとも のこすは きみが かんむり

さあ、これで、いいだろう

≪山本伸一≫ 幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ

色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠

先生 ありがとうございます。

――この私が、はたして先生の太刀(たち)なのであろうか。この私が先生の冠(かんむり)に値(あたい)するのだろうか。

……先生はご自分のことも、私の何から、なにまでも、解(わ)かっていてくださるのだ。

≪ナレーションB≫ 伸一は眉(まゆ)をあげた。
戸田の深い慈愛は、この時、伸一の生命を永遠に貫(つらぬ)いたのである。

異体は同心となり、一つの偉大な生命に溶けて、久遠からの、実在の、姿を、現(あらわ)したのである。

戸田は、にっこり笑って、無言であった。
伸一は、必死の決意で、戸田の眼鏡(めがね)の奥の瞳(ひとみ)を、はっきりと見た。
瞳は鋭く、また暖かく、澄(す)みきって、かがやいていたのであります。

≪戸田城聖≫ 伸、仏法は勝負だ、男らしく命のある限り、戦いきってみようよ。
生命は永遠だ。その証拠が、必ずなにかの形で今世に現れるだろう

≪山本伸一≫ 仏法真実ならば、因果の理法、これまた、厳(きび)しく、あらねばならぬ。
十年後の学会を、見よ。二十年後の学会を見よ。そして、わが存在も!

≪ナレーションB≫ 時に昭和25年西暦1950年の晩秋(ばんしゅう)。
山本伸一青年22歳であります。

山本伸一は、一日一万遍の唱題を発心し、そして実行しつつ、彼をめぐるすべての苦難に耐えたのであります。

≪ナレーションA≫ 明けて、昭和26年西暦1951年1月6日。
この時、信用組合の問題は、最悪の事態に追い詰められていたのであります。

≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。

伸一君、私に、もし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。

伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。

≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。

私がすべてやります。先生は、お体をお休めください。わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、創価学会の会長になっていただきます!

≪ナレーションA≫ この約一ヵ月後、信用組合の問題は、山本伸一の奮闘により解決。

そして、いよいよ、昭和26年西暦1951年5月3日の、戸田城聖第2代会長就任式への前進が、始まったのです。

 当時、誰一人として、気づかなかった、戸田先生と山本伸一青年の、師弟不二の絆の中にこそ、創価学会の永遠普遍の原点があることは、皆様ご存知のとおりであります。

≪ナレーションA≫ 本日は、小説人間革命第4巻「怒濤 どとう」の章、「秋霜 しゅうそう」の章、さらに、小説人間革命第12巻「新・黎明 れいめい」の章などから、「山本伸一青年の闘い」を、旭日地区男子部のオールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを終わります。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、空白行を除いて、おおよそ、20文字×210行です。
これからもよろしくお願いします。

この寸劇人間革命を実際に座談会でやってみようと思った方は、「続きを読む」をご覧ください。

登場人物

戸田先生、山本伸一、そしてナレーションの3人だけですべて出来る寸劇です。
状況説明のためのナレーションが、長くなるため、AとBの2人で分けて読むこともできます。

戸田先生役は、壮年部婦人部の年配の方。
山本伸一役は、青年部にお願いしてはどうでしょうか。

座談会の司会者の方が、配役を紹介しましょう。


解説

 原作人間革命第4巻においては、
1)伸、どうした。生命力がてんでないじゃないか。
2)2人で、唱題が続く
3)深夜、伸一が和歌を作る。
このように、お話が続きます。

そして人間革命第12巻において、同じ時期のお話として
4)「伸一、お前は死のうとしている。俺に、命をくれようとしている。それは困る。お前は生き抜け。断じて生き抜け!俺の命と、交換するんだ!」
との戸田先生のお話が、紹介されています。

1)2)3)と続くお話と、4)のお話はそれぞれ独立した別ものです。

寸劇の作成にあたっては,「若き日の日記」も参照していろいろ考えてみました。
結果として 1).4).3) の順番で寸劇を勝手に作りました。
すべて自分で勝手に作った構成ですので、原作とは異なっている所を、認識した上で活用願えればと思います。

原作を勝手にいじりすぎだ。と批判的に思われた方には、お詫び申し上げます。



次の部分は人間革命第5巻随喜の章からの引用です。
≪ナレーションA≫ 明けて、昭和26年西暦1951年1月6日。
この時、信用組合の問題は、最悪の事態に追い詰められていたのであります。
・・・・・・
≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。


次にセンテンスは、2007.01.06のスピーチからの引用です。 
私がすべてやります。先生は、お体をお休めください。わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、創価学会の会長になっていただきます!


以下のように、勝手に変更しています。
「原作」 そこで、伸一君、私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、組合のことも、また大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。
「ブログ」 伸一君、私に、もし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。
(こんな感じの変更が、実はあちこちにいっぱいあります。したがって転記転載はかんべんしてください)



原稿印刷

A4で2枚に印刷してはどうでしょうか。

Word を使いますと、余白は上下左右15ミリ、11ポイント、横書き、段数2、文字数22、行数50くらいでどうでしょうか。

このブログは見やすくするため空白行がたくさんあり、そのままでは印刷になりません。
空白行の少ないテキストデータを準備しましたのでご利用ください。



≪ナレーションA≫ それでは寸劇のコーナーです。
本日は、「昭和25年の山本伸一青年の闘い」と題しまして、お送りいたします。
時は昭和25年、西暦1950年8月24日、午後8時。
西神田にある、学会本部二階の和室であります。
法華経講義が、終了すると、戸田が、まったく意外な事を、話し始めたのであります。
≪戸田城聖≫ 私の一身上のことだが、じつは私が経営する信用組合は、きのうで営業を停止したのです。
そこで考えに考え、熟慮の末、理事長の職を今日かぎり辞任することにした。
そこで理事長は三島君に代わってもらいます。
私は、思うところあって理事長を辞任したが、信心をやめたわけでは断じてない。
深く心に期するところがあります。
広宣流布の大業に身を挺(てい)する決意は、少しもかわっておりません。
≪ナレーションA≫ 三島新理事長の挨拶が終わると、幹部たちがあつまり、打ち合わせを始めた。
伸一は、その輪から抜けだすと、ひとり戸田の部屋に入っていった。
沈(しず)んだ、元気のない伸一の姿を見ると、戸田は微笑(ほほえ)みながら聞いた
≪戸田城聖≫ なんだ、どうした。
≪山本伸一≫ 先生…
≪戸田城聖≫ なんだね?
≪山本伸一≫ 先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?
≪戸田城聖≫ いや、それは違う!苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠は、このぼくだよ。
≪山本伸一≫ 先生…
≪戸田城聖≫ 伸、どうした?
≪山本伸一≫ いや、先生、いいんです。先生、お休みなさい。
≪山本伸一≫ これでいい。信用組合が潰(つぶ)れようと、先生が理事長をやめようと、先生と自分との一線が狂わないならば、何が起きようと、かまったことではない。
未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、この師に学んだ栄誉を、最高、最大の、幸福とする。  
僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。
これでいいんだ。これでよし。
≪ナレーションA≫ その日、8月24日は、山本伸一にとって、ちょうど入会満三年にあたる日であったのであります。

≪ナレーションB≫ 新しく手掛(てが)けた事業も難航を極めた。
給料も遅配が続いた。夜間大学に通うことも断念せざるをえなかった。
社員であった同志も、一人、またひとりと、恨(うら)みごとを残して、戸田のもとを去り、伸一ただ一人だけが残り、怒濤(どとう)に身をさらすがごとき苦闘(くとう)が始まったのである。
伸一は、必死に、戸田を守り、支えた。
胸を病む彼は、熱にさいなまれ、時に血さえ吐(は)きながらも、走りぬいた。
彼は、死をも覚悟していたのである。
戸田に一身を捧(ささ)げ、師とともに、偉大なる広宣流布の法戦を進め、戸田が生きているうちに、広布に散りゆこうと、心に決めていた。
そうしなければ、後世にまことの弟子の模範(もはん)を残すことも、現代における真実の大聖人門下の鑑(かがみ)をつくることもできない、と考えていたのであります。
≪戸田城聖≫ 伸、どうした。
生命力がてんでないじゃないか。
生命力が弱っていては、戦(いくさ)は負けだぞ。
伸一、お前は死のうとしている。
俺に、命をくれようとしている。
それは困る。
お前は生き抜け。断じて生き抜け!
俺の命と、交換するんだ!
≪ナレーションB≫ 深い感動が、山下伸一を包んだ。
深夜、一人の青年の感涙は、一首の歌に結晶したのであります。
≪山本伸一≫
古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変われど われは変らじ
いにしえの  くしき えにしに  つかえしを  ひとは かわれど  われは かわらじ
≪ナレーションB≫ あくる朝、戸田は伸一の体を心配し、伸一はまた戸田の体を心配して、昨夜のことを思いながら挨拶を、したのであります。
≪戸田城聖≫ 伸、きのうは休めたか。これ以上、やせてはいかんぞ。
≪山本伸一≫ はい、ありがとうございます。
どうか先生こそ少しお休みになってください。お願いいたします。
先生、これを、(綺麗(きれい)に清書した紙を手渡す)
≪戸田城聖≫ うん。わかっている。
(近眼の目を、紙にすりつけんばかりにして見る)
古の 奇しき縁に 仕えしを  人は変われど われは変らじ
ウーン。よし!僕も歌をあげよう。
返し歌だ。紙はないか…。さて…。
幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
いくたびか いくさの にわに たてる みの  すてず たもつは  きみが たちぞよ
これをあげよう、、いや まて、まて、もう一首あるんだ 
色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠
いろは あせ ちからは ぬけし わが おうじゃ  しすとも のこすは きみが かんむり
さあ、これで、いいだろう
≪山本伸一≫ 幾たびか 戦の庭に 起てる身の  捨てず持つは 君が太刀ぞよ
色は褪せ 力は抜けし 吾が王者  死すとも残すは 君が冠
先生 ありがとうございます。
――この私が、はたして先生の太刀(たち)なのであろうか。この私が先生の冠(かんむり)に値(あたい)するのだろうか。
……先生はご自分のことも、私の何から、なにまでも、解(わ)かっていてくださるのだ。
≪ナレーションB≫ 伸一は眉(まゆ)をあげた。
戸田の深い慈愛は、この時、伸一の生命を永遠に貫(つらぬ)いたのである。
異体は同心となり、一つの偉大な生命に溶けて、久遠からの、実在の、姿を、現(あらわ)したのである。
戸田は、にっこり笑って、無言であった。
伸一は、必死の決意で、戸田の眼鏡(めがね)の奥の瞳(ひとみ)を、はっきりと見た。
瞳は鋭く、また暖かく、澄(す)みきって、かがやいていたのであります。
≪戸田城聖≫ 伸、仏法は勝負だ、男らしく命のある限り、戦いきってみようよ。
生命は永遠だ。その証拠が、必ずなにかの形で今世に現れるだろう
≪山本伸一≫ 仏法真実ならば、因果の理法、これまた、厳(きび)しく、あらねばならぬ。
十年後の学会を、見よ。二十年後の学会を見よ。そして、わが存在も!
≪ナレーションB≫ 時に昭和25年西暦1950年の晩秋(ばんしゅう)。
山本伸一青年22歳であります。
山本伸一は、一日一万遍の唱題を発心し、そして実行しつつ、彼をめぐるすべての苦難に耐えたのであります。

≪ナレーションA≫ 明けて、昭和26年西暦1951年1月6日。
この時、信用組合の問題は、最悪の事態に追い詰められていたのであります。
≪戸田城聖≫ 伸一、今日はよく聞いてもらいたいことがある。
伸一君、私に、もし万一のことがあったら、創価学会のことも、信用組合のことも、また新会社の大東商工のことも、いっさい君に任せるから、引き受けてくれまいか。
伸一君、君にとんでもないお土産を残すと思うかも知れないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。
わかっているね。
私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命(ごゆいめい)も達成する時が来るだろう。
誰がなんといおうと、強く、つよく、一緒に前へ進むのだ。
≪山本伸一≫ 先生、けっしてご心配なさらないでください。
私の一生は先生に捧げて悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また将来にわたって永遠に変わることはありません。
私がすべてやります。先生は、お体をお休めください。わたしが断じて苦境を打開します。
そして絶対に先生に、創価学会の会長になっていただきます!
≪ナレーションA≫ この約一ヵ月後、信用組合の問題は、山本伸一の奮闘により解決。
そして、いよいよ、昭和26年西暦1951年5月3日の、戸田城聖第2代会長就任式への前進が、始まったのです。
 当時、誰一人として、気づかなかった、戸田先生と山本伸一青年の、師弟不二の絆の中にこそ、創価学会の永遠普遍の原点があることは、皆様ご存知のとおりであります。
≪ナレーションA≫ 本日は、小説人間革命第4巻「怒濤 どとう」の章、「秋霜 しゅうそう」の章、さらに、小説人間革命第12巻「新・黎明 れいめい」の章などから、「山本伸一青年の闘い」を、      地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。
以上で寸劇のコーナーを終わります。



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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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