『伝統の二月』のお話


二月は日蓮大聖人の御生誕の月であり、また二月十一日は、戸田先生の誕生日であります。

今日、私たちが、この信心に巡り合えたのは、大聖人様が御出現になったからであることは言うまでもありませんが、戸田先生が広宣流布に一人立たれたおかげでもあります。

そして、皆さんは、それぞれ功徳を受け、幸せになられた。

その報恩感謝の思いで、この二月を戦いきり、見事な勝利の結果をもって、戸田先生にお応えし、先生の誕生の月をお祝いしようではありませんか。

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≪ナレーションA≫ 試練の冬を勝ち越えて、戸田先生が第2代会長に就任されたのは、、昭和26年(1951)の5月3日であった。

 その晴れの日、戸田先生は、生涯の願業として、75万世帯の本尊流布を大宣言なされのであります。

 だが、折伏は難事中の難事である。

なかなか、思うようには成果があがらないのが、現実であったのであります。


 ≪山本伸一≫ このままでは、戸田先生の宣言は虚妄(こもう)になってしまう。


≪ナレーションA≫ 山本伸一は悩んだ。

しかし、戸田の会社を軌道に乗せるために、全力を投入しなければならない日々が続いていた。

そうしたなかで、戸田から、蒲田の支部幹事として活動の指揮をとるよう、支持されたのであります。


≪ナレーションB≫ 「二月闘争」の発火点。それは、第一線のリーダーが集った緊急組長会であった。
                      (1952年1月下旬)

山本伸一は、寒風を突いて参加してくれた130人の同志と心一つに誓い合ったのであります。


≪山本伸一≫ 二月は日蓮大聖人の御生誕の月であり、また二月十一日は、戸田先生の誕生日であります。

今日、私たちが、この信心に巡り合えたのは、大聖人様が御出現になったからであることは言うまでもありませんが、戸田先生が広宣流布に一人立たれたおかげでもあります。

そして、皆さんは、それぞれ功徳を受け、幸せになられた。

 その報恩感謝の思いで、この二月を戦いきり、見事な勝利の結果をもって、戸田先生にお応えし、先生の誕生の月をお祝いしようではありませんか。


≪ナレーションB≫ 当時、どんなに頑張っても1支部で「月に100世帯」ほどの折伏が限界だと、皆が思い込んでいた。

 しかし山本伸一は、、「組で2世帯」という折伏目標を掲げた。

 そして、具体的に、

「祈りから始めよう」

「近隣を大切にしよう」

「体験を語ろう」、と呼びかけたのであります。


≪ナレーションB≫ 池田先生は次のように語っています。


≪山本伸一≫ ともあれ、「何としても、戸田先生に喜んでもらいたい」と私の心に、皆が共に燃え立ってくれた。


「誰か」ではない。「自分」がやるのだ!

「いつか」ではない。「今」やるのだ!

「不可能」ではない。「可能」にするのだ!


 自然のうちに、一人ひとりの心が戸田先生の大願と合致して、「師弟」の命のギアが深く噛み合った。

 師と共に広宣流布することを自ら願って出現したのが、地涌の菩薩だ。学会員は皆、偉大な菩薩である。

 ひとたび使命を自覚するならば、必ず第一級の広布の闘士として、本領を発揮できないわけがない。

 破れぬ壁など、断じてないのである。

 当時の蒲田の支部幹部では、私が一番若かった。

人を集めて偉ぶって指導しても、誰が信用するか。

自分が足を運び、顔を合わせ、寒風の中を一緒に歩く以外にない。

 1回の座談会、一軒の個人指導、一通の激励の手紙……すべてが私の主戦場と思って真剣に取り組んだ。

 これまで周囲に信心の話などしたことがないという人も、まだ信心が浅くて何も語れないと尻込(しりご)みしていた人も、矢も盾(たて)もたまらぬ息吹の中で、勇気の一歩を踏み出してくれた。


≪ナレーションB≫  蒲田の友は寒風に胸を張り、喜び勇んで、活動を開始した。そして、この月、蒲田支部は、二百一世帯という未曾有(みぞう)の折伏を成し遂げたのである。

“やればできる!”

誰もが大歓喜のなかにそう実感した。

蒲田支部の壮挙(そうきょ)は、触発の波動となって全国に広がり、これが七十五万世帯達成への突破口となった。

この蒲田での山本伸一の戦いが、折伏の飛躍を遂げる「伝統の二月」の淵源(えんげん)となっていったのであります。


≪ナレーションA≫ 「二月闘争」では、東京はもちろん、多摩川を隔てた神奈川にも、広宣の炎は燃え上がり、中部、山梨、千葉へ、そして雪の東北・秋田にも拡大しました事は、皆様ご存知のとおりであります。


 本日は、新人間革命第3巻「平和の光」そして、随筆 我らの勝利の大道「新時代の二月闘争」より、『伝統の二月』のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。


以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。 
 


寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。


この寸劇人間革命の分量はおおよそ、20文字×110行です。


今回の寸劇人間革命の内容は、ほとんど、『随筆 我らの勝利の大道 No.67 (2012.2.7/8付 聖教新聞)』からの引用文をあちこち貼り付けたものです。
省略・引用の仕方が、ちょっと??と、思われた方には お詫びいたします。


原稿印刷用に空白行の少ないテキストデータを準備しました。

是非、ご活用ください。


≪ナレーションA≫ 試練の冬を勝ち越えて、戸田先生が第2代会長に就任されたのは、、昭和26年(1951)の5月3日であった。
 その晴れの日、戸田先生は、生涯の願業として、75万世帯の本尊流布を大宣言なされのであります。
 だが、折伏は難事中の難事である。
なかなか、思うようには成果があがらないのが、現実であったのであります。
 ≪山本伸一≫ このままでは、戸田先生の宣言は虚妄(こもう)になってしまう。
≪ナレーションA≫ 山本伸一は悩んだ。しかし、戸田の会社を軌道に乗せるために、全力を投入しなければならない日々が続いていた。
そうしたなかで、戸田から、蒲田の支部幹事として活動の指揮をとるよう、支持されたのであります。
≪ナレーションB≫ 「二月闘争」の発火点。それは、第一線のリーダーが集った緊急組長会であった。 (1952年1月下旬)
山本伸一は、寒風を突いて参加してくれた130人の同志と心一つに誓い合ったのであります。
≪山本伸一≫ 二月は日蓮大聖人の御生誕の月であり、また二月十一日は、戸田先生の誕生日であります。
今日、私たちが、この信心に巡り合えたのは、大聖人様が御出現になったからであることは言うまでもありませんが、戸田先生が広宣流布に一人立たれたおかげでもあります。そして、皆さんは、それぞれ功徳を受け、幸せになられた。
 その報恩感謝の思いで、この二月を戦いきり、見事な勝利の結果をもって、戸田先生にお応えし、先生の誕生の月をお祝いしようではありませんか。

≪ナレーションB≫ 当時、どんなに頑張っても1支部で「月に100世帯」ほどの折伏が限界だと、皆が思い込んでいた。
 しかし山本伸一は、、「組で2世帯」という折伏目標を掲げた。
 そして、具体的に、「祈りから始めよう」
「近隣を大切にしよう」「体験を語ろう」、と呼びかけたのであります。
≪ナレーションB≫ 池田先生は次のように語っています。
≪山本伸一≫ ともあれ、「何としても、戸田先生に喜んでもらいたい」と私の心に、皆が共に燃え立ってくれた。
「誰か」ではない。「自分」がやるのだ!
「いつか」ではない。「今」やるのだ!
「不可能」ではない。「可能」にするのだ!
 自然のうちに、一人ひとりの心が戸田先生の大願と合致して、「師弟」の命のギアが深く噛み合った。
 師と共に広宣流布することを自ら願って出現したのが、地涌の菩薩だ。学会員は皆、偉大な菩薩である。
 ひとたび使命を自覚するならば、必ず第一級の広布の闘士として、本領を発揮できないわけがない。
 破れぬ壁など、断じてないのである。
 当時の蒲田の支部幹部では、私が一番若かった。
人を集めて偉ぶって指導しても、誰が信用するか。
自分が足を運び、顔を合わせ、寒風の中を一緒に歩く以外にない。
 1回の座談会、一軒の個人指導、一通の激励の手紙……すべてが私の主戦場と思って真剣に取り組んだ。
 これまで周囲に信心の話などしたことがないという人も、まだ信心が浅くて何も語れないと尻込(しりご)みしていた人も、矢も盾(たて)もたまらぬ息吹の中で、勇気の一歩を踏み出してくれた。
≪ナレーションB≫  蒲田の友は寒風に胸を張り、喜び勇んで、活動を開始した。そして、この月、蒲田支部は、二百一世帯という未曾有(みぞう)の折伏を成し遂げたのである。
“やればできる!”
誰もが大歓喜のなかにそう実感した。
蒲田支部の壮挙(そうきょ)は、触発の波動となって全国に広がり、これが七十五万世帯達成への突破口となった。
この蒲田での山本伸一の戦いが、折伏の飛躍を遂げる「伝統の二月」の淵源(えんげん)となっていったのであります。
≪ナレーションA≫ 「二月闘争」では、東京はもちろん、多摩川を隔てた神奈川にも、広宣の炎は燃え上がり、中部、山梨、千葉へ、そして雪の東北・秋田にも拡大しました事は、皆様ご存知のとおりであります。
 本日は、新人間革命第3巻「平和の光」そして、随筆 我らの勝利の大道「新時代の二月闘争」より、『伝統の二月』のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。
以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。 
 
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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

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