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コスイギン首相との対談

私ども創価学会が推進しているのは、国家による政治次元の交流というより、民衆レベルでの、大河のように幅広い文化、教育交流です。

会長は仏法者として公明党を創立され、創価大学もつくられましたが、あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。

それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です。

山本会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。

SBSH1292.jpg
 2012年8月に公開したものを、短く作り直したものです。

≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。

時は昭和49年・西暦1974年9月8日。山本伸一は、モスクワ大学の招待を受け、ソ連に向かっていた。
ソ連は、初訪問であります。

しかしこのソ連訪問には、反対する人が、多かったのであります。

≪とある識者≫ 共産主義の国は、次第に行き詰まってきています。付き合っても決していいことはないでしょう。ソビエト訪問は、おやめになった方がよい。それにしても、どうして宗教否定の国・ソ連などに行こうと思われたのですか。

≪山本伸一≫ そこに、人間がいるからです。人間に会いに私は行くのです。共産主義の国であろうが、資本主義の国であろうが、そこにいるのは、平和を願う、同じ人間ではないですか。
ですから私は、その人間の心と心に橋を架(か)け、結ぶために行くんです。それが平和への、最も確かな道であるというのが私の信念です。
 
何のために、ソ連に行くのか。それは、なんとしても第三次世界大戦を食い止めたいからです。だから中国に続いて、ソ連に行き、それから、アメリカにも行きます。
日蓮大聖人のお使いとして、生命の尊厳と平和の哲学を携(たずさ)えて、世界平和の幕を開くために行くんです。

≪ナレーション≫ 本日は、たくさんのエピソードの中から、コスイギン首相との会見のお話をお送りいたします。

≪ナレーション≫ 訪ソ最終日の9月17日、午前10時。伸一が、クレムリンの会場に入ると、コスイギン首相の姿があった。
鋭い眼光、額に刻まれた皺、固く結ばれた口元。
首相の顔には、ソ連の重責を担ってきた意志の強さが漂っていた。

≪山本伸一≫ 私は、今回の訪問で、貴国について、よく勉強させていただきました。
貴国が世界の緊張緩和を願い、懸命に努力されていることもよくわかりました。
心より賞賛いたします。

しかし、その貴国の姿勢は、残念ながら日本には伝わっておりません。
率直に申し上げれば、日本人は、ロシア文学やロシア民謡には親しんでいても、ソ連には親近感をもっておりません。
どこか“怖い国”という印象を持っております。

本当に貴国が自分たちの真実を伝え、多くの日本人の理解を得ようと思うならば、『親ソ派』と称される政治家や、限られた団体とだけ交流するのではなく、幅広い交流が必要になります。

また政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化の交流こそ、最も大切になってきます。

≪コスイギン首相≫ なるほど。賛成です。山本会長のご意見をもとに、今後の対応を検討させていただきます。

≪ナレーション≫ 人の話に耳を傾け、受け入れようとするコスイギン首相の真摯な態度に、伸一は度量の大きさを感じた。“話ができる人だ”と思った。

≪山本伸一≫ 私ども創価学会は仏法者の団体であり、宗教的信念に立って、世界の平和をめざしております。
私は公明党を創立しましたが、創価学会と公明党とは、財政、人事面も分離し、それぞれ独自性をもって運営しています。
したがって、公明党のことには、私はタッチしておりませんし、政治の問題は、公明党にまかせてあります。
私ども創価学会が推進しているのは、国家による政治次元の交流というより、民衆レベルでの、大河のように幅広い文化、教育交流です。

≪コスイギン首相≫ 会長は仏法者として公明党を創立され、創価大学もつくられましたが、あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。

≪山本伸一≫ それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です。

≪コスイギン首相≫ 山本会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。

今、会長は『平和主義』と言われましたが、私たちソ連は、平和を大切にし、戦争を起こさないことを、一切の大前提にしています。

≪山本伸一≫ それは、大変にすばらしいことです。絶対に戦争は避けなければなりません。私はレニングラードへ行きピスカリョフ墓地を訪問しました。第2次世界大戦でソ連が払った多大な犠牲を、生命に焼き付けてまいりました。

今回の訪ソでは、貴国の人民も、指導者も、平和を熱願(ねつがん)していることを痛感いたしました。

ソ連の人々は、あまりにも過酷な体験をしました。こんなことを、2度と許してはなりません。

ソ連の人びとと同様に、中国の人びとも、平和を熱願しております。中国の首脳は、自分たちから他国を攻めることは絶対にないと言明しておりました。
しかし、ソ連が攻めてくるのではないかと、防空壕まで掘って攻撃に備えています。
中国はソ連の出方を見ています。

率直にお伺(うかが)いしますが、ソ連は中国を攻めますか。

≪コスイギン首相≫ いいえ、ソ連は中国を攻撃するつもりはありません。アジアの集団安全保障のうえでも、中国を孤立化させようとは考えていません。

≪山本伸一≫ そうですか。それをそのまま、中国の首脳部に伝えてもいいですか

≪コスイギン首相≫ どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です。

≪山本伸一≫ それでしたら、ソ連は中国と、仲良くすればいいではないですか。


≪ナレーション≫ 首相は、一瞬、答えに困った顔をしたが、すぐに笑顔(えがお)を浮かべた。
心と心の共鳴が笑顔の花を咲かせた。
伸一は、この会談に確かな手ごたえを感じたのであります。

≪ナレーション≫ 首相は、帰宅後家族に、伸一との会見ついてこう語ったのです。

≪コスイギン首相≫ 今日は非凡で、非情に興味深い日本人に会ってきた。複雑な問題に触れながらも、話がすっきりできて嬉しかった。

≪ナレーション≫ 一(いち)民間人である山本伸一の手によって、歴史の歯車は、音を立てて回転し始めようとしていた。 日ソの新たな友好の道が開かれただけでなく、中ソの対立の溝(みぞ)にも、一つの橋が架けられようとしていたのである。

未来を開け! 開墾(かいこん)の鍬(くわ)を振るえ! 勇敢(ゆうかん)に、恐れなく、命のある限り。

こう伸一は、自らに言い聞かせていたのであります。


≪ナレーション≫ 
本日は、新人間革命第20巻『懸け橋(かけはし)』の章から、第一次ソビエト訪問のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で 寸劇人間革命のコーナーを、終わります。





最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×150行です。


以前に作成したものに、コワレンコ氏との対話もありました。
分量は20文字×250行ほどでした。

その寸劇を読んでみたい方は、ここをクリック してください。



実際に寸劇をやるためには、原稿の印刷が必要です。
空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、ご利用ください。


A4用紙1枚に収まる分量、20文字×110行のものも準備しました。
こちらも是非、ご活用ください。


20文字×110行

≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
時は昭和49年1974年9月8日。山本伸一は、モスクワ大学の招待を受け、ソ連に向かっていた。
ソ連は、初訪問であります。
しかしこのソ連訪問には、反対する人が、多かったのであります。
≪山本伸一≫ そこに、人間がいるからです。人間に会いに私は行くのです。共産主義の国であろうが、資本主義の国であろうが、そこにいるのは、平和を願う、同じ人間ではないですか。ですから私は、その人間の心と心に橋を架(か)け、結ぶために行くんです。それが平和への、最も確かな道であるというのが私の信念です。
≪ナレーション≫ 訪ソ最終日の9月17日、午前10時。伸一が、クレムリンの会場に入ると、コスイギン首相の姿があった。鋭い眼光、額に刻まれた皺(しわ)、固く結ばれた口元。首相の顔には、ソ連の重責を担ってきた意志の強さが漂っていた。
≪山本伸一≫ 率直に申し上げれば、日本人は、ロシア文学やロシア民謡には親しんでいても、ソ連には親近感をもっておりません。どこか“怖い国”という印象を持っております。
本当に貴国が自分たちの真実を伝え、多くの日本人の理解を得ようと思うならば、『親ソ派』と称される政治家や、限られた団体とだけ交流するのではなく、幅広い交流が必要になります。また政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化の交流こそ、最も大切になってきます。
≪コスイギン首相≫ なるほど。賛成です。山本会長のご意見をもとに、今後の対応を検討させていただきます。
≪ナレーション≫ 人の話に耳を傾け、受け入れようとするコスイギン首相の真摯な態度に、伸一は度量の大きさを感じた。“話ができる人だ”と思った。
≪山本伸一≫ 私ども創価学会は仏法者の団体であり、宗教的信念に立って、世界の平和をめざしております。
私ども創価学会が推進しているのは、国家による政治次元の交流というより、民衆レベルでの、大河のように幅広い文化、教育交流です。
≪コスイギン首相≫ 会長は仏法者として公明党を創立され、創価大学もつくられましたが、あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。
≪山本伸一≫ それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です。
≪コスイギン首相≫ 山本会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。
今、会長は『平和主義』と言われましたが、私たちソ連は、平和を大切にし、戦争を起こさないことを、一切の大前提にしています。
≪山本伸一≫ 今回の訪ソでは、貴国の人民も、指導者も、平和を熱願(ねつがん)していることを痛感いたしました。
 ソ連の人びとと同様に、中国の人びとも、平和を熱願しております。中国の首脳は、自分たちから他国を攻めることは絶対にないと言明しておりました。中国はソ連の出方を見ています。率直にお伺(うかが)いしますが、ソ連は中国を攻めますか。
≪コスイギン首相≫ いいえ、ソ連は中国を攻撃するつもりはありません。アジアの集団安全保障のうえでも、中国を孤立化させようとは考えていません。
≪山本伸一≫ そうですか。それをそのまま、中国の首脳部に伝えてもいいですか
≪コスイギン首相≫ どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です。
≪山本伸一≫ それでしたら、ソ連は中国と、仲良くすればいいではないですか。
≪ナレーション≫ 首相は、一瞬、答えに困った顔をしたが、すぐに笑顔(えがお)を浮かべた。
心と心の共鳴が笑顔の花を咲かせた。
伸一は、この会談に確かな手ごたえを感じたのであります。
≪ナレーション≫ 首相は、帰宅後家族に、伸一との会見ついてこう語ったのです。
≪コスイギン首相≫ 今日は非凡で、非情に興味深い日本人に会ってきた。複雑な問題に触れながらも、話がすっきりできて嬉しかった。
≪ナレーション≫ 一(いち)民間人である山本伸一の手によって、歴史の歯車は、音を立てて回転し始めようとしていた。 日ソの新たな友好の道が開かれただけでなく、中ソの対立の溝(みぞ)にも、一つの橋が架けられようとしていたのである。
未来を開け! 開墾(かいこん)の鍬(くわ)を振るえ! 勇敢(ゆうかん)に、恐れなく、命のある限り。こう伸一は、自らに言い聞かせていたのであります。
≪ナレーション≫ 
本日は、新人間革命第20巻『懸け橋(かけはし)』の章から、第一次ソビエト訪問のお話を、    地区の オール スター キャストでお送りいたしました。以上で 寸劇人間革命のコーナーを、終わります。





ブログで紹介した20文字×150行

≪ナレーション≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
時は昭和49年・西暦1974年9月8日。山本伸一は、モスクワ大学の招待を受け、ソ連に向かっていた。
ソ連は、初訪問であります。
しかしこのソ連訪問には、反対する人が、多かったのであります。
≪とある識者≫ 共産主義の国は、次第に行き詰まってきています。付き合っても決していいことはないでしょう。ソビエト訪問は、おやめになった方がよい。それにしても、どうして宗教否定の国・ソ連などに行こうと思われたのですか。
≪山本伸一≫ そこに、人間がいるからです。人間に会いに私は行くのです。共産主義の国であろうが、資本主義の国であろうが、そこにいるのは、平和を願う、同じ人間ではないですか。ですから私は、その人間の心と心に橋を架(か)け、結ぶために行くんです。それが平和への、最も確かな道であるというのが私の信念です。
 何のために、ソ連に行くのか。それは、なんとしても第三次世界大戦を食い止めたいからです。だから中国に続いて、ソ連に行き、それから、アメリカにも行きます。日蓮大聖人のお使いとして、生命の尊厳と平和の哲学を携(たずさ)えて、世界平和の幕を開くために行くんです。
≪ナレーション≫ 本日は、たくさんのエピソードの中から、コスイギン首相との会見のお話をお送りいたします。

≪ナレーション≫ 訪ソ最終日の9月17日、午前10時。伸一が、クレムリンの会場に入ると、コスイギン首相の姿があった。鋭い眼光、額に刻まれた皺、固く結ばれた口元。首相の顔には、ソ連の重責を担ってきた意志の強さが漂っていた。
≪山本伸一≫ 私は、今回の訪問で、貴国について、よく勉強させていただきました。貴国が世界の緊張緩和を願い、懸命に努力されていることもよくわかりました。心より賞賛いたします。
しかし、その貴国の姿勢は、残念ながら日本には伝わっておりません。率直に申し上げれば、日本人は、ロシア文学やロシア民謡には親しんでいても、ソ連には親近感をもっておりません。どこか“怖い国”という印象を持っております。
本当に貴国が自分たちの真実を伝え、多くの日本人の理解を得ようと思うならば、『親ソ派』と称される政治家や、限られた団体とだけ交流するのではなく、幅広い交流が必要になります。また政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化の交流こそ、最も大切になってきます。

≪コスイギン首相≫ なるほど。賛成です。山本会長のご意見をもとに、今後の対応を検討させていただきます。
≪ナレーション≫ 人の話に耳を傾け、受け入れようとするコスイギン首相の真摯な態度に、伸一は度量の大きさを感じた。“話ができる人だ”と思った。
≪山本伸一≫ 私ども創価学会は仏法者の団体であり、宗教的信念に立って、世界の平和をめざしております。
私は公明党を創立しましたが、創価学会と公明党とは、財政、人事面も分離し、それぞれ独自性をもって運営しています。したがって、公明党のことには、私はタッチしておりませんし、政治の問題は、公明党にまかせてあります。
私ども創価学会が推進しているのは、国家による政治次元の交流というより、民衆レベルでの、大河のように幅広い文化、教育交流です。
≪コスイギン首相≫ 会長は仏法者として公明党を創立され、創価大学もつくられましたが、あなたの根本的なイデオロギーはなんですか。
≪山本伸一≫ それは、平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です。
≪コスイギン首相≫ 山本会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。
今、会長は『平和主義』と言われましたが、私たちソ連は、平和を大切にし、戦争を起こさないことを、一切の大前提にしています。

≪山本伸一≫ それは、大変にすばらしいことです。絶対に戦争は避けなければなりません。私はレニングラードへ行きピスカリョフ墓地を訪問しました。第2次世界大戦でソ連が払った多大な犠牲を、生命に焼き付けてまいりました。
今回の訪ソでは、貴国の人民も、指導者も、平和を熱願(ねつがん)していることを痛感いたしました。
ソ連の人々は、あまりにも過酷な体験をしました。こんなことを、2度と許してはなりません。
 ソ連の人びとと同様に、中国の人びとも、平和を熱願しております。中国の首脳は、自分たちから他国を攻めることは絶対にないと言明しておりました。しかし、ソ連が攻めてくるのではないかと、防空壕まで掘って攻撃に備えています。中国はソ連の出方を見ています。率直にお伺(うかが)いしますが、ソ連は中国を攻めますか。
≪コスイギン首相≫ いいえ、ソ連は中国を攻撃するつもりはありません。アジアの集団安全保障のうえでも、中国を孤立化させようとは考えていません。
≪山本伸一≫ そうですか。それをそのまま、中国の首脳部に伝えてもいいですか
≪コスイギン首相≫ どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です。
≪山本伸一≫ それでしたら、ソ連は中国と、仲良くすればいいではないですか。

≪ナレーション≫ 首相は、一瞬、答えに困った顔をしたが、すぐに笑顔(えがお)を浮かべた。
心と心の共鳴が笑顔の花を咲かせた。
伸一は、この会談に確かな手ごたえを感じたのであります。

≪ナレーション≫ 首相は、帰宅後家族に、伸一との会見ついてこう語ったのです。

≪コスイギン首相≫ 今日は非凡で、非情に興味深い日本人に会ってきた。複雑な問題に触れながらも、話がすっきりできて嬉しかった。
≪ナレーション≫ 一(いち)民間人である山本伸一の手によって、歴史の歯車は、音を立てて回転し始めようとしていた。 日ソの新たな友好の道が開かれただけでなく、中ソの対立の溝(みぞ)にも、一つの橋が架けられようとしていたのである。
未来を開け! 開墾(かいこん)の鍬(くわ)を振るえ! 勇敢(ゆうかん)に、恐れなく、命のある限り。こう伸一は、自らに言い聞かせていたのであります。

≪ナレーション≫ 
本日は、小説「新人間革命第20巻」『懸け橋(かけはし)』の章から、第一次ソビエト訪問のお話を、   地区のオールスターキャストでお送りいたしました。以上で 寸劇人間革命のコーナーを、終わります。

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テーマ: 二次創作:小説 | ジャンル: 小説・文学

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