世界広布新時代のお話_カナダ広布の黎明

トロントでは本当にお世話になり、ありがとうございました。
広宣流布のために生き抜くことほど、崇高で、幸福な、充実した人生はありません。
カナダの広宣流布をよろしくお願いしますよ。

はい、頑張ります!


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≪ナレーションA≫ 平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

1960年(昭和35年)10月2日。山本伸一、32歳。

彼は今、胸中(きょうちゅう)に平和への誓いの火を燃やしながら、世界へと旅立とうとしていた。それは、創価学会第3代会長に就任してから、わずか五ヶ月後のことであったのであります。


≪ナレーションB≫ 初めての海外訪問の10日目、カナダ・トロント空港でのエピソードであります。
カナダにはまだ学会員はいないとの事であった。
ところが、一人の若い女性が、空港に、一行を迎えに来ていたのであります。

≪泉谷照子≫ あのー。創価学会の方でしょうか。

≪山本伸一≫ はい、そうです。あなたは学会員ですか。

≪泉谷照子≫ いいえ、違います。私は、学会員では、ございません。私の母が日本で学会に入っておりまして、母からお迎えに行くように言われてまいりました。

≪山本伸一≫ そうですか。わざわざお迎えいただき、ありがとうございます。
私が会長の山本伸一です。あなたのお名前は?

≪泉谷照子≫ はい、泉谷照子(いずみやてるこ)と申します。

≪山本伸一≫ それで、お母さんはどこの支部の方ですか。

≪泉谷照子≫ 確か蒲田支部と聞いていました。

≪山本伸一≫ 私たちのことを気遣(きづか)って、娘さんに迎えに行くように伝えてくるなんて、お母さんの人柄(ひとがら)がしのばれます。深く感謝いたします。

≪ナレーションB≫ 泉谷は、伸一の質問に、明るく、にこやかに答えたのであります。
彼女の母親は、結婚してカナダに渡った娘のことが気がかりで、手紙で入会を勧(すす)めていたのであります。

しかし、毎回、送られてくる聖教新聞も、目を通す気にはなれなかったのであります。
 山本伸一は、泉谷の家庭の様子などを尋ねながら、人生にとって、なぜ信仰が大切かを述べ、仏法とは生命の法則であることを語っていった。

そこには、無理に入会を迫(せま)る強引(ごういん)な態度もなかった。
彼女は、これまで自分が学会に対して、いだいていた印象とは、どこか違っていたように思えたのであります。

≪山本伸一≫ もし、何かあったらお題目を唱えることです。
 これが、私たちの滞在(たいざい)するホテルです。もし、聞きたいことでもあれば、訪ねてください。また、日本に帰ったらお母さんに、娘さんはお元気であったとお伝えします。

≪ナレーションB≫ 彼女は、山本会長という人間からあふれ出る、誠実さや思いやり、確信、そして道理にかなった指導から、母が一心(いっしん)に励(はげ)んできた信仰の世界の真実を、初めて垣間見(かいま み)た気がしたのであります。
伸一との出会いの一年七ヵ月後、泉谷は、自(みずか)ら入会したのであります。


≪ナレーションC≫ * 時は流れて、1964年(昭和39年)11月。一時帰国していた泉谷は、学会本部に山本伸一を訪ねたのであります。
山本会長は、自分のことなど当然とっくに忘れているはずだ思っていたのです。しかし、

≪山本伸一≫ トロントでは本当にお世話になり、ありがとうございました。広宣流布のために生き抜くことほど、崇高(すうこう)で、幸福な、充実した人生はありません。
カナダの広宣流布をよろしくお願いしますよ。

≪泉谷照子≫ はい、頑張ります!

≪ナレーションC≫ とっさに、彼女は、そう答えていた。
これが、泉谷が、カナダ広布の大使命に立ち上がった瞬間だったのであります。そして、彼女の奮闘(ふんとう)が始まったのです。


≪ナレーションD≫ * 時は流れて、1967年(昭和42年)5月。ニューヨーク会館での勤行会に、泉谷は、一段と成長した姿で、トロントから車で10時間以上もかけてやってきたのです。

≪泉谷照子≫ 先生、今日はメンバー3人と一緒にまいりました。カナダも着実にメンバーが増えています。

≪山本伸一≫ そうですか。あなたがそうして奮闘されていることが、私にとって最大の喜びです。

≪ナレーションD≫ 山本伸一は、健闘(けんとう)を讃(たた)え、固い握手(あくしゅ)を交わした。
7年前に植えた励(はげ)ましの種子(しゅし)が、今、見事に結実(けつじつ)したのであります。


≪ナレーションA≫ ** 1975年(昭和50年)1月26日。
世界51カ国・地域の代表158人がグアム島に集い、創価学会インターナショナル・SGI が結成されたのであります。

≪山本伸一≫ ともかく地平線の彼方(かなた)に、大聖人の仏法の太陽が、昇(のぼ)り始めました。
皆さんがたは、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔(ま)いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします。

≪ナレーションA≫ 本日は小説・新人間革命・第1巻・「錦秋(きんしゅう)」の章などから、「世界広布新時代のお話」を、旭日地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




この寸劇人間革命を最後まで読んでくださって、ありがとうございます。以前に作成したものを、作り直してみました。
その寸劇を読んでみたい方は、ここをクリック してください。

* 小説新人間革命・第12巻・「新緑(しんりょく)」の章
** 第21巻・「SGI」の章




この寸劇人間革命の分量はおおよそ20文字×130行です。

印刷・原稿作成用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。ぜひご活用ください。




偶然ですが、大白蓮華の2014年1月号の13ページから17ページにかけて、このお話が紹介されています。



一時帰国された際に、座談会に出席。その時のもようが紹介された聖教新聞を読んだ池田先生が、学会本部に招待。

小説『新・人間革命』では紹介されていない、お話も掲載されています。

「本当に、本当にお世話になり、ありがとうございました」

「あの時に、おなかにいた子だね。かわいいね」

「ご主人に信心を押しつけたりしないように。いい妻、いい母になってください身をもって、信心を教えてあげてください」



WORD使用して、用紙サイズA4。フォントサイズ11ポイント。横書き。段数2.文字数24。行数52。余白上下左右8mm。このくらいで、A4用紙1枚に収まります。


≪ナレーションA≫ 平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。
1960年(昭和35年)10月2日。山本伸一、32歳。
彼は今、胸中(きょうちゅう)に平和への誓いの火を燃やしながら、世界へと旅立とうとしていた。それは、創価学会第3代会長に就任してから、わずか五ヶ月後のことであったのであります。
≪ナレーションB≫ 初めての海外訪問の10日目、カナダ・トロント空港でのエピソードであります。カナダにはまだ学会員はいないとの事であった。
ところが、一人の若い女性が、空港に、一行を迎えに来ていたのであります。
≪泉谷照子≫ あのー。創価学会の方でしょうか。
≪山本伸一≫ はい、そうです。あなたは学会員ですか。
≪泉谷照子≫ いいえ、違います。私は、学会員では、ございません。私の母が日本で学会に入っておりまして、母からお迎えに行くように言われてまいりました。
≪山本伸一≫ そうですか。わざわざお迎えいただき、ありがとうございます。
私が会長の山本伸一です。あなたのお名前は?
≪泉谷照子≫ はい、泉谷照子(いずみやてるこ)と申します。
≪山本伸一≫ それで、お母さんはどこの支部の方ですか。
≪泉谷照子≫ 確か蒲田支部と聞いていました。
≪山本伸一≫ 私たちのことを気遣(きづか)って、娘さんに迎えに行くように伝えてくるなんて、お母さんの人柄(ひとがら)がしのばれます。深く感謝いたします。
≪ナレーションB≫ 泉谷は、伸一の質問に、明るく、にこやかに答えたのであります。
彼女の母親は、結婚してカナダに渡った娘のことが気がかりで、手紙で入会を勧(すす)めていたのであります。しかし、毎回、送られてくる聖教新聞も、目を通す気にはなれなかったのであります。
 山本伸一は、泉谷の家庭の様子などを尋ねながら、人生にとって、なぜ信仰が大切かを述べ、仏法とは生命の法則であることを語っていった。
そこには、無理に入会を迫(せま)る強引(ごういん)な態度もなかった。
彼女は、これまで自分が学会に対して、いだいていた印象とは、どこか違っていたように思えたのであります。
≪山本伸一≫ もし、何かあったらお題目を唱えることです。
 これが、私たちの滞在(たいざい)するホテルです。もし、聞きたいことでもあれば、訪ねてください。また、日本に帰ったらお母さんに、娘さんはお元気であったとお伝えします。
≪ナレーションB≫ 彼女は、山本会長という人間からあふれ出る、誠実さや思いやり、確信、そして道理にかなった指導から、母が一心(いっしん)に励(はげ)んできた信仰の世界の真実を、初めて垣間見(かいま み)た気がしたのであります。
伸一との出会いの一年七ヵ月後、泉谷は、自(みずか)ら入会したのであります。
≪ナレーションC≫ 時は流れて、1964年(昭和39年)11月。一時帰国していた泉谷は、学会本部に山本伸一を訪ねたのであります。
山本会長は、自分のことなど当然とっくに忘れているはずだ思っていたのです。しかし、
≪山本伸一≫ トロントでは本当にお世話になり、ありがとうございました。広宣流布のために生き抜くことほど、崇高(すうこう)で、幸福な、充実した人生はありません。
カナダの広宣流布をよろしくお願いしますよ。
≪泉谷照子≫ はい、頑張ります!
≪ナレーションC≫ とっさに、彼女は、そう答えていた。
これが、泉谷が、カナダ広布の大使命に立ち上がった瞬間だったのであります。そして、彼女の奮闘(ふんとう)が始まったのです。
≪ナレーションD≫ 時は流れて、1967年(昭和42年)5月。ニューヨーク会館での勤行会に、泉谷は、一段と成長した姿で、トロントから車で10時間以上もかけてやってきたのです。
≪泉谷照子≫ 先生、今日はメンバー3人と一緒にまいりました。カナダも着実にメンバーが増えています。
≪山本伸一≫ そうですか。あなたがそうして奮闘されていることが、私にとって最大の喜びです。
≪ナレーションD≫ 山本伸一は、健闘(けんとう)を讃(たた)え、固い握手(あくしゅ)を交わした。
7年前に植えた励(はげ)ましの種子(しゅし)が、今、見事に結実(けつじつ)したのであります。
≪ナレーションA≫ 1975年(昭和50年)1月26日。
世界51カ国・地域の代表158人がグアム島に集い、創価学会インターナショナル・SGI が結成されたのであります。
≪山本伸一≫ ともかく地平線の彼方(かなた)に、大聖人の仏法の太陽が、昇(のぼ)り始めました。皆さんがたは、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔(ま)いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします。
≪ナレーションA≫ 本日は小説・新人間革命・第1巻・「錦秋(きんしゅう)」の章などから、「世界広布新時代のお話」を、旭日地区のオールスターキャストで、お送りいたしました。
以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。




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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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