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8年目の、お赤飯

 今日は、会長就任のお祝いの、お赤飯かと思ったら、いつもと同じだね。

 今日から、わが家には主人はいなくなったと思っています。今日は山本家のお葬式です。
 お赤飯は炊いておりません。

 確かにそうだね・・・

 お赤飯の用意はしておりませんが、あなたに何か、会長就任のお祝いの品を、贈りたいと思っております。
 何がよろしいのかしら。

 それなら、旅行カバンがいい。
 一番大きな、丈夫なやつを頼むよ。

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≪ナレーションA≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。
本日は、「8年目の、お赤飯」というお話であります。

はて? さて? これは、いったい何のお話でありましょうか。お話は、昭和35年・1960年まで、さかのぼります。

≪ナレーションB≫ 昭和三十五年の五月三日。
前夜の雷雨は上がり、朝が明けると、雲一つない五月晴れであった。
 山本伸一は、戸田先生の形見のモーニングを、身につけ、妻・峯子が、静かに第三代の「会長」の胸章(きょうしょう)を整えたのであります。

≪山本伸一≫
若輩(じゃくはい)ではございますが、
本日より戸田門下生を代表して、
化儀(けぎ)の広宣流布をめざし、
一歩前進への、
指揮を、とらさせていただきます!

≪ナレーションB≫ その日の夜、自宅に帰ると、峯子は食事のしたくをして待っていた。
しかし、祝いの膳(ぜん)など何もない、普段と変わらぬ質素な食卓であったのであります。

≪山本伸一≫ 今日は、会長就任のお祝いの、お赤飯かと思ったら、いつもと同じだね。

≪峯子≫ 今日から、わが家には主人はいなくなったと思っています。
今日は山本家のお葬式です。お赤飯は炊(た)いておりません。

≪山本伸一≫ 確かにそうだね・・・

≪峯子≫ お赤飯の用意はしておりませんが、あなたに何か、会長就任のお祝いの品を、贈りたいと思っております。
何がよろしいのかしら。

≪山本伸一≫ それなら、旅行カバンがいい。
一番大きな、丈夫(じょうぶ)なやつを頼むよ。

≪峯子≫ 旅行カバンですか。
でも、そんなに大きなカバンを持って、どこにお出かけになりますの?

≪山本伸一≫ 世界を回るんだよ。戸田先生に代わって。

≪峯子≫ いよいよ始まるんですね。世界広布の旅が。

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≪ナレーションB≫ 峯子の瞳(ひとみ)が光り、微笑(びしょう)が浮かんだ。
山本伸一は、ニッコリと笑って、うなずいたのであります。

峯子は後年、ある婦人部の同志に、次のように語っています。

≪峯子≫ 今日から山本家には、主人はいなくなった、というのが偽(いつわ)らざる心境でした。
 会長就任、一周年の、五月三日には『ああ命があったのか』と思いました。それは二年目、三年目の五月三日も同じでした。

≪ナレーションB≫
 戸田先生は、会長就任から七年にして、偉大なるご生涯の幕を閉じられています。
 まして、山本伸一は、医師から「三十歳まで生きられない」と言われてきたのです。

 昭和四十三年の五月三日。
「会長就任八周年」の、その日に、峯子は初めて、お赤飯を用意してくれたのであります。

≪ナレーションA≫ 本日は、小説・新人間革命・第1巻・錦秋(きんしゅう)の章、など* より、「8年目のお赤飯」のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。

以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。

*随筆 人間世紀の光 永遠なれ 栄光の五月三日





この寸劇人間革命を最後まで読んでいただきありがとうございます。

この寸劇は、婦人部のミニ座談会などで、上演できるかなと思います。
「随筆 人間世紀の光 132 永遠なれ 栄光の五月三日 2007-5-4」は、随筆 師弟の光 に収録されています。該当する部分を最後に、掲載しています。
読み比べてみると、ほとんど、コピペであることがわかると思います。
これは、ちょっと、と思われた方には、お詫びいたします。

この寸劇人間革命の分量は、おおよそ、20文字×80行です。
原稿印刷用に、空白行の少ないテキストデータを準備しました。
ぜひご活用ください。


≪ナレーションA≫ それでは寸劇人間革命のコーナーです。本日は、「8年目の、お赤飯」というお話であります。
はて? さて? これは、いったい何のお話でありましょうか。お話は、昭和35年・1960年まで、さかのぼります。

≪ナレーションB≫ 昭和三十五年の五月三日。
前夜の雷雨は上がり、朝が明けると、雲一つない五月晴れであった。
 山本伸一は、戸田先生の形見のモーニングを、身につけ、妻・峯子が、静かに第三代の「会長」の胸章(きょうしょう)を整えたのであります。
≪山本伸一≫
若輩(じゃくはい)ではございますが、
本日より戸田門下生を代表して、
化儀(けぎ)の広宣流布をめざし、
一歩前進への、
指揮を、とらさせていただきます!

≪ナレーションB≫ その日の夜、自宅に帰ると、峯子は食事のしたくをして待っていた。
しかし、祝いの膳(ぜん)など何もない、普段と変わらぬ質素な食卓であったのであります。

≪山本伸一≫ 今日は、会長就任のお祝いの、お赤飯かと思ったら、いつもと同じだね。
≪峯子≫ 今日から、わが家には主人はいなくなったと思っています。
今日は山本家のお葬式です。お赤飯は炊(た)いておりません。
≪山本伸一≫ 確かにそうだね・・・
≪峯子≫ お赤飯の用意はしておりませんが、あなたに何か、会長就任のお祝いの品を、贈りたいと思っております。
何がよろしいのかしら。
≪山本伸一≫ それなら、旅行カバンがいい。
一番大きな、丈夫(じょうぶ)なやつを頼むよ。
≪峯子≫ 旅行カバンですか。
でも、そんなに大きなカバンを持って、どこにお出かけになりますの?
≪山本伸一≫ 世界を回るんだよ。戸田先生に代わって。
≪峯子≫ いよいよ始まるんですね。世界広布の旅が。
≪ナレーションB≫ 峯子の瞳(ひとみ)が光り、微笑(びしょう)が浮かんだ。
山本伸一は、ニッコリと笑って、うなずいたのであります。

峯子は後年、ある婦人部の同志に、次のように語っています。
≪峯子≫ 今日から山本家には、主人はいなくなった、というのが偽(いつわ)らざる心境でした。
 会長就任、一周年の、五月三日には『ああ命があったのか』と思いました。それは二年目、三年目の五月三日も同じでした。

≪ナレーションB≫
 戸田先生は、会長就任から七年にして、偉大なるご生涯の幕を閉じられています。
 まして、山本伸一は、医師から「三十歳まで生きられない」と言われてきたのです。
 昭和四十三年の五月三日。
「会長就任八周年」の、その日に、峯子は初めて、お赤飯を用意してくれたのであります。

≪ナレーションA≫ 本日は、小説・新人間革命・第1巻・錦秋(きんしゅう)の章、など* より、「8年目のお赤飯」のお話を、旭日地区のオールスターキャストでお送りいたしました。
以上で、寸劇人間革命のコーナーを終わります。



◇随筆 人間世紀の光 132 永遠なれ 栄光の五月三日 2007-5-4

昭和三十五年の五月三日。
 この日は火曜日であった。前夜の雷雨は上がり、朝が明けると、雲一つない五月晴れであった。
 皆が青空を仰いで喜んだ。
 「日本晴れだ。大晴天だ。創価の前途は万々歳だ!」
 当日、私は、戸田先生の形見のモーニングを身につけた。入場前、妻が、静かに第三代の「会長」の胸章を整えてくれた。
 その夜、大田区小林町の小さな小さな我が家に、何人かの友が訪ねてこられた。
 赤飯はもとより、祝いの膳など何もない。普段と変わらぬ、つつましく静かな様子に、みな驚いたようである。
 妻は後年、ある婦人部の同志に語っている。
「今日から池田家には主人はいなくなった、というのが偽らざる心境でした。
一周年の五月三日には『ああ命があったのか』と思いました。それは二年目、三年目の五月三日も同じでした」と。
 戸田先生は、会長就任から七年にして、偉大なるご生涯の幕を閉じられた。
まして医師から三十歳まで生きられないと言われてきた私である。
 昭和四十三年の五月三日。
「就任八周年」の日に、妻は初めて赤飯を用意してくれた。

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テーマ: 二次創作 | ジャンル: 小説・文学

コメント

  • 2014/10/09 (Thu) 20:44
    Re: お世話になります

    王者の剣様
    寸劇人間革命を、上演してくださってありがとうございます。
    どの寸劇も、原作からの引用作文ですから自由に活用してください。
    少し冷や汗が出ておりますが、これからもよろしくお願いします。

    土星人 #- | URL | 編集

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