アラブの快男児

人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。人間は使命をもって生まれてきています。あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。

あなたにどこまで、その情熱があるかです。情熱は人間を触発し、伝播していくものです。自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。
あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。私も応援します。この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。

P1010736_1.jpg


≪ナレーション≫ 新世紀の大舞台は、世界である。そこには、戦火にあえぐ友がいる。悲嘆に暮れる母がいる。飢えに泣く子らもいる。泉が砂漠をオアシスに変えるように、人間の生命からわき出る慈悲と英知の泉をもって、この地球を平和の楽園へ、永遠の宝土(ほうど)へと転じゆくヒューマニズムの勝利を、我らは広宣流布と呼ぶのであります。

本日の寸劇人間革命は、“アラブの快男児”と題しましてお送りいたします。

時は、昭和37年・1962年1月29日、山本伸一は中東へ出発した。
訪問国は、イラン、イラク、トルコ、ギリシャ、エジプト、パキスタン、そしてタイの7カ国であります。
この中東訪問を最も喜んでくれたのは、後に日本で最初の『アラブ語辞典』を執筆・編集し、発刊する河原崎寅蔵(かわらざきとらぞう)というアラブの研究者であった。

≪河原崎≫ 河原崎寅蔵です。今日の寸劇の主人公だそうです。戦前は、外務省に勤めていましたが、役人生活は体に合いません。
今は、石油会社で油田開発に携わるかたわら、東京外国語大学でアラビア語を教えています。
ところで、何でまた、会長さんは中東に行くんでしょうね。

≪ナレーション≫ 伸一は、出発の数日前に、河原崎と初めて会った。
河原崎寅蔵は、黒ぶちのメガネに口髭(くちひげ)をたくわえ、堂々たる体格をした“快男児”といった印象の、40代後半の壮年であった。

≪山本伸一≫ お忙しいところ、わざわざおいでいただいて申し訳ありません。

≪河原崎≫ いいえ、いいえ、とんでもございません。今回、山本先生がアラブにも足を運ばれると聞きまして、私は大変に嬉しく思っております。アラブは私の第二の故郷なんです。

ご存知のように、中東は“世界の火薬庫”といわれておりますが、その背景には、豊富な石油資源を持つアラブ諸国を巡る、東西両陣営の争奪と衝突があり、、……かくかくしかじか……つまり、今後のアラブの動向が、世界平和の鍵を握っているともいえます。
しかし、日本の官僚も、政治家も、経済人も、アラブを単に石油の取引の対象としてしか、考えておりません。石油の確保に影響がなければ、アラブで何が起ころうが、対岸の火事のような見方をしている。本当に残念なことです。

また、日本人はアラブのことについては、ほとんど何も理解していません。アジアの西にある中東と、東にある日本はもっと交流し、ともに互いの国のために、何ができるかを考えていくべきです。そこに、国境を超えた人間の連帯が生まれ、それが世界に広がれば、平和の下地が築かれていくというのが私の意見なのです。

≪山本伸一≫ 全く同感です。あなたのアラブを愛する心が、よくわかります。
私が今回、アラブを訪問するのも、そのためです。

平和といっても、決して特別なことではない。まず人間の心と心を結び合うことから始まります。それには、文化の交流が大切になります。私はアラブと日本の間に、平和と文化の交流の道を開いておきたいのです。
日本では、欧米の文化ばかりが、もてはやされますが、欧米だけが外国ではない。アラブにはアラブの文化があり、日本が学ぶべきことも、たくさんあるのではないか、と思います。

≪河原崎≫ そうなんです!! そうなんですよ!!  山本先生。

≪山本伸一≫ 実はさきほど、東洋学術研究所(後の東洋哲学研究所)という研究機関の発足式をおこないました。
これは東洋を中心に、世界の文化や宗教、民族性などを研究して、人間の相互理解を図る糧とし、東洋、さらにには世界の平和に寄与していこうとするものなのです。

≪河原崎≫ その東洋学術研究所というのは、創価学会がおつくりになったのですか

≪山本伸一≫ そうです。学会が母体となって設立した学術研究所です。
人類の相互理解を図るためには、それぞれの国や民族の文化を研究し、理解することが不可欠ですから。

宗教の使命というのは、民衆のこうふくと世界の平和を実現することであり、それを本気になって考えているのが創価学会です。

≪河原崎≫ 山本先生、どうも私は創価学会について、誤解をしておったようです。
正直なところ、拝めば病気が治るなどといって、勧誘するだけの宗教ではないかという考えが、頭のどこかにありました。

だが、創価学会が平和といった課題に、本当に取り組もうとしているとは考えてもいませんでした。平和を口にする宗教者は多いが、そのために本気で行動する人は、あまりにも少なかったからです。

しかし、今のお話を聞いて、敬服いたしました。実は今日も、家内から、山本先生がお会いしてくれるそうだから、ぜひ行くようにと言われ、家内の顔を立てるつもりで来たのです。

山本会長はアラブにも行かれるというし、妻がお世話になっている教団の会長さんに、一度くらいご挨拶をしておくことも、良いのではないかとおもいまして、、。

しかし、不遜でした。自分で確かめもしないで、偏見をもって学会を見ていたのです。申し訳ないことをしました。

≪山本伸一≫ 真実を知らなければ、誤解があるのも当然です。
では、河原崎さんは勤行をしたことも有りませんね。

≪河原崎≫ はぁ~、はい。名ばかりの会員なもので、、

≪山本伸一≫ 仏法は、すべての人間は、本来、尊極なる『仏』であり、皆が平等に、幸福になる権利があることを教えています。つまり、人類の平等を説くヒューマニズムの思想であり、平和の哲学です。
そして、その『仏』の慈悲と智慧と生命の力を湧現していく道を教えているのが仏法なんです。

人間には、それぞれ理想もあれば、信念もある。皆、それに向かって、必死に努力しています。
しかし、慈悲をもって人に接しようと思っても、その思いとは裏腹に、ともすれば、利己的な生き方に流されてしまうのが、人間ではないでしょうか。

また、人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。
そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。
そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

≪河原崎≫ よくわかります。実は今、私も行き詰まりを感じているのです。
私は、自分の一生はアラブに捧げたいと、思ってまいりました。
しかし、どうも独り相撲だったようです。

日本人がアラブを理解するための文化事業や文化交流を提案しても、誰も見向きもしません。
壁はきわめて厚いのです。

結局、私は夢を描いていただけかもしれないと思うと、どうも弱気になってしまいます。

≪山本伸一≫ 河原崎さん。奥さんがあなたに信仰を勧めたとうかがっていますが、それはアラブにかけるご主人の夢を、なんとしても実現してもらいたいという一心からであったと思います。

奥さんは、あなたのアラブを思う一途な心を、何よりも大切にしているはずです。
あなたの最大の理解者であり、支持者であると思います。

河原崎さんは、かつて外務省を辞められたと聞きましたが、その時も、きっと奥さんは愚痴一つ言わず、あなたを支えてこられたのではないでしょうか。

≪河原崎≫ そうです。苦労をかけました。
体も弱いのに、文句一つ言わず、乏しい家計をやりくりして、じっと耐えてくれました。

≪山本伸一≫ 奥さんの願いは、アラブに貢献するという、あなたの夢を叶えることです。
負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。

人間は使命をもって生まれてきています。
あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。
確かに、政治家でもない一民間人が、アラブのために出来ることは限られているかもしれない。
しかし、あなたが学生たちにアラビア語を教え、人びとにアラブの文化と心を伝えていくことで、未来の交流の大道が、必ず開かれていきます。

あなたにどこまで、その情熱があるかです。
情熱は人間を触発し、伝播(でんぱ)していくものです。
自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。

弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。

あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。
私も応援します。
この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。

≪ナレーション≫ 河原崎は、目を潤ませながら、何度も、何度も頷くと、メガネを外して、涙を拭った。
それから、決意のこもった声で言った。

≪河原崎≫ 私は、今、『アラブ語辞典』を作ろうとしております。
日本にはまだ、『アラブ語辞典』さえないのです。
しかし、どの出版社も、商売にならんといって、見向きもしません。
ですから、自費出版になると思いますが、なんとしてもこの辞典を完成させ、山本先生にお届けします。

≪山本伸一≫ そうですか。ありがとうございます。
後世に光を放つ、尊い偉大な仕事です。
しかし、誰も関心を示さないかもしれません。
皆、目先の損得だけで動いているからです。
先駆者の仕事というのは、その時は、無視され、あるいは、批判され続けるものです。

≪河原崎≫ そう言っていただけると、勇気がわいてきます。

≪山本伸一≫ しかし、河原崎さんは不思議な方だ。おろらく、アラブ人よりもアラブ人らしい。
きっと、前世はアラブ人だったのでしょう。

≪河原崎≫ いや、私もそう思っていたのです。光栄ですな。はっはっはっ!!

≪ナレーション≫この日、河原崎は、家に帰ると、直ちに仏壇の前に座り、題目を三唱した。
そして、家族に宣言したのであります。

≪河原崎≫ 今日から俺も、信心するからな!

≪ナレーション≫ もともと一途な“アラブの快男児”は、その日を契機に、一騎当千の“広布の快男児”となっていったのであります。

本日は小説新人間革命第6巻『宝土(ほうど)』の章から、“アラブの快男児”と題しまして、旭日地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。

なお、中東訪問のたくさんのエピソードにつきましては、またの寸劇に、こうご期待であります。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。


最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
この、寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×230行です。

この寸劇は、3人(ナレーション一人と、対話をする二人)で演じられる、三人寸劇です。


公益財団法人 東洋哲学研究所のホームページ 東洋哲学研究所


印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、ぜひご活用ください。

20文字×200行の、少し短いタイプの寸劇のテキストデータも準備しましたので、ご活用ください。
ブログで紹介した20文字×230行

≪ナレーション≫ 新世紀の大舞台は、世界である。そこには、戦火にあえぐ友がいる。悲嘆に暮れる母がいる。飢えに泣く子らもいる。泉が砂漠をオアシスに変えるように、人間の生命からわき出る慈悲と英知の泉をもって、この地球を平和の楽園へ、永遠の宝土(ほうど)へと転じゆくヒューマニズムの勝利を、我らは広宣流布と呼ぶのであります。
本日の寸劇人間革命は、“アラブの快男児”と題しましてお送りいたします。
時は、昭和37年・1962年1月29日、山本伸一は中東へ出発した。
訪問国は、イラン、イラク、トルコ、ギリシャ、エジプト、パキスタン、そしてタイの7カ国であります。
この中東訪問を最も喜んでくれたのは、後に日本で最初の『アラブ語辞典』を執筆・編集し、発刊する河原崎寅蔵(かわらざきとらぞう)というアラブの研究者であった。

≪河原崎≫ 河原崎寅蔵です。今日の寸劇の主人公だそうです。戦前は、外務省に勤めていましたが、役人生活は体に合いません。
今は、石油会社で油田開発に携わるかたわら、東京外国語大学でアラビア語を教えています。何でまた、会長さんは中東に行くんでしょうね。
≪ナレーション≫ 伸一は、出発の数日前に、河原崎と初めて会った。
河原崎寅蔵は、黒ぶちのメガネに口髭(くちひげ)をたくわえ、堂々たる体格をした“快男児”といった印象の、40代後半の壮年であった。
≪山本伸一≫ お忙しいところ、わざわざおいでいただいて申し訳ありません。
≪河原崎≫ いいえ、いいえ、とんでもございません。今回、山本先生がアラブにも足を運ばれると聞きまして、私は大変に嬉しく思っております。アラブは私の第二の故郷なんです。
ご存知のように、中東は“世界の火薬庫”といわれておりますが、その背景には、豊富な石油資源を持つアラブ諸国を巡る、東西両陣営の争奪と衝突があり、、……かくかくしかじか……つまり、今後のアラブの動向が、世界平和の鍵を握っているともいえます。
しかし、日本の官僚も、政治家も、経済人も、アラブを単に石油の取引の対象としてしか、考えておりません。石油の確保に影響がなければ、アラブで何が起ころうが、対岸の火事のような見方をしている。本当に残念なことです。
また、日本人はアラブのことについては、ほとんど何も理解していません。アジアの西にある中東と、東にある日本はもっと交流し、ともに互いの国のために、何ができるかを考えていくべきです。そこに、国境を超えた人間の連帯が生まれ、それが世界に広がれば、平和の下地が築かれていくというのが私の意見なのです。
≪山本伸一≫ 全く同感です。あなたのアラブを愛する心が、よくわかります。
私が今回、アラブを訪問するのも、そのためです。
平和といっても、決して特別なことではない。まず人間の心と心を結び合うことから始まります。それには、文化の交流が大切になります。私はアラブと日本の間に、平和と文化の交流の道を開いておきたいのです。
日本では、欧米の文化ばかりが、もてはやされますが、欧米だけが外国ではない。アラブにはアラブの文化があり、日本が学ぶべきことも、たくさんあるのではないか、と思います。
≪河原崎≫ そうなんです!。そうなんですよ! 山本先生。
≪山本伸一≫ 実はさきほど、東洋学術研究所という研究機関の発足式をおこないました。これは東洋を中心に、世界の文化や宗教、民族性などを研究して、人間の相互理解を図る糧とし、東洋、さらにには世界の平和に寄与していこうとするものなのです。
≪河原崎≫ その東洋学術研究所というのは、創価学会がおつくりになったのですか
≪山本伸一≫ そうです。学会が母体となって設立した学術研究所です。
人類の相互理解を図るためには、それぞれの国や民族の文化を研究し、理解することが不可欠ですから。宗教の使命というのは、民衆のこうふくと世界の平和を実現することであり、それを本気になって考えているのが創価学会です。
≪河原崎≫ 山本先生、どうも私は創価学会について、誤解をしておったようです。正直なところ、拝めば病気が治るなどといって、勧誘するだけの宗教ではないかという考えが、頭のどこかにありました。
だが、創価学会が平和といった課題に、本当に取り組もうとしているとは考えてもいませんでした。平和を口にする宗教者は多いが、そのために本気で行動する人は、あまりにも少なかったからです。
しかし、今のお話を聞いて、敬服いたしました。実は今日も、家内から、山本先生がお会いしてくれるそうだから、ぜひ行くようにと言われ、家内の顔を立てるつもりで来たのです。山本会長はアラブにも行かれるというし、妻がお世話になっている教団の会長さんに、一度くらいご挨拶をしておくことも、良いのではないかとおもいまして、、。
しかし、不遜でした。自分で確かめもしないで、偏見をもって学会を見ていたのです。申し訳ないことをしました。
≪山本伸一≫ 真実を知らなければ、誤解があるのも当然です。では、河原崎さんは勤行をしたことも有りませんね。
≪河原崎≫ はぁ~、はい。名ばかりの会員なもので、、
≪山本伸一≫ 仏法は、すべての人間は、本来、尊極なる『仏』であり、皆が平等に、幸福になる権利があることを教えています。つまり、人類の平等を説くヒューマニズムの思想であり、平和の哲学です。
そして、その『仏』の慈悲と智慧と生命の力を湧現していく道を教えているのが仏法なんです。
人間には、それぞれ理想もあれば、信念もある。皆、それに向かって、必死に努力しています。しかし、慈悲をもって人に接しようと思っても、その思いとは裏腹に、ともすれば、利己的な生き方に流されてしまうのが、人間ではないでしょうか。
また、人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

≪河原崎≫ よくわかります。実は今、私も行き詰まりを感じているのです。私は、自分の一生はアラブに捧げたいと、思ってまいりました。しかし、どうも独り相撲だったようです。
日本人がアラブを理解するための文化事業や文化交流を提案しても、誰も見向きもしません。壁はきわめて厚いのです。
結局、私は夢を描いていただけかもしれないと思うと、どうも弱気になってしまいます。
≪山本伸一≫ 河原崎さん。奥さんがあなたに信仰を勧めたとうかがっていますが、それはアラブにかけるご主人の夢を、なんとしても実現してもらいたいという一心からであったと思います。
奥さんは、あなたのアラブを思う一途な心を、何よりも大切にしているはずです。あなたの最大の理解者であり、支持者であると思います。
河原崎さんは、かつて外務省を辞められたと聞きましたが、その時も、きっと奥さんは愚痴一つ言わず、あなたを支えてこられたのではないでしょうか。
≪河原崎≫ そうです。苦労をかけました。体も弱いのに、文句一つ言わず、乏しい家計をやりくりして、じっと耐えてくれました。
≪山本伸一≫ 奥さんの願いは、アラブに貢献するという、あなたの夢を叶えることです。負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。人間は使命をもって生まれてきています。あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。確かに、政治家でもない一民間人が、アラブのために出来ることは限られているかもしれない。しかし、あなたが学生たちにアラビア語を教え、人びとにアラブの文化と心を伝えていくことで、未来の交流の大道が、必ず開かれていきます。あなたにどこまで、その情熱があるかです。情熱は人間を触発し、伝播(でんぱ)していくものです。自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。
あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。私も応援します。この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。
≪ナレーション≫ 河原崎は、目を潤ませながら、何度も、何度も頷くと、メガネを外して、涙を拭った。それから、決意のこもった声で言った。
≪河原崎≫ 私は、今、『アラブ語辞典』を作ろうとしております。日本にはまだ、『アラブ語辞典』さえないのです。しかし、どの出版社も、商売にならんといって、見向きもしません。ですから、自費出版になると思いますが、なんとしてもこの辞典を完成させ、山本先生にお届けします。
≪山本伸一≫ そうですか。ありがとうございます。後世に光を放つ、尊い偉大な仕事です。しかし、誰も関心を示さないかもしれません。皆、目先の損得だけで動いているからです。先駆者の仕事というのは、その時は、無視され、あるいは、批判され続けるものです。
≪河原崎≫ そう言っていただけると、勇気がわいてきます。
≪山本伸一≫ しかし、河原崎さんは不思議な方だ。おろらく、アラブ人よりもアラブ人らしい。きっと、前世はアラブ人だったのでしょう。
≪河原崎≫ いや、私もそう思っていたのです。光栄ですな。はっはっはっ!!
≪ナレーション≫この日、河原崎は、家に帰ると、直ちに仏壇の前に座り、題目を三唱した。そして、家族に宣言したのであります。
≪河原崎≫ 今日から俺も、信心するからな!
≪ナレーション≫ もともと一途な“アラブの快男児”は、その日を契機に、一騎当千の“広布の快男児”となっていったのであります。
本日は小説新人間革命第6巻『宝土(ほうど)』の章から、“アラブの快男児”と題しまして、   地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。
なお、中東訪問のたくさんのエピソードにつきましては、またの寸劇に、こうご期待であります。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命の分量は、20文字×230行ほどですが、実際に座談会でやるには、20文字×200行くらいが、ちょうどいい長さのようです。
20文字×200行ほどの分量に省略したものも、作ってみました。

実際にやってみようという方は、参考にして下さい。


20文字×200行

≪ナレーション≫ 本日の寸劇人間革命は、“アラブの快男児”と題しましてお送りいたします。
時は、昭和37年・1962年1月29日、山本伸一は中東へ出発した。
訪問国は、イラン、イラク、トルコ、ギリシャ、エジプト、パキスタン、そしてタイの7カ国であります。
この中東訪問を最も喜んでくれたのは、後に日本で最初の『アラブ語辞典』を執筆・編集し、発刊する河原崎寅蔵(かわらざきとらぞう)というアラブの研究者であった。
≪河原崎≫ 河原崎寅蔵です。今日の寸劇の主人公だそうです。戦前は、外務省に勤めていましたが、役人生活は体に合いません。
今は、石油会社で油田開発に携(たずさ)わるかたわら、東京外国語大学でアラビア語を教えています。
≪ナレーション≫ 伸一は、出発の数日前に、河原崎と初めて会ったのであります。
河原崎寅蔵は、黒ぶちのメガネに口髭(くちひげ)をたくわえ、堂々たる体格をした“快男児”といった印象の、40代後半の壮年であった。
≪山本伸一≫ お忙しいところ、わざわざおいでいただいて申し訳ありません。
≪河原崎≫ いいえ、いいえ、とんでもございません。今回、山本先生がアラブにも足を運ばれると聞きまして、私は大変に嬉しく思っております。アラブは私の第二の故郷なんです。
残念ながら、日本人はアラブのことについては、ほとんど何も理解していません。アジアの西にある中東と、東にある日本はもっと交流し、ともに互いの国のために、何ができるかを考えていくべきです。そこに、国境を超えた人間の連帯が生まれ、それが世界に広がれば、平和の下地が築かれていくというのが私の意見なのです。
しかし、日本の官僚も、政治家も、経済人も、アラブを単に石油の取引の対象としてしか、考えておりません。本当に残念なことです。
≪山本伸一≫ 全く同感です。あなたのアラブを愛する心が、よくわかります。
私が今回、アラブを訪問するのも、そのためです。
平和といっても、決して特別なことではない。
まず人間の心と心を結び合うことから始まります。それには、文化の交流が大切になります。
私はアラブと日本の間に、平和と文化の交流の道を開いておきたいのです。
日本では、欧米の文化ばかりが、もてはやされますが、欧米だけが外国ではない。アラブにはアラブの文化があり、日本が学ぶべきことも、たくさんあるのではないか、と思います。
≪河原崎≫ そうなんです。そうなんですよ、山本先生。
≪山本伸一≫ 実はさきほど、東洋学術研究所(後の東洋哲学研究所)という研究機関の発足式をおこないました。これは東洋を中心に、世界の文化や宗教、民族性などを研究して、人間の相互理解を図る糧とし、東洋、さらには世界の平和に寄与していこうとするものなのです。
≪河原崎≫ その東洋学術研究所というのは、創価学会がおつくりになったのですか
≪山本伸一≫ そうです。学会が母体となって設立した学術研究所です。
宗教の使命というのは、民衆の幸福と世界の平和を実現することであり、それを本気になって考えているのが創価学会です。

≪河原崎≫ ウ~ム、山本先生、どうも私は創価学会について、誤解をしておったようです。正直なところ、拝めば病気が治るなどといって、勧誘するだけの宗教ではないかという考えが、頭のどこかにありました。
だが、創価学会が平和といった課題に、本当に取り組もうとしているとは、考えてもいませんでした。
実は今日も、家内から、山本先生がお会いしてくれるそうだから、ぜひ行くようにと言われ、家内の顔を立てるつもりで来たのです。
しかし、認識不足でした。自分で確かめもしないで、偏見をもって学会を見ていたのです。申し訳ないことをしました。
≪山本伸一≫ 真実を知らなければ、誤解があるのも当然です。では、河原崎さんは勤行をしたこともありませんね。
≪河原崎≫ はぁ~、はい。名ばかりの会員なもので、
≪山本伸一≫ 仏法は、すべての人間は、本来、尊極なる『仏』であり、皆が平等に、幸福になる権利があることを教えています。つまり、人類の平等を説くヒューマニズムの思想であり、平和の哲学です。
そして、その『仏』の慈悲と智慧と生命の力を湧現していく道を教えているのが仏法なんです。
人間には、それぞれ理想もあれば、信念もある。皆、それに向かって、必死に努力しています。しかし、慈悲をもって人に接しようと思っても、その思いとは裏腹に、ともすれば、利己的な生き方に流されてしまうのが、人間ではないでしょうか。
また、人生には、挫折もあれば行き詰まりもある。そうした時に、何ものにも負けない強さをもち、それを堂々と乗り越えていけるかどうかに、幸・不幸の鍵がある。そこに、仏法を求めざるをえない理由があります。

≪河原崎≫ よくわかります。実は今、私も行き詰まりを感じているのです。私は、自分の一生はアラブに捧げたいと、思ってまいりました。しかし、どうも独り相撲だったようです。
日本人がアラブを理解するための文化事業や文化交流を提案しても、誰も見向きもしません。壁はきわめて厚いのです。
結局、私は夢を描いていただけかもしれないと思うと、どうも弱気になってしまいます。
≪山本伸一≫ 河原崎さん。奥さんがあなたに信仰を勧めたと、うかがっていますが、それはアラブにかけるご主人の夢を、なんとしても実現してもらいたいという一心からであったと思います。
河原崎さんは、かつて外務省を辞められたと聞きましたが、その時も、きっと奥さんは愚痴一つ言わず、あなたを支えてこられたのではないでしょうか。

≪河原崎≫ はい。そうです。苦労をかけました。体も弱いのに、文句一つ言わず、乏しい家計をやりくりして、じっと耐えてくれました。
≪山本伸一≫ 奥さんの願いは、アラブに貢献するという、あなたの夢を叶えることです。
負けてはいけません。人間には行き詰まりがあっても、仏法には行き詰まりはないのです。人間は使命をもって生まれてきています。あなたの使命は、日本とアラブを結ぶ、友情と文化の橋を架けることだと思います。
あなたにどこまで、その情熱があるかです。情熱は人間を触発(しょくはつ)し、伝播(でんぱ)していくものです。自分と同じ心をもつ、人間の流れを作ることです。
弱気なあなたの発言を聞いたら、奥さんが悲しみます。弱さは不誠実につながります。
あなたの担うべき役割は大きい。人間の心にヒューマニズムを育み、平和の道、文化の橋を架ける--それが仏法なんです。
私も応援します。この限りある生涯を、ともに、人類の平和のために、未来のために捧げていこうではありませんか。
≪ナレーション≫ 河原崎は、目を潤(うる)ませながら、何度も、何度も頷(うなづ)くと、メガネを外して、涙を拭(ぬぐ)った。
それから、決意のこもった声で言ったのであります。
≪河原崎≫ 私は、今、『アラブ語辞典』を作ろうとしております。日本にはまだ、『アラブ語辞典』さえないのです。しかし、どの出版社も、商売にならんといって、見向きもしません。ですから、自費出版になると思いますが、なんとしてもこの辞典を完成させ、山本先生にお届けします。
≪山本伸一≫ そうですか。ありがとうございます。後世に光を放つ、尊い偉大な仕事です。しかし、誰も関心を示さないかもしれません。皆、目先の損得だけで動いているからです。先駆者の仕事というのは、その時は、無視され、あるいは、批判され続けるものです。
≪河原崎≫ ありがとうございます。そう言っていただけると、勇気がわいてきます。

≪山本伸一≫ しかし、河原崎さんは不思議な方だ。おろらく、アラブ人よりもアラブ人らしい。きっと、前世はアラブ人だったのでしょう。
≪河原崎≫ いや、私もそう思っていたのです。光栄ですな。はっはっはっ!!
≪ナレーション≫ この日、河原崎は、家に帰ると、直ちに仏壇の前に座り、題目を三唱した。そして、家族に宣言したのであります。
≪河原崎≫ 今日から俺も、信心するからな!

≪ナレーション≫ もともと一途な“アラブの快男児”は、その日を契機に、一騎当千の“広布の快男児”となっていったのであります。
本日は小説新人間革命第6巻『宝土(ほうど)』の章から、“アラブの快男児”と題しまして、   地区の、オールスターキャストでお送りいたしました。
なお、中東訪問のたくさんのエピソードにつきましては、またの寸劇に、こうご期待であります。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。


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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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