カナダ広布の黎明

広宣流布のために生き抜くことほど、崇高(すうこう)で、幸福な、充実した人生はありません。
カナダの広宣流布をよろしくお願いしますよ。

種(たね)を蒔(ま)かなければ、芽は出ない。
ゆえに、未来のために、今日も対話の種子を蒔くのだ。
今の行動の中にのみ、明日の実(みの)りがあるのであります。

平和ほど、尊きものはない。
平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

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≪ナレーション≫それでは寸劇のコーナーです。
はじめに 小説 新 人間革命の冒頭の部分を朗読してもらいます。

≪青年部朗読≫

小説 新 人間革命 第一巻 旭日の章

平和ほど、尊きものはない。
平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

1960年(昭和35年)10月2日。

山本伸一、32歳。

彼は今、胸中(きょうちゅう)に平和への誓いの火を燃やしながら、世界へと旅立とうとしていた。
それは、創価学会第3代会長に就任してから、わずか五ヶ月後のことであった。(中略)

 訪問の目的は、各地に誕生し始めた会員の激励、指導である。
山本伸一の訪問地は、アメリカのハワイのホノルルを振り出しに、サンフランシスコ、シアトル、シカゴ、トロント、ニューヨーク、ワシントン、サンパウロ、ロサンゼルスの3ヵ国9都市である。
帰国は、10月の25日の予定であった。

≪ナレーション≫ 本日は、たくさんのエピソードの中から、「カナダ広布の黎明」と題しましてお送りいたします。
 
初めての海外訪問の10日目、カナダ・トロント空港でのエピソードであります。

≪ナレーション≫ カナダ訪問の主な目的は、大客殿の建築資材の購入などであった。
正午近く、一行はトロント空港に、到着した。カナダだけに、さすがに空気は冷たかったのであります。

レンタカーを借りにいった同行メンバーを、ロビーで待っていると、少し離れたところから、じっとこちらを見ている、若い東洋人の婦人がいたのであります。


≪同行幹部≫① おや、あの女性は、日本人みたいですね。

≪同行幹部≫② カナダにはまだ学会員はいないはずですよ。

≪ナレーション≫ 緑色のコートを着て、頭にスカーフを巻いた、目の大きな女性であります。


≪同行幹部≫① おや、こっちに歩いてきますよ。

≪同行幹部≫② もしかすれば、婦人部じゃないですか。

≪泉谷照子≫ あのー。創価学会の方でしょうか。

≪同行幹部≫① はい、そうです。あなたも学会員ですか。
≪同行幹部≫② すごい。カナダにも学会員がいたんだ。

≪泉谷照子≫ (きっぱりと)いいえ、違います。私は、学会員では、ございません。

≪同行幹部≫①② わー、がっかり。

≪泉谷照子≫ 私の母が日本で学会に入っておりまして、母からお迎えに行くように言われてまいりました。

≪山本伸一≫ そうですか。わざわざお迎えいただき、ありがとうございます。
私が会長の山本伸一です。あなたのお名前は?

≪泉谷照子≫ はい、泉谷照子(いずみやてるこ)と申します。

≪山本伸一≫ それで、お母さんはどこの支部の方ですか。

≪泉谷照子≫ 確か蒲田支部と聞いていました。

≪山本伸一≫ 私たちのことを気遣(きづか)って、娘さんに迎えに行くように伝えてくるなんて、お母さんの人柄(ひとがら)がしのばれます。
深く感謝いたします。ところで、あなたは、どういう経緯(けいい)でカナダに来られたのですか。

≪泉谷照子≫ はい、主人が商社に勤めておりまして、こちらに転勤になりましたものですから、、。
トロントには、半年前にまいりました。

≪ナレーション≫ 泉谷は、伸一の質問に、明るく、にこやかに答えたのであります。

彼女の母親は、結婚してカナダに渡った娘のことが気がかりで、手紙で入会を勧めていたのであります。
しかし、罰や功徳といった話が迷信めいた時代遅れなものに思えたのです。

毎回、送られてくる聖教新聞も、目を通す気にはなれなかったのであります。
その日の朝も、母からエアメールが届いたのです。

≪泉谷照子≫ どれどれ、なになに、、『山本会長の一行が、11日カナダを訪れます。山本先生は、世界的な指導者になられる方です。ぜひ空港でお迎えしてください。』

うーーん。どうしよう。困ったわ。
もしも、折伏などされたら、たまったものではないわ。だけどせっかくの母のお願いだし、、
うーーん、、困ったわ、、、、

≪ナレーション≫ 結局、行かなければ、親不孝になるような思いにかられて、空港にやってきたのであります。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、泉谷の家庭の様子などを尋ねながら、人生にとって、なぜ信仰が大切かを述べ、仏法とは生命の法則であることを語っていった。
そこには、無理に入会を迫る強引さも、居丈高(いたけだか)な態度もなかった。
彼女は、これまで自分が学会に対していだいていた印象は、どこか違っていたように思えたのであります。

≪山本伸一≫ もし、何かあったらお題目を唱えることです。

≪ナレーション≫ 彼女は、その言葉を抵抗なく聞くことが出来たのであります。
まもなく、同行メンバーが、レンタカーを借りて帰ってきたので、皆で一緒に記念の写真を撮った。

≪山本伸一≫ 空港までは、どうやって来たのですか。

≪泉谷照子≫ タクシーでまいりました。

≪山本伸一≫ では、この車で自宅までお送りしましょう。

≪泉谷照子≫ いいえ、タクシーで帰りますから結構です。

≪同行幹部≫① これを入れて、あれも入れて、よいしょ、よいしょ、。
ウーン。先生、もう車は、満杯ですよ。

≪山本伸一≫ しばらく待ってください。なんとかしますから。

≪同行幹部≫② よいしょ、よいしょ、あーでもない。こーでもない。ウーン、やっぱり、車は、満杯です。

≪泉谷照子≫ 私のことなら、ご心配いただかなくても大丈夫です。どうぞ、ご出発なさってください。

≪山本伸一≫ すまないね。申し訳ないね。
これが、私たちの滞在するホテルです。
もし、聞きたいことでもあれば、訪ねてください。
また、日本に帰ったらお母さんに、娘さんはお元気であったとお伝えします。

≪ナレーション≫ 泉谷は、一行の乗った車が見えなくなるまで、手を振っていたのであります。
 彼女は、山本会長という人間からあふれ出る、誠実さや思いやり、確信、そして道理にかなった指導から、母が一心(いっしん)に励(はげ)んできた信仰の世界の真実を、初めて垣間見(かいまみ)た気がしたのであります。

伸一との出会いの一年七ヵ月後、泉谷は、自(みずか)ら入会したのであります。


≪ナレーション≫ 時は流れて、1964年(昭和39年)の11月。
夫の仕事の関係で一時帰国していた泉谷は、学会本部に山本伸一を訪ねたのであります。

山本会長は、自分のことなど、当然忘れているはずだ思っていたのです。しかし、、

≪山本伸一≫ トロントでは本当にお世話になり、ありがとうございました。

≪ナレーション≫ また伸一は、泉谷が信心を始めたことを心から喜び、こう語ったのです。

≪山本伸一≫ 広宣流布のために生き抜くことほど、崇高(すうこう)で、幸福な、充実した人生はありません。カナダの広宣流布をよろしくお願いしますよ。

≪泉谷照子≫ はい、頑張ります!

≪ナレーション≫ とっさに、彼女は、そう答えていた。
これが、泉谷が、カナダ広布の大使命に立ち上がった瞬間だったのであります。
そして、彼女の奮闘(ふんとう)が始まったのです。

≪ナレーション≫ 時は流れて、1967年(昭和42年)5月18日。
ニューヨーク会館での勤行会に、泉谷は、一段と成長した姿で、トロントから車で10時間以上もかけてやってきたのです。

≪泉谷照子≫ 先生、今日はメンバー3人と一緒にまいりました。カナダも着実にメンバーが増えています。

≪山本伸一≫ そうですか。あなたがそうして奮闘されていることが、私にとって最大の喜びです。

≪ナレーション≫ 山本伸一は、健闘(けんとう)を讃(たた)え、固い握手(あくしゅ)を交わした。

7年前に植えた励(はげ)ましの種子が、今、見事に結実(けつじつ)したのだ。

種(たね)を蒔(ま)かなければ、芽は出ない。
ゆえに、未来のために、今日も対話の種子を蒔くのだ。
今の行動の中にのみ、明日の実(みの)りがあるのであります。

本日は、
小説新 人間革命 第1巻 錦秋(きんしゅう)の章、
さらに新 人間革命 第12巻 新緑(しんりょく)章から
「カナダ広布の黎明のお話」と題しまして、
旭日地区の オール スター キャスト でお送りいたしました。

以上で 寸劇のコーナーを終わります。


寸劇を最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇は、婦人部用に作ってみました。

婦人部の皆様、これからもよろしくお願いします。

この寸劇の分量は、おおよそ 20文字 × 200行 です。

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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