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ソ連訪問のお話_その1_コスイギン首相

≪コスイギン首相≫ あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。
≪山本伸一≫  それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。
その根底は人間主義です。

≪山本伸一≫ 率直にお伺いしますが、ソ連は中国を攻めますか。
≪コスイギン首相≫ いいえ、ソ連は中国を攻撃するつもりはありません。
≪山本伸一≫  それをそのまま、中国の首脳部に伝えてもいいですか。
≪コスイギン首相≫ どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です。

SBSH1292.jpg

≪ナレーション≫ それでは寸劇のコーナーです。
時は昭和49年・西暦1974年9月8日。
山本伸一は、モスクワ大学の招待を受け、ソ連に向かっていた。
ソ連は、初訪問であります。
しかしこのソ連訪問には、反対する人が、多かったのであります。

≪とある識者≫ 共産主義の国は、次第に行き詰まってきています。付き合っても決していいことはないでしょう。ソビエト訪問は、おやめになった方がよい。
それにしても、どうして宗教否定の国・ソ連などに行こうと思われたのですか。

≪山本伸一≫ そこに、人間がいるからです。人間に会いに私は行くのです。
共産主義の国であろうが、資本主義の国であろうが、そこにいるのは、平和を願う、同じ人間ではないですか。
ですから私は、その人間の心と心に橋を架(か)け、結ぶために行くんです。それが平和への、最も確かな道であるというのが私の信念です。
 
何のために、ソ連に行くのか。それは、なんとしても第三次世界大戦をくい止めたいからです。
だから中国に続いて、ソ連に行き、それから、アメリカにも行きます。日蓮大聖人のお使いとして、生命の尊厳と平和の哲学を携(たずさ)えて、世界平和の幕を開くために行くんです。

≪ナレーション≫ 本日は、たくさんのエピソードの中から、山本伸一をソ連に招待した実質的な責任者であるコワレンコ・ソ日協会副会長のお話と、コスイギン首相との会見のお話をお送りいたします。

≪ナレーション≫ ソ連訪問3日目の夜、伸一のホテルの部屋に、ソ日協会の副会長で、ソ連共産党中央委員会国際部の日本担当である、コワレンコが訪ねてきた。
コワレンコ副会長は、流暢(りゅうちょう)な日本語で語りはじめた。言葉づかいは丁重(ていねい)であったが、眼光は鋭かった。

鉄の信念を持つ男として恐れられている人物である。握手をすると、強い力で伸一の手を握り締めたのであります。

≪コワレンコ≫ 私は、あなたがソ日友好の懸(か)け橋になることを期待しています。
ところで、ソ連を敵視するような日中平和友好条約は結ぶべきではありません。日中国交正常化の共同声明には、明らかにソ連を敵視する文言が入っている。これは問題だ、削除すべきだ。あなたは公明党の創立者なのだから、党に指示すべきだ。
(机をたたく・ドンドン・1回目)

≪山本伸一≫ それは違います。私は、公明党を創立しましたが政治家ではありません。宗教者であり、教育者です。また公明党は、独立した政党です。独自の政策に基づいて行動しております。
ですから政治の分野の問題を、私から指示するようなことはないし、あってはならない。これが鉄則です。

≪コワレンコ≫ いや、本当に、ソ日友好をめざすという、あなたの主張が嘘でないなら、これは、断じてやるべきだ。
(机をたたく・ドンドン・2回目)

あなたたちは、ソ連を敵視した日中平和友好条約に荷担(かたん)して、ソ連を敵に回すべきではない。
(机を思いっきりたたく・ドンドンドン・3回目、少し痛そうなしぐさをする)

≪ナレーション≫ コワレンコは、鋭い目で伸一をじっと見すえながら言い放ったのであります。
伸一は、ニッコリ微笑(ほほえ)むと言った。

≪山本伸一≫ その手、痛くないですか!

 コワレンコ先生。私は政治交渉のために貴国を訪問したのではありません。
一民間人として、教育者として招待をお受けいたしました。私は、民間交流、教育・文化交流の流れを開き、永続的な平和友好の大きな潮流(ちょうりゅう)を作りたいんです。
(机をたたく・ドンドンドン)

こうした、強硬(きょうこう)で一方的な姿勢では、ソ連は嫌(きら)われます。対話のできない国だと思われます。それでは、あなたたちが損をします。
 日本と中国が、どんな平和友好条約を結ぼうと、関係ないではありませんか。ソ連と日本と、もっと親密な、もっと強い絆の平和友好条約を結べばいいではないですか。大きな心で進むことです。本当の信頼を勝ち取ることです。

 私は、日ソ両国が、真の友情で結ばれることを念願しています。そのために、率直に本当のことを言わせていただきます。これからも、大いに対話しましょう。激論を交わし合いましょう。

≪ナレーション≫ いらい、コワレンコは、何度となく伸一の部屋を訪れ、本音をぶつけあっての対話を交わすことになる。互(たが)いにテーブルをたたき合っての議論もあったのであります。

≪ナレーション≫ 訪ソ最終日の9月17日午前10時。伸一が、クレムリンの会場に入ると、コスイギン首相の姿があった。鋭い眼光、額に刻まれた皺(しわ)、固く結ばれた口元。首相の顔には、ソ連の重責を担(にな)ってきた意志の強さが漂(ただよ)っていた。

≪山本伸一≫ 私は、今回の訪問で、貴国について、よく勉強させていただきました。貴国が世界の緊張緩和を願い、懸命に努力されていることもよくわかりました。心より賞賛いたします。

しかし、その貴国の姿勢は、残念ながら日本には伝わっておりません。率直に申し上げれば、日本人は、ロシア文学やロシア民謡には親しんでいても、ソ連には親近感をもっておりません。どこか“怖(こわ)い国”という印象を持っております。

本当に貴国が自分たちの真実を伝え、多くの日本人の理解を得ようと思うならば、『親ソ派』と称される政治家や、限られた団体とだけ交流するのではなく、幅広い交流が必要になります。また政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化の交流こそ、最も大切になってきます。

≪コスイギン首相≫ なるほど。賛成です。山本会長のご意見をもとに、今後の対応を検討させていただきます。

≪ナレーション≫ 人の話に耳を傾け、受け入れようとするコスイギン首相の真摯(しんし)な態度に、伸一は度量の大きさを感じた。“話ができる人だ”と思った。

≪山本伸一≫ 私ども創価学会は仏法者の団体であり、宗教的信念に立って、世界の平和をめざしております。
私は公明党を創立しましたが、創価学会と公明党とは、財政、人事面も分離し、それぞれ独自性をもって運営しています。したがって、公明党のことには、私はタッチしておりませんし、政治の問題は、公明党にまかせてあります。

私ども創価学会が推進しているのは、国家による政治次元の交流というより、民衆レベルでの、大河のように幅広い文化、教育交流です。

≪コスイギン首相≫ 会長は仏法者として公明党を創立され、創価大学もつくられましたが、あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。

≪山本伸一≫ それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です。

≪コスイギン首相≫ 山本会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。今、会長は『平和主義』と言われましたが、私たちソ連は、平和を大切にし、戦争を起こさないことを、一切の大前提にしています。

≪山本伸一≫ それは、大変にすばらしいことです。絶対に戦争は避けなければなりません。私はレニングラードへ行きピスカリョフ墓地を訪問しました。第2次世界大戦でソ連が払った多大な犠牲を、生命に焼き付けてまいりました。

今回の訪ソでは、貴国の人民も、指導者も、平和を熱願していることを痛感いたしました。

ソ連の人々は、あまりにも過酷な体験をしました。こんなことを、2度と許してはなりません。
ソ連の人びとと同様に、中国の人びとも、平和を熱願しております。
中国の首脳は、自分たちから他国を攻めることは絶対にないと言明しておりました。
しかし、ソ連が攻めてくるのではないかと、防空壕(ぼうくうごう)まで掘って攻撃に備えています。
中国はソ連の出方を見ています。率直にお伺(うかが)いしますが、ソ連は中国を攻めますか。

≪コスイギン首相≫ いいえ、ソ連は中国を攻撃するつもりはありません。
アジアの集団安全保障のうえでも、中国を孤立化させようとは考えていません。

≪山本伸一≫ そうですか。それをそのまま、中国の首脳部に伝えてもいいですか。

≪コスイギン首相≫ どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です。

≪山本伸一≫ それでしたら、ソ連は中国と、仲良くすればいいではないですか。

≪ナレーション≫ 首相は、一瞬、答えに困った顔をしたが、すぐに笑顔(えがお)を浮かべた。
心と心の共鳴が笑顔の花を咲かせた。
伸一は、この会談に確かな手ごたえを感じたのであります。

≪コスイギン首相≫ 既に現在、核は全世界が滅びるほど、十分にあります。
核兵器をこのまま放置しておけば、ヒトラーのような人間がいつ現れて何が起きないとも限りません。
そうなれば、地上の文明を守る手立てはないのです。人類は遅かれ早かれ、核軍縮を決定するに違いありません。

≪山本伸一≫ 根底に相互不信がある限り、核兵器の全廃などできるはずがありません。それには政治、経済の次元を超えた、文化、教育の交流が大事であるというのが、私の一貫した主張です。

人類の未来には、今テーマになりました核問題をはじめ、環境問題、食料問題など、さまざまな難問が横たわっております。それらをふまえ、21世紀は明るいと見てよいでしょうか。

≪コスイギン首相≫ 私たちはそう望んでいます。いえ、そうしなくてはなりません。
もちろん、そのためには、人類は、これまでの営為(えいい)それ自体を、再検討すべき時にきていると思います。

≪山本伸一≫ 首相のおっしゃる通りです。大量生産、大量消費という文明のあり方も限界にきております。天然資源も決して無限ではありません。これまでと同じ考え方では、人類は完全に行き詰まってしまいます。
したがって、自然と人間との調和を説く仏法の生命の哲理に着目する必要があるというのが、私の主張なんです。

≪ナレーション≫ さらに世界の食料問題の話題など、有意義な語らいが続いたのです。

 会見の終了後、首相は、ソ日協会のコワレンコ副会長に、こう言ったのです。

≪コスイギン首相≫ コワレンコさん。こういう優れた日本人をどこで見つけてきたのですか。どこで発見したのですか。これからは密接に創価学会との関係を保つことを、コワレンコさんあなたに命令します。

≪ナレーション≫ さらに首相は、帰宅後家族に、伸一との会見ついてこう語ったのです。

≪コスイギン首相≫ 今日は非凡で、非情に興味深い日本人に会ってきた。複雑な問題に触れながらも、話がすっきりできて嬉しかった。

≪ナレーション≫ 一民間人である山本伸一の手によって、歴史の歯車は、音を立てて回転し始めようとしていた日ソの新たな友好の道が開かれただけでなく、中ソの対立の溝にも、一つの橋が架けられようとしていたのである。

未来を開け! 開墾(かいこん)の鍬(くわ)を振るえ!
勇敢(ゆうかん)に、恐れなく、命のある限り!
こう伸一は、自らに言い聞かせていたのであります。

≪ナレーション≫ 
本日は、小説新人間革命第20巻『懸け橋(かけはし)』の章から、第一次ソビエト訪問のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で 寸劇のコーナーを、終わります。


長い寸劇を最後まで、読んでいただき、本当にありがとうございます。

1974年の5月には、初めての中国訪問。
そして 9月に、ソ連訪問。
そして 12月に再び、中国訪問となります。
9月のソ連訪問の中には、たくさんのエピソードがあります。
寸劇の「ネタ」になるものはたくさんありますが、今回その一つを紹介しました。
そのほかのエピソードにつきましては、またの寸劇に、こうご期待であります。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×250行です。

一人の人間における偉大な人間革命は、
やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、
さらに全人類の宿命の転換をも可能にする。


これが、「小説・人間革命」 の主題であります。

Большое спасибо.
バリショーェ スパスィーバ    どうもありがとう!





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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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