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戸田先生の最後の指導のお話

戦時中と同じように、宗門は、正法を滅亡させる元凶となり、天魔の住処にならないとも、限らないのだ…。
しかし…、日蓮大聖人の正法を滅ぼすようなことがあっては、断じてならない。
そのために、宗門に巣くう邪悪とは、断固、戦え。
いいか、伸一。一歩も退いてはならんぞ。
追撃の手をゆるめるな!


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創価学会の歴史を学ぼう・任用試験勉強会シリーズ・その6
この寸劇人間革命は任用試験の勉強会の時に上演されることを想定して作成しました。



≪ナレーション1≫ 本日の、寸劇人間革命は、「戸田先生の最後の指導」と題しましてお送りいたします。
 時は、昭和33年1958年3月は下旬のお話。そうです。「広宣流布記念の日」3月16日の前後のお話であります。

≪ナレーション2≫ この慶祝(けいしゅく)登山の最中に酔っ払っては、警備をしている青年部に絡(から)んだ所化頭(しょけがしら)がいたのであります。
「お前たち学会は、アルバイトで大石寺にきているのだろう」

またある時は、酔っ払ったまま、会合に押しかけた。
「俺に講義させろ!俺が代わって指導してやる!」

お小僧(こぞう)さんに届けられた、お菓子も、気にくわない。
「信者から物をもらって喜ぶやつが、どこにいる。感謝なんかしなくてよい!」

学会の青年部は、これらの暴言(ぼうげん)なども、僧俗和合(そうぞくわごう)のために、ひたすらじっと耐えていたのであります。

≪ナレーション1≫ ある朝、あの所化頭が、大きな鈴(りん)をお小僧さんの頭からかぶせて、鈴棒(りんぼう)で思いっきり叩(たた)くという、信じられない虐待をしていたのです。

驚いた整理役員の青年は、山本伸一にその模様(もよう)を伝えたのであります。

≪山本伸一≫ また、そんなことがあったのか。

≪青年部≫ それだけじゃありません。
16日に戸田先生を車駕(しゃが)にお乗せしたことについても、あの所化頭は「総本山では乗りものは禁止されているのに、いい気になって、なんだ。」と罵(ののし)っています。

もう、ガマンできません。黙っているわけにはいきません。

≪ナレーション1≫ 伸一は宗門の理事に事情を話して、所化頭の謝罪・反省を求めたのであります。

≪山本伸一≫ いいですか。このたびの大講堂の落成は、日蓮正宗の七百年の歴史に輝く、晴れの壮挙(そうきょ)なのです。

そのさなかに、僧侶が毎日、朝から酒を飲んでいるようなことがあってよいのですか。
お小僧さんに対する、暴力、暴言は、私どもとしても見過ごすわけにはいきません。是非おやめください。

また、あなたは日頃から戸田先生や学会の青年部員に反感をいだき悪口を言っていると聞きましたが、そういうことも、おやめいただきたいのです。もし、ご意見や批判があるのならばお伺(うかが)いしますので、私に言ってください……

≪ナレーション1≫ 伸一は忍耐強く、噛(か)んで含めるように所化頭の非をただした。真心をつくしての説得であった。

やがて「すいません……」という声が、かすかに聞こえたのであります。

≪ナレーション2≫ 三月二十九日の朝、山本伸一は、登山会の進行状況を戸田城聖に報告したのであります。

≪山本伸一≫ すべて順調に進んでおります。
ただ、あまりに非道な僧侶がおりまして、私どもで反省を促(うなが)す意味から抗議をいたしました。

≪ナレーション2≫ 戸田は軽く眼を閉じて伸一の報告を聞いていたが、聞き終わると、さも残念そうな表情で語りはじめた。

≪戸田城聖≫ 情けないことだな…。これは、小さい事のようだが、…宗門の腐敗、堕落という、じつに大きな問題をはらんでいるのだ。

残念なことだが…広宣流布を口にしながらも、多くの僧侶が考えていることは、保身であり、私利私欲をいかに満たすかだ。
 戦時中も、宗門は、保身のために法を曲げ、大聖人の御遺命(ごゆいめい)を破り、軍部政府に迎合(げいごう)した。

…そして、牧口先生と私が逮捕されるや、かかわりを恐れて、学会を登山停止したのだ。…そのなかで、厳然(げんぜん)と、大聖人の仏法の命脈(めいみゃく)を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。

…だから、大聖人の御精神は、ほんとうの、信仰は、創価学会にしかない。もし、学会から離れるならば……大聖人の正義(しょうぎ)を踏みにじった、謗法(ほうぼう)の寺でしかなくなってしまう。

…学会は、宗門が、壊滅(かいめつ)の危機に瀕(ひん)しているのを、信心の赤誠(せきせい)をもって、お助けしてきた。…しかし私が、信心のあり方を厳しく言うものだから、眼のうえのタンコブのように思っている者もいる。

でも、…私が生きているうちは、正面きって、とやかくいう者はおるまい。
だが、私がいなくなれば…あとは、何をするか、わかったものではないぞ。

≪ナレーション2≫ 戸田は肩で大きく息をしながら話し続けた。
その言葉は、息苦しさのためか、しばしば途絶えたが、ただならぬ気迫にあふれていたのであります。

≪戸田城聖≫ 衣(ころも)の権威(けんい)で、学会を奴隷(どれい)のように意のままに操(あやつ)り、支配しようとする法主も、出てくるかもしれぬ。

戦時中と同じように、宗門は、正法を滅亡させる元凶(げんきょう)となり、天魔(てんま)の住処(すみか)にならないとも、限らないのだ…。

しかし…、日蓮大聖人の正法を滅ぼすようなことがあっては、断じてならない。

 そのために、宗門に巣くう邪悪とは、断固、戦え。

いいか、伸一。一歩も退(しりぞ)いてはならんぞ。
追撃(ついげき)の手をゆるめるな!

≪ナレーション2≫ それは、炎のような言葉であった。瞬間、戸田の眼が燃え輝いた。
そして、これが、彼の最後の指導であり、愛弟子(まなでし)への遺言となったのであります。

≪ナレーション1≫ このお話が、戸田先生の逝去(せいきょ)の4月2日の直前の出来事でありましたことは、皆様ご存知のとおりであります。

 本日は、小説人間革命第12巻「寂光」の章などより、「戸田先生の最後の指導」と題しまして、任用試験受験予定者の、オールスターキャストでお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×140行です。

印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ぜひご活用ください。

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フォント_11ポイント   段数_2   文字数_27  行数_53
A4 余白、上下左右5mm



≪ナレーション1≫ 本日の、寸劇人間革命は、「戸田先生の最後の指導」と題しましてお送りいたします。
 時は、昭和33年1958年3月は下旬のお話。そうです。「広宣流布記念の日」3月16日の前後のお話であります。
≪ナレーション2≫ この慶祝(けいしゅく)登山の最中に酔っ払っては、警備をしている青年部に絡(から)んだ所化頭(しょけがしら)がいたのであります。
「お前たち学会は、アルバイトで大石寺にきているのだろう」
またある時は、酔っ払ったまま、会合に押しかけた。
「俺に講義させろ!俺が代わって指導してやる!」
お小僧(こぞう)さんに届けられた、お菓子も、気にくわない。
「信者から物をもらって喜ぶやつが、どこにいる。感謝なんかしなくてよい!」
学会の青年部は、これらの暴言(ぼうげん)なども、僧俗和合(そうぞくわごう)のために、ひたすらじっと耐えていたのであります。
≪ナレーション1≫ ある朝、あの所化頭が、大きな鈴(りん)をお小僧さんの頭からかぶせて、鈴棒(りんぼう)で思いっきり叩(たた)くという、信じられない虐待をしていたのです。
驚いた整理役員の青年は、山本伸一にその模様(もよう)を伝えたのであります。
≪山本伸一≫ また、そんなことがあったのか。
≪青年部≫ それだけじゃありません。
16日に戸田先生を車駕(しゃが)にお乗せしたことについても、あの所化頭は「総本山では乗りものは禁止されているのに、いい気になって、なんだ。」と罵(ののし)っています。もう、ガマンできません。黙っているわけにはいきません。
≪ナレーション1≫ 伸一は宗門の理事に事情を話して、所化頭の謝罪・反省を求めたのであります。
≪山本伸一≫ いいですか。このたびの大講堂の落成は、日蓮正宗の七百年の歴史に輝く、晴れの壮挙(そうきょ)なのです。
そのさなかに、僧侶が毎日、朝から酒を飲んでいるようなことがあってよいのですか。
お小僧さんに対する、暴力、暴言は、私どもとしても見過ごすわけにはいきません。是非おやめください。
また、あなたは日頃から戸田先生や学会の青年部員に反感をいだき悪口を言っていると聞きましたが、そういうことも、おやめいただきたいのです。もし、ご意見や批判があるのならばお伺(うかが)いしますので、私に言ってください……
≪ナレーション1≫ 伸一は忍耐強く、噛(か)んで含めるように所化頭の非をただした。真心をつくしての説得であった。
やがて「すいません……」という声が、かすかに聞こえたのであります。

≪ナレーション2≫ 三月二十九日の朝、山本伸一は、登山会の進行状況を戸田城聖に報告したのであります。
≪山本伸一≫ すべて順調に進んでおります。
ただ、あまりに非道な僧侶がおりまして、私どもで反省を促(うなが)す意味から抗議をいたしました。
≪ナレーション2≫ 戸田は軽く眼を閉じて伸一の報告を聞いていたが、聞き終わると、さも残念そうな表情で語りはじめた。
≪戸田城聖≫ 情けないことだな…。これは、小さい事のようだが、…宗門の腐敗、堕落という、じつに大きな問題をはらんでいるのだ。
残念なことだが…広宣流布を口にしながらも、多くの僧侶が考えていることは、保身であり、私利私欲をいかに満たすかだ。
 戦時中も、宗門は、保身のために法を曲げ、大聖人の御遺命(ごゆいめい)を破り、軍部政府に迎合(げいごう)した。
…そして、牧口先生と私が逮捕されるや、かかわりを恐れて、学会を登山停止したのだ。…そのなかで、厳然(げんぜん)と、大聖人の仏法の命脈(めいみゃく)を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。
…だから、大聖人の御精神は、ほんとうの、信仰は、創価学会にしかない。もし、学会から離れるならば……大聖人の正義(しょうぎ)を踏みにじった、謗法(ほうぼう)の寺でしかなくなってしまう。
…学会は、宗門が、壊滅(かいめつ)の危機に瀕(ひん)しているのを、信心の赤誠(せきせい)をもって、お助けしてきた。…しかし私が、信心のあり方を厳しく言うものだから、眼のうえのタンコブのように思っている者もいる。
でも、…私が生きているうちは、正面きって、とやかくいう者はおるまい。
だが、私がいなくなれば…あとは、何をするか、わかったものではないぞ。
≪ナレーション2≫ 戸田は肩で大きく息をしながら話し続けた。
その言葉は、息苦しさのためか、しばしば途絶えたが、ただならぬ気迫にあふれていたのであります。
≪戸田城聖≫ 衣(ころも)の権威(けんい)で、学会を奴隷(どれい)のように意のままに操(あやつ)り、支配しようとする法主も、出てくるかもしれぬ。
戦時中と同じように、宗門は、正法を滅亡させる元凶(げんきょう)となり、天魔(てんま)の住処(すみか)にならないとも、限らないのだ…。
しかし…、日蓮大聖人の正法を滅ぼすようなことがあっては、断じてならない。
 そのために、宗門に巣くう邪悪とは、断固、戦え。
いいか、伸一。一歩も退(しりぞ)いてはならんぞ。
追撃(ついげき)の手をゆるめるな!
≪ナレーション2≫ それは、炎のような言葉であった。瞬間、戸田の眼が燃え輝いた。
そして、これが、彼の最後の指導であり、愛弟子(まなでし)への遺言となったのであります。
≪ナレーション1≫ このお話が、戸田先生の逝去(せいきょ)の4月2日の直前の出来事でありましたことは、皆様ご存知のとおりであります。
 本日は、小説人間革命第12巻「寂光」の章などより、「戸田先生の最後の指導」と題しまして、任用試験受験予定者の、オールスターキャストでお送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。


以前に作成したものを、任用試験勉強会用に作り直しました。
以前に作成したものは、ここをクリック
担当者の方は、こちらを読んでから勉強会に臨まれたほうが良いと思います。

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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