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広宣流布記念の日3月16日の,お話

 大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!

 いや、いや。ほんとうに大きいですね。これじゃあ、まるで祭りの山車ですね。
 
 しまったー、どうしようー、あの形も大きさも、私が考えたものだ。

 大丈夫だよ、澤田君。戸田先生は、かならず乗ってくださる。
弟子が真心をこめてつくったのだもの。
戸田先生は、こうした一つひとつの事柄を通して、私たちを真剣に訓練して下さっているんだよ。
 ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生の御慈愛なんだ。その先生が私たちの真心に、お応えくださらないわけがないじゃないか。なにも、心配はいらないよ。


P1010487_1.jpg



車駕のお話 峰総理のお話 式典のお話の 3部構成を、コンパクトにまとめたタイプです。
分量はおおよそ 20文字×195行です




≪ナレーション≫それでは寸劇人間革命のコーナーです。

時は昭和33年、西暦1958年の3月、一日7000人一ヶ月で20万人の大講堂落慶総登山の、まっ最中であります。

 そこに、時の首相、峰直介(みねなおすけ)から、3月16日の日曜日に総本山に参詣したいとの、連絡が入ったのであります。そうです。本日は、「広宣流布記念の日」3月16日の、お話であります。

≪戸田城聖≫ よい機会だ。この日に、青年部を登山させようじゃないか。そして将来のために広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典を、しようじゃないか。

 伸一、僕はこの3月16日の式典を、広布の後継と責任を、君たちに託す儀式にしようと思っているのだよ。この式典の全責任は君がもつのだ。思い通りに、力いっぱいやりたまえ。

≪山本伸一≫ はい、見事な後継の、誓いの集いに、いたします。

≪ナレーション≫ こうして、山本伸一を中心に、式典の準備は、直ちに進められていきました。

『3月16日に、急遽、青年部の登山がある。「はし」と「わん」を持ってくるように』
 この連絡は、またたくまに、組織の隅々までいきわたったのであります。

≪ナレーション≫ 一方、弟子の山本伸一は、師匠のために、ひとり、心を痛めていたのであります。それは戸田の体の衰弱でありました。
 
山本伸一は、戸田が乗るための、車駕の作成を澤田良一に依頼したのであります。

≪澤田良一≫ これは、、真剣に、考えねば、、どうすればいいだろう、あーでもない、こーでもない。
そうだ車駕に、ひじかけいすをのせよう。こうすれば戸田先生がゆったりとすわって、足を伸ばす事もできるぞ。材料はヒノキだ。手すりを回せば、いいものができそうだ。

 あーでもない、こーでもない。図面、図面。よし、よし、鉛筆なめなめ、よしこれでいこう。
(向きなおって) 参謀室長、車駕ができました。今、理境坊(りきょうぼう)の中庭に運びました。

≪山本伸一≫ ありがとう。がっしりして立派にできたね。これなら、戸田先生のお体に、負担をかけなくてすむ。澤田君、制作費は、

≪澤田良一≫ それが、じつは、四万円もかかって、しまいました。

≪山本伸一≫ それは、心配しなくていい。私が払う。

≪ナレーション≫ 伸一は財布をはたいて、自分ひとりで全額を支払ったのであります。

 (当時は高卒初任給で1万円)

≪山本伸一≫ 明日の式典で、先生にお乗りいただこうと、車駕を作りました。御覧いただければと思います。

≪戸田城聖≫ おう、、ん、、、大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!

≪側近幹部≫ いや、いや。ほんとうに大きいですね。これじゃあ、まるで角館の祭りの山車(だし)ですね。

≪澤田良一≫ しまったーー、どうしようーー、あの形も大きさも、私が考えたものだ、責任は私にあるのに。 参謀室長ーー(泣く)

≪山本伸一≫ 大丈夫だよ、澤田君。戸田先生は、かならず乗ってくださる。弟子が真心をこめてつくったのだもの、戸田先生は、こうした一つひとつの事柄を通して、私たちを真剣に訓練して下さっているんだよ。

ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生の御慈愛なんだ。その先生が私たちの真心に、お応えくださらないわけがないじゃないか。なにも、心配はいらないよ。

≪ナレーション≫ 16日 午前3時過ぎから、青年たちを乗せた、バスが次々と到着した。彼らを、待っていたのは、あの『豚汁』でありました。
 
 その時初めて「はし」と「わん」を持ってくるようにと、徹底された、理由が、わかったのであります。ことに、それが、戸田先生の心尽くしのご馳走であると知ると、師匠の真心に熱いものが、込み上げるのを、覚えたのであります。 

 午前9時半、峰首相の歓迎にための、すべての準備は整った。あとは首相一行の到着を待つばかりであります。しかし、、、

≪戸田城聖≫ もしもし、戸田ですが、どなたでしょうか

≪峰首相≫ 首相の、峰直介です。実は戸田さん。まことに申し訳ない。家族と箱根まで来ておるのですが、エート、そうそう外交上の問題が発生しまして急遽、東京に戻らねばならなくなってしまったのですよ。

≪戸田城聖≫ なに!なんですと!!

≪峰首相≫ まことに申し訳ないが、そんなわけで、私は、これから東京に引き返さなければならんのです。

≪戸田城聖≫ 峰さん、あなたの来るのを六千人の青年が、前々から準備をして、待っているのですぞ!!

青年を騙すことになるではないか!!

≪峰首相≫ 済まないことをしました。戸田さんには、くれぐれもお詫びします。

≪戸田城聖≫ 私に詫びよと、いっているのではない!!詫びるのは、青年たちにだ!!

≪ナレーション≫ 戸田城聖と峰直介との交友が始まったのは、二、三年ほどまえのことであった。

 政治の世界にあって、権謀術数(けんぼうじゅつすう)を駆使することを余儀なくされてきたであろう峰が、いかなる意図をもって、戸田と接触したかは知る由もない。しかし戸田は一人の人間として、誠実をもって峰に対したのであります。

≪戸田城聖≫ 首相は参列しなくとも、この式典を広宣流布を記念する模擬的な儀式とすることには、いささかも変わりはない。

 私は、今日参加した青年を、この戸田の後継者と思い、広宣流布のいっさいを託す式典にするつもりでいる。首相がこないのだから、私が全力で、皆を激励したい。

≪ナレーション≫ 正午前、車が到着した。首相の姿はなく、代理で訪れた首相夫人と娘、そして婿で秘書の河部幸太郎が降り立ったのであります。
 
 そのころ、戸田城聖は、山本伸一に手を取られて、理境坊の玄関に降り立った。そこには、周囲を白い布で巻いた、車駕が、置かれてあった。

≪戸田城聖≫ 大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!!

≪山本伸一≫ 先生、よくわかりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は弟子が真心で作ったものです。どうかお乗りください。

≪ナレーション≫ 師匠の厳愛、そして師匠の体を気遣い、いたわろうとする、弟子の真心、---- それは、師匠と弟子の、熱い生命のドラマでありました。
 
 戸田は、伸一を見てにっこり、うなずくと、弟子たちに体を預け、車駕の中央に固定された、ひじかけ椅子に座った。
 
車駕は静かに、ゆっくりと参道を進みはじめました。車駕には山本伸一がぴったりと、付き添ったのであります。 

≪戸田城聖≫ みんな、よくやって来たな。 私は君たちに会えて幸せだ。よく 育った。 ほんとうによく育ってくれた。
 君たちとこうして会えるのも、これが最後だろう。私がいなくなったあとは、君たちがやるのだ。広宣流布を頼むぞ!


≪ナレーション≫12時40分。式典は開会となった。司会は、山本伸一であります。

≪戸田城聖≫ 妙法のもとには、皆、平等です。そして、個人も、国家も、幸せと繁栄を得るには正法を根幹とする以外にない。ゆえにわれわれには広宣流布を断じてなさねばならぬ使命がある。それを今日 私は君たち青年に託しておきたい。

未来は君たちに任せる。頼むぞ広宣流布を!! 

創価学会は、宗教界の王者であります。

何も恐れるものなどない。諸君は、その後継者であるとの自覚を忘れることなく、広布の誉れの法戦に、花の若武者として勇敢に戦い進んでもらいたい。

≪ナレーション≫ この「創価学会は、宗教界の王者であります」との宣言は、戸田先生の勝利宣言であったのであります。戸田は青年たちを見つめながら心のなかで叫びました。

≪戸田城聖≫ ---牧口先生、広宣流布の万代の基盤を作り上げ、あとは我が愛弟子に託しました。妙法広布の松明(たいまつ)が東洋へ世界へと、燃え広がる日も、もはや、遠くは、ございません。

≪ナレーション≫ このお話は、戸田先生の逝去の、4月2日の、直前の出来事であり、そしてこの3月16日が、のちに、「広宣流布記念の日」となり、広宣流布を永遠不滅ならしめる、弟子たちの新たな誓いの日となった事は、皆様ご存知のとおりです。

 本日は、小説「人間革命・第12巻」「後継」の章、から「3月16日のお話」を黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。 

ちなみに代理で来た娘婿で首相の秘書とは、安倍総理のお父さんです。

以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇のおおよその分量は、20文字×195行です。

原稿の印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

是非、ご活用ください。

車駕のお話+峰総理のお話+式典のお話の 3部構成のコンパクト 20文字×195行


≪ナレーション≫それでは寸劇人間革命のコーナーです。
時は昭和33年、西暦1958年の3月、一日7000人一ヶ月で20万人の大講堂落慶総登山の、まっ最中であります。
そこに、時の首相、峰直介(みねなおすけ)から、3月16日の日曜日に総本山に参詣したいとの、連絡が入ったのであります。そうです。本日は、「広宣流布記念の日」3月16日の、お話であります。
≪戸田城聖≫ よい機会だ。この日に、青年部を登山させようじゃないか。そして将来のために広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典を、しようじゃないか。
伸一、僕はこの3月16日の式典を、広布の後継と責任を、君たちに託す儀式にしようと思っているのだよ。この式典の全責任は君がもつのだ。思い通りに、力いっぱいやりたまえ。
≪山本伸一≫ はい、見事な後継の、誓いの集いに、いたします。
≪ナレーション≫ こうして、山本伸一を中心に、式典の準備は、直ちに進められていきました。
『3月16日に、急遽、青年部の登山がある。「はし」と「わん」を持ってくるように』
この連絡は、またたくまに、組織の隅々までいきわたったのであります。
≪ナレーション≫ 一方、弟子の山本伸一は、師匠のために、ひとり、心を痛めていたのであります。それは戸田の体の衰弱でありました。
山本伸一は、戸田が乗るための、車駕の作成を澤田良一に依頼したのであります。
≪澤田良一≫ これは、、真剣に、考えねば、、どうすればいいだろう、あーでもない、、こーでもない。そうだ車駕に、ひじかけいすをのせよう。こうすれば戸田先生がゆったりとすわって、足を伸ばす事もできるぞ。材料はヒノキだ。手すりを回せば、いいものができそうだ。
あーでもない、こーでもない。図面、図面。よし、よし、鉛筆なめなめ、よしこれでいこう。
(向きなおって) 参謀室長、車駕ができました。今、理境坊(りきょうぼう)の中庭に運びました。
≪山本伸一≫ ありがとう。がっしりして立派にできたね。これなら、戸田先生のお体に、負担をかけなくてすむ。澤田君、制作費は、
≪澤田良一≫ それが、じつは、四万円もかかって、しまいました。
≪山本伸一≫ それは、心配しなくていい。私が払う。
≪ナレーション≫ 伸一は財布をはたいて、自分ひとりで全額を支払ったのであります。(当時は高卒初任給で1万円)
≪山本伸一≫ 明日の式典で、先生にお乗りいただこうと、車駕を作りました。御覧いただければと思います。
≪戸田城聖≫ おう、、ん、、、大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!
≪側近幹部≫ いや、いや。ほんとうに大きいですね。これじゃあ、まるで角館の祭りの山車(だし)ですね。
≪澤田良一≫ しまったーー、どうしようーー、あの形も大きさも、私が考えたものだ、責任は私にあるのに。 参謀室長ーー(泣く)
≪山本伸一≫ 大丈夫だよ、澤田君。戸田先生は、かならず乗ってくださる。弟子が真心をこめてつくったのだもの、戸田先生は、こうした一つひとつの事柄を通して、私たちを真剣に訓練して下さっているんだよ。
ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生の御慈愛なんだ。その先生が私たちの真心に、お応えくださらないわけがないじゃないか。なにも、心配はいらないよ。
≪ナレーション≫ 16日 午前3時過ぎから、青年たちを乗せた、バスが次々と到着した。彼らを、待っていたのは、あの『豚汁』でありました。その時初めて「はし」と「わん」を持ってくるようにと、徹底された、理由が、わかったのであります。ことに、それが、戸田先生の心尽くしのご馳走であると知ると、師匠の真心に熱いものが、込み上げるのを、覚えたのであります。 
午前9時半、峰首相の歓迎にための、すべての準備は整った。あとは首相一行の到着を待つばかりであります。しかし、、、
≪戸田城聖≫ もしもし、戸田ですが、どなたでしょうか
≪峰首相≫ 首相の、峰直介です。実は戸田さん。まことに申し訳ない。家族と箱根まで来ておるのですが、エート、そうそう外交上の問題が発生しまして急遽、東京に戻らねばならなくなってしまったのですよ。
≪戸田城聖≫ なに!なんですと!!
≪峰首相≫ まことに申し訳ないが、そんなわけで、私は、これから東京に引き返さなければならんのです。
≪戸田城聖≫ 峰さん、あなたの来るのを六千人の青年が、前々から準備をして、待っているのですぞ!!
青年を騙すことになるではないか!!
≪峰首相≫ 済まないことをしました。戸田さんには、くれぐれもお詫びします。
≪戸田城聖≫ 私に詫びよと、いっているのではない!!詫びるのは、青年たちにだ!!
≪ナレーション≫ 戸田城聖と峰直介との交友が始まったのは、二、三年ほどまえのことであった。
政治の世界にあって、権謀術数(けんぼうじゅつすう)を駆使することを余儀なくされてきたであろう峰が、いかなる意図をもって、戸田と接触したかは知る由もない。しかし戸田は一人の人間として、誠実をもって峰に対したのであります。
≪戸田城聖≫ 首相は参列しなくとも、この式典を広宣流布を記念する模擬的な儀式とすることには、いささかも変わりはない。私は、今日参加した青年を、この戸田の後継者と思い、広宣流布のいっさいを託す式典にするつもりでいる。首相がこないのだから、私が全力で、皆を激励したい。
≪ナレーション≫ 正午前、車が到着した。首相の姿はなく、代理で訪れた首相夫人と娘、そして婿で秘書の河部幸太郎が降り立ったのであります。
そのころ、戸田城聖は、山本伸一に手を取られて、理境坊の玄関に降り立った。そこには、周囲を白い布で巻いた、車駕が、置かれてあった。
≪戸田城聖≫ 大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!!
≪山本伸一≫ 先生、よくわかりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は弟子が真心で作ったものです。どうかお乗りください。
≪ナレーション≫ 師匠の厳愛、そして師匠の体を気遣い、いたわろうとする、弟子の真心、---- それは、師匠と弟子の、熱い生命のドラマでありました。
戸田は、伸一を見てにっこり、うなずくと、弟子たちに体を預け、車駕の中央に固定された、ひじかけ椅子に座った。
車駕は静かに、ゆっくりと参道を進みはじめました。車駕には山本伸一がぴったりと、付き添ったのであります。 
 ≪戸田城聖≫ みんな、よくやって来たな。 私は君たちに会えて幸せだ。よく 育った。 ほんとうによく育ってくれた。君たちとこうして会えるのも、これが最後だろう。私がいなくなったあとは、君たちがやるのだ。広宣流布を頼むぞ!
≪ナレーション≫12時40分。式典は開会となった。司会は、山本伸一であります。
≪戸田城聖≫ 妙法のもとには、皆、平等です。そして、個人も、国家も、幸せと繁栄を得るには正法を根幹とする以外にない。ゆえにわれわれには広宣流布を断じてなさねばならぬ使命がある。それを今日 私は君たち青年に託しておきたい。
未来は君たちに任せる。頼むぞ広宣流布を!! 
創価学会は、宗教界の王者であります。何も恐れるものなどない。諸君は、その後継者であるとの自覚を忘れることなく、広布の誉れの法戦に、花の若武者として勇敢に戦い進んでもらいたい。
≪ナレーション≫ この「創価学会は、宗教界の王者であります」との宣言は、戸田先生の勝利宣言であったのであります。戸田は青年たちを見つめながら心のなかで叫びました。
≪戸田城聖≫ ---牧口先生、広宣流布の万代の基盤を作り上げ、あとは我が愛弟子に託しました。妙法広布の松明(たいまつ)が東洋へ世界へと、燃え広がる日も、もはや、遠くは、ございません。
≪ナレーション≫ このお話は、戸田先生の逝去の、4月2日の、直前の出来事であり、そしてこの3月16日が、のちに、「広宣流布記念の日」となり、広宣流布を永遠不滅ならしめる、弟子たちの新たな誓いの日となった事は、皆様ご存知のとおりです。
本日は、小説「人間革命・第12巻」「後継」の章、から「3月16日のお話」を黎明地区のオールスターキャストでお送りいたしました。 
ちなみに代理で来た娘婿で首相の秘書とは、安倍総理のお父さんです。
以上で寸劇人間革命のコーナーを、終わります。

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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