学会歌「星落秋風五丈原」のお話

祁山悲秋の 風更けて 陣雲暗し 五丈原
零露の文は 繁くして 草枯れ馬は 肥ゆれども
蜀軍の旗 光無く 鼓角の音も 今しづか
丞相病 あつかりき

漢語が多く戸惑っている者が多かった。
何の歌だろう?と顔を見合わせている壮年もいる。
映画「レッド・クリフ」に出てくる孔明の歌だ――と、うなずく、現役青年部もいる。


寸劇の最後に「歌詞全部」「詩の意味」「小説人間革命 第7巻からの引用」などの資料があります。

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≪ナレーション≫ それでは、寸劇人間革命のコーナーです。

本日は、草創期からの学会歌「星落秋風五丈原 ほしおつ しゅうふう ごじょうげん」のお話であります。



はじめに、青年部より、詩の意味の説明を、お願いします。

 この歌の舞台は、約千八百年前の中国です。
三国志の英雄、諸葛孔明(しょかつこうめい)の最期の心情を歌ったものであります。

「丞相病あつかりき」、と何回も出てきますが、丞相とは、今で言えば総理大臣で、皇帝を支える、最高の位(くらい)の名前で、孔明のことです。
つまり「丞相病あつかりき」とは、「丞相の位についている、孔明の病は、きわめて重かったのであります」という意味になります。

一番の意味は、おおよそ
「祁山に吹く秋風は、病に倒れた孔明を、嘆き悲しむ様に、吹きあれている。

我が軍は、負け戦の最中で、その旗は、弱々しく、戦の合図である鼓(つつみ)の音も、角笛(つのぶえ)の音も、今は静まりかえっている。
丞相である孔明の病は、きわめて重かったのであります」と、なります。

2番の「大樹ひとたび倒れなば」の大樹とは、偉大な人物を意味し、ここでは孔明のことです。
つまり、孔明が病にたおれ、死んでしまったら、漢王室の行く末は、どうなってしまうのか。
という、意味です。
つまり、2番の意味は、おおよそ
「今は無き君王・劉備様の遺言は、夢にも忘れた事は無い。常に、全身全霊を投げ打って、活路を見出して来た。
しかし大樹すなわち孔明が、病にたおれたならば、漢王室の行く末は、一体どうなってしまうのであろうか」と、なります。 

3番4番5番は、あとで、自分で読んでください。

6番の「あらしは叫び露は泣き」とは、孔明が、志なかばで、死んでしまったことを意味します。
「諸葛亮」とは孔明のこと。
つまり、6番の意味は、おおよそ
「五丈原においては、孔明の死を悲しみ、全ての草木を涙の夜露で濡らし尽くす銀河の星は瞬き、孔明の想いを、余す処無く照らし尽くすあれから二千年あまり、その名・諸葛孔明は、燦然(さんぜん)と、歴史に、輝いているのであります」と、なります。

以上、解説が長くなりましたが、いよいよ寸劇の始まりであります。


私が戸田先生役です。よろしくお願いします。 

歌の得意な男子部、中道秋雄の役です。

山本伸一役です。よろしくお願いします。
当時は、男子部 第一部隊長という役職についたばかりです。

≪ナレーション≫ 時は昭和28年、西暦1953年1月5日。午後3時15分。
新年の 会食会 の真っ最中であります。
男子部の中道秋雄が、一人立って、耳なれぬ歌をよく通る声で歌いだしました。

歌の調べは、男性的な強さとともに、格調のある悲哀(ひあい)が込められて、響いたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱一番)一番を歌います。
♪♪ 祁山悲秋の風更けて~~♪♪ 《または、CD再生》

≪ナレーション≫ いうまでもなく土井晩翠(どいばんすい)の「星落秋風五丈原」の詩で、三国志の英雄・諸葛孔明(しょかつこうめい)の晩年の苦衷(くちゅう)を歌った名作であります。

お話は前の日に、さかのぼります。
山本伸一は、「五丈原」の詩を、数名の男子部員の前で朗読したのです。

≪中道秋雄≫ 山本部隊長、メロディーを、僕、知ってます。♪丞相病あつかりき~♪という、いい曲ですよ。

≪ナレーション≫ 歌う中道について、一同は一緒になんども歌った。
山本伸一 部隊長は、詩の意味を、熱く皆に話したのであります。

≪山本伸一≫
 
彼は病んでいた。
病は重かった。
味方は負け戦だ。
病んでいる彼の胸に去来(きょらい)するものは、思わしくない戦況と、先王(せんおう)の深い信頼と、漢の国の命運であったと思う。
彼の病気を敵に知られてはならない。
戦乱に苦しむ民衆のことを想うのは辛(つら)かった。
そして二十数年前、先王に仕える以前の、あの平和な日々が懐かしく思い出されるのである。
彼は今、秋風(しゅうふう)吹く五丈原に病んで、胸ひとつに壮烈(そうれつ)な決意を抱(いだ)いていた。
そして、天地は悠久(ゆうきゅう)である。

 う~~ん。 ~~そうだ! 

これは、広宣流布に一人立ち向かう毅然(きぜん)たる戸田先生の心情に、どこか通(かよ)うところがあるのではないか。

この歌を、明日の、新年会で、戸田先生に是非お聞かせしようではないか。
中道君、君が歌うのだ。頼むよ。ところで君、よく知っていたね。

≪中道秋雄≫   そんな深い意味があるとは、ちっとも知らなかった。
ただ、なんとなく好きな歌だったのです。
戸田会長先生の前で歌うのですね。
はい。是非、歌わせてください。

≪ナレーション≫ こうして、中道秋雄がこの「五丈原」を歌いだしたとき、
山本伸一は聴(き)き入る戸田の顔をじっと見つめていたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱2番)2番を歌います。
♪♪ 夢寐に忘れぬ君王の~♪♪《または、CD再生2番》

≪ナレーション≫ 漢語が多く戸惑っている者が多かった。
何の歌だろう?と顔を見合わせている壮年もいる。
映画「レッド・クリフ」に出てくる孔明の歌だ――と、うなずく、現役青年部もいる。

ところが、戸田城聖だけは「今落葉(らくよう)の雨の音 大樹(たいじゅ)ひとたび倒れなば、、」の段になると、みるみるこわばった表情は、くずれて、ゆがんできた。
そして、涙を、浮かべたように、思われたのであります。

戸田は、じっと聴いていた。耳を澄(す)まして聴いていた。
今まで多く歌われた歌の中で、これほど激しく、彼の胸を打ったものは、なかったのです。
やがて皆は、戸田のただならぬようすに、気づきはじめたのであります。
戸田はとうとうメガネをはずした。
そして白いハンカチを、眼にあてたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱6番)6番を歌います。
♪♪ 嗚呼五丈原秋の夜半 あらしは叫び露は泣き♪♪《または、CD再生6番》
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(演技指導、ここで100円の、ロイドメガネ(ヒゲはダメ)と、白いハンカチ使用)                                                            
≪戸田城聖≫  (メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)
う~~~ん。いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。

≪ナレーション≫ このとき、山本伸一もすっくと立ちあがった。
そして二人で歌い始めたのであります。
二人の声は、朗々と響き渡ったのであります。

≪戸田城聖≫   いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。

≪ナレーション≫ 戸田城聖は涙を浮かべ、時に一すじ、二すじ、流れる涙を押さえようともしなかった。
そして、歌が終わると、また「もう一度」、そして再び「もう一度」といって、前後6度も繰りかえさせたのであります。

≪戸田城聖≫   君たち、この歌の本当の精神がわかるか。
僕には、天に叫び、地に悲しむ、孔明の痛烈(つうれつ)な声が聞こえてきてならないのだ。
それは、民衆を救わんとする、まことの使命を自覚したものの、責務と辛(つら)さです。
孔明は、あすをも知れぬ命となっている。味方の軍勢は、負け戦(いくさ)の最中だ。
しかし、このままで今、死ななくてはならない。黙然(もくねん)として、頭(こうべ)を独り垂れるとき、諸君ならどうするか。

この時の孔明の一念が、今日(こんにち)も歴史に生きつづけているのです。
私が今、不覚にも涙を流したのは、この鋭い一念が、私に感応(かんのう)をよびおこしたからなのです。

大樹がひとたび倒れたら、いったいどうなる。私がひとたび倒れたら、広宣流布はどうなるか。
私は今、倒れるわけにはいかないのだ。死にたくても死ねないのだ。

最後の一節にいたって、諸葛孔明はついに死ぬのだが、悲しいことに使命の挫折(ざせつ)を歌っている。
孔明には、挫折も許されるかもしれないが、私には、挫折はゆるされぬ。

広宣流布の大業(だいぎょう)が挫折したら、人類の未来は真っ暗闇(くらやみ)だからです。
どんなに辛くとも、誰がなんと言おうと、今の私は、重い使命に一人、生きる以外、仕方がない。
誰も知らぬ、誰も、気もつかぬところで、私は体を張って、やるより仕方がないのだ。

この「五丈原」の歌が、私の心中を、きわめて近く表現してくれているから、泣けるのです。
みんな、少しはわかってくれたかね。(メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)

地区部長さんも、すました顔をしてるが、実は、よくわかっていないんだよ。
はっはっはっはっは~~

いいメロディーの、歌じゃないか。
旭日地区の皆さん。
もう一度、みんなで歌おうではないか。

はい、音響係りさん、準備はいいかな。
はいスタート。

  ♪♪CDに合わせて全員で合唱♪♪ 拍手!!

≪ナレーション≫ *私たち弟子は、偉大なる広宣流布の大将軍の、心奥(しんおう)の大境涯を垣間(かいま)見る思いであったのであります。

この五丈原の歌は、その後、戸田先生の前で何度も何度も歌われ、そのたびに戸田先生が涙されたこと。そして戸田先生の葬儀の時にも歌われたことは、皆様ご存知のとおりであります。


本日は『小説「人間革命第7巻」飛翔(ひしょう)の章』から『学会歌「五丈原」のお話』を、旭日地区の オール スター キャスト、さらに、旭日地区芸術部の特別出演でお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


* 随筆人間世紀の光 「中国京劇院 三国志」 より引用


続きには、解説、語句の意味、小説人間革命からの引用、原詩からの全文の引用などがあります。

長々と続く引用の最後に、原稿印刷用の空白行の少ないテキストデータを準備しましたので、是非ご活用ください。


この寸劇人間革命の分量は、青年部の詩の意味の説明(3,4,5番を除く)も含めて、おおよそ、20文字×230行です。

YOUTUBEにこの歌があります。
SGIメンバーの歌。必見です。
ここをクリック 
2006年10月12日、第64回本部幹部会、第31回SGI総会、東京牧口記念会館。池田SGI会長が、SGI秋季研修会で来日した65カ国・地域の代表260人らと出席。ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏らアメリカSGI芸術部を中心とした「平和のための国際芸術家委員会」(ICAP)が祝賀演奏。

この五丈原の歌が登場する寸劇を、懲りずにまた作りました。
その寸劇人間革命を読んでみたい方は、ここをクリック してください

      






≪詩の意味の解説≫

はじめに、青年部より、詩の意味の説明を、お願いします。

青年部 この歌の舞台は、約千八百年前の中国です。
三国志の英雄、諸葛孔明(しょかつこうめい)の最期の心情を歌ったものであります。

「丞相病あつかりき」、と何回も出てきますが、丞相とは、今で言えば総理大臣で、皇帝を支える、最高の位(くらい)の名前で、孔明のことです。
つまり「丞相病あつかりき」とは、「丞相の位についている、孔明の病は、きわめて重かったのであります。」という意味になります。

一番の意味は、おおよそ
「祁山に吹く秋風は、病に倒れた孔明を、嘆き悲しむ様に、吹きあれている。

我が軍は、負け戦の最中で、その旗は、弱々しく、戦の合図である鼓(つつみ)の音も、角笛(つのぶえ)の音も、今は静まりかえっている。
丞相である孔明の病は、きわめて重かったのであります。」と、なります。

2番の「大樹ひとたび倒れなば」の大樹とは、偉大な人物を意味し、ここでは孔明のことです。
つまり、孔明が病にたおれ、死んでしまったら、漢王室の行く末は、どうなってしまうのか。
という、意味です。
つまり、2番の意味は、おおよそ
「今は無き君王・劉備様の遺言は、夢にも忘れた事は無い。常に、全身全霊を投げ打って、活路を見出して来た。
しかし大樹すなわち孔明が、病にたおれたならば、漢王室の行く末は、一体どうなってしまうのであろうか。」と、なります。 

3番4番5番は、あとで、自分で読んでください。

三番の「四海の波瀾」とは、戦争が続くこと。「中原の鹿」とは天下の統一を目指すことを意味します。つまり3番の意味は、おおよそ
戦乱が続き民は苦しみ、天は泣いている。いつかは太平の平和の夢を築きたい―。そう願いつつ、幾多の群雄が立ち上がり天下の統一を、目指しているが、いったい、誰が真の平和をもたらしてくれるのであろうか。と、なります。

4番の「南陽の旧草廬」とは、孔明が、かつて住んでいた南陽の地にあった住まいのことです。「光」「香り」「王佐の才」などは、優れた孔明の力量を示します。つまり4番の意味は、おおよそ
孔明は二十数年前のように、南陽の地で、農民と親しく交わり、その優れた力量を隠したまま、のどかに笛を吹いていようと思えば、それもできたのに。と、なります。

5番の「成否」とは、成功したり失敗したりすること。「銀河」とは天の川(あまのがわ)。「苦心弧忠」とは、味方のいない、苦しい状況の中で、ただひとりの誠実に役目を果たすことを意味します。つまり5番の意味は、おおよそ
成功したとて、失敗したとて、誰がそれを、誉めたり責めたりする事ができようか。これまで、君王に全身全霊、命がけで尽くしてきた。夜空を見渡せば、降るが如くの、天の川の星ぼし、その星ぼしは、まるで孔明の心を照らすかの様に、深い光を放っている。国の行く末を案じて、ただ一人で、その重責を担っている孔明に、鬼神と呼ばれるものですら、その壮烈なる志(こころざし)に、涙するのであろうか。と、なります。


6番の「あらしは叫び露は泣き」とは、孔明が、志なかばで、死んでしまったことを意味します。
「諸葛亮」とは孔明のこと。
つまり、6番の意味は、おおよそ
「五丈原においては、孔明の死を悲しみ、全ての草木を涙の夜露で濡らし尽くす銀河の星は瞬き、孔明の想いを、余す処無く照らし尽くすあれから二千年あまり、その名・諸葛孔明は、燦然(さんぜん)と、歴史に、輝いているのであります。」と、なります。

以上、解説が長くなりましたが、いよいよ寸劇の始まりであります。


作詞 土井晩翠  作曲 不詳

1 祁山悲秋の風たけて 陣雲暗し五丈原 
零露の文は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども 
蜀軍の旗光無く 鼓角の音も今しづか 
丞相病あつかりき 丞相病あつかりき

2 夢寐に忘れぬ先王の いまわの御こと畏みて 
心を焦がし身をつくす 暴露のつとめ幾とせか 
今落葉の雨の音 大樹ひとたび倒れなば 
漢室の運はたいかに 丞相病あつかりき

3 四海の波瀾収まらで 民は苦み天は泣き
 いつかは見なん太平の 心のどけき春の夢 
群雄立ちてことごとく 中原鹿を争うも 
たれか王者の師を学ぶ 丞相病あつかりき 

4 嗚呼南陽の旧草廬 二十余年のいにしへの 
夢はたいかに安かりし 光を包み香をかくし 
隴畝に民と交われば 王佐の才に富める身も 
ただ一曲の梁歩吟 丞相病あつかりき

5 成否を誰れかあげつらふ 一死尽くしし身の誠
 仰げば銀河影冴えて 無数の星斗光濃し 
照らすやいなや英雄の 苦心弧忠の胸ひとつ 
其壮烈に感じては 鬼神も哭かむ秋の風

6 嗚呼五丈原秋の夜半 あらしは叫び露は泣き 
銀漢清く星高く 神秘の色につつまれて 
天地微かに光るとき 無量の思齎して 
千載の末今も尚 名はかんばしき諸葛亮 
名はかんばしき諸葛亮



この歌詞には創価学会で慣習的に歌われている箇所があります。

1番の「風たけて」は、「風更(ふ)けて」が本来の歌詞です。

同様に 2番の「先王(せんのう)」は「君王(くんのう)」
    2番の「暴露(ぼうろ)」は「暴露(ばくろ)」
    4番の「隴畝(ろび)」は「隴畝(ろうほ)」
    4番の「梁歩吟(りょうふぎん)」は「梁歩吟(りょうほぎん)が本来の歌詞です。



 三世紀の中国。曹操の「魏」、孫権の「呉」、劉備の「蜀」という三国が、せめぎ合う乱世にあって、孔明は、劉備を扶け天下の統一(漢王室の復興)をめざす。
孔明は、劉備亡きあと、後事を託されるが、戦地(五丈原)で重病に伏す。
将来を案じつつ、息を引き取る孔明。
その晩年の苦衷が歌われている。



 

≪「人間革命 第7巻 飛翔の章」より引用≫

「いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。」
「君たちに、この歌の本当の精神がわかるか。
けっして単純なものではない。
僕には、天に叫び、地に悲しむ、孔明の痛烈な声が聞こえてきてならないのだ。
誰でもよい、感想をいってごらん。

わからんか?わからんだろうなあ。
歌は心で聴くものだ。そうすれば、その歌の精神が明瞭にわかるだろう。
聴く心がなければ、言葉はわかっても、その精神はわかるはずがない。
詩は、諸葛孔明の死に瀕したときの苦衷を歌ってはいる。
さぞかし辛かったであろう、、
と思えば、それまでの世界の歌である。

諸葛孔明の心情が、私の心底深く訴えるところのものは、そんな感傷のみではない。
使命に立ち、使命を自覚したものの責務と辛さです。
諸葛孔明には、ぜひとも成しとげなければならぬ使命があった。

しかも、孔明は、あすをも知れぬ断崖絶壁の命となっている。
味方の軍勢は負け戦の最中だ。
しかし、このままで今、死ななくてはならない。
黙然として、頭を独り垂れるとき、諸君ならどうするか。
この時の孔明の一念が、今日も歴史に生きつづけているのです。
私が今、不覚にも涙を流したのは、この鋭い一念が、私に感応をよびおこしたからだ。」


②「夢にも忘れぬ大聖人様の御遺命を、わが使命として身命を賭しているもののことだ。
すなわち、大樹がひとたび倒れたら広宣流布の命運はいったいどうなることだろう。
私がひとたび倒れたら、広宣流布はどうなるか。
私は、尊い偉大な使命を自覚するが故に、他の誰ひとりそれを自覚しない故に、涙なくしては考えることができないのです。
私は今、倒れるわけにはいかないのだ。死にたくても死ねないのだ。」


③「今も昔も変わらぬ乱世である。
民衆は神も仏もあるものかと苦しみ喘いでいるではないか。
広宣流布の実現した平和社会も、われわれの想像の中では描くことができるが、現実の社会では、それも一片の春の夢にすぎない。
野心と陰謀を逞しくした、多くの指導者たちは、見苦しくも中原の鹿を争っている。
その中で、真の平和楽土を築こうなどという崇高な決意で立っているものは誰ひとりいない。
残酷非情な戦いが、乱世の原理というものだ。」


④「諸葛孔明はなにを好んで、蜀の宰相になって、苦しまなければならなかったのか。
彼は二十数年前のように、南陽の地で、農民と親しく交わり、冗談を言い、笛を吹いていようと思えば、それもできたはずであった。しかし、民の苦しみを救うためには、それも許されなくなってしまった。
私も、広宣流布の使命を自覚するまでは、思う存分働いて、酒でも飲みながら、この世を面白おかしく送ろうと思えば、できないことでもなかった。
なにを好んで、寝ても覚めても、厳しい使命の実現に骨身を削らねばならぬのか。
諸君と共に、不思議といえば不思議なことだ。」

⑤「時代も、苦しんでいる民衆を、全衆生を、永遠に根本から救済するということは、平凡な動機などでは考えられない大事業だ。
これ以上の大事業が、どこにあるのかと私は言いたい。
その成否については、人は勝手なことを言うだろう。
どんなことを言われようとも、身を賭して、広宣流布の誠を尽くす以外に、なんの方法がありましょうか。
今の私の心中を誰がいったい理解しているだろう。
私の孤独はここにある。
私は凡夫だ。
大聖人様だけが、大御本尊様だけが、ご存知だろう。」

⑥「最後の一節にいたって、諸葛孔明はついに死ぬのだが、悲しいことに使命の挫折を歌っている。
孔明の名はたしかに千載の後まで残るに残ったが、挫折は、挫折です。
孔明には挫折も許されるかもしれないが、私には、挫折はゆるされぬ。
広布の大業が挫折したら、人類の未来は真っ暗闇だからです。
誰かが、この大業を遂行してくれるなら、私は、いつどうなってもかまわない。
しかし、今が今は誰一人いないのです。

どんなに辛くとも、誰がなんと言おうと、今の私は、重い使命に一人生きる以外、仕方がない。
誰も知らぬ、誰も気もつかぬところで、私は体を張ってやるより仕方がないのだ。
私を支えているのは、ただ大聖人様の、ご照覧への確信だけです。
このことを思うとき、初めて随喜の涙もながれてくるのです。
今日の「五丈原」の歌が私の心中をきわめて近く表現してくれているから泣けるのです。」

(「人間革命 第7巻 飛翔」より、ここまで)

 私たち弟子は、偉大なる広宣流布の大将軍の、心奥の大境涯を垣間見る思いであった。
私たちの胸中に、今鳴り響く「五丈原」の歌声には悲哀の音調はない。
幾百万の正義の青年たちが澎湃と続いているからだ。
(「随筆人間世紀の光」より)


長いブログを最後まで読んでくださって本当に、ありがとうございます。
なぜこの歌が、創価学会の歌になっているのか、少しでもわかっていただけたでしょうか。

これからも、よろしくお願いします。



創価学会について、興味のある方は、是非、創価学会の公式ホームページをご覧ください。


創価学会公式ホームページ




作詞 土井晩翠  作曲 不詳


1 祁山悲秋の風たけて(きざんひしゅうのかぜたけて)
 陣雲暗し五丈原(じんうんくらしごじょうげん)
 零露の文は繁くして(れいろのあやはしげくして)
 草枯れ馬は肥ゆれども(くさかれうまはこゆれども)
 蜀軍の旗光無く(しょくぐんのはたひかりなく)
 鼓角の音も今しづか(こかくのおともいましずか)
 丞相病あつかりき(じょうしょうやまいあつかりき)
 丞相病あつかりき(じょうしょうやまいあつかりき)

2 夢寐に忘れぬ先王の(むびにわすれぬせんのうの)
 いまわの御こと畏みて(いまわのみことかしこみて)
 心を焦がし身をつくす(こころをこがしみをつくす)
 暴露のつとめ幾とせか(ぼうろのつとめいくとせか)
 今落葉の雨の音(いまらくようのあめのおと)
 大樹ひとたび倒れなば(たいじゅひとたびたおれなば)
 漢室の運はたいかに(かんしつのうんはたいかに)
 丞相病あつかりき(じょうしょうやまいあつかりき)

3 四海の波瀾収まらで(しかいのはらんおさまらで)
 民は苦み天は泣き(たみはくるしみてんはなき)
 いつかは見なん太平の(いつかはみなんたいへいの)
 心のどけき春の夢(こころのどけきはるのゆめ)
 群雄立ちてことごとく(ぐんゆうたちてことごとく)
 中原鹿を争うも(ちゅうげんしかをあらそうも)
 たれか王者の師を学ぶ(たれかおうじゃのしをまなぶ)
 丞相病あつかりき(じょうしょうやまいあつかりき)
 

4 嗚呼南陽の旧草廬(ああなんようのきゅうそうろ)
 二十余年のいにしへの(にじゅうよねんのいにしえの)
 夢はたいかに安かりし(ゆめはたいかにやすかりし)
 光を包み香をかくし(ひかりをつつみかをかくし)
 隴畝に民と交われば(ろびにたみとまじわれば)
 王佐の才に富める身も(おうさのさいにとめるみも)
 ただ一曲の梁歩吟(ただいっきょくのりょうふぎん)
 丞相病あつかりき(じょうしょうやまいあつかりき)


5 成否を誰れかあげつらふ(せいひをだれかあげつらう)
 一死尽くしし身の誠(いっしつくししみのまこと)
 仰げば銀河影冴えて(あおげばぎんがかげさえて)
 無数の星斗光濃し(むすうのせいとひかりこし)
 照らすやいなや英雄の(てらすやいなやえいゆうの)
 苦心弧忠の胸ひとつ(くしんこちゅうのむねひとつ)
 其壮烈に感じては(そのそうれつにかんじては)
 鬼神も哭かむ秋の風(きじんもなかんあきのかぜ)

6 嗚呼五丈原秋の夜半(ああごじょうげんあきのよは)
 あらしは叫び露は泣き(あらしはさけびつゆはなき)
 銀漢清く星高く(ぎんかんきよくほしたかく)
 神秘の色につつまれて(しんぴのいろにつつまれて)
 天地微かに光るとき(てんちかすかにひかるとき)
 無量の思齎して(むりょうのおもいもたらして)
 千載の末今も尚(せんざいのすえいまもなほ)
 名はかんばしき諸葛亮(なはかんばしきしょかつりょう)
 名はかんばしき諸葛亮(なはかんばしきしょかつりょう)




ごじょうげん【五丈原】
中国陝西省西安市の西、岐山県の西南にある三国時代の古戦場。蜀の諸葛孔明が魏の司馬懿(い)と対戦、病没した地。

きざん【祁山】
中国甘粛省天水市西南方、西和県の西北にある山。三国時代、蜀の諸葛孔明が六度にわたって魏を攻撃した所。

ふける【更ける・深ける・老ける】
(1) 時間が経過し、事態が深まる。
1 (老)老齢となる。また、年寄りじみる。
2 その季節になってから、かなり時間が経過する。季節が深まる。
3 夜が深くなる。深夜に及ぶ。
(2) 鳥、特に鶉(うずら)が鳴く。*俳・鷹筑波‐四「秋の夜もくわいとふけたる鶉哉」

(創価学会では慣習的に「風たけて」と歌っています。)

れいろ【零露】
落ちる露。したたり落ちる露。


こかく【鼓角】
陣中で合図などにつかう、つづみとつのぶえ。また、つづみとふえ。

じょうしょう【丞相】(孔明のこと)
(「丞」「相」はともにたすける意)
1 古く中国で、天子を助けて国政をつかさどった最高の官。大臣。宰相。
2 大臣に相当する唐名。
(孔明のこと)

むび【夢寐】
眠って夢を見ること。眠ること。また、その間。「夢寐にも忘れない」

くんのう【君王】(蜀漢の劉備のこと)
おおきみ。君主。国君。
(創価学会では慣習的に「せんのう」と歌っています。)

いまわ(‥は)【今わ・今際】
「今はのきわ」「今はのとき」の意に用いられたもの)今はこの世の限りだという時。死にぎわ。臨終。最期。

みこと【御言・命】
「こと(言)」を敬っていう語。神、また天皇のおことば。おおせ。

かしこむ【畏む・恐む】
1 恐ろしいと思う。
2 おそれ多いと思う。
3 つつしみ深くする。


ばくろ【暴露・曝露】
1 風雨にさらすこと。風雨にさらされること。
2 さらけだすこと。むきだしにすること。
3 特に、悪事や秘密などをあばきだして広く人々に知らせること。秘密にされていた悪事などを明るみに出すこと。
(創価学会では慣習的に「ぼうろ」と歌っています。)


しかい【四海】
1 四方の海。よものうみ。
2 (四方の海のうちの意から)国内。くにじゅう。また、世界。世の中。天下。
3 四方の外国。国のまわり。四方のえびす。
4 仏語。須弥山(しゅみせん)をとりまく四方の外界。
四海波静(なみしず)か (楊万里の「六合塵清、四海波静」から)四方の海が静かなこと。転じて、国の内外が平和に治まること。天下太平。


ちゅうげん【中原】
Ⅰ 
1 広い野原の中央。
2 天下の中央の地。辺境や蛮国に対していう語。中国。
3 転じて、政権を争う舞台。また、競争の場。
Ⅱ 中国の黄河中流域の平原地帯をいう。河南省・山東省西部・河北省と山西省の南部・陝西(せんせい)省東部を含む。漢文化発祥の地で、周代まで政治の中心地であった。ひいて、中国。
中原に鹿(しか)を逐(お)う 
1 (「中原」は、中国、特に黄河流域の平原地帯をさし、「鹿」は天子の位のこと)帝王の位を得ようとして戦う。
2 転じて、ある地位や目的物などを得るために互いに競争する。
中原の鹿(しか・ろく) 帝王の位のたとえ。転じて、多くの人が競争して得ようとするもの。

南陽

そうろ【草盧】
1 草ぶきのいおり。くさや。草庵・草亭。
2 自分の住居をへりくだっていう語。草亭。
(孔明が、かつて住んでいた家のこと)

(光 香、ともに孔明の優れた才能を示す)

ろうほ【壟畝・隴畝】
1 うねとあぜ。田畑。
2 田舎。また、民間。

(創価学会では慣習的に「ろび」と歌っています。)

おうさ【王佐】
帝王のたすけとなること。「王佐の才(材)」

ぎん【吟】
1 吟じること。吟詠。また、昆虫などが良い声で鳴くのにもいう。
2 中国で、歌、曲、引などとともに古詩、楽府題に用いられる文字の一つ。白頭吟、梁甫吟など。
3 謡曲で、発声の強弱をいう。
4 三味線の勘所の一つ。また、その勘所によって奏される澄んだ音。東風(豊竹座風)にだけある。

せいひ【成否】
成ることと成らないこと。成功と失敗。じょうふ。「成否のかぎを握る」

こちゅう【孤忠】
ただひとりで尽くす忠義。味方のないただひとりの忠義。

そうれつ【壮烈】
(形動)雄々しくはげしいこと。元気盛んで勇敢なさま。「壮烈な戦死」

ぎんかん【銀漢】
=ぎんが(銀河)1

ぎんが【銀河】
1 晴れた夜空に、一筋の雲のようにかかる光の帯で、無数の星や星間物質が集中しているもの。地球からはその面を横から見ることになるので、その中央線は天球上にほぼ大円を描く。天の川。銀漢。《季・秋》

せんざい【千載・千歳】
千年。長い年月。ちとせ。「千載不易」「千歳緑」
せんざい‐いちぐう【千載一遇・千歳一遇】 千年にたった一度しかめぐりあえないようなすばらしい状態。また、そういう機会。

かんばしい【芳しい・香しい・馨しい】
1 かおりが高い。たちこめるにおいがよい。「かんばしい梅の花」
2 ほまれが高い。りっぱである。現代では下に打消の語を伴うことが多い。「かんばしからぬ行為(評判)」
3 好ましい。望ましい。現代では下に打消の語を伴うことが多い。「成果はかんばしくない」
かんばし‐げ(形動)/かんばし‐さ(名)

しょかつりょう【諸葛亮】
中国、三国時代の蜀漢の宰相。亮(りょう)は名、字は孔明。諡(おくりな)は忠武。襄陽の隆平に隠れていたが、蜀漢の劉備の三顧の礼に応じて仕え、戦略家として活躍し、天下三分の計を説き、孫権と連合して赤壁の戦に曹操を破った。後、五丈原で司馬懿(しばい・仲達)と対陣中病没。

死せる孔明(こうめい)生ける仲達(ちゅうたつ)を走らしむ 中国の三国時代、蜀の諸葛孔明が五丈原で魏の司馬仲達の軍と対陣中病死し、それを聞いた仲達は攻撃に出たが、蜀軍が旗をかえし、鼓を鳴らして反撃する勢いを示すと、孔明の死がいつわりで、計略にかかったと恐れて追撃を中止して退いたという故事。

りゅうび(リウ‥)【劉備】
中国三国時代、蜀漢の第一代皇帝(在位二二一~二二三年)。字は玄徳。諡(おくりな)は昭烈帝。後漢の霊帝の時、黄巾の乱に功があり、のち諸葛亮の力を得て、呉の孫権とともに、曹操の大軍を赤壁で破った。後漢の滅亡を聞いて、みずから帝位につき成都を都とした。

さんこ【三顧】
(中国の蜀の劉備(りゅうび)が諸葛孔明の庵を三度訪れ、遂に軍師として迎えた故事による)目上の人がある人に礼をつくして仕事を頼むこと。また、目上の人がある人を特別に信任、優遇すること。三顧の礼。「三顧の知遇(恩)」
三顧の礼(れい) =さんこ(三顧)

赤壁の戦(たたか)い 中国、後漢末二〇八年、赤壁で呉の孫権と蜀の劉備の連合軍が魏の曹操の水軍を破った戦い。この戦いの結果、三国時代の基礎が形成された。







    一
  祁山(きざん)悲秋の 風更(ふ)けて
  陣雲暗し 五丈原(ごじょうげん)、
  零露(れいろ)の文(あや)は 繁(しげ)くして
  草枯れ馬は 肥ゆれども
  蜀軍の旗 光無く
  鼓角(こかく)の音も 今しづか。

  丞相(じょうしょう)病 あつかりき。

  清渭(せいい)の流れ 水やせて
  むせぶ非情の 秋の聲(こえ)、
  夜(よ)は關山(かんざん)の 風泣いて
  暗(やみ)に迷ふか かりがねは
  令風霜の 威もすごく
  守る諸營(とりで)の 垣の外。

  丞相病あつかりき。

  帳中(ちょうちゅう)眠(ねむり) かすかにて
  短檠(たんけい)光 薄ければ
  こゝにも見ゆる 秋の色、
  銀甲(ぎんこう)堅く よろへども
  見よや待衞(じえい)の 面(おも)かげに
  無限の愁(うれい) 溢(あふ)るゝを。

  丞相病 あつかりき。

  風塵遠し 三尺の
  劍(つるぎ)は光 曇らねど
  秋に傷めば 松柏(しょうはく)の
  色もおのづと うつろふを、
  漢騎十萬 今さらに
  見るや故郷の 夢いかに。

  丞相病 あつかりき。

  夢寐(むび)に忘れぬ 君王(くんのう)の
  いまわの御(み)こと 畏(かしこ)みて
  心を焦(こ)がし 身をつくす
  暴露のつとめ 幾とせか、
  今落葉(らくよう)の 雨の音
  大樹(たいき)ひとたび 倒れなば
  漢室の運 はたいかに。

  丞相病 あつかりき。

  四海の波瀾 收まらで
  民は苦み 天は泣き
  いつかは見なん 太平の
  心のどけき 春の夢、
  群雄立ちて ことごとく
  中原(ちゅうげん)鹿(しか)を 爭ふも
  たれか王者の 師を學ぶ。

  丞相病 あつかりき。

  末は黄河の 水濁る
  三代の源(げん) 遠くして
  伊周(いしゅう)の跡は 今いづこ、
  道は衰へ 文(ふみ)弊れ
  管仲(かんちゅう)去りて 九百年
  樂毅(がっき)滅びて 四百年
  誰か王者の 治(ち)を思ふ。

  丞相病 あつかりき。

    二
  嗚呼南陽の 舊草廬(きゅうそうろ)
  二十餘年の いにしえの
  夢はたいかに 安かりし、
  光を包み 香をかくし
  隴畝(ろうほ)に民と 交われば
  王佐の才に 富める身も
  たゞ一曲の 梁父吟(りょうほぎん)。

  閑雲(かんうん)野鶴(やかく) 空(そら)濶(ひろ)く
  風に嘯(うそぶ)く 身はひとり、
  月を湖上に 碎(くだ)きては
  ゆくへ波間の 舟ひと葉、
  ゆふべ暮鐘(ぼしょう)に 誘はれて
  訪ふは山寺(さんじ)の 松の影。

  江山(こうざん)さむる あけぼのゝ
  雪に驢(ろ)を驅(か)る 道の上
  寒梅痩せて 春早み、
  幽林(ゆうりん)風を 穿(うが)つとき
  伴(とも)は野鳥の 暮の歌、
  紫雲たなびく 洞(ほら)の中
  誰そや棊局(ききょく)の 友の身は。

  其(その)隆中(りゅうちゅう)の 別天地
  空のあなたを 眺(なが)むれば
  大盜(たいとう)競(き)ほひ はびこりて
  あらびて榮華 さながらに
  風の枯葉(こよう)を 掃(はら)ふごと
  治亂(ちらん)興亡(こうぼう) おもほへば
  世は一局の 棊(き)なりけり。

  其(その)世を治め 世を救ふ
  經綸(けいりん)胸に 溢るれど
  榮利を俗に 求めねば
  岡も臥龍(がりょう)の 名を負ひつ、
  亂れし世にも 花は咲き
  花また散りて 春秋(しゅんじゅう)の
  遷(うつ)りはこゝに 二十七。

  高眠遂に 永からず
  信義四海に 溢れたる
  君が三たびの 音づれを
  背(そむ)きはてめや 知己の恩、
  羽扇(うせん)綸巾(かんきん) 風輕(かろ)き
  姿は替へで 立ちいづる
  草廬あしたの ぬしやたれ。

  古琴(こきん)の友よ さらばいざ、
  曉(あけぼの)たむる 西窓(せいそう)の
  殘月の影よ さらばいざ、
  白鶴(はっかく)歸れ 嶺の松、
  蒼猿(そうえん)眠れ 谷の橋、
  岡も替へよや 臥龍の名、
  草廬あしたの ぬしもなし。

  成算(せいさん)胸に 藏(おさま)りて
  乾坤こゝに 一局棊(いっきょくき)
  たゞ掌上(しょうじょう)に 指(さ)すがごと、
  三分の計(けい) はや成れば
  見よ九天の 雲は垂れ
  四海の水は 皆立(たち)て
  蛟龍飛びぬ 淵の外。

      三
  英才雲と 群がれる
  世も千仭(せんじん)の 鳳(ほう)高く
  翔(か)くる雲井の 伴(とも)やたそ、
  東(ひがし)新野(しんや)の 夏の草
  南(みなみ)瀘水(ろすい)の 秋の波
  戎馬(じゅうば)關山(かんざん) いくとせか
  風塵暗き ただなかに
  たてしいさをの 數いかに。

  江陵去りて 行先は
  武昌夏口の 秋の陣、
  一葉(いちよう)輕く 棹(さお)さして
  三寸の舌 呉に説けば
  見よ大江の 風狂ひ
  焔(ほのお)亂れて 姦雄の
  雄圖(ゆうと)碎けぬ 波あらく。

  劔閣(けんかく)天に そび入りて
  あらしは叫び 雲は散り
  金鼓(きんこ)震(ふる)ひて 十萬の
  雄師は圍(かこ)む 成都城
  漢中尋(つい)で 陷(おちい)りて
  三分の基(もと) はや固し。

  定軍山の 霧は晴れ
  汚陽(べんよう)の渡り 月は澄み
  赤符(せきふ)再び 世に出(い)でゝ
  興(おこ)るべかりし 漢の運
  天か股肱の 命(めい)盡きて
  襄陽遂に 守りなく
  玉泉山(ぎょくせんざん)の 夕まぐれ
  恨みは長し 雲の色。

  中原北に 眺むれば
  冕旒(べんりゅう)塵に 汚されて
  炎精(えんせい)あはれ 色も無し、
  さらば漢家の 一宗派(いちそうは)
  わが君王を いただきて
  踏ませまつらむ 九五(きゅうご)の位(い)、
  天の暦數 こゝにつぐ
  時建安の 二十六
  景星(けいせい)照りて 錦江(きんこう)の
  流に泛(うか)ぶ 花の影。

  花とこしへの 春ならじ、
  夏の火峯(かほう)の 雲落ちて
  御林(ぎょりん)の陣を 焚(や)き掃ふ
  四十餘營(しじゅうよえい)の あといづこ、
  雲雨(うんう)荒臺(こうだい) 夢ならず、
  巫山(ふざん)のかたへ 秋寒く
  名も白帝の 城のうち
  龍駕(りょうが)駐(とどま)る いつまでか。

  その三峽の 道遠き
  永安宮(えいあんきゅう)の 夜の雨、
  泣いて聞きけむ 龍榻(りょうとう)に
  君がいまわの みことのり。
  忍べば遠き いにしえの
  三顧の知遇 またこゝに
  重ねて篤き 君の恩、
  諸王に父と 拜(はい)されし
  思(おもい)やいかに 其(その)宵(よい)の。

  邊塞(へんさい)遠く 雲分けて
  瘴烟(しょうえん)蠻雨(ばんう) ものすごき
  不毛の郷(きょう)に 攻め入れば
  暗し瀘水(ろすい)の 夜半(よわ)の月、
  妙算世にも 比(たぐい)なき
  智仁を兼ぬる ほこさきに
  南蠻いくたび 驚きて
  君を崇(あが)めし 「神なり」と。

      四
  南方すでに 定まりて
  兵は精(くわ)しく 糧(かて)は足る
  君王の志 うけつぎて
  姦(かん)を攘(はら)はん 時は今、
  江漢(こうかん)常武(じょうぶ) いにしへの
  ためしを今に こゝに見る
  建興五年 あけの空、
  日は暖かに 大旗(おおはた)の
  龍蛇(りょうだ)も動く 春の雲、
  馬は嘶(いなな)き 人勇む
  三軍の師を 隨へて
  中原北に うち上る。

  六たび祁山の 嶺の上、
  風雲動き 旗かへり
  天地もどよむ 漢の軍、
  偏師節度を 誤れる
  街亭の敗(はい) 何かある、
  鯨鯢(げいげい)吼(ほ)えて 波怒り
  あらし狂うて 草伏せば
  王師十萬 秋高く
  武都(ぶと)陰平(いんぺい)を 平げて
  立てり渭南の 岸の上。

  拒(ふせ)ぐはたそや 敵の軍、
  かれ中原の 一奇才
  韜略(とうりゃく)深く 密ながら、
  君に向はん すべぞなき、
  納めも受けむ 贈られし
  素衣巾幗(そいきんかく)の あなどりも、
  陣を堅うし 手を束(つか)ね
  魏軍守りて 打ち出でず。

  鴻業果(はた)し 收むべき
  その時天は 貸さずして
  出師(すいし)なかばに 君病みぬ、
  三顧の遠い むかしより
  夢寐に忘れぬ 君の恩
  答て盡す まごゝろを
  示すか吐ける 紅血(くれない)は、
  建興の十三 秋なかば
  丞相病 篤かりき。

      五
  魏軍の營(えい)も 音絶て
  夜(よ)は靜かなり 五丈原、
  たゝずと思ふ 今のまも
  丹心(たんしん)國を 忘られず、
  病(やまい)を扶(たす)け 身を起し
  臥帳(がちょう)掲(かか)げて 立ちいづる
  夜半の大空 雲もなし。

  刀斗(ちょうと)聲無く 露落ちて
  旌旗(せいき)は寒し 風清し、
  三軍ひとしく 聲呑みて
  つゝしみ迎ふ 大軍師、
  羽扇綸巾(うせんかんきん) 膚(はだ)寒み
  おもわやつれし 病める身を
  知るや情(なさけ)の 小夜(さよ)あらし。

  諸壘あまねく 經(へ)廻(めぐ)りて
  輪車(りんしゃ)靜かに きしり行く、
  星斗(せいと)は開く 天の陣
  山河はつらぬ 地の營所(えいしょ)、
  つるぎは光り 影冴えて
  結ぶに似たり 夜半の霜。

  嗚呼陣頭に あらわれて
  敵とまた見ん 時やいつ、
  祁山の嶺(みね)に 長驅(ちょうく)して
  心は勇む 風の前、
  王師たゞちに 北をさし
  馬に河洛に 飲まさむと
  願ひしそれも あだなりや、
  胸裏(きょうり)百萬 兵はあり
  帳下三千 將足るも
  彼れはた時を いかにせん。

      六
  成敗遂に 天の命
  事あらかじめ 圖(はか)られず、
  舊都(きゅうと)再び 駕(が)を迎へ
  麟臺(りんだい)永く 名を傳ふ
  春(はる)玉樓(ぎょくろう)の 花の色、
  いさをし成りて 南陽に
  琴書(きんしょ)をまたも 友とせむ
  望みは遂に 空(むな)しきか。

  君恩(くんおん)酬(むく)ふ 身の一死
  今更我を 惜しまねど
  行末いかに 漢の運、
  過ぎしを忍び 後(のち)計る
  無限の思(おもい) 無限の情(じょう)、
  南(みなみ)成都(せいと)の 空いづこ
  玉壘(ぎょくるい)今は 秋更けて、
  錦江の水 痩せぬべく
  鐵馬(てつば)あらしに 嘶きて、
  劔關の雲 睡(ねぶ)るべく。

  明主の知遇 身に受けて
  三顧の恩に ゆくりなく
  立ちも出でけむ 舊草廬
  嗚呼鳳(ほう)遂に 衰へて
  今に楚狂(そきょう)の 歌もあれ、
  人生意氣に 感じては
  成否をたれか あげつらふ。
  一死盡くしゝ 身の誠、
  仰げば銀河 影冴えて
  無數の星斗 光濃し、
  照すやいなや 英雄の
  苦心孤忠の 胸ひとつ、
  其(その)壯烈に 感じては
  鬼神も哭かむ 秋の風。

      七
  行(ゆき)て渭水の 岸の上
  夫の殘柳(ざんりゅう)の 恨(うらみ)訪(と)へ、
  劫初(ごうしょ)このかた 絶えまなき
  無限のあらし 吹(ふき)過ぎて
  野は一叢(いっそう)の 露深く
  世は北邱(ほくぼう)の 墓高く。

  蘭(らん)は碎けぬ 露のもと、
  桂(かつら)は折れぬ 霜の前、
  霞(かすみ)に包む 花の色
  蜂蝶(ほうちょう)睡(ねむ)る 草の蔭、
  色もにほひも 消(きえ)去りて
  有情(うじょう)も同じ 世々の秋。

  群雄次第に 凋落し、
  雄圖(ゆうと)は鴻(こう)の 去るに似て
  山河幾とせ 秋の色、
  榮華盛衰 ことごとく
  むなしき空に消行けば
  世は一場(いちじょう)の 春の夢。

  撃たるゝものも 撃つものも
  今更こゝに 見かえれば
  共に夕(ゆうべ)の 嶺の雲
  風に亂れて 散るがごと、
  蠻觸(ばんしょく)二邦(にほう) 角(つの)の上
  蝸牛の譬 おもほへば
  世ゝの姿は これなりき

  金棺灰を 葬りて
  魚水の契り 君王も
  今(いま)泉臺(せんだい)の 夜の客
  中原北を 眺むれば、
  銅雀臺(どうじゃくだい)の 春の月
  今は雲間の よその影
  大江(たいこう)の南 建業の
  花の盛も いつまでか。

  五虎の將軍 今いづこ。
  神機(しんき)きほひし 江南の
  かれも英才 いまいづこ、
  北の渭水の 岸守る
  仲達(ちゅうたつ)かれも いつまでか、
  聞けば魏軍の 夜半の陣
  一曲遠し 悲茄(ひか)の聲。

  更に碧(みどり)の 空の上
  靜かにてらす 星の色
  かすけき光 眺むれば
  神祕は深し 無象(むしょう)の世、
  あはれ無限の 大うみに
  溶くるうたかた 其(その)はては
  いかなる岸に 泛(うか)ぶらむ、
  千仭暗し わだつみの
  底の白玉 誰か得む、
  幽渺(ゆうびょう)境(さかい) 窮(きわ)みなし
  鬼神のあとを 誰か見む。

  嗚呼五丈原 秋の夜半
  あらしは叫び 露は泣き
  銀漢(ぎんかん)清く 星高く
  神祕の色に つゝまれて
  天地微かに 光るとき
  無量の思 齎(もた)らして
  「無限の淵」に 立てる見よ、
  功名いづれ 夢のあと
  消えざるものは たゞ誠、
  心を盡し 身を致し
  成否を天に 委(ゆだ)ねては
  魂遠く 離れゆく。

  高き尊き たぐいなき
  「悲運」を君よ 天に謝せ、
  青史の照らし 見るところ
  管仲樂毅 たそや彼、
  伊呂の伯仲 眺むれば
  「萬古の霄(そら)の 一羽毛」
  千仭翔(かく)る 鳳(ほう)の影、
  草廬にありて 龍と臥し
  四海に出でゝ 龍と飛ぶ
  千載の末 今も尚
  名はかんばしき 諸葛亮。




長いブログを最後まで読んでくださって本当に、ありがとうございます。

これからも、よろしくお願いします。


原稿印刷用に準備した空白行の少ないテキストデータです


≪ナレーション≫ それでは、寸劇人間革命のコーナーです。
本日は、草創期からの学会歌「星落秋風五丈原 ほしおつ しゅうふう ごじょうげん」のお話であります。
はじめに、青年部より、詩の意味の説明を、お願いします。
≪青年部≫ この歌の舞台は、約千八百年前の中国です。
三国志の英雄、諸葛孔明(しょかつこうめい)の最期の心情を歌ったものであります。
「丞相病あつかりき」、と何回も出てきますが、丞相とは、今で言えば総理大臣で、皇帝を支える、最高の位(くらい)の名前で、孔明のことです。
つまり「丞相病あつかりき」とは、「丞相の位についている、孔明の病は、きわめて重かったのであります」という意味になります。
一番の意味は、おおよそ「祁山に吹く秋風は、病に倒れた孔明を、嘆き悲しむ様に、吹きあれている。我が軍は、負け戦の最中で、その旗は、弱々しく、戦の合図である鼓(つつみ)の音も、角笛(つのぶえ)の音も、今は静まりかえっている。丞相である孔明の病は、きわめて重かったのであります」と、なります。
2番の「大樹ひとたび倒れなば」の大樹とは、偉大な人物を意味し、ここでは孔明のことです。
つまり、孔明が病にたおれ、死んでしまったら、漢王室の行く末は、どうなってしまうのか。という、意味です。
つまり、2番の意味は、おおよそ「今は無き君王・劉備様の遺言は、夢にも忘れた事は無い。常に、全身全霊を投げ打って、活路を見出して来た。しかし大樹すなわち孔明が、病にたおれたならば、漢王室の行く末は、一体どうなってしまうのであろうか」と、なります。 
3番4番5番は、あとで、自分で読んでください。
6番の「あらしは叫び露は泣き」とは、孔明が、志なかばで、死んでしまったことを意味します。「諸葛亮」とは孔明のこと。つまり、6番の意味は、おおよそ「五丈原においては、孔明の死を悲しみ、全ての草木を涙の夜露で濡らし尽くす銀河の星は瞬き、孔明の想いを、余す処無く照らし尽くすあれから二千年あまり、その名・諸葛孔明は、燦然(さんぜん)と、歴史に、輝いているのであります」と、なります。
以上、解説が長くなりましたが、いよいよ寸劇の始まりであります。

≪ナレーション≫ 時は昭和28年、西暦1953年1月5日。午後3時15分。新年の 会食会 の真っ最中であります。
男子部の中道秋雄が、一人立って、耳なれぬ歌をよく通る声で歌いだしました。歌の調べは、男性的な強さとともに、格調のある悲哀(ひあい)が込められて、響いたのであります。

≪中道秋雄≫(独唱一番)一番を歌います。
♪♪ 祁山悲秋の風更けて~~♪♪ 《または、CD再生》
≪ナレーション≫ いうまでもなく土井晩翠(どいばんすい)の「星落秋風五丈原」の詩で、三国志の英雄・諸葛孔明(しょかつこうめい)の晩年の苦衷(くちゅう)を歌った名作であります。
お話は前の日に、さかのぼります。山本伸一は、「五丈原」の詩を、数名の男子部員の前で朗読したのです。
≪中道秋雄≫ 山本部隊長、メロディーを、僕、知ってます。♪丞相病あつかりき~♪という、いい曲ですよ。
≪ナレーション≫ 歌う中道について、一同は一緒になんども歌った。山本伸一 部隊長は、詩の意味を、熱く皆に話したのであります。
≪山本伸一≫ 彼は病んでいた。病は重かった。味方は負け戦だ。病んでいる彼の胸に去来(きょらい)するものは、思わしくない戦況と、先王(せんおう)の深い信頼と、漢の国の命運であったと思う。
彼の病気を敵に知られてはならない。戦乱に苦しむ民衆のことを想うのは辛(つら)かった。そして二十数年前、先王に仕える以前の、あの平和な日々が懐かしく思い出されるのである。
彼は今、秋風(しゅうふう)吹く五丈原に病んで、胸ひとつに壮烈(そうれつ)な決意を抱(いだ)いていた。そして、天地は悠久(ゆうきゅう)である。
 う~~ん。 ~~そうだ! 
これは、広宣流布に一人立ち向かう毅然(きぜん)たる戸田先生の心情に、どこか通(かよ)うところがあるのではないか。
この歌を、明日の、新年会で、戸田先生に是非お聞かせしようではないか。中道君、君が歌うのだ。頼むよ。ところで君、よく知っていたね。
≪中道秋雄≫ そんな深い意味があるとは、ちっとも知らなかった。ただ、なんとなく好きな歌だったのです。
戸田会長先生の前で歌うのですね。はい。是非、歌わせてください。
≪ナレーション≫ こうして、中道秋雄がこの「五丈原」を歌いだしたとき、山本伸一は聴(き)き入る戸田の顔をじっと見つめていたのであります。
≪中道秋雄≫(独唱2番)2番を歌います。
♪♪ 夢寐に忘れぬ君王の~♪♪《または、CD再生2番》
≪ナレーション≫ 漢語が多く戸惑っている者が多かった。
何の歌だろう?と顔を見合わせている壮年もいる。
映画「レッド・クリフ」に出てくる孔明の歌だ――と、うなずく、現役青年部もいる。
ところが、戸田城聖だけは「今落葉(らくよう)の雨の音 大樹(たいじゅ)ひとたび倒れなば、、」の段になると、みるみるこわばった表情は、くずれて、ゆがんできた。
そして、涙を、浮かべたように、思われたのであります。
戸田は、じっと聴いていた。耳を澄(す)まして聴いていた。今まで多く歌われた歌の中で、これほど激しく、彼の胸を打ったものは、なかったのです。やがて皆は、戸田のただならぬようすに、気づきはじめたのであります。
戸田はとうとうメガネをはずした。
そして白いハンカチを、眼にあてたのであります。
≪中道秋雄≫(独唱6番)6番を歌います。
♪♪ 嗚呼五丈原秋の夜半 あらしは叫び露は泣き♪♪
《または、CD再生6番》                                                            
≪戸田城聖≫(メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)
う~~~ん。いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。
≪ナレーション≫ このとき、山本伸一もすっくと立ちあがった。
そして二人で歌い始めたのであります。二人の声は、朗々と響き渡ったのであります。
≪戸田城聖≫ いい歌だ。もう一度歌って聴かせてくれないか。
≪ナレーション≫ 戸田城聖は涙を浮かべ、時に一すじ、二すじ、流れる涙を押さえようともしなかった。
そして、歌が終わると、また「もう一度」、そして再び「もう一度」といって、前後6度も繰りかえさせたのであります。

≪戸田城聖≫ 君たち、この歌の本当の精神がわかるか。僕には、天に叫び、地に悲しむ、孔明の痛烈(つうれつ)な声が聞こえてきてならないのだ。
それは、民衆を救わんとする、まことの使命を自覚したものの、責務と辛(つら)さです。
孔明は、あすをも知れぬ命となっている。味方の軍勢は、負け戦(いくさ)の最中だ。
しかし、このままで今、死ななくてはならない。黙然(もくねん)として、頭(こうべ)を独(ひと)り垂(た)れるとき、諸君ならどうするか。この時の孔明の一念が、今日(こんにち)も歴史に生きつづけているのです。
私が今、不覚にも涙を流したのは、この鋭い一念が、私に感応(かんのう)をよびおこしたからなのです。
大樹がひとたび倒れたら、いったいどうなる。私がひとたび倒れたら、広宣流布はどうなるか。私は今、倒れるわけにはいかないのだ。死にたくても死ねないのだ。
最後の一節にいたって、諸葛孔明はついに死ぬのだが、悲しいことに使命の挫折(ざせつ)を歌っている。孔明には、挫折も許されるかもしれないが、私には、挫折はゆるされぬ。
広宣流布の大業(だいぎょう)が挫折したら、人類の未来は真っ暗闇(くらやみ)だからです。どんなに辛くとも、誰がなんと言おうと、今の私は、重い使命に一人、生きる以外、仕方がない。誰も知らぬ、誰も、気もつかぬところで、私は体を張って、やるより仕方がないのだ。
この「五丈原」の歌が、私の心中を、きわめて近く表現してくれているから、泣けるのです。
みんな、少しはわかってくれたかね。(メガネをはずし、ハンカチで涙をふきながら)
地区部長さんも、すました顔をしてるが、実は、よくわかっていないんだよ。はっはっはっはっは~~
いいメロディーの、歌じゃないか。
旭日地区の皆さん。もう一度、みんなで歌おうではないか。
はい、音響係りさん、準備はいいかな。
はいスタート。
  ♪♪CDに合わせて全員で合唱♪♪ 拍手!!
≪ナレーション≫ *私たち弟子は、偉大なる広宣流布の大将軍の、心奥(しんおう)の大境涯を垣間(かいま)見る思いであったのであります。
この五丈原の歌は、その後、戸田先生の前で何度も何度も歌われ、そのたびに戸田先生が涙されたこと。そして戸田先生の葬儀の時にも歌われたことは、皆様ご存知のとおりであります。
本日は『小説「人間革命第7巻」飛翔(ひしょう)の章』から『学会歌「五丈原」のお話』を、旭日地区の オール スター キャスト、さらに、旭日地区芸術部の特別出演でお送りいたしました。

以上で寸劇人間革命のコーナーを終わります。



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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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