「厚田村」ロングバージョン

僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
この海の向こうには、大陸が広がっている。世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。

P1010495_2.jpg

≪ナレーション≫ それでは壮年部コーナーです。本日は寸劇をおこないます。

*時は昭和29年、西暦1954年8月、
全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。

*戸田会長は8月5日から20日にかけて、全国の拠点を飛び回りました。
ことに北海道では、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。
そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

(ロングバージョンの寸劇「厚田村」です。)

戸田先生役ということですので、よろしくお願いします。

山本伸一役ということですので、よろしくお願いします。

≪ナレーション≫ さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見て海に行こうと、戸田が言い出したのであります。

≪戸田≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。

小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。
 アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。
「どんぶく」のことだ。
東京の生活で、どれだけ体と心を、温めてくれたか、はかり知れないものがある。
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。
伸一お前が俺の親父の役をやれ。

母の役は、困ったなあ、、、、地区婦人部長にやってもらおう。

≪ナレーション≫
それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。
時は大正9年西暦1920年2月。戸田青年は二十歳になったばかり。 
夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。

自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。

その父母に親孝行らしいことは、何もできずに東京にいってしまうことは、本当につらい、、、
しかし、戸田の心は燃えていたのであります。


≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。 
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」  ただいま、帰りました。

≪母≫  まあ!!どうしたの

≪父≫  おお!!いったいどうしたんだ

≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。

≪父≫  学校の方はどうしたのだ。

≪戸田≫ 辞めてまいりました。
東京で人生を賭けたいと思います。
どうか、お許しを。

≪父≫  うん、わかった。
お前の人生だ。
好きなようにするがよい。、、、、、
久しぶりだ、さあ飲め

≪戸田≫ ありがとうございます。

≪父≫  それで、、、、出発はいつなんだ

≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています

≪父≫  身を寄せる先はあるのか

≪戸田≫ これといったところはありません

≪父≫  はっはっはっ、、おまえらしいな、、  
ちょっとまて、、、 これだ、、、、何もないが、戸田家の家宝だ。
持っていけ

≪ナレーション≫ 父は、柳行李の中から一振りの日本刀を取り出したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。

≪父≫  征け!!   勇気をもってな

≪ナレーション≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえ、勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。
いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。
戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。

母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。
翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。


≪母≫  さあ、これをもって征きなさい。 さあ、着てみなさい。。。

≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。

≪母≫  行っておいで、、元気で、、、体には気をつけて、、、、

≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。


≪ナレーション≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。
 しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。
 
「劇の中の劇は、ここまでです」

≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、、、
 ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことはあまりにも多い。
人生は短いな、、、

伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。

≪伸一≫ はい。かならずいたします。

≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。
世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。 
いまだ戦火におびえる子供たちもいる。

東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。


≪ナレーション≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。

その夜、戸田旅館には、村長や小・中学校の校長や、戸田の親戚などが集まりました。
戸田は誇らしげに伸一を紹介したのであります。

≪戸田≫ 皆さん、彼は私が右腕とも左腕とも頼む人物で、山本伸一君といいます。
よろしくお願いします。
 
伸一、これが石狩鍋だ。
厚田の海の幸、山の幸だ、、、
僕のふるさとの味だ、食べてみたまえ。

≪ナレーション≫ その夜、山本伸一はなかなか寝付けなかった。
海辺で語った戸田の一言一言が、波のように彼の脳裏に寄せ返していた。
戸田の自分に対する大きな期待、そして感動に胸が高鳴った。

早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風がさわやかだったのであります。


≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。

なんと偉大な、人生なのか!!道をふさぐ吹雪も、あの断崖も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。

よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。

 サラサラ、、サラサラ、、

「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」  

サラサラ サラサラ、、、、

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺 権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行


「征けと一言父子の譜」   
「征けと一言父子の譜」
   
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!


≪ナレーション≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。


**昭和35年西暦1960年8月、第三代会長に就任した、山本伸一が、厚田村を訪問する。
メンバーの待つ戸田旅館に、山本会長がやってきたのであります。
「戸田法華」などど悪口を言われながらも、努力を続けてきた、厚田の同志の喜びが爆発した。


≪山本 伸一≫ **このたび戸田先生の弟子として、第三代会長になりました山本です。
今日は先生の故郷に、会長就任のご報告に、まいりました。
戸田先生の故郷の厚田は、私の第二の故郷です。
また、ここは、私にとって、世界への旅立ちを誓った舞台なんです。
どうか皆さんで力を合わせて、私に代わって、ここに幸福の花園を築いてください。


≪ナレーション≫  そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSG I のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。


本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風りょうふう」の章、

さらに小説「新・人間革命・第18巻」「師恩 しおん」の章から

「厚田村のお話」を特別出演地区婦人部長。

そして、旭日地区壮年部の オール スター キャストでお送りいたしました。

*ところで、昭和29年7月当時の、学会世帯数は、約12万世帯。
そして、夏季闘争の行われた、8月の折伏成果数は、1万2千7百71世帯でありました。

以上で壮年部コーナーを終わります


長いブログを最後まで読んでいただきありがとうございます。



*人間革命第8巻「明暗」 **新人間革命第18巻「師恩」 より引用



この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×210行です。


サラサラ、、
んー詩心が、わいてきたぞ。
などの表現は、自分が勝手に作った作文です。

これからもよろしくお願いします。


原稿の印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。

ぜひ、ご活用ください。








≪ナレーション≫ それでは壮年部コーナーです。本日は寸劇をおこないます。
時は昭和29年、西暦1954年8月、全国主要20都市で行われている夏季地方折伏闘争の真っ最中であります。
戸田会長は8月5日から20日にかけて、全国の拠点を飛び回りました。
ことに北海道では、小樽、旭川、室蘭、帯広、岩見沢、函館と、みずから陣頭に立って戦いました。
その合間をぬって、うまれ故郷である石狩の厚田村へ、山本伸一を伴って数日間、滞在したのであります。
そうです、今日は、「厚田村」のお話であります。

≪ナレーション≫ さて二人が、戸田の親戚が経営する戸田旅館につくと、我が家を見て海に行こうと、戸田が言い出したのであります。
≪戸田≫ 伸一君、これが私のふるさとの海だよ。
この厚田の海と、厳しい自然が、僕を育ててくれたんだ。 
あの平屋の小さな家が、俺の家だ。もう人手にわたってしまったがな。
この窓のところが、僕の勉強部屋だった。
この部屋からは、海がよく見えるんだよ。
小学校の教師を辞めて東京に出る前に、立ち寄ってからもう30年になる。
その時、母がアッシをくれた。アッシとはアイヌ語の呼び名で、白地に紺の模様をあしらった、綿いりの織物の半纏(はんてん)だ。「どんぶく」のことだ。
東京の生活で、どれだけ体と心を、温めてくれたか、はかり知れないものがある。
そうだあの時のことを、寸劇でやってみよう。
伸一お前が俺の親父の役をやれ。
母の役は、困ったなあ、、、地区婦人部長にやってもらおう。

≪ナレーション≫
それでは、寸劇のなかでさらに、寸劇を行います。
時は大正9年西暦1920年2月。戸田青年は二十歳になったばかり。 
夕張は、真谷地の尋常小学校を退職して、厚田に戻った戸田青年。
自分が東京に行くと告げれば、父母の悲しみは、いかばかりか、、、、
父の甚七、65歳。母すえ、60歳。
しかも母すえは3年まえに大病を患(わずらわ)っていたのであります。
その父母に親孝行らしいことは、何もできずに東京にいってしまうことは、本当につらい、、、
しかし、戸田の心は燃えていたのであります。
≪戸田≫ 父よ、母よ、私は、生涯の活躍の舞台を求めて、帝都・東京に行きます。
そこでこの身を、社会のため、日本のため、同胞のために捧げたいのです。
この不肖の息子を、どうかお許しください。
「ガラガラと、玄関の戸を開けて、、、」 ただいま、帰りました。
≪母≫ まあ!!どうしたの
≪父≫ おお!!いったいどうしたんだ
≪戸田≫ 東京に行くことにしましたので、ご挨拶にまいりました。
≪父≫ 学校の方はどうしたのだ。
≪戸田≫ 辞めてまいりました。
東京で人生を賭けたいと思います。どうか、お許しを。

≪父≫ うん、わかった。お前の人生だ。
好きなようにするがよい。久しぶりだ、さあ飲め
≪戸田≫ ありがとうございます。
≪父≫ それで、、、、出発はいつなんだ
≪戸田≫ 明日にでも、発ちたいと思っています
≪父≫ 身を寄せる先はあるのか
≪戸田≫ これといったところはありません
≪父≫ はっはっはっ、、おまえらしいな、、
ちょっとまて、、これだ、、何もないが、戸田家の家宝だ。持っていけ
≪ナレーション≫ 父は、柳行李の中から一振りの日本刀を取り出したのでした。
父の差し出す刀を、戸田は正座して、深く頭を垂れながら、両手で、受け取りました。
刀はずっしりと重かったのであります。
≪父≫ 征け!!勇気をもってな
≪ナレーション≫ 父の眼が鋭く光った。
戸田は涙をじっとこらえ、勇気がふつふつと、わくのを、覚えたのであります。
いろりの傍らで、母のすえは、せっせと針仕事をしていた。
さっきまでは、食事の世話をしながら話しかけていたが、今は、黙ったまま、顔を上げようとはしなかった。
戸田は、その眼が涙に潤んでいるのを知っていたのであります。
母は成人の記念にアッシをわが子に贈ろうと、縫いはじめていたのですが、東京に旅立つことを聞いて、徹夜で仕上げようと、していたのです。
翌朝、母は縫い上げたばかりのアッシをわが子に手渡したのであります。

≪母≫ さあ、これをもって征きなさい。さあ、着てみなさい。。。
≪戸田≫ これは、すばらしい、、、、ありがとう、母さん。
≪母≫ 行っておいで、、元気で、、、体には気をつけて、
≪戸田≫ 父さんは勇気を、僕にくれました。
母さんは愛を、僕にくれました。
これで何があっても大丈夫です。僕は負けません。
≪ナレーション≫ こうして戸田青年は、雪の中、さっそうと我が家をあとにした。
雪の日本海の空気は身を切るように冷たかった。
しかし、彼の心には、大きな志が、赤々と熱く燃えさかっていたのであります。

「劇の中の劇は、ここまでです」

≪戸田≫ 私の人生はここから始まったのだよ。
厚田を出てから、もう30数年になろうとしている、、
ながいといえば、ながい歳月だった。
しかし、人生の本当の仕事を始めたのは、会長になってから、だから、まだ3年だ。
なさねばならぬことはあまりにも多い。人生は短いな、、、
伸一君、僕は、日本の広宣流布の磐石な礎を作る。
君は世界の広宣流布の道を開くんだ!
構想だけは、僕が作っておこう。
君が、それをすべて実現していくんだ。
≪伸一≫ はい。かならずいたします。
≪戸田≫ この海の向こうには、大陸が広がっている。世界は広い。
そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。いまだ戦火におびえる子供たちもいる。
東洋に、そして世界に、妙法の灯をともしていくんだ。
この私に代わって。
≪ナレーション≫ その師匠の言葉は、強く、強く、弟子の胸を、うったのであります。
その夜、戸田旅館には、村長や小・中学校の校長や、戸田の親戚などが集まりました。
戸田は誇らしげに伸一を紹介したのであります。
≪戸田≫ 皆さん、彼は私が右腕とも左腕とも頼む人物で、山本伸一君といいます。
よろしくお願いします。
伸一、これが石狩鍋だ。
厚田の海の幸、山の幸だ、、、
僕のふるさとの味だ、食べてみたまえ。
≪ナレーション≫ その夜、山本伸一はなかなか寝付けなかった。
海辺で語った戸田の一言一言が、波のように彼の脳裏に寄せ返していた。
戸田の自分に対する大きな期待、そして感動に胸が高鳴った。
早朝、伸一は一人、厚田港の防波堤を歩いた。
8月とはいえ、北海道は、秋の気配。
厚田の朝は、涼風がさわやかだったのであります。
≪伸一≫ この港の灯台も、冬には、あれ狂う海の波しぶきが凍りつき、巨大な氷の柱のようになるという。
その村から、社会、国家の行く末を憂い、東京にでて、今、人類に平和と幸の光を注ぐ広宣流布をなしとげようとしている。
なんと偉大な、人生なのか!!道をふさぐ吹雪も、あの断崖も、山も、海も、戸田先生を封じこめることはできなかったのだ。
よし、メモ帳、メモ帳、んー詩心が、わいてきたぞ。
サラサラ、、サラサラ、、
「厚田村」  「恩師の故郷に憶う」
サラサラ サラサラ、、、、

北海凍る 厚田村 吹雪果てなく 貧しくも 海辺に銀の家ありき これぞ栄えあるわが古城

痛まし針の白髪に 不正に勝てとアッシ織る 母の祈りに鳳雛も 虹を求めて天子舞

暖炉に語りし父もまた 網をつくろい笑顔皺 権威の風に丈夫は 征けと一言父子の譜

厚田の故郷忘れじと 北風つつみて美少年 無名の地より世のために 長途の旅や馬上行

「征けと一言父子の譜」
「征けと一言父子の譜」
「君は世界の広宣流布の道を開くんだ」

先生!東洋広布は、伸一がいたします。
世界広布の金の橋を、かならず架(か)けます!!

≪ナレーション≫ それは、かれの生涯にわたる世界広布の旅への、誓いの宣言に、ほかならなかったのであります。
昭和35年西暦1960年8月、第三代会長に就任した、山本伸一が、厚田村を訪問する。
メンバーの待つ戸田旅館に、山本会長がやってきたのであります。
「戸田法華」などど悪口を言われながらも、努力を続けてきた、厚田の同志の喜びが爆発した。

≪山本 伸一≫ このたび戸田先生の弟子として、第三代会長になりました山本です。
今日は先生の故郷に、会長就任のご報告に、まいりました。
戸田先生の故郷の厚田は、私の第二の故郷です。
また、ここは、私にとって、世界への旅立ちを誓った舞台なんです。
どうか皆さんで力を合わせて、私に代わって、ここに幸福の花園を築いてください。
≪ナレーション≫  そして、その誓いどうりに、創価学会インターナショナルSG I のメンバーが世界192ヶ国地域に誕生し、全世界で力強く広宣流布の戦いが前進していることは、皆様、ご存知のとうりです。

本日は、小説「人間革命・第12巻」「涼風 りょうふう」の章、
さらに小説「新・人間革命・第18巻」「師恩 しおん」の章から
「厚田村のお話」を特別出演地区婦人部長。
そして、旭日地区壮年部の オール スター キャストでお送りいたしました。
ところで、昭和29年7月当時の、学会世帯数は、約12万世帯。
そして、夏季闘争の行われた、8月の折伏成果数は、1万2千7百71世帯でありました。
以上で壮年部コーナーを終わります





関連記事

テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

コメント

コメントの投稿


 管理者にだけ表示を許可する

Page top