『厚田村』のお話 ショートバージョン

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行

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≪ナレーション①≫ それでは寸劇のコーナーです。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。

そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

戸田先生役です、よろしくお願いします・
山本伸一役です、よろしくお願いします。

≪ナレーション①≫  さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫  伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。 
アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。 
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。

≪ナレーション②≫ それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。

時は大正9年西暦1920年2月。
戸田青年は二十歳になったばかり。

夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。
自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。
 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。好きなようにするがよい。
久しぶりだ、さあ飲め.

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、ちょっとまて、、 
これだ、、何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ

≪ナレーション②≫ 父は、一振りの日本刀を手渡したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征(ゆ)け!!勇気をもってな

≪ナレーション②≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえた。
勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。

いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。

戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

≪ナレーション②≫ 母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。

翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。

≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで(涙)、、元気で(涙)、、体には気をつけて(涙)、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。

≪ナレーション②≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。 
しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。  

「劇の中の劇は、ここまでです」


≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、 
ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことは、あまりにも多い。人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石(ばんじゃく)な礎(いしずえ)を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。

≪ナレーション①≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

翌日の早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風が、さわやかだったのであります。

≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!
道をふさぐ吹雪も、あの断崖(だんがい)も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。 

サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、


北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」
  
「征けと一言父子の譜」
  
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!

≪ナレーション①≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。 

そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSGI のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、から、「厚田村」のお話を、旭日地区のオール スター キャストでお送りいたしました。

以上で寸劇のコーナーを終わります


*人間革命第8巻「明暗」より 



最後まで読んでいただきありがとうございます。

寸劇の中に、もうひとつの寸劇が入り込んでいる構成になっています。(三幕二場)

そのため、ナレーションを二人でやって、聞く人がわかりやすくするよう工夫したつもりです。

「厚田村のお話ロングバージョン」が長すぎるとの意見があり、短くしたものです。

これからも、お付き合いよろしくお願いします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×165行です。


稚拙な表現は、自分が勝手に作ったものです。

「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  
「どんぶく」のことだ。
よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ サラサラ、、、、



原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ぜひご活用ください。




≪ナレーションA≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
時は昭和29年、西暦1954年8月、全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。
戸田会長は、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、生まれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。
そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。
≪ナレーションA≫ さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見に行こうと、戸田が言い出したのであります。
≪戸田≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。この部屋からは、海がよく見えるんだよ。
小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。 
アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。

≪ナレーションB≫ それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。
時は大正9年西暦1920年2月。
戸田青年は二十歳になったばかり。
夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。
自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。
≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫ まあ!!どうしたの
≪父≫ おお!!いったいどうしたんだ
≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。
≪父≫ 学校の方はどうしたのだ。
≪戸田≫ 辞めてまいりました。東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。
≪父≫ うん、わかった。
お前の人生だ。好きなようにするがよい。久しぶりだ、さあ飲め.
≪戸田≫ ありがとうございます。
≪父≫ それで、・・・出発はいつなんだ
≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています
≪父≫ 身を寄せる先はあるのか
≪戸田≫ これといったところはありません
≪父≫ はっはっはっ、、おまえらしいな、、ちょっとまて、、
これだ、、何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ
≪ナレーションB≫ 父は、一振りの日本刀を手渡したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。
≪父≫ 征(ゆ)け!!勇気をもってな

≪ナレーションB≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえた。
勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。
いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。
戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

≪ナレーションB≫ 母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。
翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。
≪母≫ さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。
≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。
≪母≫ 行っておいで(涙)、、元気で(涙)、、体には気をつけて(涙)、、
≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。
≪ナレーションB≫  こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。 
しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。
「劇の中の劇は、ここまでです」

≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、
ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことは、あまりにも多い。人生は短いな、
伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石(ばんじゃく)な礎(いしずえ)を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。
≪伸一≫ はい。かならずいたします。
≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。
≪ナレーションA≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。
翌日の早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風が、さわやかだったのであります。
≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。
なんと偉大な、人生なのか!!
道をふさぐ吹雪も、あの断崖(だんがい)も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。
よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」
サラサラ サラサラ、、、、

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛(ほうすう)も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺(じわ)権威の風に丈夫(ますらお)は征けと一言父子の譜

厚田の故郷(ふるさと)忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行

「征けと一言父子の譜」

「征けと一言父子の譜」

「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!

≪ナレーションA≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。
そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSGI のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。
本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風 りょうふう」の章、から、「厚田村」のお話を、旭日地区のオール スター キャストでお送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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